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「そう言えばレグナ、お前どうしてちゃんとした機具持ってないんだ?」
片付けも終わり、森の中を歩く四人。
雪は強まりも弱まりもせず、ただしんしんと森に降り続けている。
誰が呼んだか―――雪姫の祠に近いこの辺りは、すでに雪姫の森と呼ばれる領域内だ。
そんなお膝元たる場所を、四人は静かに、けれど気負いも沈黙もなく歩いていた。
「武器ですか?
うちの武器は特注ばかりって知ってるでしょ、ルーマさん。」
「あぁ。でも、自分用の特注品みたいなのって、作らないもんなのか?」
「まぁ……
ぼくが戦いに出るなんて、思いもしてませんでしたから。」
腰に下げた剣を、少しだけ鞘から抜いてみる。
「以前隣街へ移動する時、護身用に作ったこれだけです。」
「そっかぁ。
―――本気の機具を備えたレグナと、一度狩りにでも来たいもんだな。」
「ぼく用の機具、か……
一体どんなのになるんだかなぁ。」
「レグナの属性って、風?」
人は、大まかにその性質を自然元素のいずれかに偏らせる。
それは魔術の相性や機具との相性となり、普通魔術師が一系統しか扱わないのはこのた
めであった。
自分に属さぬ攻撃用の魔術は、著しく威力を落とし精度を低めるからだ。
「いえ……」
ファリナが氷の属、ルーマが火の属、ボーグが石の属をそれぞれ持っている。
それらの属性が、魔術の形や扱う機具の効果、性質となりあらわれるのだ。
「それじゃ、レグナの属性って、なんなの?」
レグナにしては珍しく、一瞬言いよどみ。
「……天。」
『天の属』 そうレグナは言った。
「おぉ、すっごいじゃないのよー。」
「ほー、初めて見たな。
なるほど、天ってなぁこういうヤツなのか……」
天の属性。
海、地、光などと並ぶ、いわゆる上位属性というものだ。
風や雷などを統べ、天の魔術に長けるものは天候さえをも操ると言われている。
「ぼくも、ぼく以外には知りません。
天の属なんてほとんど例がないから、正直どういう機具を作ればいいのかも……」
「なるほどねぇ、それで風の機具を使ってたわけなのねぇ。
レグナちゃん、奥深いんだからっ。」
「まぁ……
とりあえずは風や雷の属だと思ってます、自分を。その方が分かりやすいから。」
腰に左手をあてたまま、静かにしゃべるレグナ。相変わらず表情も調子も変わらない。
「でもレグナが天かぁ……
こりゃ、ますます本気の機具を装備したレグナとご一緒したくなったな。」
にっと笑い、ルーマが軽く背中を叩いた。
「期待してるぜ、若大将!」
「あたしも楽しみにしちゃうわよ、レグナちゃん。
今度いっしょに遊びにきましょーね。」
「あたしもー!」
「まだアイデアも浮かばないのに……」
苦笑気味のレグナ。
でも、一度言いだしたこのメンツには何を言っても通用しそうもないから。
「まぁ、ルーマさんのフェニックスが出来上がって暇だったら、そろそろ取り掛かってみ
ようかな。」
「大丈夫よ、レグナ。あんたんとこなら年中暇だから。」
「あはは。
まぁ確かに、いつあたしが行っても誰もいなくて暇してるよな。」
「……たまには、設計図書いたり組み立てたりしてますが……」
「あらぁ、そんなに暇なんだぁ?
それじゃあたしも、今度お茶でもご馳走になっちゃおうかしら。」
「おうおうそうしとけ、許す。」
「許すって……」
話題の中心の自分をおいて盛り上がる三人。
(まぁ……賑やかでいいかな)
なんとなく頭の中に、自分用の機具の姿など思い描きつつ。
ずっと必要ないから作らなかったが、機工技師の用いる武器は一つの実力の証明でもあ
るのだから。
そろそろ、天の武器とやらに挑戦してみるのも面白いかなと思った。
「自分で作った武器で、自分自身を納得させられるか。
―――やりごたえはあるな。」
「あら、レグナが乗り気じゃない。珍しいわねぇ……
雪、やんじゃうわよ?」
軽く両手を広げて天を仰ぐファリナ。
強まりも弱まりもせず、朝から雪は降り続けている。
「ちなみにレグナちゃん、今まではどんな武器作ったのかしら?
なんか話聞いてると、あまり武器は作ってないようなんだけど。」
「ルーマさんのイフリートと、リックさんのセイレーンを。
あともう二つ、別の人に作ったものがあります。」
「初めて作った時は、生意気にもレグナのやつ手を抜きやがったんだよな。
手抜きというかまぁ、整備と改造だけだったってことなんだが。」
当時を思い出し、軽く腕をさするルーマ。
戦闘中ではないので、当然義手が問題無く働いている。
「一応、自分が納得した客にしか武器は作らないと決めてますので。
ルーマさんの時は、あれだと機具にも身体にも良くなかったから、手当のつもりで。」
「へぇ、レグナちゃん偉いのねぇ。
今度あたしも、護身用のナイフでも頼もうかしら?」
「高いよ、レグナは。」
笑いながらきっぱりと言うルーマ。
軽く笑った後、性能も値段以上だけどな、と付け足した。
「まぁ、気が向いたらルーマさんと遊びにでも来て下さい。お茶なら出しますから。」
「わかったわ、楽しみにしとくの。
魔術師なんかやってると、無意識にか工房を避けちゃうから。結構楽しみだわぁ。」
魔術の復活、機工技術の若干の衰退により、魔術や魔術師を嫌っている機工技師もけして
少なくはない。
商品を売らないとか追い返されるではないが、値引き交渉や特殊な注文で不利を被るの
は仕方のないことであった。
「別に、ぼくは優劣だのなんだの言う気はありません。
両方あって両方使えるのがベストだと思っていますし、魔術のことも知っておいた方が
いい機具を作れるでしょうから。
客でも冷やかしでも、魔術師でも同業者でも気にしませんよ。」
「おー。」
気のない声に小さな拍手、ルーマとボーグの二人から。
と、話が一段落したのを待ったわけではないだろうが―――
「……」
足を止める三人、レグナにぶつかりそうになり慌てて止まるファリナ。
「あっちの方―――少し遠いね。」
「いっちゃうわけ、ルーマちゃん?」
「行きますか?」
「……」
三人の会話に、遅れて状況を察したファリナが杖を握りしめた。
「行こう、見殺しになると後味悪いからな。
先に行ってる!」
言うなり駆け出すルーマ。その後をボーグが、一拍遅れてファリナとレグナが続く。
降る雪を気に止めず、あるいは戦闘準備か身体から雪を払い。
白い息を吐きながら、音の中心、戦いの場へと走る。
徐々に音や鳴き声が大きくなる、はやる気持ちを抑えて呼吸を整えるためにファリナと
ともに歩いて近づくレグナ。
ファリナの呼吸が整った頃辿りついた戦場では、もはや勝敗は決した後で、残った魔物
を兵士や騎士、ルーマ達が片付けている所だった。