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雪ノ姫  作者: 岸野 遙
第六章 『互裏 まみゆる』
19/40

2

「あ、あの、えっと……」

「……」

リックは傍らのファリナには特に意識を向けず、鳴き続ける剣をもって魔物の身体を斬り

裂いた。


「あの、作業着姿の青年を見ませんでしたか?」

「知らんな。」

たった一言だけ答え、手際よく詠晶石を回収していくリック。


 おそらくこの魔物は、集団の人間を避け、少数の弱そうな獲物を狙ったのだろう。そん

なことを考えつつ、口の魔物から入手した詠晶石の中でもとりわけ大きく純度が高い物を

ファリナに放った。


「あ、え……?」

「お前の取り分だ。

 オレの獲物に手を出した以上、受け取らんとは言わせん。」


あらかた整理と片づけを終えたリックは、立ち上がると、何事もなかったように歩き出そ

うとし―――


「この森は、女子供が来るには危険だ。

 いかに技量を持とうと、命のやりとりをする覚悟がないものに足を踏み入れる資格はな

い。」

「―――!」

「命が全てだ。わかったら引き返せ。」


言いたいことだけ言うと、リックは振り返らず歩き出した。

 その背に―――


「ばかぁーっ!」

「……?」


かけられる罵声に、さすがに足を止め半身振り向くリック。


「なによ、何様なのよあんた!

 助けてくれたんだかなんだか知らないけどね、覚悟もなしにこんなとこ来ないわよ!」

「……そうか。悪かった。」

「助けてくれてありがとっ!

 それじゃぁあたしレグナを探しに行くね!」

「レグナ?

 お前はレグナの知り合いか、レグナがここに来ているのか?」

「え?」


予想外のお互いの言葉と反応。

 リック―――ファリナからすれば怪しい緑の鎧人は、振り返りファリナの前までやって

きた。


「どうなのだ?」

「れ……レグナなら、あたしと一緒にここへ来たの。長年の友達よ、あたし達。

 そう言うあなたは?」

「一言で言うなら、恩人で得意先だ。」

「それって二言……」

「オレのセイレーンは、レグナの手によるものだ。」


ファリナの呟きを当然無視し、そう言うと機工剣を鞘ごと外して鍔の刻印を示した。

 そこには確かに、レグナがいつも用いる見慣れた印が入っている。


「レグナなら―――

 あの人なら、ちょっとやそっとでどうにかなるわけがない。」

どこか、ファリナ以上に信頼したような口調。

 どことなくいけ好かない……あるいは嫉妬心を呼び覚ます鎧だなとファリナは思った。


「―――あっ、あたりまえよ!」

「今頃お前のことを探しているかもしれん。早く行くといい。」

「……あたしファリナ。あなたは?」

「オレはリックだ。

 時には『無双の緑巨人』と呼ばれることもある。」


そう言うと、鞘を戻し再びファリナに背を向けるリック。


「ファリナとやら、また会おう。

 雪姫の祠までの道中、くれぐれも気を付けるが良い。」

「……ありがと。

 リックさん、あなたもね。気を付けて……その必要ないぐらい強そうだけど。」

「では。

……」

「……」


お互いに差し挟む―――別れ際の奇妙な沈黙。

 そう、本来ならここで『雪姫の加護を』という言葉が入ったはずなのだ。

 だが、今は―――


 結局リックはそれ以上何も言わず、何事もなかったかのように森の中へ歩き去って行っ

た。


「さて、と。

 変なこと気にしてないで、レグナを探さないとね!」


余り大きな声を上げるわけにもいかない。

 とりあえずファリナは、レグナに逃げろと言われた方向へとゆっくり歩き出すことにし

た。




 それから5分ほどしてようやく合流できた二人は、木陰に腰掛けて早めの昼食にするこ

とにした。


「なんか、なんだか良くわかんなかったけど、すっごい強かった……みたいよ、あのリッ

クって人。」

「実際戦ってる所は、ぼくも見たことないんだよなぁ……

 ぼくが会うのって、工房でだけだから。」


工房からは十分な食料を持ってきてある。携帯用の非常食だが、それぞれが六日分ずつ。

もしもはぐれた時、帰りの場合、誰かを拾って人数が増えた場合などのために。当然その

分多少は荷物が重くなっているが、ハイキングやピクニックではなく、これは戦なのだ。

レグナもファリナも当然だと考えていた。


「でも、無愛想な人だったねー。

 第一、最初っから最後まで一度も仮面外さなかったし。名前名乗る時は外すのが礼儀っ

てもんじゃないの?」

「あぁ、あれかぁ……

 本人に聞いたわけじゃないんだけど、噂によると呪いで外れないとかなんとか。」

「え、そうなの?」

「さぁ、そういう噂。」


興味深げに訊ねて来るファリナに、平然と、素っ気なく返すレグナ。知らないものは知ら

ないというレグナの発言は実にレグナらしく、ファリナを落胆させるのに十分な返答だっ

た。


「……そう言えばあの人の剣、レグナが作ったんだね?」

「ん?

 そうだよ、機工剣セイレーン。別名『鳴き止まない妖精』ってね。」

「珍しいよね、レグナが武器を作るのって?

 やっぱり自分の作る機工具を武器にされるのって嫌いなの?」

「うーん……」


少しだけ悩むレグナ。

 でもまぁ隠すほどのことではないだろう。第一相手はファリナなんだし。


「少なくとも、武器を作るなら客は絶対選ぶことにしているよ。

 素性の知れない客にはけして武器を作らないし、たとえ身元がはっきりしていてもぼく

が認めた相手にしか武器は売らない。

―――そのかわり、一度作ると決めて注文を受けたなら、全身全霊を込め、文句なしに相

手にとって最強の武器を作る。それがぼくのやり方だよ。」

「ふぅん……

 相変わらずレグナ、ね。」


わかるようなわからないような発言で。けれど微笑みを浮かべ、嬉しそうに頷くファリナ。

 レグナも、ファリナがわかってくれる、認めてくれることが単純に嬉しかった。


「でもそれだと、過去いくつくらい武器を作ったの?」

「んー。本気で作ったのだと……

 リックのセイレーン、ルーマさんのイフリート、ディレアさんのフェンリル。

 あとはオリアさんのヨルムンガルドと、今注文受けているフェニックス。かな?」

「五つ……ふぅん、あたしが思ってたよりずっと多かったのね。

 しかもリックさん以外全員知らない人だし……」

「んー……まぁ。」


なんとなく寂しそうな声に、片づけをしつつ平然と答えるレグナ。


「隣で設計図書いて機工具作ってても、何に使う物かさっぱりでしょ?」


からかうでも責めるでもなく、純粋に諭すような、慰めるようなレグナの声。

 無論それは、付き合いの長いファリナだからこそわかる声音の変化。そうねと明るく頷

き、再びファリナはレグナの前を歩き始めた。

 磁石はちゃんと正しい方角を示し、二人は少しずつ雪姫の祠に近づいているはずだった。


(―――あれ、ディレアさんのこと知らないのか。

 ディレアさん、元王宮騎士で結構名前の通ってた人なんだけど……)


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