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雪ノ姫  作者: 岸野 遙
第四章 『日常 転ずる』
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2

 どれだけの間そうしていただろう。

 わずかにレグナが身じろぎし―――落ちそうになり、慌ててルーマが強く抱きしめた。


「レグナ、大丈夫……?」

「……ぁ、ああ、うん。

 あ、すみません……」

「へ?

 え、ええええっ、あ、あう……」


向き直ったレグナの表情に、初めて抱きしめていたことに気づき。

 惚け気味のレグナの顔をまともに見れず慌てるルーマ。


「ちょっと……衝撃、大きかったかな……」


だがそんなルーマの困惑も、これまで聞いたことのないほど疲れたような生気のない声に

立ち消えた。


「とりあえず、寒いから下に降りよう。ね?」


一応確認すると、返事がないのを気にせずルーマは屋根から身を引き、天井を閉めた。室

内は静かで凍り付いたようで、暖房がついているにも関わらずあまり暖かくなかった。

 抱きかかえ、ちょっと悩んだ末に作業場ではなくベッドへレグナを運ぼうとするルーマ。


「―――ぁ、すみません。立てます……」

「いいから。少し、じっとしてて。」


明らかに辛そうなレグナの言葉を無視し、ルーマはレグナをベッドに横たえた。


「……

 あたしは、ほら。元がこの国の人間じゃないから。

 事態の大きさもそれなりにしかわからないし。元気だから、ね?」

「すみません、ご迷惑をおかけします……」


ルーマに靴を脱がしてもらったレグナは、一度目を閉じて大きく息を吐いた。

 少なくとも先ほどよりは、幾分顔に血の気が戻った気がする。


「雪姫は……

 彼女は、数百年の昔より生き続ける、この国の守護神。」

「……うん、そうだよね。

 愛する王子様を、愛してたからこそ殺すことになってしまった、悲しい魔物……」

「その時の契約以来ずっと、この国を護り続けて来た存在。

 この国の誰もが信じる、この国を護り人々に祝福をもたらす存在。それが雪姫―――」

「……乾杯とかでも雪姫様の加護をって言うし、雪が降るのは縁起がいいことだよね。」

「はい。他にも雪姫祭とか、色々あります。

……本当に、この国の礎ですから……」

「……その雪姫を、討つ、か……」


しかもそれを口にしたのが、最も雪姫に近く、契約を結び祭を捧げる、このゼルデアの王。

 二人は無言で、見つめ合いもせずただ時が流れるに任せた。


「ルーマさんは、戦いますか?」

「え?」

「王家からの、最大級の仕事でしょう?

 冒険者としては、武器を手にすることになんの不思議もないかと。」

「うん……

 だけどあたし、正直、怖いんじゃないかな……」


いつもは強気で剛毅なルーマが、素直に怖いという言葉を口にした。

 怖い。

 口に出来ないだけで、きっと誰もの胸にその想いはあるはず。

―――もしかしたら、いやきっと、絶対、雪姫を討つと口にしたサバル王の心にも恐怖は

あるはずだ。


「勝てるから、勝てないからじゃなくって。

 何か、何かわからなくて、それが無性に怖い……」

「……ぼくだって怖いですよ。

 寝たまま、あの放送を聞かなければ……どれだけ楽だったでしょうね。」


ぽつりと呟き―――

 レグナは跳ね起きた。びくりと身を引くルーマに笑って。


「でも、この国の民だから。

 少なくとも、布団で震えてるわけにはいかないかな。」


わりとしっかりした足取りで。

 洗面台まで歩くと、凍り付くほど、雪のように冷たい水で顔を洗うレグナ。頭を冷やす

ためか濡れた両手でざっと髪を掻き上げると、にっと笑顔を向けた。

 明らかに―――いつもと違う、無理した笑顔。

 ルーマの心配そうな表情に気づいたか、レグナは苦笑―――笑顔よりはよほどいつもの

レグナらしい苦笑を浮かべて言った。


「ルーマさんこそ大丈夫ですか?

 ぼくは、確かに今はこれが精一杯だけど、おおむね大丈夫です。」

「あたしは……」


ぎゅっと手にしていた焔を握りしめて。

 一度俯く。ルーマの背後の窓には降り続ける雪が映っていた。


「あたし、酒場に行ってくるよ。

 そこでボーグやリックと、この戦いをどうするのか決める!」


顔を上げたルーマの顔には、確かに多少の怯えや翳りはあったが、それでもいつもの彼女

らしい強さと明るさがあった。


「どうもありがとうございました、ルーマさん。

 多分しばらく時間かかるでしょうけど、それでも良ければ槍の方注文に来て下さいね。

―――お安くしときますよ。」

「ふふ、こんなことならもっと早くに頼んどくんだったな。そうすりゃ今度の遠征で使え

たのによ。

―――最上級の、頼む。その紙面に載ってないくらい最高のヤツをな。」

「代金も最上級ですけど―――二言はありませんね?」

「うっ……」


言葉を切り、一拍置いてにっと笑って見せるルーマ。


「おうよ、上等だ!

 一生涯、死ぬまで使えるような特級品を頼んだぜ。」

「了解しました、毎度ありがとうございます。」

「あぁ、んじゃもう行くぜ。

 どうせすぐに金が作れるわけじゃねぇ、じっくりといいヤツ頼むよ!」

「えぇ。

―――お気をつけて。」

「そっちも気を付けてな。んじゃ、またな!」


ルーマは明るく、無理してるほど明るく言うと、工房を出て走って行った。

 鈴の音が響き、一瞬だけ走り去る音が聞こえ―――すぐに、部屋に静けさが戻った。


「ふぅ……

 まぁ、ぼくもいつまでもふさぎ込んでられないし。まだ来客あるだろうしな。」


レグナは一度身体を伸ばすと、工房の机に向かった。

 今はとりあえず、何かに没頭しよう。少なくとも何かの変化があるまでは。

 そう思ったレグナは、焔の本体やイフリートの改造には間がないので、すでに書いてあ

った図面を元に追加装備の作成に取り掛かることにした。


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