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雪ノ姫  作者: 岸野 遙
第三章 『日常 連なる』
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2

 ふと気がつけば、すでにレグナは目を覚ましていた。

 途中までは確かに城にいた頃の夢を見ていたはずだが。どこまでが夢でどこまでが意識

なのか、その区別が曖昧で稀薄だった。


「うーん……」


軽く呻いて身体を起こすレグナ。窓の外は白い世界だったが、今は雪が止んでいるらしい。

 城にいた頃の夢を見る時は、決まって何かが起こる日だった。

 それがいいことか悪いことかはわからないけれど。時には起きたことにさえ、その日の

うちには気づかないけれど。

 必ず、何かが起きる。何かが起きることを、師匠の遺産が報せてくれる。そんな風にレ

グナは考えていた。


「……大抵は、起きなくていいことなんだけどなぁ。」


そう言えば、前回城の夢を見た時は、暴走する機動車―――機工技術の最高峰、馬がいな

くても走る馬車のこと―――が通りの噴水に突っ込んで、あわやの大惨事だったっけなぁ

と苦笑しつつ思い出すレグナ。

(あんときゃ大変だったよなぁ……

 八百屋はめちゃくちゃ、子供は泣く、辺りは水浸し、おまけに機動車は完全停止しない

ときたからな。勘弁して欲しかったよ……まぁ、お金にはなったが)


「さて、今日は何が起こるのかな……」


過去を頭から振り払って布団をはぐと、ズボンをはきかえていつもの上着に袖を通した。

 そして、師が残したゴーグルを頭にかけて準備完了。

 暖房と照明、調理機具などに次々とスイッチを入れてレグナは朝食の準備に取り掛かっ

た。


「そういや、昨日は帰ってすぐ寝たんだったなぁ。」


昨夜も見た郵便受けの雪を払い、一応今朝も見る。

 何もなし。まぁどうせ中に入るものなど、半月に一回の機工新聞と不在時に来訪したエ

ルの恨み言くらいしかない。

 エルにはちゃんと一泊二日で仕入れと言ってあったので、当然昨夜も今も郵便受けには

何も入っていなかった。


「今日の予定は……なし。

 急ぎの予定も、急がない予定も何もなし。

 ようするに今日も暇、と……」


朝食を作り、食べる。ちなみに量は三人前ほど。

 こんなにヘビーな朝食は久しぶりだなぁとか思いつつ、壁のカレンダーに目をやった。


「エル王女の誕生日まで、あと四日、か……」


城で誕生日を迎え、それから雪姫の祠へ。

 王女を連れる人力の乗り物は昼夜を問わず進行、翌日の日中に雪姫の祠に到り、中で契

約を行い城へと帰還、誕生日の二日後の深夜王城に到着。

 その翌日、戴冠式を行い、晴れて大々的なお祭りが始まる予定になっていた。

 レグナ的には、あと一週間は開店休業状態になるわけだ。


「いっそ、長期連休にしてどっか行こうかなぁ……」


半ば本気で―――けれど絶対に実行することはないとわかりながらそんなことを呟き、朝

食の片付け。

 全部片付けると、レグナは工房へと移動し―――しばらく悩んだ末、結局長椅子に深々

と腰掛けた。


(今日の予定……

 まぁ、何が来るかわかんないしな。備えておくか)


長椅子に腰掛け、目を一瞬だけ閉じて。

 とりあえず一通り道具の手入れや点検をしようと思い、レグナは長椅子を下りて机に向

かった。あの夢を見た以上、どれだけ警戒し準備してもし過ぎということはないはずだ。

 窓の外の空は、そろそろ明るく眩しくなってきている。

 雪の国ゼルデアの朝は、けして早くはない。まして今は冬、特に日の出の遅い時期であ

る。

 朝の遅い周りの家々も、ぼちぼち起き出す頃かなとかぼんやり考えつつ、一つ一つの機

具を丁寧に調べ、調節し磨いていった。



 あらかた道具の手入れが終わった頃、あるいは『今日の出来事』なのか、玄関の鈴が鳴

り来客があった。

 工房の一角が商品の展示スペースっぽくなっており、普通に外から来た客はまず商品の

前に、そしてテーブル、作業場、机の順に進んで、一番最後に長椅子へと到る。


(いや、普通の客は長椅子まで来ることは絶対ないけどね)


わずかな苦笑、それを消して立ち上がるレグナ。

 今日来たのは、普通の客と我が物顔の友、その中間くらいの友人兼常連客だった。


「よっ、若旦那。早起きだね。」

「おはようございます、ルーマさん。

 魔物狩りの成果ですか?」

「あぁ、泊まりで乱獲に行って来たもんでな。石を売りに来たぜ。」


駆け出しの冒険者は買い取りを行う詠晶石屋に石を持ち込むが、慣れた者は直接工房や魔

術師の館などに売りに行く。その方が間を挟まない分、お互いにとっていい値で取引がで

きるからだ。


(まぁ、信頼関係とかある程度の長さの付き合いとかは必要だけどね)


「とりあえず、作業場に適当に広げてもらえます?」

「わかってるって、ちょっと待ってな。」

ルーマが詠晶石を取り出し、わりと慣れた様子で並べて行く。

 レグナは並べられた端から機具を片手に石を手に取り、自分なりの基準で捌いて行く。


「ちなみにルーマさん、これ全部でいくらって見ました?」

「デカイのが数個に、純度がワンランク落ちる小物が型がそろって多数。

 まぁざっと見て、レグナんとこなら50くらいかなと。」

「うん、大分目利きに慣れて来ましたね。

 全部で54ってところで。よろしいですか?」

「50でいい。その分お茶と、こっちも頼むな。」


言ってひらひらと焔を振って見せるルーマ。レグナは頷くと、湯をセットしてから代金を

支払った。


「ちなみにレグナの所は景気はどうだい?」

「出店もしないしお祭りとは縁がないし。

 ここんとこ全然客なしですね。」

「そっか、まーしょうがないよな。

 ガキ用のおもちゃとかは売らないのかい?」

「ぼくが作ると、おもちゃのわりにかなり高くなりますから……

 手を抜くの、苦手で。」

「あっははは、らしいな。」


ごく自然とテーブルについたルーマは、明るくさっぱりとした笑いを浮かべた。


「手抜きはできませんけど、そこそこのこだわりなら応じますから。ルーマさんも何か買

いません?」

「旅暮らしに大がかりな機具は似合わないよ。

 レグナにゃ悪いけどこれだけで十分だな。」


右腕で焔を掴んでひらひらさせてみせる。

 義手は別の技師製だが、内蔵されたイフリートはレグナの手によるものだった。

 正確には、機工火銃の存在に気づいたレグナがそれを見て、出来の悪さと不便さに絶句、

納得できなければ金はいらないと勝手に作ったのが付き合いの始まりだった。


「腕がいいのは認めてるんだが、いかんせん必要ないもんは必要ないもんな。

 花束なんか持ってもしょうがないだろ? それと同じだよ。」


テーブルから聞こえる声に、あるいは距離が離れているからか、笑いもせず答えるレグナ。


「んー。

 確かに洗濯機とか調理機具とかはいらないでしょうけど。

 機具とは無縁に、花束とかは似合うと思いますよ?」

「……

 ばっ、ばかやろーっ!」


遠くから容赦なく後頭部めがけて飛来する詠晶石を、振り向きもせずにフライパンで受け

るレグナ。


「ルーマさんの突っ込みは、悪意がなくてストレートな分防ぎやすいですね。」

「く、くぬぬぬぬ……」


(まぁ、あれに悪意があって直撃でもしようもんなら、多分気絶コースだしな)


心なしか少しだけ歪んだ気のするフライパンを置いて、レグナはお茶を出した。先日ファ

リナが騒いだクッキーも一緒に出す。


「んじゃ、のんびりしててもらえますか?

 少し焔お借りしてますので。」

「あー。」


小さく音を立て、一口飲み干してから。


「暇だし、見ててもいいか?」

「構いませんよ。多分見てても暇ですけど。」


あっさり答え、お茶のトレイを持って机へ移動するレグナ。机の側に置いてあるテーブル

の上にトレイごと乗せると、ルーマから槍を受け取り机の上にそっと置いた。


「……

 言えた義理じゃないけどさ。」

「ん、なんでしょうか?」

「よく軽々と、焔持てるな?」


確かに、ごく平然と指二本でその槍をぶんぶん振り回せるスーツ姿の少女のセリフではな

いだろうが。機具、とりわけ機具の武器というやつは総じてかなり重たい。


「まぁ、機工技師も腕力くらいはないと勤まりませんよ。

 ルーマさんこそ軽々と持つじゃないですか。」

「まぁ、そうなんだけどねぇ……」


なれた手つきでレグナは焔の外装を外した。


「ふむ……

 ん。そうだな……」


小さく呟きつつ、平然と各部を外し部品や何かを確認していく。

 愛用の槍がばらされる様を、あるいは愛用の槍をばらす様を、スーツ姿の少女は黙って

じっと見つめていた。


「ルーマさん、後ろの棚の下の段の一番左、詠晶石取って。」

「あ、は、はい。」


いつもより凛とした声。口調まで変わってることに圧されてか、素直に頷くルーマ。


「獄火よ、我が手に習いて舞い踊れ!」


詠晶石を机の台座に置き、かざすように焔を構えるレグナ。

 幻影のような炎が、作業場内に一瞬だけひるがえった。


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