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ティグレス通り

大通りから脇へそれ、さらに脇道を選ぶ。その脇道からまた脇道、もひとつ脇へそれたところで少し広い通りへ出る。そこからまた脇道へ……、


「ってここ、さっきの道じゃない!自分のお店忘れたんじゃないでしょうね!?」


「失礼な。おら、次を右だ」


これであってるんだ。例え後二回この道を通るんだとしてもな。


ぐるぐる歩く。ぐるぐるといいつつちょっとした距離だ。


「ちょっと! また同じ道!」


少し広い通りへ出る直前の細い脇道――ただし三回目――でさっきまでとは違う道を選ぶ。


「え? こんな道、あった?」


ティグレス通りはほっそい通りだ。気をつけないとみすごしてしまうような。しかも隠し通りだ。ある特定の道を三回も周るという、よっぽどのことがあっても誰もこないような。


ちなみに最初のプレイヤー客は天性の方向音痴であったらしく……なんで大通りのラディンのとこ行こうとしてうちに来れるんだよ!しかも金貯まったらまた来るって言って、どうせ来れねぇじゃねぇかよ!


まぁ、そんな奴だ。俺と今一番交友値の高いプレイヤーは。


ちなみにそいつから噂を聞いてやってきたのが5人、さらにそいつらから噂をっていうのでベータテスト期間の17人全員だ。


買い物した奴? 3人だな。最初だと高いんだと。


カラン


耳に馴染むベルの音。シャンクのところも同じのはずだけれど、なんとなくうちのと聞き分ける自信がある。


「誰だ!? ―――ジャック!?」


(話せるのか!?)


俺の発言はならなかった。なぜだ?昨日は発言できたのに。


「え? ジャック、お店に、人?え?」


「君は……プレイヤーか?」


おうおう。やっぱしユウヒを連れてきたかいがあったぜ!


「あなたは、あなたもプレイヤー!?」


「おい、ちょっと落ち着け」


このあたりの発言は大丈夫っと。ついでに血の通った人間たちを落ち着かせることにも成功。


「ジャック、これはいったいどういうことなんだ?昨日からこの店から出られやしない。その上家の中でもいける場所に限りがある」


それが俺の3年間続けてきた日常なんだがな。かなりジャックは疲弊しているようだ。


「えと、あなたは本当にプレイヤーなんです、よね?名前もちゃんと出てるし」


おいユウヒ、タメ口はどこ行った。


「君も、かい? この……デスゲームとやらに捕まった」


「デスゲーム……はい。あなたはどうしてここに?ここは彼、ジャックの店だと聞いたんですが」


「そうなんだ、そこがわからない。ジャック、君にはわかっているのか?」


「わからねぇ。あんた、昨日はどうだった?」


まったく昨日からわからないことだらけだ。


ちなみにジャックはベータテストの最中、ここのNPCがあんまり精巧だからと意思があることを断じていた珍しい奴だ。プレイヤーどもには笑う奴もいたが、交友値下げられてるぞ、絶対。


だからこいつは昨日俺のところで縋る様にしていたのだろう。縋れる相手だと信じて。

でもなぁ、俺のところに最初に来たとは思えないんだよなぁ。ここって奥まってるからさ、こいつの口から聞いたことのあるガッゴやジュニーのところの方が行きやすいだろう。


「昨日ってここに来る前かい? それとも後? とりあえずデスゲームになってからガッゴとジュニー、トグイのところへ行ってここへ来た。そうだ、みんな対応がおかしかったんだ。ジャック、今までみたいに普通には喋れないのか?」


普通って……いや確かにベータテスト時より会話の筋がおかしいのはわかるけどな。あれは想定の範囲内の会話だったからだよ! デスゲーム化した理由なんて交友値貯めても言えねぇよ!もちろん今の俺は知らないけどな!


「おかしいって、NPC全体がバグってるってことですか? 昨日泊まったロードンさんのところは奥さんもご主人もちゃんとお話できましたよ? NPCの感じはぬぐえませんでしたけど。でもこいつは結構おかしいです」


なんだよユウヒ! NPCの感じって! そんで俺がおかしいのは行動範囲と可能な会話内容が一致してないからだ!


ちなみに会話のレパートリーにバグについてはない。親父殿がバグなんてありえないと入れなかった。

又、プレイヤー、NPC、システムなんていう言葉も解説にしか入っていないし、デスゲームなんて以ての外だ。あと存在自体にかかわる内容もNGかな。喋れるのは当たり前、意思があるのも当たり前、立つのも座るのもできるに決まってるだろうという話。

従ってこのあたりの話題だと俺の沈黙は多くなる。


「とりあえず名乗ったらどうだ? 俺がジャックってのは知ってるよな?」


名乗りは基本だ。決して混ざれない会話にうんざりしただけじゃない。


「あなた空気読め……ないのよね。すみません、お兄さん。私はユウヒです」


「あ、これはご丁寧に。僕はジャック、こっちのジャックと混同するようなら」


カラン


「ジャック! やっとついた~。あれ? ジャッキー君もいる。そっちの子は?」


おっと、客か? 入ってきたのは、


「ルビィ!久しぶりだな!」


まさかのまさか、俺の店の初めての客! よく来れたなとは言わないでおこう。


「いや~、ジャックのお店見つからなさ過ぎるよ~。買いたい物あったのに」


しかもちゃんとした客として! ……この場合どうなるんだ? 俺じゃなくジャックから買うのか?


「ルビィさん! 俺がジャックだって言いませんでしたっけ?」


「でもジャッキー君はハンドルでしょ? ジャックはこれが唯一の名前なんだから譲ってあげるが吉」


なぜに占い? しかもジャッキーってジャックだったのか。あの呼び方だと一朝一夕のものではあるまい。


まぁ、


「そうそう、俺がジャックだ」


「え? え? ジャックはジャックでお兄さんもジャックでジャッキーさん?」


混乱してるなユウヒ。簡単だぞ、落ち着いたら。


「あなたはどなた? わたしはルビィ。ベータテストのときからこっち来てるんだ~」


デスゲーム化してから会った中で一番落ち着いてるな、こいつ。


「え、えと、ユウヒです。よろしくお願いします」


「よろしくね~。ところでジャック、このお店が繁盛したのはわたしのお陰、まけろ。具体的には<アイアンソード>半額で提供よろ」


「無理な相談だな」


値引きは交友値40からだ。まぁ今の俺に決める権利があるのかどうか……。


「なんで~? 儲かってるんでしょ? っていうかなんでジャッキー君がカウンターにいるのかな?」


「それなんですよ!実は……」


ジャックがルビィに昨日からあった事を話す。うん、ジャックが経験したことって言うのを除けば普段の俺の日常だ。ジャッキー君か。


それに続けてユウヒが俺と昨日出会ってからのことを話す。要約すると俺がNPCとしてありえない行動をとっている、ゲーム攻略の意志があるらしい、発言が噛合わない事が多い、など。


最後のは俺のせいじゃない。こいつらの持ち出す話題が悪いんだ。まぁおれもこの件に関して理由を知りたいという気持ちはなくもない、黙って拝聴する。


「へ~、面白そう? とりあえずジャックとユウヒちゃんはフレンド登録、ジャッキー君は<アイアンソード>半額で、おーけー?」


「ちょっっっと待って下さい、何でそうなるんですか!? 大体こいつに触ったら俺みたいにここに閉じ込められる可能性だって!」


お、そういう考え方もあるのか。触るくらいなら昨日ユウヒにやったけどな。


「考えたって仕方ない? 攻略して××××に聞いたらわかると思うしね~」


すばらしく正論だな。


「おし、よろしくな、ルビィ」


恐ろしく納得した俺は彼女に向かって手を差し出す。何かって? フレンド登録だよ。握手しないとなんだ。


さて、俺にフレンド登録はできるのか。普通ならコマンドは出ない。だが、だからといって諦めるには早い。今の俺は普通じゃない! 何事も挑戦だ。


バチィッ


効果音とともにルビィが床に転げる。やはりフレンド登録は出来ないのか……いや、待て。今のは接触を拒んだだけで、俺から触ったらいけるんじゃね? 失敗してもルビィがはじかれるだけだ。多分。


「よっと」


ルビィを助け起こし、フレンド申請を送る。


うおぉっ、成功!


「あれ~なんで? あっ、ジャックからだからかな。成る成る」


一瞬、一瞬考えたらわかることを聞くなよ。


「というわけで問題なしね。ユウヒちゃんもはい握手。そういえば噂、フレンド申請は握足でも出来るらしい。ジャックとジャッキー君試して?」


「そりゃデマだ」


握足ってなんだよ握足って! 握れねぇだろ!


「えと、ジャック」


おっとユウヒともフレンド登録だな。ジャック改めジャッキー君も不審を顔に浮かべながら手を……、


バチィッ


弾き飛ばされたのはやっぱり俺だった。どうなってやがる。


「昨日と同じ、か。ジャック、店の外には出れるかい?」


出れなくなってたら泣くぞ、俺は。大急ぎで扉を開けて確認。よし、正常……じゃなくて異常!


「僕も出れそうにないな」


言ったジャッキー君は出られない。この時間はこの建物の店側だけだ。


「げ、元気出してください。そうだ、ここにいたらデスゲームの対象にならないんじゃ?」


そうか、街中じゃあ原則プレイヤーキル禁止だからな。三食出るから飢える事もないし。俺はもう戻りたくないが。


「うん、それは僕も考えた。だけどこれから先この町がずっと安全かの保証はない。ほら、MMOじゃたまにあるだろう? モンスターの都市襲撃イベント」


おお、よく気づいたな。普通のNPCなら元通りポップするが、こいつはプレイヤーだからな。


「そのときは守ってあげるよ? 何かあったら呼んで? それよりお会計!」


「あなたほど我が道を行く人間という言葉が当てはまる人もいませんよ……。まぁ万一のときはお願いします。会計、はこれか。あ、半額できますね」


成る程、我が道を行き過ぎるから迷うんだな。


値引きができたのは交友値がプレイヤー間で常にMAXだからだろう。つまり最大60%の値引き。


「おしゃー! アイアンソード、ゲットだぜ!! あと下取りも願う」


「あ、俺も」


ルビィに便乗。ここでこのあたりのアイテム全部売っちまおう。昨日取った素材は、あ、加工できるのか。剣の類も一部残して、と。


ところでここは俺の店のはずなんだがな。まるでジャッキー君が店主じゃないか。


「君、売るものなんて持っているのかい?」


「失礼だぞ、俺を何だと思ってる」


ジャッキー君の方に要らない物をざっと提示する。俺は冒険者で通りすがりの売り手の立場。だがその本来は、


「ここの商品か! ……なるほど、鍛冶屋、ね。ここのは全部君が?」


会話の合間に取引。


ちっ、適正価格でしか買取やがらねぇ。それでも懐は潤った。あとは防具とポーション。


「いや、素材がねぇからな」


本来ここでクエスト発生なんだぞ。最初だったらこの町の近くで取れる石系素材のクエストだな。


うん? 今は俺が言わさせられたが、ジャッキー君が言ったらどうなる? つまりその素材があるかどうかを。

えっと、あの素材で出来るのは、


「<スチルソード>ってあるか?」


「なんだい? それ。ってあれ?これは、クエスト発注!?」


おお、実験成功。俺のところでクエストを出す条件は全部わかってる。自分のだから当たり前か。ちなみにうちのクエスト報酬は全て現物支給だ。


「それってアイアンソードより強い? 私にもそのクエスト出すべし。えっと、<スチールソード>下さい?」


ぽろんぽろんと音がして三つのクエストが発注された。ユウヒ、お前もちゃっかりしてるな。


【採取クエスト;ソリッドストーン×5】

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