薬屋にて
シャンクの店の閉店時間は俺の店より二時間遅い。
理由としては二つだろうな。
まず、客が多い。
大通りに面している上に消耗品を扱っているから当然だ。ヒールポーションSとか、マジックポーションSとか。あと常連になる、つまり交友値を上げれば毒薬なんかも売ってくれるらしい。買う機会なんてないが。
次に、交代要員がいる。
俺たちNPCは営業の合間になぜか飯の時間があるわけだが、交代要員がいればその時間に店を閉めなくてすむ。つくづく無駄な設定だ。
おっと、シャンクの店だ。通り過ぎるところだった。
なべの書かれた緑の看板が闇にまぎれて少々見えにくくなっている。
カラン
戸を開けると二人のプレイヤーと店番をしているシャナさんが目に入った。シャナさんはシャンクの姉で、シャンクと一緒にこの薬屋を切り盛りしている。父親と母親はいない。そういう設定だ。
「いらっしゃいませ」
シャナさんは俺の姿を目に止め丁寧な挨拶をした……。
嘘だろ!? おい、まさか本気で交友値初期化!?
薬屋の姉弟と俺との交友値は互いにMAXだ。シャンクと会うたびにシャナさんとの交友値も上げたからな。そして俺が何か買うことなんてないので訪れた際にはこう言われる『また来たの? たまには何か買ってってよ』と。
と、そこまで考えてまだ結論付けるには早いと気がついた。ここには今二人のプレイヤーキャラがいる。奴らとシャナさん、奴らと俺の交友値は当然30未満だろう。
つまり奴らがいる限り俺は事実を確かめることができないのだ。
幸いにしてプレイヤーたちは早々に買い物を済ませ、俺やシャナさんに特段注意を払うこともなく店を出て行った。
「ありがとうございました。―――ジャック、何で君がここにいるの!? うちのカレンダーって壊れてたっけ!?」
シャナさんは勝気そうな顔をして本当に勝気な性格の美人さんだ。
さっきのプレイヤーども、なんであんなに急いでたんだろうな。普通は声をかけると思うのだが。もちろんナンパ的な意味で。血の通った人間たちと俺たちは美的センスが違うのだろうか?
「壊れてないと思います。いっそ俺のほうが壊れてる、みたいな?」
「何で疑問なのよ!とりあえず奥行きなさい。次のお客が来たらまた話せなくなるから。―――シャンク」
どうやら交友値は失われていなかったらしい。ありがたく店の奥に入れてもらう。
NPCの生活空間に入るには、90点以上の交友値と家主の許可が要るのだ。
「ジャック!? 何でお前がここにいるんだ!? うちの時計は狂っていたのか? 道理でいつまでたっても店を閉められないわけだ」
呼ばれて何事かと出てきたシャンクはシャナさんと似たような事を言った。さすが姉弟。顔立ちもよく似ている。何で俺は顔の優遇を受けられなかったんだ?
「多分お前のところの時計は正常だ。客が多いのはいいことだろう?それでちょいと相談がある。奥はいるぞ?」
「あ、あぁ。とりあえず今は二日目の夕七時二十一分三十四秒でいいんだな?」
「いや、二十一分三十七秒だ」
細かいことを気にすることを呆れられつつも、シャンクたちの居住空間へと招きいれられる。居間にあがって真っ先に目に入るのは白くてゆったりとしたソファだ。ソファ。もう一回言う、ソファだ。
何でこんなにしつこいかって? そりゃあうちの居間が卓袱台と座布団で絨毯なしの寂しいというか寒々しい内装になってるからだよ。絶対に俺、親父殿に嫌われてるだろ。
「まぁ座れよ。……そんな目で見てもソファはやれないからな? システム的に」
「そうだよ! 今の俺なら持ってけんじゃねぇか!?」
システム管理外っぽいからな。シャンクのところには座布団でも……シャナさんが怖いっすね。
「どういうことだ? そもそもなんで今ここにいるんだと聞くべきだな。で、なんでだ?」
「それなんだよ! なぁシャンク、プレイヤーキャラに触って弾かれた事ってあるか?」
「あるわけあるか。ベータテスト期間に姉さんが何度か弾いてたが。……そういえばお前、以前はだれかれとなく触って弾かれてたな」
「懐かしいことを持ち出すんじゃねぇ。退屈だったんだよ。あん時は」
交友値の低いころって何もできないに等しかったからな。せいぜい露天で旨い物を探すくらいか。
「公衆の面前でぶっ飛ぶのはちょっと俺には無理だな」
「格好つけめ。―――じゃなくて、今の俺の状況だよ!」
話が脱線してしまった。
「簡潔に、どうなってるんだ?これ以上聞きようがない」
「俺にもまったくわからないんだ」
だがそれでは話が進まない。俺はジャックが来店してから起こったことを話す。
触られた俺がなぜか弾かれたこと、ジャックが俺のせりふを口にしたこと、俺の行動範囲に制限がないらしいこと、交友値はそのままであるらしいこと。
こうしてみるとわからない事の多さが際立つな。
「よし、まずは手前の通りで何か叫んでこい。何なら話しかけて、肩でもたたいてみろ。得意だろ?」
「なんでだよ!」
そんなことをしたって……あれ?どうなるんだ?
「通常なら声は出せないよな? つまりシステムの制限がないってどのくらいなのかを知りたい。行動範囲についてなら町の外へ出られるのか、ダメージは受けられるのか。交友値だとプレイヤーとの会話はできるのか。今簡単に調べられるのはこれだろ?」
さすがシャンクは優遇されている。外見、生活、頭脳、どれをとっても素晴らしい。
「よし、じゃあ行ってくる」
店側に出るとちょうどまた一人のプレイヤーが入ってきたところだった。
(こんちゃー)
音声は、出なかった。
……あれ? 俺店でジャックに声かけたよな?
奥から出てきた俺に驚いているそのプレイヤーに近づき、肩をたたいてみる。
これは、弾かれない。
「ちょ、あんた何? 慣れなれしく触らないで! セクハラの通報出すわ……よ? え? 何? なんで?」
次に店の外へ出て叫ぼうとしてみる。
音声は出ない。辺りにはちらほらプレイヤーがいた。
そこまで確認して店の奥へ戻ろうとする、と
バチィッ
先ほど肩をたたいたプレイヤーが俺に接触を試みたらしい。うん、何で俺がジャックに弾かれたのか謎だ。
「な、え?ちょっと、止まりなさいよ、こら」
奥に入ろうとして気がついた。
このプレイヤーがいる限りシャナさんから許可もらえねぇじゃねぇか……。
「何とかいいなさいよ!」
ずいぶん怒っているらしいこのプレイヤーをどうどかそうか考える。
口を利こうにも……と、脳裏にいくらかの返事が浮かんだ。
「俺はジャック、ディグレス通りで鍛冶屋をやってる。あんたは?」
どうやらプレイヤーから話しかけたことで、しがないNPCにも発言権が生まれたらしい。発言内容はAIに刻まれたテンプレだが。
「わたしはユウヒ……じゃなくて! 鍛冶屋って!? それになんで……え?」
プレイヤーが名乗ると同時に彼女に対する交友値が設定された。初期値で5点。町人の相場がどれくらいなのかが解らないので後で町人の友人に聞きにいこうと思う。
それにしてもこのプレイヤーがここまで混乱する理由は何だろう? プレイヤーへの接触に制限はないはずだ。訊こうにも発言の選択肢の中にちょうどよいものがない。
「落ち着けよ、お嬢さん。鍛冶屋ったら武器を売るあれだ」
これが精々だな。
「知ってるわよ! 何であなたセクハラの通報リストに載らないの! 名前も最初は表示されてなかったし!」
これにはぴったりの選択肢があった。
「俺がNPCだからだよ。システムの解説はいるか?」
面倒だけどな。聞かれたら答えないといけないんだ。―――って、え? 義務がない? おかしいだろ。……まぁ今更か。
NPCの義務、プレイヤーからの疑問にはシステムの許す限り正確な解答をする。ただしシステムの許す限りという制限の通り、教えてはいけないことがある。交友値とかな。
だがその制限もないらしい。発言の選択肢に禁止内容に触れるものがないから今は話せないが、自由会話ができたらいけそうだ。
「えぬ、ぴーしー、って、え?」
となると俄然この血の通った人間に興味がわいた。うまく次にも話しかけてもらって交友値が50を超えれば……何ができるだろう?何が知れるだろう? 今からでもわくわくする。
「ノンプレイヤーキャラクターの略だ。偉大なる親父殿の作ったAIによって状況を理解、分析し、行動する。格好いいだろ?」
義務がなくても何でも答えてやる気になった。選択肢から一番気に入った答えを選ぶ。
いや、『ノンプレイヤーキャラクター、人工とはいえちゃんとした頭脳によって動いてる。あんたのほど高性能じゃないけどな』って……自虐的過ぎるだろ。少なくとも俺はNPCの自分に誇りを持っている。
「いだいなるおやじどの……それって××××のこと!? だったら今すぐそいつに会わせなさい!! 何考えてるのよ××××は! こんな、命を玩ぶような」
その答えは単純明快だ。夢だったから、そうしたかったから。
つまり遊んでるだけだな、あの血の通った人間は。
もちろんそんな答えは選択肢にないので、残念だがこう言うしかない。
「それにゃあ答えられねぇな。他にはあるか?」
それを聞いて血の通った人間、ユウヒはぺたりと床にへたり込んだ。そのままひどく顔をゆがめながら叫ぶように言う。
「なんでよ! 何でわたしがこんな! いつもなら、いつもならご飯食べて、お風呂はいって、札束刑事見て……」
なんとなく、高揚した気分が沈んでいくのを感じた。
つまらない。この人間とのやり取りが、ではないと思う。なぜだろう?少なくともシャンクやシャナさん、他のNPC連中と話すときには感じたことがない。
こういうの、なんて言うんだろろうな、血の通った人間は。こういうのがあるのかどうかも知らないが。
俺たちは、少なくとも今の俺は、そのつまらなさに理由をつけることはできないのだった。