薬屋の姉弟
真新しい防具を装備した俺は足早にシャンクの店へと向かう。
いやー、うん。言い訳のしようもないほどに後回しにしたな。
日の光の中で見る緑の看板は誇らしげに輝いている。
カラン
「らっしゃい」
店番はシャンクだった。その上先客が一人。
お、あの防具、ここまでに見かけた奴らがつけてたのより頑丈そうだな。
「お、あんたすげぇな。俺はガン。あんたは? ベータテストで見たことあっか?」
プレイヤーガンに交友値が設定される。それにしてもシャンクの不機嫌が手に取るようにわかるぞ。
俺はシャンクに身振りで謝罪を示してからガンに応答する。
にしても背高いな、こいつ。ガタイがいいというのか、とにかくごつくてでかい。
「俺はジャック。NPCだ」
「あん? NPC? ……イベントか?」
失礼な。
そして昨日からもう4度目の……、
「俺は自分で状況を理解、分析し、行動するAIなんだ」
きっとこれからプレイヤーに自己紹介するたんびに言わなきゃなんじゃないだろうか。ちなみに『親父殿~』はこれからも省くことにする。突っかかられるのがわかったからな。
「……いやまておいこら。もっかい言ってくれないか」
「俺は自分で状況を理解、分析し、行動するAIだ」
くそ、もっと語彙があれば趣向を凝らしたすばらしい自己紹介ができるのに。
「……ほんっっとに手の込んだゲームだな」
……? どういう意味だ?
「まあいい。その鎧どこで売ってんだ?剣も違うな」
何だ? こいつ。
それにしても昨日から会った中で驚き慌てない血の通った人間というのは初めて……でもないか。ルビィがいた。
とにもかくにも俺の店とティティの店とを宣伝しておく。これが奴の暇つぶしにでもなることを祈ろう。
「アーマーの方はシェイド通りのティティのところで、剣は俺の店のだ。気が向いたら来い。ティグレス通りにある」
口頭の紹介で来れる奴がいるか疑問に思うかもしれない。
そしてその問いにはいないだろうとしか答えられない。
だがこれはNPCの紹介なのだ。
おそらく今彼のマップには二つの店の位置が表示されただろう。昨日までならサービスでナビしてもよかったのだがこれからは忙しいからな。自力で頑張ってもらうとしよう。
「ふうん? ここはまだ見てなかったな」
カラン
…………は? え、おい、え?
俺の返答を聞いたプレイヤーガンは手を中空で動かしながら――恐らくはマップのチェックなのだろうが――俺に礼を言うことも、振り返ることもなく、ドアベルを鳴らして去っていった。
なんだってんだ?
「NPCに知能を認めないってとこか」
やつの態度に説明をつけられず突っ立たまま考え込んだ俺にシャンクが答えをくれる。
「おお、さすがシャンク!」
そうだ、それだよ。ベータテストのときにもそういう態度の客が三、四人いた。まあこっちもそれなりの態度で応じるだけだけどな。
「まあ次からは考えるさ。ところでジャック、お前への扱いも考えたほうがいいか?」
「すまんっ」
もう謝るしかない。事情を仔細伝えて許しを請おうじゃないか。
ああくそっ。良かれと思ったティティのところへの寄り道にすら後悔を覚える。
「……ったく。今回は許してやる。それで、フレンド登録ができたっつったか? 俺とはどうだ?」
俺の話を聞き終えたシャンクは寛大な心と深い慈悲の精神でもって俺の行いを許した、まる。
にしても、シャンクとフレンド登録! できたらすばらしいな。なんてったってフレンドの画面、めぇる機能がついてるんだよ。めぇる。遠く離れた相手と簡単に文字のやり取りをする機能。
それがあれば遅れる際も事前報告ができるじゃないか。遅れないのが一番だともちろんわかってるぞ。保険だ保険。
手を差し出す。ジャックがそれを握り、俺のほうに申請のコマンドが出た。
「お! これで許可にすりゃいいんだな」
俺たちは今、NPC間において初のシステム的フレンドになった。
「同シティ内での相互位置把握、対価なしでの物品の受け渡し……ってこれはいつもじゃないか。それに遠距離での文章のやり取りか。おいジャックよ」
「なんだ?」
「今度から定期的にこれ使って連絡しろ」
なんでまた。今までほとんど毎週会ってはいたが約束しているわけではなかったし、いかなかったところで文句の来ることもなかった。
強制のある関係ではないはずだ。
「心配したんだよ! あのな、お前は今わけのわからん状態だ」
そりゃあまあ、否定のしようはないな。
「だから、消えるかもしれないだろうが! ……お前に消えられたら退屈なんだよ。一応親友だしな」
親友を、退屈させるのはいやだな。それに身を案じられるというのはなんとなくうれしいものだ。初めて知ったが。
「了解。なるべく連絡は入れる。……具体的には、そうだな週一でどうだ?」
「……本気で親父さんとこに行くのか」
「おう!」
「まったく。……三日に一度だ。これからはこうして顔を付き合わせて話すこともなかなかないんだろうからな」
そう、か。そう、なんだよな。
俺はこのシティはもちろん、エリアからも出て、さらに遠くを見に行くつもりでいる。それはシャンクがこれからもこの店とシティに縛られるのをわかっていても変わらない。
「了、解。暇ができたら顔も出す」
果たしてどれくらいここに戻ってくるのかは知れないが、俺はその約束を深く電子の頭脳に刻み込んだ。
そして、妙にしんみりしてしまった空気をかきけすため、できる限り明るい声を出す。
「それでだ、シャンク。ポーション売ってくれ。今度はちゃんと金がある。あとお前のとこってクエストあったか?」
「昨日売ったやつなら正規価格で販売してやろう。いくつ買う?」
なんとなくまけろといいにくい雰囲気だな。いやに正規と主張している。……シャンクよ、実はまだ怒ってるだろ。
引け目のある俺は文句を言わず言い値でヒール、マジックそれぞれS20個とMをためしに二つ買う。
おし、がつがつ稼ぎに行かないとな。
「そんでクエストか……このあたりで採れるのなら、赤青緑の薬草、各二十持って来たら特製ポーション五個創ってやる。どこが特製かは敵で試すんだな」
「敵で!?」
しかも脳内変換で「創る」ときたんだが。
「ランダムで決まるんだ。一度で作る分なら同じ効能だから持ってくるならまとめたほうがいいぞ」
確かに毒薬もやってるとは聞いてたけどさ! なんとなくシャンクは堅実にものを作るんだと思ってたんだよ! 作ってんの見たことないけどな!
「ま、まあ、見つけたら集めてくる。あと用事ってなんかあったか?」
報告、ポーション補充、おまけでクエスト受注。後はひたすら駄弁るか?
と、奥からシャナさんが顔を出した。
「シャンク、とジャック!いらっしゃい。本当に自由なのねぇ。あ、何か買ってく? 私が扱ってるのは基本的に毒薬だけど」
――この薬屋姉弟、開けてる時間じゃなく、扱うものの差で二人だったのか。確かに二人カウンターに並んでることも多いが。買い物しれはないと気づけない面だな。そしてシャナさんが毒のほうか。いいけどな、別に……。
「麻痺系と睡眠系、ダメージ系は継続と瞬間とあるわ。まぁ威力はあんまり期待しないでね。材料があれば楽しいんだけど」
「エーとじゃあ、オススメの一つ下さい」
毒なんぞわかりませんです、ハイ。
昨日今日の感じじゃしばらくは斬るだけでいけそうだった。もちろんあのナイトウルフが動けなくなるならそれはなんともありがたそうだが……もし今また遭遇したとして、毒をぶっ掛ける余裕なんてあるだろうか?
うーん、このあたり精進すりゃいいのかしれんが……。一番己にあうやり方を模索するよりないな。
「これ、おまけね」
そう言ってシャナさんは嬉しそうに正規価格の麻痺毒一つに即効性ダメージの毒薬と睡眠薬を二づつつけて売ってくれた。
……どうしよう、今さっきまでとシャナさんの笑顔の意味が違って見えて怖い。