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Early Days  作者: Hirotsugu Ko
本編
28/30

第二十七話

 次の日の朝のこと…

「くそ…あんまし、良く寝られなかったぜ」

 晴翔は、むくりと起きて、大きな欠伸をすると、

「あのクソ親父め…今度、会ったら、ただじゃすまないからな」

 目つきを悪くして、ぶつぶつと文句を言った。と、その時、遠くから華原の声が聞こえてきた。

「晴翔…そろそろ起きないと、朝練に遅れるわよ!」

 その声を聞いた彼は、ぶるんぶるんと首を振って、気持ちの切り替えをし、

「さあ、きれいさっぱり忘れて、元気よく朝練に行くか…」

 ベッドから降りると、

「でも、先生には、本当に感謝だよな。俺の親は、やっぱり先生だよ。あんなクソ野郎じゃない…」

 小さく笑って、部屋をあとにしたのだった。


 晴翔が支度を終えて、玄関にたどり着くと、いつものように華原は、彼にお手製の弁当を渡した。

「はい、お弁当よ。今日も、がんばってね」

「ありがとう。先生…」

 彼が、弁当を手に取り、しみじみとした気分で見つめていると、

「どうかしたの?」

 彼女は、首をかしげながら、そう問いかけた。すると、

「先生には、本当に感謝しているよ。こんな手のかかる俺を、育ててくれて…」

 それを聞いて、くすりと笑った。

「何を言っているのよ、藪から棒に…もしかして、お小遣いでも欲しいのかしら?」

「そんなんじゃねえよ…まったく!」

 その発言に、彼はムカッとくると、ふいに彼女は、穏やかな顔をした。

「でもね…私は、君を本当の息子のように思っているの…だから、君を育てることで、辛いなんて一度も思わなかったわ」

「先生…」

 その言葉に、彼が次第に怒りを忘れると、

「それに、君は、本当に素直でいい子だもの…私は、君に出会えて、本当に神様に感謝しているのよ」

 彼女は、にっこりと微笑んだ。それを見て、

「ありがとう、先生…」

 彼は、感謝しながら、大切なお弁当をかばんにしまったのだった。


 玄関を出て、門の前まで歩いてから、晴翔は華原に振り向いた。

「じゃあ…いってきます」

「うん…いってらっしゃい」

 穏やかな笑顔を見せながら彼女は、門の前で手を振り続けた。だが、彼が見えなくなると、

「本当にどうしたのかしら…帰って来てから、ずっとあんな感じなのよね…」

 変な胸騒ぎに襲われた。普段とは違う彼の態度に、彼女は妙な違和感を覚えていたからである…と、その時、急に背後から、何者かが襲ってきた。

「大人しくしろ!」

「むぐぐ…」

 男は、彼女の口をハンカチのようなものでふさいで動きを封じた。すると、彼女は次第に意識を失い、その場に倒れたのであった…

「このスケが、晴翔をかわいがっているここの先生か…悪いが、奴をおびき出すための人質になってもらうぜ」

 男は、ニヤリと笑うと、彼女を車の中に押し込んで、そのまま連れ去ったのだった…


「大切な客人だ…丁重に扱えよ」

 組長が居座るデスクの前に、意識の戻った華原を前に引き出させた。すると、

「あんたたちは、一体何者なの!」

 彼女は、きっと睨んだ。

「俺たちは、闇の世界で生きるヤクザ者だ。とやかく、お前に言う必要はない…」

 彼は、そう吐き捨てると、

「私をどうするつもりなのよ!」

 彼女は、厳しい表情で問いただした。

「すべては、俺の息子・晴翔を我が組に迎えるためだ。お前は、奴がやってくるまで、ここにいてもらう…」

 彼は、そう言って、冷めた目線を送ると、

「晴翔が、あなたの息子…」

 その事実を知った彼女は、思わず息を飲んだ。

「さあ…くだらない問答は、これくらいでいいだろう。早く、このスケを空いている部屋にぶち込んでおけ」

 彼が、下っ端に指示を出すと、

「晴翔をヤクザなんかには、させないわよ…絶対に、許さないんだから!」

 彼女は激しく抵抗したが、屈強の男たちに難なく取り抑えられ、空き部屋へと押し込まれ、監禁されたのであった。そして、

「ふっ…いくらでも、勝手に吠えておきな…今のお前には、何もできやしないのだからな」

 彼は、冷たく笑ったのだった…


 その日、大志高校は、東亜工業高校と練習試合を行っていた。

「城山の奴…あの時に比べて、さらに成長してきているな」

 晴翔が、城山のピッチングを見ながら、ベンチで呟き、

「確かに…前の時に比べて、変化球のキレが随分良くなっている。これは、そう簡単には打ち崩せそうにないな」

 玄奘が、静かにそう発すると、

「わははは…二人とも、何を怖気づいてやがるんだ。俺のバットにかかれば、あんな球はわけないぜ」

 優希は、大きく高笑いした。それを聞いた晴翔は、

「スタメンじゃないくせに、何を言ってやがるんだ。お前は…」

 思わずつっこみを入れると、

「うるせえ…俺は、奇跡を呼ぶ男だ。いざと言う時に秘密兵器として登場する代打の星なんだ。そうだよな、キャプテン!」

 彼は、主将の野田に、そう詰め寄った。

「まあ、そんなところだ…」

「ほら、みろ…キャプテンは、よくわかっていらっしゃるじゃねえか」

「お前は、本当に幸せものだな…俺も、そんな感じで生きてみたいものだぜ」

 それを見て、晴翔は、大きくため息をついた。

「相変わらず、バカ丸出しだな。何で、こんなチームと、また練習試合をしないといけないんだか…まさに、時間のムダだぜ」

 東亜工業高校の別駕は、ベンチであぐらをかきながら言うと、ふいに横にいた谷口が、つっこみを入れた。

「お前が言うな…俺もそうだが、スタメンじゃないだろうが!」

「うるさい…俺は、大器晩成型なんだよ…人の言うこと成すことに、いちいちケチをつけるんじゃねえぞ、このクソ補欠が!」

 すると、二人は、公然と喧嘩を始めたのであった。

「ちっ…どいつもこいつも、少しは大人しくしてろや…気が散るだろうが!」

 城山が、そう愚痴りながら、大志高校野球部の2番バッターを三振させると、

「虎頭、頼むぞ…お前の一振りで、奴らの目を覚まさせてやれ」

「おう…合点承知のすけ!」

 野田の激を受けた晴翔は、力強く素振りをして打席に入った。

「虎頭…」

 城山の目の色は、次第に変わっていったが、

「熱くなるな、城山…奴は、ただの志高の3番バッターだけであって、特別な存在じゃないのだからな」

 川崎が、目で訴えてくると、

「わかっているさ…」

 彼は、冷静さを取り戻して、大きく振りかぶった。そして、大きく体をしならせながら、第一球目を放つと、

「うおおお!」

 晴翔は、そのボールに対して、バットを大きく振り抜いた。しかし、ボールには当たらず、大きく空を切ると、

 …ズバーン!!!

「ストライーク!」

「ちっ…球が一個分、ストライクゾーンから外れていたか」

 彼は、思わず舌打ちした。

「スライダか…バットの手前で、微妙に変化した…」

 玄奘が、眼光を鋭くさせ、

「いいぞ…その調子だぜ!」

 川崎が、そう声をかけながら返球をすると、

「いい感じだ…今日は、いける…」

 城山は、次の投球でも、晴翔を空振りさせたのであった。

「2-0か…やばいな…」

 晴翔は、そうこぼしたが、

「だが、成長しているのは、お前だけじゃないぜ」

 そう言い放って、バットを強く握りしめた。

「ふっ…それでこそ、虎頭晴翔だ」

 城山は、ニヤリと笑ってから投球姿勢に入り、渾身の力で、第三球目を投げた。

「さあ…これでどうだ!」

「負けてたまるか!」

 晴翔は、その速球に対して、夢中にフルスイングした。

 …カーン!!!

 すると、彼のバットは、そのボールを見事にとらえて弾き返し、

「やったぜ!」

 大志高校野球部たちの歓声を受けながら、左中間を破ったのだった。

「本当に、すごいプレーヤーになってきたな…もはや、今のうちの野球部には、あいつなしで語ることはできないことだろう…」

 玄奘は、一塁ベースを蹴って二塁へ回っていく晴翔の姿を目で追いながら、そう感じたのであった…


 その日の夜、晴翔は帰り道で、再び組長の手下たちに絡まれた。

「また、あんたらかよ…言っておくが、俺はヤクザにはならねえからな」

 晴翔の返事に、彼らは不敵な笑みを見せると、

「残念だが、そうはいかないぜ」

「どう言う意味だ?」

 彼は、思わず聞き返した。そして、

「お前の大好きな先生を人質にした…そのスケの命が欲しけりゃ、俺たちの言うことを聞くんだな」

「な、何っ!」

 その事実を知った彼は、大きな衝撃を受けたのだった。すると、

「お前一人で、うちの事務所に来い…間違っても、警察には言うなよ。その時は、スケの命は無いと思え…いいな!」

 男たちは、そう言い残して、その場を去っていったのであった。

「せ、先生が誘拐された…」

 晴翔は、気が動転し、

「お、俺は…どうすればいいんだ…」

 その場で頭を抱え、崩れ落ちたのだった…

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