第二十四話
ある日のこと…
「おい、行ったぞ…小平太!」
野球部内の紅白試合で、小平太の守るセンター方向に打球が舞い上がった。それに対して、
「はい、はいっと…」
小平太は、気怠そうに打球を追い、欠伸をしながらグラブを構えた。すると、打球はそれを弾いて、ポロリと落ちてしまった。それを見たピッチャーの藤次が、グラブをマウンドに叩きつけると、
「やる気あんのか、てめえ!」
怒声を放った。だが、
「わりい、わりい…次は、ちゃんと取るからよ」
彼は、悪びれもせず、ニヤニヤと笑って返したのだった…
「たくよ…レギュラーに選ばれた途端、あんな調子だぜ…あのクソ野郎が!」
小平太たちの相手チームで、紅白試合に臨むこととなった優希が、そう愚痴ると、
「ふっ…お前は、レギュラーになれなかったもんな」
「それを言うな、バカ野郎…てめえも、レギュラーになって、少し舞い上がっているんじゃねえのか」
「へっ…奴と一緒にするなよ」
晴翔は、不快そうな顔で、そう答えた。すると、玄奘が傍に近寄り、
「確かに…最近、彼は弛んでいると思うよ。何かあると、「俺は、野球部の後援会長の息子だぞ…」と言って、まったく聞く耳を持たないからな」
と、話すと、
「…」
晴翔は、嫌悪感をさらに募らせたのだった…
そして、その日の練習も終わり、部員たちが着替えをしていると、
「えっ…次の交流試合の相手は、あの原沼高校だと」
それを耳にした彼らは、にわかに沸きだった。
「そこって確か、夏の地区予選で、ベスト4に入った高校だろ…すげえ…」
「そうだ…我が野球部にとって、まさに願ってもないチャンスだ」
鍋島からキャプテンの座を引き継いだ現在二年生の野田敦也は、そう熱っぽく部員たちに話した。
「くうっ…何だか燃えてきたぜ」
晴翔が、拳を二つ作って震えていると、
「ちょっと、待った…その高校については、ある噂を聞いたぜ」
小平太が、おもむろに横やりを突いてきた。
「ある噂って、何だよ?」
優希が、そう聞き返すと、
「その高校がある村は、過疎化が相当進んでいて、今いる在校生が卒業したら、廃校になるそうだ」
「マジで…」
小平太の話に、優希は顔を歪めた。すると、
「何を言っている。そんなことは、とっくの昔に、ニュースで報道されていたことだぞ…見てなかったのか?」
「あれ、そうだったの…俺、バラエティ番組しか見ないからな」
玄奘のつっこみに、小平太はおどけながら答えた。
「ぎゃははは…ニュースぐれえ、見ろよ。教養の足らない奴だぜ、まったく…」
「そう言うお前も知らなかったんだろうが…このたわけがよ!」
優希の発言に、将人がつっこみを入れると、
「今年の地区予選に出た原沼高校の選手は、9人ぎりぎりで、みんな3年生だったそうだ…しかも、今の在校生は、その9人だけらしい…」
玄奘は、彼らのために解説した。それを聞いて、
「でも、凄い話だぜ…たった、9人で地区予選に挑んで、ベスト4までいったんだからな」
「ああ…そんな9人の精鋭たちと戦えるんだから、やりがいがあるってものだ」
部員たちが、そう口にすると、
「そうだぜ…相手は、俺たちよりも遥かに実力者なんだ。交流試合では、胸を借りるつもりで臨むぞ。いいな!」
野田は、そう話して、部員たちの士気を盛り立てたのだった…
そして、交流試合の当日が訪れた…
「ここが、原沼高校のある村か…しかし、ほんとのどかなところだな」
一番乗りで、バスを降りた小平太は、その風景に心が安らいだ。その感想に、
「ああ、そうだな。空気もうまいしよ…」
晴翔は答えると、見渡す限りの田園の景色に、彼もまた、しみじみとした気持ちで一杯になった。
「周りも山で囲まれているしよ…熊とか出るんじゃねえのか?」
「ははは…だったら、一勝負してこいよ。怪力自慢の金太郎さんよ!」
「誰が、金太郎だ…こらあ!」
晴翔の冷やかしに、優希がキレると、
「おい、お前ら…こんなところで、油を売っている暇はないぜ。さっさと、原沼高校へ向かうぞ」
野田は、彼らをたしなめた。こうして、大志高校野球部たちは、小川のせせらぎを聞きながら、川べりの道をてくてくと伝い、田んぼの真ん中にポツンと建つ原沼高校を目指したのだった…
「今日は、遠路より、よく来てくれました。俺が、主将の佐藤豊作です。宜しく、お願いします」
佐藤は、帽子を取って、丁寧に挨拶すると、
「こちらこそ、宜しくお願いします。しかし、ここは本当にのどかで、いいところですね」
「ははは…山と原っぱばかりのど田舎ですよ。ここは…」
野田の話に、笑顔で答えた。
「でも、本当にありがとうございます。恐らく、今回が我々にとって、いや我が校にとって最後の試合となるでしょうから…」
彼が、少し寂しい顔をすると、
「折角の交流試合なんですから、辛気臭い話は止めましょう…そして、お互いベストを尽くしてがんばりましょう!」
野田は、そう言って、手を差し伸べた。それを見て、
「そうですね…お互いのためにも、がんばりましょう!」
彼は、気持ちを切り替えて、野田と固く握手をしたのだった…
1時間後…
原沼高校野球部たち9名は、試合が始まる前に円陣を組んだ。
「みんな…俺たちは来年で卒業となり、この高校は廃校になる…恐らく、今回が最後の試合となるだろう…持てる力を全て出しきって、がんばるぞ。いいな!」
「おおっ!」
佐藤の言葉に、原沼高校野球部たちは答えると、勢いよく各ポジションへと散らばっていった。それを見て、
「なあ…虎頭…」
小平太は、ふと晴翔に声をかけた。
「どうした?」
「俺さあ…何だか、気が引けるんだよな。やっぱりここは、相手に花を持たせた方がいいのかなと思ってよ…」
その問いかけに、彼は、眉間にしわを寄せた。
「ここまで来て、何を言っているんだ。これは、勝負の世界だぞ…そりゃあ、俺だって、その気持ちが無いわけじゃないが…だけど、逆にそんなことをしたら、相手に失礼だと思わんのか?」
「だけどさあ…」
「相手も、俺たちと同じ野球選手なんだ…全力でぶつかり合って、完全燃焼することを望んでいるはずだぜ。それに、相手はベスト4までいったほどの実力者たちなんだから、半端な気持ちで試合に臨めるかよ」
「俺も、虎頭に同感だぜ…その意気だ!」
そう言って、野田は、晴翔の考えに同調したが、小平太は引かなかった。
「俺は、半端な気持ちなんかじゃないぜ…俺から言わせれば、お前の方が薄情すぎるんだよ」
それを聞くと、晴翔は、次第に怒りを覚え、
「お前には、スポーツマンとしての魂は無いのか」
そう言い返すと、
「スポーツマンの前に、人間であるべきだぜ」
とうとう二人は、喧嘩を始めた。それを見かねて、
「止めんか、二人とも…こんなところで、みっともないぞ!」
野田は、二人の間に割って入り、彼らを怒鳴ると、
「小平太…ベンチで、少し頭を冷やしていろ…今日のスタメンは、他の奴でいく」
「えっ…」
スタメンの予定だった小平太を、リザーブにすると宣告した。それを聞いて、彼は、体を震わせると、
「くそ…勝手にしやがれ!」
怒ってベンチから遠ざかったのだった。
「試合開始前から、こんな状態とは…まったく…」
こうして、大志高校は険悪なムードのまま、試合に臨むことになったのであった…
そして、1回の表、大志高校の攻撃が始まった。
「おい、竜岡…相手は、ベスト4の強敵だ。慎重に行けよ」
「任せておきな!」
棚から牡丹餅で、スタメンに抜擢された優希は、ブンブンとバットを振り回しながら打席に入った。
「さあ、始めようか」
原沼高校のエースである五十嵐一平が、静かに構えると、
「全力で、投げてこい…壮行試合なんだからな」
キャッチャーの佐藤は、サインを出した。
「OK…」
彼は、大きく振りかぶって、第一球目を投げた。すると、ボールは、唸りを上げてキャッチャーミットに突き刺さったのだった。
「ストライーク!」
「ぬう…結構、速いな」
それを見て優希は、おもむろにバットを握り直した。
「次は、これでどうだ!」
「外角低めか」
彼は、五十嵐の放つ第二球目をとらえたが、その打球は、ファールラインを割ってしまったのだった。
「ファール…」
「ドンマイ、ドンマイ…その調子だぜ、竜岡!」
優希を励まそうと、味方から声援があがると、
「よし…次は、打つぜ!」
彼は、再びバットを強く握りしめた。
「ふっ…そう簡単に、打ち返すことはできないと思うぜ…なんせ、奴の投法には、癖があるからな」
佐藤が、不敵な笑みを浮かべた瞬間、
「打てるものなら、打ってみやがれ!」
五十嵐は、大きく振りかぶった…と、その時、彼の体がピタリと静止した…
「えっ…」
その様子に優希が戸惑うと、そこから彼は、思い切り腕を振り抜いて、第三球目を放ったのだった…そのため、
「と…おっとと…」
優希は、完全にタイミングを崩してしまい、大きく空振りして、尻もちをついてしまったのであった。
「ストライーク、バッターアウト!」
「あ…ああ…」
その様子に、大志高校野球部たちは、唖然としてしまった。
「第三球目を投げる時のモーションが、前の投球の時と違ったぞ…」
「まさか…何かの間違いじゃないのか…」
半信半疑になりながら、次の打者はバッターボックスに入ったが、彼もまた、五十嵐のタイミングの異なるモーションに翻弄され、三振に終わったのだった…その様子を見て、
「今度は、三球とも投げるモーションが違っていたぜ」
部員たちが、どよめくと、
「もしかすると…五十嵐は、投げる時のモーションを自在に変化させることができる投手なのかもしれんな。こりゃあ、タイミングが取りづらそうだぜ」
そう言って、晴翔は、バットを手に取ったのだった…




