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Early Days  作者: Hirotsugu Ko
本編
25/30

第二十四話

 ある日のこと…

「おい、行ったぞ…小平太!」

 野球部内の紅白試合で、小平太の守るセンター方向に打球が舞い上がった。それに対して、

「はい、はいっと…」

 小平太は、気怠そうに打球を追い、欠伸をしながらグラブを構えた。すると、打球はそれを弾いて、ポロリと落ちてしまった。それを見たピッチャーの藤次が、グラブをマウンドに叩きつけると、

「やる気あんのか、てめえ!」

 怒声を放った。だが、

「わりい、わりい…次は、ちゃんと取るからよ」

 彼は、悪びれもせず、ニヤニヤと笑って返したのだった…

「たくよ…レギュラーに選ばれた途端、あんな調子だぜ…あのクソ野郎が!」

 小平太たちの相手チームで、紅白試合に臨むこととなった優希が、そう愚痴ると、

「ふっ…お前は、レギュラーになれなかったもんな」

「それを言うな、バカ野郎…てめえも、レギュラーになって、少し舞い上がっているんじゃねえのか」

「へっ…奴と一緒にするなよ」

 晴翔は、不快そうな顔で、そう答えた。すると、玄奘が傍に近寄り、

「確かに…最近、彼は弛んでいると思うよ。何かあると、「俺は、野球部の後援会長の息子だぞ…」と言って、まったく聞く耳を持たないからな」

 と、話すと、

「…」

 晴翔は、嫌悪感をさらに募らせたのだった…


 そして、その日の練習も終わり、部員たちが着替えをしていると、

「えっ…次の交流試合の相手は、あの原沼高校だと」

 それを耳にした彼らは、にわかに沸きだった。

「そこって確か、夏の地区予選で、ベスト4に入った高校だろ…すげえ…」

「そうだ…我が野球部にとって、まさに願ってもないチャンスだ」

 鍋島からキャプテンの座を引き継いだ現在二年生の野田敦也は、そう熱っぽく部員たちに話した。

「くうっ…何だか燃えてきたぜ」

 晴翔が、拳を二つ作って震えていると、

「ちょっと、待った…その高校については、ある噂を聞いたぜ」

 小平太が、おもむろに横やりを突いてきた。

「ある噂って、何だよ?」

 優希が、そう聞き返すと、

「その高校がある村は、過疎化が相当進んでいて、今いる在校生が卒業したら、廃校になるそうだ」

「マジで…」

 小平太の話に、優希は顔を歪めた。すると、

「何を言っている。そんなことは、とっくの昔に、ニュースで報道されていたことだぞ…見てなかったのか?」

「あれ、そうだったの…俺、バラエティ番組しか見ないからな」

 玄奘のつっこみに、小平太はおどけながら答えた。

「ぎゃははは…ニュースぐれえ、見ろよ。教養の足らない奴だぜ、まったく…」

「そう言うお前も知らなかったんだろうが…このたわけがよ!」

 優希の発言に、将人がつっこみを入れると、

「今年の地区予選に出た原沼高校の選手は、9人ぎりぎりで、みんな3年生だったそうだ…しかも、今の在校生は、その9人だけらしい…」

 玄奘は、彼らのために解説した。それを聞いて、

「でも、凄い話だぜ…たった、9人で地区予選に挑んで、ベスト4までいったんだからな」

「ああ…そんな9人の精鋭たちと戦えるんだから、やりがいがあるってものだ」

 部員たちが、そう口にすると、

「そうだぜ…相手は、俺たちよりも遥かに実力者なんだ。交流試合では、胸を借りるつもりで臨むぞ。いいな!」

 野田は、そう話して、部員たちの士気を盛り立てたのだった…


 そして、交流試合の当日が訪れた…

「ここが、原沼高校のある村か…しかし、ほんとのどかなところだな」

 一番乗りで、バスを降りた小平太は、その風景に心が安らいだ。その感想に、

「ああ、そうだな。空気もうまいしよ…」

 晴翔は答えると、見渡す限りの田園の景色に、彼もまた、しみじみとした気持ちで一杯になった。

「周りも山で囲まれているしよ…熊とか出るんじゃねえのか?」

「ははは…だったら、一勝負してこいよ。怪力自慢の金太郎さんよ!」

「誰が、金太郎だ…こらあ!」

 晴翔の冷やかしに、優希がキレると、

「おい、お前ら…こんなところで、油を売っている暇はないぜ。さっさと、原沼高校へ向かうぞ」

 野田は、彼らをたしなめた。こうして、大志高校野球部たちは、小川のせせらぎを聞きながら、川べりの道をてくてくと伝い、田んぼの真ん中にポツンと建つ原沼高校を目指したのだった…

「今日は、遠路より、よく来てくれました。俺が、主将の佐藤豊作です。宜しく、お願いします」

 佐藤は、帽子を取って、丁寧に挨拶すると、

「こちらこそ、宜しくお願いします。しかし、ここは本当にのどかで、いいところですね」

「ははは…山と原っぱばかりのど田舎ですよ。ここは…」

 野田の話に、笑顔で答えた。

「でも、本当にありがとうございます。恐らく、今回が我々にとって、いや我が校にとって最後の試合となるでしょうから…」

 彼が、少し寂しい顔をすると、

「折角の交流試合なんですから、辛気臭い話は止めましょう…そして、お互いベストを尽くしてがんばりましょう!」

 野田は、そう言って、手を差し伸べた。それを見て、

「そうですね…お互いのためにも、がんばりましょう!」

 彼は、気持ちを切り替えて、野田と固く握手をしたのだった…


 1時間後…

 原沼高校野球部たち9名は、試合が始まる前に円陣を組んだ。

「みんな…俺たちは来年で卒業となり、この高校は廃校になる…恐らく、今回が最後の試合となるだろう…持てる力を全て出しきって、がんばるぞ。いいな!」

「おおっ!」

 佐藤の言葉に、原沼高校野球部たちは答えると、勢いよく各ポジションへと散らばっていった。それを見て、

「なあ…虎頭…」

 小平太は、ふと晴翔に声をかけた。

「どうした?」

「俺さあ…何だか、気が引けるんだよな。やっぱりここは、相手に花を持たせた方がいいのかなと思ってよ…」

 その問いかけに、彼は、眉間にしわを寄せた。

「ここまで来て、何を言っているんだ。これは、勝負の世界だぞ…そりゃあ、俺だって、その気持ちが無いわけじゃないが…だけど、逆にそんなことをしたら、相手に失礼だと思わんのか?」

「だけどさあ…」

「相手も、俺たちと同じ野球選手なんだ…全力でぶつかり合って、完全燃焼することを望んでいるはずだぜ。それに、相手はベスト4までいったほどの実力者たちなんだから、半端な気持ちで試合に臨めるかよ」

「俺も、虎頭に同感だぜ…その意気だ!」

 そう言って、野田は、晴翔の考えに同調したが、小平太は引かなかった。

「俺は、半端な気持ちなんかじゃないぜ…俺から言わせれば、お前の方が薄情すぎるんだよ」

 それを聞くと、晴翔は、次第に怒りを覚え、

「お前には、スポーツマンとしての魂は無いのか」

 そう言い返すと、

「スポーツマンの前に、人間であるべきだぜ」

 とうとう二人は、喧嘩を始めた。それを見かねて、

「止めんか、二人とも…こんなところで、みっともないぞ!」

 野田は、二人の間に割って入り、彼らを怒鳴ると、

「小平太…ベンチで、少し頭を冷やしていろ…今日のスタメンは、他の奴でいく」

「えっ…」

 スタメンの予定だった小平太を、リザーブにすると宣告した。それを聞いて、彼は、体を震わせると、

「くそ…勝手にしやがれ!」

 怒ってベンチから遠ざかったのだった。

「試合開始前から、こんな状態とは…まったく…」

 こうして、大志高校は険悪なムードのまま、試合に臨むことになったのであった…


 そして、1回の表、大志高校の攻撃が始まった。

「おい、竜岡…相手は、ベスト4の強敵だ。慎重に行けよ」

「任せておきな!」

 棚から牡丹餅で、スタメンに抜擢された優希は、ブンブンとバットを振り回しながら打席に入った。

「さあ、始めようか」

 原沼高校のエースである五十嵐一平が、静かに構えると、

「全力で、投げてこい…壮行試合なんだからな」

 キャッチャーの佐藤は、サインを出した。

「OK…」

 彼は、大きく振りかぶって、第一球目を投げた。すると、ボールは、唸りを上げてキャッチャーミットに突き刺さったのだった。

「ストライーク!」

「ぬう…結構、速いな」

 それを見て優希は、おもむろにバットを握り直した。

「次は、これでどうだ!」

「外角低めか」

 彼は、五十嵐の放つ第二球目をとらえたが、その打球は、ファールラインを割ってしまったのだった。

「ファール…」

「ドンマイ、ドンマイ…その調子だぜ、竜岡!」

 優希を励まそうと、味方から声援があがると、

「よし…次は、打つぜ!」

 彼は、再びバットを強く握りしめた。

「ふっ…そう簡単に、打ち返すことはできないと思うぜ…なんせ、奴の投法には、癖があるからな」

 佐藤が、不敵な笑みを浮かべた瞬間、

「打てるものなら、打ってみやがれ!」

 五十嵐は、大きく振りかぶった…と、その時、彼の体がピタリと静止した…

「えっ…」

 その様子に優希が戸惑うと、そこから彼は、思い切り腕を振り抜いて、第三球目を放ったのだった…そのため、

「と…おっとと…」

 優希は、完全にタイミングを崩してしまい、大きく空振りして、尻もちをついてしまったのであった。

「ストライーク、バッターアウト!」

「あ…ああ…」

 その様子に、大志高校野球部たちは、唖然としてしまった。

「第三球目を投げる時のモーションが、前の投球の時と違ったぞ…」

「まさか…何かの間違いじゃないのか…」

 半信半疑になりながら、次の打者はバッターボックスに入ったが、彼もまた、五十嵐のタイミングの異なるモーションに翻弄され、三振に終わったのだった…その様子を見て、

「今度は、三球とも投げるモーションが違っていたぜ」

 部員たちが、どよめくと、

「もしかすると…五十嵐は、投げる時のモーションを自在に変化させることができる投手なのかもしれんな。こりゃあ、タイミングが取りづらそうだぜ」

 そう言って、晴翔は、バットを手に取ったのだった…

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