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Early Days  作者: Hirotsugu Ko
本編
22/30

第二十一話

 そして、勉が通う塾の全体試験は行われたのだった…


「あれだけ、がんばったんだから、奴を抜いてトップに立てたはずだ」

 成績発表の当日、勉は緊張した面持ちで、塾にたどり着くと、

「よう…遅かったじゃないか」

 彼よりも早く塾へ到着していた野口は、ニヤニヤしながら、そう声を掛けてきた。

「お…おう…」

 勉は、余裕をかます彼の態度に、嫌な予感を感じながら、

「ちょっと、どいてくれ…」

 掲示板に貼られた成績順位表を見ると、残念なことに野口が1位で、自分は2位となっていたのだった。

「ふっ…お前が、全体で2位の成績とは、驚きものだな。それについては、褒めてやるよ」

 野口が、そう言って、鼻で笑うと、

「そんな…」

 勉は、がっくりと肩を落としたのであった…


 その夜、塾から帰った勉は、食卓の上がご馳走であふれていることに気付いた。

「な…なんだよ、これ…」

 勉が目を丸くしていると、台所から彼の母・二ノ宮英子が満面の笑みで、彼を出迎えたのであった。

「おかえりなさい…ほんとに、よくがんばったわね」

「なんのことだよ?」

 彼が、聞き返すと、

「塾の先生から電話があったのよ。勉が、全体試験で2位の成績を取ったって…だから、今日はそのお祝いよ」

 母は、嬉しそうに、そう答えた。

「そ…そうだったんだ…」

 勉が、そうこぼした時、奥の方から彼の父が、ゆっくりと現れた。

「うむ、ご苦労だったな。母さんが一生懸命作ってくれたんだ。さあ、冷めないうちに早く食べなさい」

「う…うん…」

 彼が、勧められるままに椅子へ座ると、

「しかし、大したものだぞ、2位と言う成績は…これなら、一流大学への受験は問題ないだろう」

 父は、機嫌よく、ビールをぐいっと飲んだ。

「でも、僕は結局、目標としていた男の成績を破ることができなかったんだ…だから、何だかあまり良い気分になれないよ」

 勉の話に、

「うむ、頼もしい限りだな…がんばって、1位を目指しなさい」

 彼は、大きく頷いた。

「でも、例え1位になっても、結局気は晴れないような気がするんだ」

「どう言うことだ?」

 その一言に、父は聞き返すと、

「父さん…やっぱり、僕は野球がやりたいよ」

 それを聞いて、急に不機嫌になった。

「何を言っているのだ。今回の試験で、お前の能力が証明されたのだぞ。折角、それだけの実力をもっていると言うのに、それを無駄にするつもりなのか?」

 さらに、問いかけると、

「確かに野球は、将来、何の役にも立たないかもしれない…でも、今、僕がやりたいことは野球なんだ。大切な仲間たちと一緒に、甲子園を目指したいんだよ」

「バカなことを言うな!」

 怒りのあまり、テーブルをドンと叩いた。

「学生は、学業が本業だと何度も言わせるな…そんな甘いことを言っていたら、すぐに出し抜かれて、みじめな人生になるのはお前なんだぞ」

 父が、そう声を荒げると、勉はじわっと涙を浮かべ、

「父さんには、わからないよ…僕の気持ちなんて…」

「なんだと!」

 ふいに立ち上がり、

「このわからずや!」

 そう声を発して、家を飛び出していった。すると、

「ちょっと、勉!」

 母が、止めようと追いかけようとしたが、

「追いかけなくてもいい…どうせ、気が収まったら、すぐに戻ってくる」

 機嫌を損ねた父は、そう言うと、ぐびぐびとビールをあおったのだった。

「なんでだよ…なんで、野球をやったらいけないんだよ」

 勉は、そう叫びながら、町内を走り続けた。と、その時、帰宅途中で、その光景を目撃した晴翔は、

「二ノ宮…」

 一抹の不安を覚えたのであった…


 次の日の朝…

 晴翔は、いつものように朝練をするため、孤児院から出ると、

「さあ、今日もがんばるぞ!」

 大きく背伸びした。と、ふと昨晩の光景が思い起こされると、

「そういや、二ノ宮の奴…大丈夫なのかな…」

 彼は、立ち止まり、

「ちょっと、奴の家に寄ってみるか」

 いつもの通学路から反れて、勉の家へ向かったのだった。


 晴翔は、勉の家に着くやいなやテレビ付きインターホンを鳴らした。すると、

「誰だ…こんな早くから」

 インターホン越しに、彼の父は不機嫌そうに、そう声を発した。そして、

「二ノ宮の友人の虎頭です。二ノ宮くんは、いますか?」

 と、彼が聞くと、

「君は、野球部だな。勉は、もう野球など、する気はない…とっとと帰ってくれ!」

 父は、怒鳴り散らしてインターホンを切ったのだった。

「ちっ…何なんだよ、あのガンコ親父は!」

 晴翔は、そう愚痴ってから、家の二階を見上げると、二階の窓から勉が顔を出した。

「なんの騒ぎかと思えば、虎頭だったのか」

 彼の顔を拝んだ晴翔は、ニカッと笑って、

「おう、おはよう…寝ているところを、起こして悪かったな!」

 そう声をかけたが、

「今から朝練かい…僕の分まで、がんばってくれよ!」

「僕の分までってか…」

 その言葉を聞いて、少し寂しさを覚えた。すると、

「そうだ…」

 何かを思い立った彼は、おもむろに野球ボールをバックから取り出し、

「かくかく、しかじか…と…」

 マジックペンで、何かを書き始めた。

「何をやってんだ…あいつ?」

 勉は、不審そうな顔をして、晴翔を見つめた。そして、少し経ってから、晴翔がそれを書き終えると、

「二ノ宮、俺のメッセージだ…受け取ってくれ!」

 二階の窓を目がけてボールを投げたのだった。

「おっと…」

 勉は、よろめきながら、そのボールを受け取り、

「何だよ。藪から棒に…」

 ぶつぶつと言いながら、書かれたメッセージを読むと、そこには、“一緒に野球やろうぜ!”と、書かれていたのであった。

「虎頭…」

 勉は、思わず心を熱くし、ボールを強く握りしめた。と、突然、彼の部屋に、父がなだれ込み、

「何をやっているんだ…勉!」

 そう声を荒げたのだった。すると、

「父さん…」

 勉は、父の剣幕に怯むことなく、向き合ったのであった。


「どうなったんだ…親父さんが、奴の部屋に入り込んでから、急に静かになっちまったが…」

 晴翔は、そう口にして、勉の身を案じていると、ふいに玄関のドアが開いた。そして、練習着姿の彼がバックを担いで現れ、

「よう、おまたせ…」

 笑顔を見せたのだった。

「おお、二ノ宮…その格好は、もしかして…」

「説得は、大成功だ…ありがとな、虎頭!」

 勉が、親指を立てると、

「そうか…じゃあ、朝練いくぞ。そんでもって、完全に遅刻しているから、全力疾走するぜ!」

 晴翔は、学校の方へと指差した。そして、

「合点だ!」

 二人は、疾風のごとく駆けていった。

「いい友達をもったものだな…勉…」

 父は、玄関から二人の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしたのだった。そして、世の中の競争社会にもまれている内に、無くしてしまった大切なものを、再び見つけたような気がしたのであった。

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