第十七話
そして、9回裏となり、大志高校1年生チームの最後の攻撃が始まったのだった…
「最終回となったが、こちらも1番からの好打順だ。このチャンス、確実に物にしていくぞ」
「ラジャー!」
玄奘に発破をかけられた小平太が、勇んで打席に入ると、
「ここは、0点に抑えて、延長戦に持ち込んでやるぜ」
城山は、大きく振りかぶり、第一球目を投げた。すると、
「俺たちの底力を見せてやるぜ」
彼は、初球から果敢にフルスイングし、打ち返した。それを見て、
「やったか!」
晴翔は、そう声を発したが、高く上がった打球はセンターにあっさり取られ、
「くそ!」
小平太は、思わず天を仰ぎ、
「まずは、ワンアウトだな」
川崎は、ニヤリと笑ったのだった。
「仇を取ってやるぜ、小平太…」
2番バッターの通が、表情を厳しくさせながら、バッターボックスへ向かうと、
「俺たちも…先輩たちや母校の名を汚さぬため、負けるわけにはいかないのさ」
城山は、力強く初球を投げた。
「そう考えると、みんな同じだな…みんな、何かのために体を張って戦っているんだからな」
そう言うと、通は、そのボールをかすらせてバックネットへ運び、
…ガッシャーン!
「ファール…」
「くう…しくじった…」
歯ぎしりした。そして、通と城山の攻防戦は激化し、カウントが2-3となると、
「はあ、はあ…しつこい奴だぜ」
「それは、お前もだろ…」
二人は互いに苦笑いし、
「だが、これで、終わりにしてやるぜ」
「それは、こっちのセリフだ」
火花を散らしたが、次の一球で勝負の軍配は城山にあがり、通を見事に三振させたのであった。
「ツ、ツーアウトか」
玄奘が、顔をゆがめながらうつむくと、晴翔はすくっと立ち上がって、
「まだ、試合は終わっていないぜ…そう簡単に、あきらめられるかよ」
「虎頭…」
「俺は、とことんやるぜ!」
かっと目を見開いたのだった。
「最後の最後で、あのクソ野郎か」
別駕は、ぐっと表情を険しくさせ、
「さあ、来いや…てめえの打球は、死んでも取ってやるぜ」
全神経を集中させた。
「いくぜ!」
城山は、大きく振りかぶって、第一球目を投げると、
「うおっ!」
…ブーン!!!
その球威に、晴翔が大きく空振りしたのを見て、
「ストライーク!」
「どうだ…」
ニヤリと笑った。
「奴も烏丸と同様に、200球近くの球を投げているはず…その体で、ここまでの球を投げられるとは…」
晴翔は、思わず武者震いし、
「上等だぜ…」
バットを強く握りしめた。
「食らえ!」
城山が、間髪を入れずに、第二球目を放つと、
「負けるか!」
晴翔は、両足をこれでもかと言うぐらいふんばって、バットを振り抜いた。しかし、ボールは、そのバットをすり抜けて、
…ズバーン!!!
キャッチャーミットに突き刺さったのであった。
「ストライクツー!」
「なんて球だ…」
晴翔が、全身から汗が噴き出す感覚を覚えると、
「今までの中で、最高の球だぜ…この調子で、奴を粉砕してやれ」
川崎は、そう声を掛けながら、城山へと返球した。
「追い込まれたか」
晴翔は、打席を外してから素振りを一回すると、
「今持てる力をすべて発揮するのみ」
集中力を十分に高めてから戻った。そして、
「これで、最後だ!」
「みんなのために、俺は打つ!」
城山の第三球目が迫ったが、
…カーン!!!
晴翔は、その一振りに魂を込めてフルスイングすると、そのボールはジャストミートし、
…ボカッ!!!
「ぶおっ!」
サードを守る別駕は、あまりの打球の速さに取りきれず、そのボールを顔面に当てながら、後ろへと倒れたのであった。
「やった!」
大志高校1年生は、晴翔のバッティングに、思わず総立ちとなった。だが、痛みを堪えながら別駕が、
「クソが…この土壇場で、出塁などさせるか」
さっとこぼれ球を拾って、1塁へ送球すると、
「突っ込め!」
1塁ベースコーチは、大きく吠えた。その仲間の声に反応した晴翔は、
「OK!」
…ズザザアァ!!!
迷うことなくヘッドスライディングした。
「セーフ!」
その塁審の判定に、大志高校1年生は、大きく歓喜の声をあげた。
「わははは…やはり、最後でヒーローになるのは、俺のようだな。ばしっと、決めてくるぜ」
優希は、ブンブンと威勢よくバットを振り回しながら、打席へ向かおうとしたが、
「このチャンスを無駄にするなよ…今日の試合では、ノーヒットのお前だけど、人間やればできるのだからな」
「うるせえ…いちいち、やる気の失せることを言うんじぇねえよ」
玄奘の言葉に、思わずキレた。
「ほんと、大丈夫かよ…奴は…」
晴翔が1塁ベース上で、ふうっとため息をつくと、
「まあ…これで、志高も終わりだな。あとは、延長戦での勝負だぜ」
そう言って、別駕は、顎をしゃくった。
「ぐうの音も出ないようにしてやるぜ」
城山は、そう言って、大きく振りかぶった。と、その時、優希は、途端に大声を張り上げ、
「ランナー。走れ!」
「へっ?」
その唐突な命令に、晴翔は少し戸惑ったが、
「ちっ…こうなったら、破れかぶれだ」
2塁へと全力疾走した。
「うらあ!」
優希が、わざと大きく空振りし、川崎の送球をそれとなく妨害すると、
「くそっ!」
彼は、それをよけて懸命に送球したが、ぎりぎりのところで、晴翔が先に2塁へ到達したのであった。
「セーフ…」
「まったく…無茶ぶりさせやがって」
晴翔が、青筋を立てながら、ユニフォームに付いた泥を払うと、
「おい、竜岡…人のことより、まずは自分のバッティングに集中しろ…そんな余裕は無いはずだぞ」
「やることなすこと、ケチをつけるじゃねえよ…てめえは!」
優希は、玄奘の言葉に再びキレ、
「いや…あの坊さんの言う通りだと思うのだが…」
それを聞いていた別駕は、密かにそう思った。その一部始終に、
「ふっ…チョロイ4番だぜ」
気を許した城山が、第二球目を放つと同時に、
「あっ、やべえ…手元が狂った」
そうこぼすと、ボールはキャッチャーミットに届くことなく地面に叩きつけられた…
…ザシュッ!!!
が、彼は迷うことなく、思い切りバットを振り抜き、
「ぬん!」
…ブーン!!!
その上、空振りした…
「はあっ?」
大志高校ベンチからの悲鳴に似た声がこだまする中、
「よっと…」
…パシッ!!!
川崎が、そのワンバウンドした球を、難なく処理して見せると、
「クソが…振り遅れてしまったぜ!」
恥じることなく優希は、いきり立ってホームベースを叩き、怒りのアピールをした。
「て、言うか、今の球を振るな…このバカ!」
「うるせえ…いらんことを言うな。気が散るだろうが!」
味方からヤジられる中、彼は怒鳴り返すと、
「次は、もっと速く…速く、振るんだ!」
自分に、そう言い聞かせながら、バットを握り締めたのだった。
「ああ、神様…どうか、この哀れな子羊をお助けください」
それを見て、坊主の玄奘が神に助けを乞い、
「何だか、だんだん可哀相な奴に思えてきたぜ」
別駕が優しい目で彼を見つめながら同情し、
「まあ…これで、ジ・エンドだな」
城山はニヤリと笑うと、止めと言わんばかりに、第三球目を投げた。すると、
「うりゃあ!」
…ブーン!!!
「な、なぬうううっ!」
味方からの悲鳴に似た声がこだまする中、優希は、ボールが到達する前にバットを振り切ってしまったのだった…
「バ、バカか…速すぎるっつうの!」
その珍プレーを目の当たりにした晴翔が、呆然としていると、
…コーン!!!
なんと、振り切って1回転させたバットに、ボールが偶然にも当たってしまった!?
「し、しぃえぇー!」
晴翔は、その奇跡に思わず、漫画・おそ松くんの登場人物であるイヤミのポーズをした。と、そんな中で、打球は、綺麗な弧を描きながら宙を舞い、右中間にポテンと落ちたのだった。あまりのことに思わず、
「んな、アホな…」
別駕は、鼻水を垂らしながら顎を大きく外した。
「よし、ツーアウト1-3塁だぜ。チャンスだ!」
将人が、そう大きく吠え、
「どうだ、見たか…この俺のミラクルショットを!」
優希が、ガッツポーズをすると、
「まあ、結果オーライと言うことにしておくか」
玄奘は、気持ちの整理がつかないまま、打席に入ったのだった。すると、城山は、怒りを頂点にさせて、ボールを強く握りしめ、
「ざけんなよ、このドリフターズどもが!」
そう声を張り上げて、ボールを放った。…が、
「合掌…」
…カッキーン!!!
玄奘は、そのボールをミートさせて、見事に左中間を破ったのだった。そして、3塁にいた晴翔は、悠々とホームに帰り、さよならタイムリーヒットで、大志高校が勝利したのであった…
試合終了後、大志高校1年生は、先輩たちのもとに集合した。
「ご苦労さん…まずは、おめでとうと言ったとこだな」
「ありがとうございます…なんとか、志高の面目を保つことができたと思います」
鍋島の言葉に、1年生たちから笑い声と安堵の声が聞こえると、間髪を入れずに、こう言い放った。
「しかし、言葉にできないくらい、ひどい泥試合だったぞ。草野球じゃないんだから、もっとしっかりやれやがれ…いくら、まぐれで勝ったとは言え、こんなんで公式戦に通用すると思ったら、大間違いだ!」
その一喝に、1年生たちは、途端にしーんと静まり返った。
「内容から言って、褒美を出すどころか、罰を与えないとならないな…今から、河原まで、往復10周してこい!」
その言葉に、目が点になった晴翔は、
「い、今からっスか?」
「いいから、さっさと行け!」
「いてて…は、はい!」
例の如く、鍋島に尻を思い切り蹴とばされ、1年生たちと共に、慌てて走り出したのであった。そして、
「もう少しで公式戦だ…それが終われば、お前たちともお別れだな」
彼らの姿が小さくなっていくさまを見ながら、
「あとは頼んだぞ…お前ら…」
鍋島は、小さく笑ったのだった。
そして、公式戦が終わると、鍋島たち3年生は、部員たちに惜しまれながら引退をしていったのであった。




