第十五話
「わりい…ついムキになって、カーブにこだわりすぎちまったぜ」
「気にするな…あとの奴らを、全て三振にすればいいことだからな」
城山の謝罪に、川崎が勇気づけていると、
「俺も続くぜ!」
大志高校の6番バッターである一郎は、気合を入れながらバッターボックスへと入ってきた。
「生意気な…これ以上、打たせてたまるか」
「うらあ…食らえ!」
大振りで応戦してくる一郎に対して、城山はカーブを駆使して、あえなく三振させたのであった。
「す、すべてカーブだったか」
「そんな雑なスイングじゃあ、奴の球は打てないぜ」
がっくりと肩を落としてベンチへ向かう一郎を見ながら、川崎はマスクの下でほくそ笑んだ。
「まずいな…俺も三振しそうな感じだぜ」
7番バッターの将人が、そうこぼすと、
「おっしゃあ、井出…毎日、自宅で千本の素振りをしてきた成果を、ここで存分に見せてやれ」
晴翔は、そう大きく声をかけた。それを耳にして、
「そうだ…俺は、最大の弱点であるバッティングを向上させるべく、日夜素振りをしてきたんだったな」
将人は落ち着きを取り戻すと、静かに打席に入り、バットを構えたのだった。
「さっきの川崎の攻撃で、ファインプレーを見せてくれたガキか…ならば、遠慮なく敵討ちさせてもらうぜ」
城山は、ニヤリと笑うと、あっという間にカウントを2-0へ追い込んだのであった。
「なんて球威のある球だ…」
彼の速球に、息を乱しながら将人が汗を拭った。その様子に、城山はニヤリと笑うと、
「これで息の根を止めてやるぜ」
容赦なく第三球目を投げた。だが、
「今まで努力を無にしてたまるか」
彼は、そのボールをかすらせ、バックフェンスへ炸裂させたのだった。
「ファール…」
「ぬう…当てやがった…」
それを見て城山が顔を歪めると、
「よし、いけるいける…」
晴翔は、右手で拳を作りながら、口角を上げ、
「はは…何だか、打てそうな気がしてきたぜ」
将人に笑みがこぼれた。それを目の当たりにして、
「舐めるな、このクソガキが!」
城山は不快な気分になりながら、大きく腕を振り抜いた。だが、その影響で制球が甘くなったため、将人のバットによって、ボールは大きく弾き返されたのだった。そして、打球は三遊間を抜け、レフト前へと転がっていったのであった。
「ちい…やられた!」
城山は、思わず歯ぎしりした。
「よし…これで、ワンアウト1-3塁だぜ!」
大志高校ベンチが、大きく沸き上がると、
「僕のバッティングだと、ゲッツーにされる恐れがある…ここは、スクイズで宝生院を返しつつ、井出を2塁へ送った方がいいかもしれないな」
それとは対照的に、8番バッターの勉は、冷静な判断をしながら打席に入った。そして、フレームの分厚い眼鏡の奥底から、玄奘と将人に目を合わせ、
「よし、わかった…」
二人のランナーが、やや大きくリードを取ると、静かにバットを構えたのだった。
「バントの構えはないが、スクイズの可能性は大いに有りうる。気を付けろ…」
「ラジャー」
川崎と目と目で合図を交わすと、城山は、力一杯に第一球目を投げた。すると、勉は大きく空振りして、しりもちをついたのであった。
「いてて…」
尻を擦りながら、勉が起き上がると、
「大振りをするな…もっとコンパクトにスイングしろ」
玄奘は、そう声を張り上げて叱咤した。
「むう…ランナーに走る気配が、全くなかった…と、言うことは、ヒッティング勝負でくる気だな」
城山は、そう勘ぐると、
「ならば、緩急を付けて打ち取ってやるぜ」
第二球目に、ゆっくりと大きく曲がるカーブを放った。すると、
「もらった…」
そのチャンスを逃すことなく、玄奘たちは一斉に走り出し、勉はバントの構えに切り替えた。それを見て、
「いかん…スクイズだ!」
川崎は、急いで立ち上がったが、勉にバントされたボールは、1塁線と並行に転がる絶妙なゴロとなったのだった。
「よし…1点を返したぞ!」
玄奘が、悠々とホームベースへ帰還すると、
「1塁へ投げろ!」
城山が声を上げ、
「2塁もダメか…くそったれ!」
川崎は、ボールを拾うと同時に1塁へ送球したのだった。
「アウト!」
この見事なスクイズにより、大志高校は、1-2と東亜工業高校を突き放し、2塁にランナーを残した状態で、ツーアウトとなったのであった。
「ここは追加点を狙う以外に、他は無いだろ…」
味方の援護に勇気づけられた藤次が、闘志を燃やしながらバッターボックスへ入ると、
「次は、烏丸か…中学の時じゃあ、俺から1本もヒットを打てていない癖に、偉そうなことを言いやがるぜ」
城山も負けじと闘志をむき出した。その様子に、
「熱くなるな…藤次もトータル的な成績では、良い打率を残しているんだぞ」
川崎が目で訴えたが、
「おらあ!」
ヒートアップした城山には、その思いは届かず、
「フェア!」
審判の声と共に、打球は3塁線を翔っていったのだった。
「いけるぞ、将人…ホームへ突っ込め!」
「オーライ!」
味方の指示に、将人は3塁ベースを蹴ると、一気にホームを目指した。それを見たレフトの服部は、ボールを取るやいなや力任せに返球した。だが、ボールは、ホームベースから大きく反れてバックフェンスの方へと流れていった。そのため、川崎は、そのボールを拾うためにホームを離れるハメとなった。
「くそ…」
「投げろ…まだ間に合う!」
川崎がボールを拾うと同時に、ホームベースまでたどり着いた城山が声を出すと、
「追加点だ!」
将人は、大きくジャンプして、ベースに向かって頭から突っ込んだ。
「させるか!」
川崎は、懸命に送球したが、間に合わず、
「セーフ!」
主審の声が、場内に響くと、
「よっしゃあ…これで、2点のリードだぜ」
大志高校ベンチの球児たちは、大はしゃぎしたのだった。
この追加点で調子を乱したのか、城山は、次の小平太、通に連続ヒットを浴びて、さらに追加点を取られ、スコアは1-4、ツーアウト2-3塁で、晴翔を迎え撃つことになったのであった…
「この流れは止めさせないぜ」
そう言って、晴翔が、力強くバットを構えると、
「くそ!」
城山は、息を切らしながら、第一球目を放った。
「もらった!」
晴翔は、そのボールをとらえると、センターを守る谷口の頭上を超す痛烈なヒットを放ち、ランナーだった小平太と通を返して、さらに2点を追加したのだった。
「くう…1-6だと…」
1試合で6点も取られると言う、今までに経験したことのない屈辱に、城山はマウンド上で、思わず苦悶の表情を浮かべた。
「ぎゃははは…このまま、コールド勝ちになるまで叩き伏せてやるぜ」
その様子に、優希が大きく笑うと、
「よし…遠慮なく、場外へ出してしまえ、竜岡!」
大量得点で勢いに乗る大志高校は、その言葉を受けて、さらに盛り上がった。
「ちくしょう…これ以上、点をやれるか!」
「再び、た~まや~!」
「ストライク、バッターアウト!」
だが、例によって、優希は見事なまでに三振したのだった…
「ふう…ようやく、チェンジだぜ」
汗を拭いながら、城山がベンチへ戻っていき、
「ああ、もう…何だよ、あいつは…」
大志高校ベンチのナインたちが、頭を抱えて嘆き、
「おかしいな…何で、かすりもしないんだ。“た~まや~”の掛け声が悪いんだろうか…」
バットをマジマジと見ながら、優希がぶつぶつ言っていると、
「チェンジだぞ、君…早く、グラブを持って、ポジションへ向かいなさい」
例の如く、彼は、主審につっこまれた。
「いちいち、うるせえんだよ…このクソじじい!」
「よさないか、竜岡!」
えらく冷たく当たってくる審判にキレた優希は、迷うことなくガンを飛ばしたが、あえなく玄奘たちに阻まれ、ライトへと引きづられていったのだった。
「本当に、すみません…もう、あのような真似はさせませんから…」
「まったく…言動次第では、没収試合になることもあるんだから、十分に気を付けてくれよ」
玄奘の真摯な謝罪に、主審は、しぶしぶ承知したのであった。




