第十四話
「落ち着けよ、藤次…」
玄奘は、そう目で訴え、
「おうよ…」
藤次が、6番バッター・市川に対して初球を空振りさせると、
「よし、その調子だ…」
そう声を掛けながら返球して、彼を励ました。その配慮に、
「要は、三振を取ればいいことだ」
藤次は、落ち着きを取り戻すと、力強く第二球目を投げたのだった。だが、今度は捉えられ、弾き返されてしまった。
「ちっ…詰まったか」
しかし、それは打ち損じとなり、打球がファースト方向へと転がっていくと、
「ファースト!」
藤次は、二ノ宮勉へ指示しながら、1塁ベースへ走っていった。
「アウトは1個取られるが、1点は入りそうだぜ」
別駕がニヤリと笑うと同時に、勉がそれを処理すると、
「こっちだ…1塁に投げろ!」
ホームには間に合わないと判断した藤次は、1点ぐらいはくれてやる覚悟で、そう指示した。ところが、勉は、その指示が耳に入らなかったのか、とっさにホームへ投げてしまったのであった。
「セーフ!」
「ふっ…これで、同点だな…」
谷口の帰還に、東亜工業高校は大いに盛り上がった。逆に、大志高校はアウトを取ることもできず、ランナーを1・3塁にして、再びピンチに立たされたのであった。すると、藤次は、怒りのあまり、その場にグラブを叩きつけた。
「1塁だと、言ったじゃねえか…聞こえてねえのかよ!」
「す、すまん…」
勉は、頭を下げて謝罪した。その癇癪を起す藤次を見て玄奘は、たまらずタイムをかけて、ナインを集合させた。
「そんなに、怒鳴り散らすな。悪気があって、やっているわけでは無いんだぞ」
玄奘は、藤次をなだめると、
「いいか、みんな…俺たち1年生だけで試合をやるのは、確かに初めてのことだが、それに対して怯えたり、緊張したりすることはない…今までやってきたことを思い出して、プレーすればいいだけだ。いいな…」
仲間たちを励ましたのだった。
「さすが…頼りになるぜ、あの坊さんは…」
晴翔が、自分のポジションに戻りながら口にすると、
「確かに、そうだな…かっかしている場合じゃないぜ」
藤次は、ロージンパックを使いながら、心を落ち着けた。と、次の7番打者の福造が打席に入った途端にバントの構えをすると、
「守備のまずさを突いて、追加点を取るつもりか」
彼は、小さく笑って、
「ナメんなよ…」
ロージンパックを遠くへと放り投げ、第一球目を投げた。すると、3塁にいたランナーは一気に走り出し、福造は迷わずバントをしたのであった。だが、その打球は、ピッチャー真正面に転がり、
「バ、バカヤロ…」
別駕が、思わず吠えると、
「ミスったな…ホームに間に合う」
ボールを拾った藤次は、ホームに突っ込んで来る3塁ランナーを刺そうとすばやく送球した。それを見てランナーは、何とかして追加点を取ろうと、ヘッドスライディングでホームベースに突っ込んできたのであった。
…ザザアァァ!!!
「これ以上、点はとらせん」
だが、玄奘は、藤次の送球を取るやいなや走者にタッチすると、
「アウト!」
「私の肩をみくびるなよ」
…ビュウ!!!
すかさず2塁へと送球した。そして、
「もらった!」
将人は、強肩の玄奘の送球をさっと取って、1塁から突っ込んできたランナーをタッチしたのだった。
「アウト!」
「でかした…ゲッツーだぜ」
晴翔が、両手をあげて、大喜びをすると、
「くそっ!」
別駕は、思わすグランドの土を蹴った。それを見て、
「これで、ぐっと楽になったぜ」
藤次が、そう胸を撫で下ろすと、
「見せつけてくれやがるな…まあ、そうこないと、面白くもなんともないからな」
8番バッターの川崎は、不敵な笑みを見せながら打席に入ってきた。
「あと一人で、チェンジだ」
「ぬかせ…野球は、ツーアウトからなんだよ」
そう言って、大きく睨み合うと、彼に対して、藤次は力一杯に初球を放った。だが、残念なことに、難なく打ち返されてしまい、その打球は1・2塁間を抜こうとしたのだった。しかし、
「抜かせるか!」
将人は、ジャンプして打球を捉え、
…ゴロゴロゴロ!!!
その身を回転させて、体勢が整うやいなやファーストへ送球した。
「アウト!」
その判定に、別駕は舌を巻いた。
「あの打球を抑えただと…なんて、奴だ…」
「やったぜ…超ファインプレーだ、井出!」
藤次は、将人に対して、そう大きく発して感謝した。それを見ながら、
「もっと、点が取れると思ったが、同点止まりか…こりゃあ、相当苦戦するかもしれないな」
谷口は、さらに表情を険しくさせていったのであった。
そして、2回の裏となり、再び大志高校の攻撃が始まった…
「頼むぜ、リーダー!」
「ああ、任せておいてくれ」
玄奘は、ゆっくりと打席へ入ると、
「流れをこっちに、持ってこないとな」
静かに闘志を燃やした。
「天翔寺の子坊主か…久しぶりに、その顔を拝んだぜ」
「覚えていてくれて、至極光栄なことだな…だが、手加減はしませんよ」
城山の言葉に、彼が小さく笑うと、そのやり取りを見て、
「おい…玄奘は、あのピッチャーと知り合いなのか?」
おもむろに晴翔は、藤次に尋ねた。
「ああ…俺たちが中学の時に、奴のいた学校と、よく対戦したことがあるんだ」
藤次の話によると、度重なる練習試合において、城山から三振を食らうことが多かったと言う…
「と、言っても、さっきの打席で、俺はフェンス越えさせたもんな…やっぱ、俺って天才かも…」
「甘く見ない方がいいと思うぞ…さっき、お前が打った球は、コースが少し甘かったように見えたからな」
「コースか…ピッチャーって、色々とややこしいんだな」
と、話していると、城山の速球を前に、玄奘は空振りした。
「ストライーク!」
「中学の時より、一段と球が速くなったな」
玄奘が、小さくため息をついて、マウンドを見据えると、
「この東亜の次期エースを舐めるなよ」
城山は、不敵な笑みで返した。
「中学時代での俺たちバッテリーとの対戦成績だと、軍配は俺たちの方に上がっているが、奴の通算成績は、同学年の球児たちの中で群を抜き、5本の指に入るぐらいの実力者だ…絶対に気を抜くんじゃないぞ」
川崎のアイコンタクトに、
「そうだな…ならば、次は緩急を付けてみるか」
彼は頷くと、ボールの握り方を変えて、第二球目を放った。すると、ボールは大きな弧を描きながらキャッチャーミットへと吸い込まれていったのだった。
「ボール…」
「ちっ…少し外れたか…」
主審の判定に、城山が舌打ちすると、
「カーブだと…いつの間に、投げられるようになったのだ」
玄奘は、大きく目を見開き、
「おい、ボールが曲がったぞ…しかも、何て角度のある曲がり方だ」
「むう…あの野郎、また腕を上げやがったな」
晴翔と藤次は、そう口々に話したのであった。
「さあ、次はこれでどうだ!」
そう言うと、城山は、大きく振りかぶって第三球目を放った。そのボールに対して、
「くう…」
玄奘は、小さく唸りながら空振りした。
「ストライク、ツー!」
「よし、その調子だぜ!」
審判の判定と共に、川崎がボールを投げ返すと、
「すごい緩急の差だ…」
玄奘は、ごくりと生唾を飲んだ。
「やばい…玄奘の奴、タイミングを崩されているぞ」
藤次が、そう漏らすと同時に、
「このカーブを食らえ!」
ためらうことなく城山は、第四球目を放ったが、またしてもボールはストライクゾーンを外れため、カウントは2-2となったのだった。
「どうやら…カーブは、まだ未完成のようだな」
それを見て玄奘が、そう分析すると、
「くそっ…おかしいな…」
城山は、しかめ面をしながら手首を振った。
「今度は、ちゃんとストライクゾーンに入れないとな」
腑に落ちないまま、城山が第五球目を放つと、その大きく曲がってくるボールに対して彼はフルスイングし、それをとらえた。そして、
「うっ!」
その打球を目で追いながら、城山が後ろを振り向いた時には、打球は右中間を破って転がっていったのであった。
「ふっ…立て続けにカーブを投げられて、この私が打てないわけがなかろう」
こうして、玄奘は、悠々と2塁ベースへ到達したのだった。




