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Early Days  作者: Hirotsugu Ko
本編
15/30

第十四話

「落ち着けよ、藤次…」

 玄奘は、そう目で訴え、

「おうよ…」

 藤次が、6番バッター・市川に対して初球を空振りさせると、

「よし、その調子だ…」

 そう声を掛けながら返球して、彼を励ました。その配慮に、

「要は、三振を取ればいいことだ」

 藤次は、落ち着きを取り戻すと、力強く第二球目を投げたのだった。だが、今度は捉えられ、弾き返されてしまった。

「ちっ…詰まったか」

 しかし、それは打ち損じとなり、打球がファースト方向へと転がっていくと、

「ファースト!」

 藤次は、二ノ宮勉へ指示しながら、1塁ベースへ走っていった。

「アウトは1個取られるが、1点は入りそうだぜ」

 別駕がニヤリと笑うと同時に、勉がそれを処理すると、

「こっちだ…1塁に投げろ!」

 ホームには間に合わないと判断した藤次は、1点ぐらいはくれてやる覚悟で、そう指示した。ところが、勉は、その指示が耳に入らなかったのか、とっさにホームへ投げてしまったのであった。

「セーフ!」

「ふっ…これで、同点だな…」

 谷口の帰還に、東亜工業高校は大いに盛り上がった。逆に、大志高校はアウトを取ることもできず、ランナーを1・3塁にして、再びピンチに立たされたのであった。すると、藤次は、怒りのあまり、その場にグラブを叩きつけた。

「1塁だと、言ったじゃねえか…聞こえてねえのかよ!」

「す、すまん…」

 勉は、頭を下げて謝罪した。その癇癪を起す藤次を見て玄奘は、たまらずタイムをかけて、ナインを集合させた。

「そんなに、怒鳴り散らすな。悪気があって、やっているわけでは無いんだぞ」

 玄奘は、藤次をなだめると、

「いいか、みんな…俺たち1年生だけで試合をやるのは、確かに初めてのことだが、それに対して怯えたり、緊張したりすることはない…今までやってきたことを思い出して、プレーすればいいだけだ。いいな…」

 仲間たちを励ましたのだった。

「さすが…頼りになるぜ、あの坊さんは…」

 晴翔が、自分のポジションに戻りながら口にすると、

「確かに、そうだな…かっかしている場合じゃないぜ」

 藤次は、ロージンパックを使いながら、心を落ち着けた。と、次の7番打者の福造が打席に入った途端にバントの構えをすると、

「守備のまずさを突いて、追加点を取るつもりか」

 彼は、小さく笑って、

「ナメんなよ…」

 ロージンパックを遠くへと放り投げ、第一球目を投げた。すると、3塁にいたランナーは一気に走り出し、福造は迷わずバントをしたのであった。だが、その打球は、ピッチャー真正面に転がり、

「バ、バカヤロ…」

 別駕が、思わず吠えると、

「ミスったな…ホームに間に合う」

 ボールを拾った藤次は、ホームに突っ込んで来る3塁ランナーを刺そうとすばやく送球した。それを見てランナーは、何とかして追加点を取ろうと、ヘッドスライディングでホームベースに突っ込んできたのであった。

 …ザザアァァ!!!

「これ以上、点はとらせん」

 だが、玄奘は、藤次の送球を取るやいなや走者にタッチすると、

「アウト!」

「私の肩をみくびるなよ」

 …ビュウ!!!

 すかさず2塁へと送球した。そして、

「もらった!」

 将人は、強肩の玄奘の送球をさっと取って、1塁から突っ込んできたランナーをタッチしたのだった。

「アウト!」

「でかした…ゲッツーだぜ」

 晴翔が、両手をあげて、大喜びをすると、

「くそっ!」

 別駕は、思わすグランドの土を蹴った。それを見て、

「これで、ぐっと楽になったぜ」

 藤次が、そう胸を撫で下ろすと、

「見せつけてくれやがるな…まあ、そうこないと、面白くもなんともないからな」

 8番バッターの川崎は、不敵な笑みを見せながら打席に入ってきた。

「あと一人で、チェンジだ」

「ぬかせ…野球は、ツーアウトからなんだよ」

 そう言って、大きく睨み合うと、彼に対して、藤次は力一杯に初球を放った。だが、残念なことに、難なく打ち返されてしまい、その打球は1・2塁間を抜こうとしたのだった。しかし、

「抜かせるか!」

 将人は、ジャンプして打球を捉え、

 …ゴロゴロゴロ!!!

 その身を回転させて、体勢が整うやいなやファーストへ送球した。

「アウト!」

 その判定に、別駕は舌を巻いた。

「あの打球を抑えただと…なんて、奴だ…」

「やったぜ…超ファインプレーだ、井出!」

 藤次は、将人に対して、そう大きく発して感謝した。それを見ながら、

「もっと、点が取れると思ったが、同点止まりか…こりゃあ、相当苦戦するかもしれないな」

 谷口は、さらに表情を険しくさせていったのであった。


 そして、2回の裏となり、再び大志高校の攻撃が始まった…

「頼むぜ、リーダー!」

「ああ、任せておいてくれ」

 玄奘は、ゆっくりと打席へ入ると、

「流れをこっちに、持ってこないとな」

 静かに闘志を燃やした。

「天翔寺の子坊主か…久しぶりに、その顔を拝んだぜ」

「覚えていてくれて、至極光栄なことだな…だが、手加減はしませんよ」

 城山の言葉に、彼が小さく笑うと、そのやり取りを見て、

「おい…玄奘は、あのピッチャーと知り合いなのか?」

 おもむろに晴翔は、藤次に尋ねた。

「ああ…俺たちが中学の時に、奴のいた学校と、よく対戦したことがあるんだ」

 藤次の話によると、度重なる練習試合において、城山から三振を食らうことが多かったと言う…

「と、言っても、さっきの打席で、俺はフェンス越えさせたもんな…やっぱ、俺って天才かも…」

「甘く見ない方がいいと思うぞ…さっき、お前が打った球は、コースが少し甘かったように見えたからな」

「コースか…ピッチャーって、色々とややこしいんだな」

 と、話していると、城山の速球を前に、玄奘は空振りした。

「ストライーク!」

「中学の時より、一段と球が速くなったな」

 玄奘が、小さくため息をついて、マウンドを見据えると、

「この東亜の次期エースを舐めるなよ」

 城山は、不敵な笑みで返した。

「中学時代での俺たちバッテリーとの対戦成績だと、軍配は俺たちの方に上がっているが、奴の通算成績は、同学年の球児たちの中で群を抜き、5本の指に入るぐらいの実力者だ…絶対に気を抜くんじゃないぞ」

 川崎のアイコンタクトに、

「そうだな…ならば、次は緩急を付けてみるか」

 彼は頷くと、ボールの握り方を変えて、第二球目を放った。すると、ボールは大きな弧を描きながらキャッチャーミットへと吸い込まれていったのだった。

「ボール…」

「ちっ…少し外れたか…」

 主審の判定に、城山が舌打ちすると、

「カーブだと…いつの間に、投げられるようになったのだ」

 玄奘は、大きく目を見開き、

「おい、ボールが曲がったぞ…しかも、何て角度のある曲がり方だ」

「むう…あの野郎、また腕を上げやがったな」

 晴翔と藤次は、そう口々に話したのであった。

「さあ、次はこれでどうだ!」

 そう言うと、城山は、大きく振りかぶって第三球目を放った。そのボールに対して、

「くう…」

 玄奘は、小さく唸りながら空振りした。

「ストライク、ツー!」

「よし、その調子だぜ!」

 審判の判定と共に、川崎がボールを投げ返すと、

「すごい緩急の差だ…」

 玄奘は、ごくりと生唾を飲んだ。

「やばい…玄奘の奴、タイミングを崩されているぞ」

 藤次が、そう漏らすと同時に、

「このカーブを食らえ!」

 ためらうことなく城山は、第四球目を放ったが、またしてもボールはストライクゾーンを外れため、カウントは2-2となったのだった。

「どうやら…カーブは、まだ未完成のようだな」

 それを見て玄奘が、そう分析すると、

「くそっ…おかしいな…」

 城山は、しかめ面をしながら手首を振った。

「今度は、ちゃんとストライクゾーンに入れないとな」

 腑に落ちないまま、城山が第五球目を放つと、その大きく曲がってくるボールに対して彼はフルスイングし、それをとらえた。そして、

「うっ!」

 その打球を目で追いながら、城山が後ろを振り向いた時には、打球は右中間を破って転がっていったのであった。

「ふっ…立て続けにカーブを投げられて、この私が打てないわけがなかろう」

 こうして、玄奘は、悠々と2塁ベースへ到達したのだった。

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