第十三話
その後、小平太は、城山の球を捉えることができず、三振に終わった…
「城山の球は、1年生の域を超えているからな…そんじょそこらの奴らと、一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
川崎は、薄笑いをすると、
「やべえな…このまま、抑えられちゃ、奴らを活気づかせることになる。なんとかしないと」
通は、ぶつぶつと言いながら、打席に入った。そして、
「さあ、てめえも二の舞にさせてやるぜ」
城山が、力強く発して、第一球目を投げると、
「ぐっ!」
彼のバットは、むなしく空を切り、
「ストライーク!」
「なんて速さだ…」
思わず怯んだのだった。
「覚悟は、いいな…」
こうして、城山は、通を三振させ、あっけなくツーアウトへと追い込んだのであった。
「すまん…」
通が、帰ってくるやいなや、チームメイトたちに頭を下げると、
「そんな、謝ることはないぜ…まだ、始まったばかりなんだからよ」
晴翔は、すくっと立ち上がり、
「だが、このままじゃ終わらないぜ」
ニヤリと笑ったのだった。
「おい、見ろよ…奴の持っているバットは、木製だぜ」
「木のバットで俺の球を打ち返そうってか…ナメやがって!」
川崎の指摘に、城山は、その目から怒りを発した。それに対して、
「そのバットこそ、友情と絆の証…虎頭は、そのバットを自分の物にするため、私たちよりもはるかに厳しい練習をしているのだ。彼には、心の底から尊敬してしまうよ」
打席に向かう侍の背を見ながら、玄奘は静かに呟いたのであった。
「他の野球経験者を差し置いて、野球初心者の虎頭が3番か…ほんと、面白い奴がうちの野球部に入ってきたものだぜ」
鍋島が、不敵な笑みをこぼしたが、
「頼むぞ…虎頭…」
すぐに表情を引き締めて、じっと見据えたのだった。
「ぶっ殺してやるぜ!」
城山が、大きく振りかぶって、第一球目を放つと、
「こなくそ!」
晴翔は、そのボールをかすらせてバックネットへと運んだ。
「ファール…」
「むう…城山の球に触りやがった」
川崎が、腹の底から絞り出すような声で、そう発すると、
「ちっ…前に飛ばなかったか」
彼は、舌打ちして悔しがった。
「1番バッターの先制攻撃と走力で相手チームをかき乱し、2番バッターで手堅くランナーを進塁させる…そして、4番バッターは大砲のごとく力を持って、大量点をたたき出す…ならば、3番バッターの役目とは…」
鍋島は、そう言って、一呼吸を置いた…その間に、
「そりゃあ!」
晴翔は、城山の第二球目もかすらせたが、打球は三塁線を割って、点々と転がっていったのであった。
「ファール…」
「やるな…あの3番…」
城山が、彼への評価を修正し、表情を厳しくさせると、
「ふっ…何だか、次は打てそうな気がしてきたぜ」
晴翔は、力強くバットを握りしめた。そして、
「ぬかせ…これで、とどめだ!」
彼が、そう言い放って、力一杯に第三球目を投げた瞬間、
「3番は、打者たちをつなぐパイプラインであり、タイムリーヒットで急襲するヒッター。そして、1、2番が倒れても、初回を三者凡退にさせて相手ピッチャーを勢いづかせないために、待ったをかける切り札でもある…ゆえに、チームの要たる者…それが、3番だ…」
鍋島は、かっと見開いたのだった…
「いただきだぜ!」
…カーン!!!
晴翔が、そのボールをジャストミートさせて、大空へとボールを運ぶと、
「何だと!」
川崎は、マスクをはぎ取って、そのボールの行方を必死に追った。だが、その打球は、フェンスを越えて、遥か彼方へと消えてしまったのであった。
「ホームラン!」
「やったぜ、虎頭…先制点だ!」
晴翔の渾身の一打に、大志高校ベンチが大いに盛り上がると、
「なんて野郎だ…まさか、場外へ出されてしまうとは…」
城山は、がっくりと膝を落とし、
「恐るべし、虎頭…お前の名は、完全に俺の脳へ刻み込まれたぞ」
谷口は、眉間にしわを寄せて、晴翔をじっと睨んだ。そして、
「よっしゃあ!」
晴翔は、満面の笑みでガッツポーズし、ベンチで祝福を受けたのであった。
晴翔のソロ・ホームランによって、活気づいた大志高校1年生たちは、次第にイケイケムードになっていった。
「よっしゃあ…俺も虎頭に続くぜ」
優希が、ネクストサークルで、ぶんぶんとバットを振り回すと、
「おう…この勢いで、ガンガンかっとばしていこうぜ」
将人は、大声で彼を激励した。
「ちっ…ナメやがって…」
城山は、優希が打席に入ってくるやいなや大きく振りかぶり、
「これ以上、打たれてたまるか」
立て続けに豪速球を放つと、
「たーまや!」
彼は、そう声を張り上げながら、立て続けに空振りをしたのであった…
「ストライーク、バッターアウト!」
「おろっ?」
と、優希は、主審の発した言葉に目を丸くし、
「俺、もう3回も空振ったのかよ」
「そうだよ…さっさと戻りなさい」
がっくりと肩を落としながらベンチへ戻っていった。それを見て、
「けっ、バカがよ…お前みたいなど素人に、うちの城山の球が打たれてたまるかっつうの…て、言うか、怪力があるだけで4番にしたんだったら、相当頭が悪いぜ、あのチームはよ」
ここで、腹癒せとばかりに別駕が、大いに罵ると、
「将来的には、あいつはスラッガーとなる素質があるので、あえて4番に座らせたのさ…今は、経験を積ませてやることの方が大切なのでな」
玄奘は、腹の底で、そう言い返したのだった。
「あちゃあ、何をやっているんだよ。あいつは…」
将人が、思わず頭を抱えると、
「これで、スリーアウトチェンジか…完全に、今の雰囲気をぶち壊してくれたぜ」
晴翔は、じとっと優希を白い眼で見たが、
「ふっ…1点もらえれば、十分だぜ」
藤次は、そんな周囲をよそに帽子をかぶり直して、意気揚々とベンチを発ったのであった。
2回表、東亜工業高校1年生たちの攻撃が始まった…
「このまま、勢いづかせてたまるかよ」
谷口が、バットを握りしめると、
「このまま、最後まで逃げ切らせてもらうぜ」
藤次は、そう言って、第一球目を投げた。すると、
「ぬかせ!」
彼は、その初球を捉えて、はじき返した。しかし、打球は、高く上がったものの途中で失速し始め、
「くそ…距離が伸びないか」
そう口走りながら懸命に走った。
「オーライ!」
小平太は、前進して、それをセンターフライにしようとした。と、その時、彼は、ボールをグラブの角に当て、ポロリと落としてしまった。
「しまった…」
彼は、焦りながらボールをさっと拾ったが、すでに谷口は1塁ベースへ到達してしまったのだった。
「ぎゃはは…ポロリだぜ。もうけ、もうけ!」
東亜工業高校ベンチが、思わぬ進塁に大いに沸くと、
「す、すまん…」
「ドンマイ、ドンマイ…」
小平太の謝罪に、藤次は、さりげなく声を掛けた。
「ここは、慎重にいかないとな」
彼は、自分にそう言い聞かせ、次の打者に対して第一球目を放った。すると、東亜工業高校の5番バッター・猿谷は、それを捉えてはじき返した。
「サード!」
「うっしゃあ!」
通は、真正面で、その何でも無いゴロを処理しようとした。ところが、打球は彼のグラブをはじき、
「やべえ!」
ファールラインを割って転がっていったので、慌てて彼は、そのボールを追うことになった。
「まわれ、まわれ!」
別駕が、この時とばかりに大声を張り上げる最中、通は必死にこぼれ球を掴み、3塁ベースのカバーに入った佐戸一郎にボールを投げた。しかし、間に合わず、
「セーフ!」
ノーアウト2・3塁になってしまったのだった。立て続けの彼らのミスに、
「おい、おい…まさか、緊張して体が動かねえんじゃあるまいな」
鍋島が危惧し、
「す、すまん…」
その失態に、通が大きく項垂れると、
「まずい展開に、なってきたな…」
藤次は、額に汗を滲ませながら、そう口にしたのであった…




