【番外編】ウィンザー物語
それはまだティナがヴォルグの居酒屋に馴染んではいなかった頃。
今でこそティナは居酒屋の看板息子だが、始めはそうではなかった。
ヴォルグだけは「よくきたな!」とティナを最初から構い倒していたが、客や店員はその人離れした美貌に遠巻きにティナを眺めるだけだった。
彼らがティナのことを「素直でかわいい、ただの(凶暴な)子供なんだなぁ」と認識し、可愛がり始めたきっかけは、一枚のお菓子だった。
ある晩、王都自治団長ヴォルグは砂糖菓子を用意した。パイ生地に砂糖を乗せたサクサクとした食感のその菓子は、有名菓子店で人気の新作だった。
いかにも子供が好みそうなその菓子を、
「こんなのはガキの食べるものだ。酒のつまみにもならねぇ。ティナ食っていいぞ」
とウィンザーこと傭兵『ティナ』にすすめたが、晩は太るといって、ティナは食べなかった。
仕方がないので、常連たちが酒のつまみにしたところ、
予想以上においしい。
販売開始後すぐに売り切れという人気新商品の名はだてではなかった。
どんどん減っていく砂糖菓子。
それを、恨めしげに見るティナ。
必死に我慢する美少年も絵になるなぁと、いけないことを考える大人たち。
だが、そんな大人たちの余裕は、半泣きのティナを見て一気に霧散した。
サラリと流れる銀髪。
濡れそぼった青の瞳。
白い肌に、赤くなった目元。
震える、薄く開いた唇。
こ、これは……。
(いや、俺にはそっちの趣味はねぇ)
(お、おらはおっかぁ一筋だ)
(やべぇ)
「ティ、ティナ。ほら、一つだけなら、構わないんじゃないか?」
そういって、菓子を一枚、ティナに差し出したヴォルグに、ティナは、こてんと首をかしげて、しゃっくりをあげながら、そっと上目遣いにヴォルグを窺う。
「……い、いいかな?」
「っ。ああっ。ほら、早く食え」
「ありがとう。ヴォルグ」
満面の笑みで菓子を受け取り、端っこからかじって、少しでも長く楽しもうとするティナ。普段の凶暴さからは考えられないほどの可愛いさだった。
「ティ、ティナ坊? もう一枚欲しくないか?」
「ほら、僕のもやるよ」
「あ、あたしのも……」
客たちは、我も我もとティナを餌付けしようとした。
結果、誘惑に負けたティナは体重が増えてしまったらしく、しばらくの間、居酒屋に近づこうとしなかった。
仕事中、傭兵仲間にこぼした愚痴曰く、
「あの店に行ったら、なんか、いろんな人に、めちゃくちゃ食わされるから……」
それを聞き、客たちの間で『ティナ餌付け当番表』が作られたなんて、ティナは知らない。
ウィンザーが傭兵を始めたばかりの頃のお話。
『ティナ』は近寄りがたいほどの美少年ですので、
最初、ヴォルグはともかく周囲の人々はウィンザーを遠巻きに眺めていました。
でも、こういうことが何回かあって、
ああ、素直でかわいい、ただの(凶暴な)子供なんだなぁと、
いう認識がきて、居酒屋の客や店員が可愛がる看板息子に。
本編で入れるとこなさそうなので、番外編にしてみました。
願わくば、『ティナ』ことウィンザーが読者の皆様にも可愛がってもらえますように。