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足音の夢

作者: 御田文人
掲載日:2026/07/07

公式企画「夏のホラー2026」参加作品



 これはたぶん、夢だと思う。



 聞き慣れぬ音楽で目が覚めた。

 高音がやけに響き、低音が音割れしている電子音のメロディだ。


 私は電車の長椅子の端に座っている。乗客はまばら。7人掛けの椅子の端々に一人ずつ座っているぐらいだ。

 顔を上げて車内のモニタを見ると、読めない漢字の駅名が表示されていた。

 

 乗り過ごしたのは間違いない。

 そして知らない駅にいる。


 私はひとまず電車を降りた。


 ホームに出て路線図を捜すも中々見つからない。

 再度駅名を調べようとしたが、それすらどこにも表示がない。


 こんなことってあるか?

 これはたぶん夢だ。知らない駅で目が覚めた夢を見ているのだ。どうにかして目覚めなければ。

 そう思ったタイミングで路線図が見つかった。


 ぼうっと光るその看板に近づくと、そこに止まっていた数羽の蛾がまとわりついてきた。

 それを手で払いながら路線を確認する。


 谷奈河線、岳布池線、寒端線・・・見たことが無い路線ばかり。


 看板の隅の方にはもっと細かく色々書いてあるようだが、私は見るのを断念した。

 なにしろ蛾が多いからだ。


 もういい。

 とりあえず今日は、どこかネットカフェにでも泊まろう。


 そう思い、長い駅のホームを歩いて階段に辿り着いた。


 カツン!


 階段を一歩踏み込んだ時に、私の足音がやけに響いた。 


 一斉に前を登っていた人たちが振り返る。

 

 私は軽く会釈をした。

 そして、気を付けてもう一段階段を上る。


 カツン!


 やはり、タップダンスのシューズで踏みつけたような音が響き渡る。

 

 再び多くの視線に晒された。

 何度も謝るのも変かと思い、そして謝るいわれも無いので、私はその場で立ち止まり、携帯をいじるフリをした。

 

 なにやらざわざわと話し声が聞こえたかと思うと、みな足早に去って行った。


 感じ悪いなと思いつつ、私は再び階段を登り始める。

 どんなに意識をしても、相変わらずタップシューズのような音を立てていた。


 改札には誰もいなかった。

 そしてヤケに暗いので、嫌な予感がした。


 そう、駅を出ると何もない。

 駅の周辺にはネットカフェの一つ二つあるというのは、首都圏の人間の感覚だということを思い出した。


 駅ビルなんてものもなく、あるのは飲み物の自動販売機が2台。そして、所々アスファルトがひび割れて雑草が伸びている駐車スペース。


 周りを見ても、当然24時間営業のカラオケやファミレスなんてものは見当たらない。

 唯一、遠くにぼうっと「Hotel」と書かれた明かりが1件だけ見えた。


 古めかしい紫のネオン管で、旅慣れた自分でもかなり入りづらいタイプの建物だが、背に腹は変えられない。

 私はそこを目指して歩き出した。


 車道と歩道の区別がないその狭い道路は、駅の駐車場同様、所々ひび割れ、雑草が生えていた。

 そんな粗悪な路面でも、私の足音は執事のようにカツカツと音を立てていた。


 街灯も無い。点在する民家の明かりと、ホテルのネオン看板だけが光源だ。

 

 これはやはり、夢だと思う。


 そう思った時、足音がもう一つあることに気が付いた。

 私の足音をコピーしたようなカツカツという硬質な足音。

 それが後ろから鳴っている。


 私は後ろを振り返った。

 

 一人の男がそこに立っていた。


 男はバツが悪そうに軽く会釈をする。

 私は前に向き直って歩く。


 カツン!

 

 先ほどよりも大きな音が後ろから響き渡る。


 私は驚いて再度振り返った。


 男は立ち止まって、新聞を読む素振りをしている。

 こんな暗い道の途中で新聞を読むことなんて、あるわけがない。


 気味が悪いので、私は足早にその場を去った。


 ホテルに辿り着くと、そこは思ったよりも低い建物だった。

 看板だけは大きなネオン看板だが瓦屋根で、古い民宿のような装い。

 

 白熱灯が一つ吊ってあるだけのロビーに入ると誰もいない。

 フロントのテーブルには呼び鈴が一つ置いてある。


 呼び鈴の前には、ハサミで切ったような紙にサインペンで「御用の方はならしてください」と書かれ、テープで貼ってある。

 うっすら黄色味を帯び、周りはホコリが付着して黒くなっているセロハンテープだ。 


 私は、しばらく躊躇した後にそれを鳴らした。

 キーンと、予想以上に太く、大きな音が響き渡る。

 寝ている宿泊客からクレームが来るのではないかと心配になる音だ。


 それでも誰も来る気配がない。


 鈴の余韻が消えると、私は静寂に耐えられずもう一度鳴らす。今度は先ほどよりも強く。


 二度目の呼び鈴の余韻が消えた頃、今度は誰かがやって来る音がする。

 それは聞き覚えのある足音でもある。


 カツン!カツン!

 

 私は、逃げるように宿を出た。


 カツン!カツン!

 カツン!カツン!


 自分の足音に合わせるように、同じ足音が追って来る。


 私は角を曲がると靴を脱いで両手に持った。

 そして、追っ手を撒くように出鱈目に角を曲がる。


 追って来る足音は少し小さくなったようだ。


 私は未舗装の脇道を見つけ、手に持った靴を再び履いて走り出した。

 一旦距離を取ろうと一気に走る。


 1km近く走っただろうか。

 気が付けば周りは山道のような景色になっていた。


 私は一旦立ち止まった。


 どうも、先ほど降りた駅自体が山間部にあるらしいことが、周りの景色から分かった。

 今いる地点から、かなり下の方に道路があることが、走る車のライトから分かる。


 ここからどうするか?

 もう少し進んで何も無いようなら、引き返すしかない。

 私は周りをか確認しながら少し歩いてみる。


 タップシューズのような足音はもうしない。

 かわりにジャリジャリという土を踏む足音がする。


 いや、ジャリジャリじゃない。


 ジャッジャリ、ジャッジャリ!


 私の足音に少し遅れて別の足音がする。


 私は振り返った。


 男がいた。

 男はバツが悪そうに軽く会釈をする。


 私は再び駆け出した。


 ジャッジャリ、ジャッジャリ!


 同じリズムで足音が付いてくる。

 どれだけスピードを上げようが、落とそうが同じリズムでついてくる。


 ジャッジャリ、ジャッジャリ!


 前方の視界が開けてきた。


 ジャッジャリ、ジャッジャリ、カツン!


 車道に出た。

 

 曲がりくねった登山道だ。

 私は肩で息をした。

 空気がかなり薄い。


 カツン、カツン


 車道の真ん中まで出て私は振り返る。

 男がいた。


 男は携帯をいじっていた。

 こんな所圏外だろうに。


 こいつは何をしたいんだ?


 いや、意味なんて無いのだろう。


 これはたぶん、夢だと思う。

 だから醒めなければ。


 私は車道の端まで行き、頼りないガードレールを跨ぎ超えて、崖の下に飛び降りた。


 足音はもうしない。

 後は夢から覚めるのを待つだけだ。


 私は眼を閉じ、風を感じながら、その時を待った。



―了―


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― 新着の感想 ―
なんだろう? 駅構内の様子から見て、追ってくるのは実は自分だった、なんて考えていたけどそういう感じではないなあ。 直接手を下す事なく追い詰める、そんな制約のある悪魔みたい。 岳布池=がけっぷち、かな?…
うわぁ…………音のホラー、 読ませて頂きましたではなく、 聴かせて頂きました。 m(_ _)m 主人公がしていた、会釈や携帯をいじる所作が入っているあたりも巧妙な書き方かなぁと感じました。全体を解明…
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