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輪廻

作者: 阿弥陀堂
掲載日:2026/04/01

まえ

不合格を重ねた先に合格があるのだ。私はそう思いたい。人生には谷があれば山がある。私はそう思いたい。建てられる家もあれば劣化して取り壊される家もある。私はそう思いたい。今、私が読者に何を伝えたいのかは分からないし分からなくても良いと開き直っている自分がいる。要するに自分でも何を伝えたいのか分からないのである。まぁとりあえず自分の人生を簡単に説明してみようと思う。失敗だらけの人生だった。これじゃ流石に要約し過ぎていて面白みも無ければゾクゾクもしないので書き換えようと思う。私の人生に一遍の悔いなし。今度は誇張し過ぎに思える。もう一度書き直してみようと思う。私はある田舎に産まれた。海風が気持ちよく泳いでいて波音が耳の傍で聴こえる。私はそんな自然豊かな小さな集落に産まれた。とても小さい集落だったためか人々はとても仲が良かった。私の両親も他の家の人とよく交流していたことを覚えている。両親はとても優しくて穏やかな人たちだった。私は両親に怒られたことは1回もない。何をしても怒られなかった。しかし、私に興味が無かった訳ではなかったのだと思う。私にしょっちゅう他人と関わることの重要性を教えてくれたことを覚えている。その教えの中に今でも記憶に鮮明に残っているものがある。それは何事もほどほどにしておくことが大事だという教えだ。当時の私には全く響かなかった。寧ろ反抗心を育てた。ほどほどにしておくというのは何も成し遂げられない人が言うことだと両親を心の中で侮辱していた。両親みたいには絶対にならないぞと決心し、私は必死に勉強をした。なんで勉強なんだと思うかもしれない。スポーツでもいいだろうって思うかもしれない。しかしこれには私なりの考えがある。スポーツを努力したところで怪我をしてしまえば、一瞬で何かを成し遂げることは不可能になってしまう。だからスポーツという選択肢は消えた。音楽で飯を食うっていう道もある。だが、それはあまりにも可能性が低い。なぜなら俺は音痴だからだ。だから音楽方面はありえない。よって私は勉強に専念したのだ。勉強は怪我をしても病気になっても出来るものだからだ。おかげで小中高と学年トップの成績で気持ちの良い学生生活を謳歌した。いつも何らかの式の答辞を話すのはもちろん私だった。この一人称の変化で私がどれほど成長したか分かるだろう。俺という一人称では不真面目な生徒のレッテルを貼られてしまう。そんなことになれば積み上げてきたものが崩れてしまう。そう思うと周りの偉い大人達に媚びを売ることが適切なことだと思えてきた。大人の世界は想像以上に闇深かった。1度でも方向を見誤れば闇に引きずり込まれてしまう。まるで目が見えない状態で綱渡りをしているような感覚だった。その感覚は社会に出て、より一層研ぎ澄まされた。最初の頃は上司に必死に媚び売って頭下げて頑張っていたが、自分より年下の奴がろくに媚びも売っていないのに親が権力者だからって自分より上の座に就いた。俺よりも頭が悪いアイツが何故俺よりも上にいるのか理解に苦しんだ。3日間、家に引きこもって考えた結果、答えに辿り着いた。どうやら社会では必死に努力して身につけた学力など必要ないらしい。大事なのは親だ。権力者の親がいれば努力なんてしなくてもある程度の地位を獲得することが出来るのだ。俺はこの社会に絶望した。なぜなら俺は小さな集落出身だったからだ。親が権力者であることが前提条件であるこの世界で俺はどう生きていけばいいのだろうか。ここまで10何年も必死に努力してきたことは社会に出た途端、微塵も使えなくなってしまった。俺はその世界から逃げた。故郷の集落に戻った。結局俺は両親と同じ状況に陥ってしまった。あんなに嫌悪していた両親と今では全く同じことを日々繰り返している。あぁもう死にたい。

うしろ

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