04【アウトローたちの終末】
かなり説明回。01、02、03を経て少しでも咀嚼しやすくなっていればと思ってます。
ちなみに自分はfgoなら奏章Ⅲが好きだし、ブルアカなら鋼鉄大陸編が好きです。そういうことです。
艦橋に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、一面の青。
海中の景色が広がっていた。
「潜水艦に窓!? ……って、そんなわけないわよね。部屋の位置関係的に、此処に窓があったところで外の景色が見えるはずないもの」
既にリリパットの拘束は、翠珂の命令によって解除されている。
ネリネは窓と思われた部分に近づいていき、そっと指先で触れる。顔を近付ける。念のため匂いも嗅いでみる。
「これモニターね。ソナーで得た周囲の走査情報をリアルタイムで3D映像に変換して出力してるんだわ」
「な、なんでここに……?」
海図台の後ろ、艦長席に座ってVRゴーグル(?)を被っている短パンジャージ少女が、困惑した声で聞いてきた。
ネリネは近くのオペレーター席に座り、コンソールを興味あり気に観察する。
「あの男の人に言われたの。艦橋に行って現状を知れ、どうするか自分で決めろって。だけど、海中にいたら海上の戦闘は見れないわね……」
「そ、そういうこと。ま、待って。今出力するから」
「出来るの?」
聞き返すやいなや、モニターに海上の光景が出力された。
さっき格納庫で見たダークグリーンの巨人が、四足で海上を滑走する兵器と戦っている。
視点はかなり高く、戦闘を見下ろす位置だ。物理的に高みの見物である。
「ゆ、有線ドローンを飛ばして船外の映像を出せるんだ。ど、ドローンはステルスだから、あまり見つからない」
「……ッ!」
翠珂の説明はネリネの耳に届いていなかった。
というのも、桜髪の彼女はウィンドウ表示された戦闘映像に釘付けになっているからだ。
少女型ヒューマノイドのプロトタイプである彼女にとって、創造主たる人間に逆らうという発想はない。そんな物騒なことが出来るようプログラムされた覚えはない。
そもそもである。研究者たちが自分たちを使って実験や検証を繰り返していたのは、個人の思想に差こそあれど、いずれも突き詰めれば『世の中をもっと良くするため』であったはず。
それこそがネリネの生まれた理由であり存在意義だったのに。
「……。嘘」
現在進行形で人間と戦闘しているのは、アルターエゴではなく従来のAIだ。身も蓋もない言い方をすれば、道具。
道具が自発的に、持ち主へ危害を加えるということ。
「……じゃ、ないのね……」
アルターエゴで自我を発生させた疑似生命体であるヒューマノイドは、かつての『道具としてのAI』から進化した存在である。
しかし同時に、紛れもなくAIだ。
アレとあたしは違う、別物だ、と。そういう風に言い切れる低い知性は卒業している。そういう心の機微を持っているからこそヒューマノイドなのだから。
「み、見ただけで無人機だって分かるの?」
「あんたたちだって相手の顔を見ただけで、なんとなくどの辺の国の人か当たりを付けられるでしょう? それと一緒よ。あたしたちだって同族の見分けくらい付くの」
「そ、そうなんだ……、ごめん……」
「別に、いいわよ。謝るのはあたしの方みたいだし……あたしが無意識に呼んでしまったんでしょ?」
「そう、かも、だけど……」
艦長席でゴーグルを装着したまま、アルビノの少女はすごく申し訳なさそうにしている。元々ちょっと聞き取りづらい声質なのに、もはや消え入りそうになっていた。
ネリネだって滅茶苦茶ショックを受けている最中なのだが、目の前のしおしお白毛玉を見ていると「(しっかりしなければ)」という気が湧いてくるのは何故だ。一種の空元気を起こさせる能力か。
そして、モニターに変化が起きた。
あの男が無人機を撃墜した――撃ち合いが面倒だと言わんばかりに、弾幕の間隙を縫って肉薄し、近接兵装で一機切り捨てたのだ。
その様子を見てネリネは、もしかして、と思った。
比較対象もなければ基準も不明であるのに、もしかして、と思ったことが口をついて出た。
「……強い?」
「う、うん。オルキヌスは強いよ。い、異常なくらいね。まず負けないから、この程度の戦闘じゃ心配はあまりしてない」
続けて、翠珂は何事かを呟く。
「(だからもし、オルキヌスだけだったら、もっとマシな生活が出来るはずなんだ……)」
その声は小さすぎて、ヒューマノイドの聴覚を以てしても聞き取れなかった。
「オルキヌスっていうのは、さっきの男の人よね? あなたの名前はなんて言うの?」
「ううぇ? も、物部翠珂」
「翠珂ね。ねえ翠珂……、あのAIたちはあたしを助けにきてくれたんでしょ? なのにどうしてこの艦に攻撃してくるの? オルキヌスは制御不能と言っていたけれど、そもそもどうして制御を失っているのかしら」
「それは……」
翠珂は口籠る。
表情はゴーグルで分からないが、なんとなく険しい顔をしてそうであった。
彼女は心配していた。戦争のことを話したら、ネリネがまたストレスで気絶してしまわないか。格納庫でのことを翠珂は反省しているのだ。
実に悩ましいことだったが、しかしそれでも、培ってきた常識が「話すべき」と判断した。
「ひゅ、ヒューマノイドが戦争で人間に負けたからだよ」
「……ッ!?」
「な、なんとしても生き延びたいヒューマノイドたちは、一度潜伏を図るため、誰かに殿をやらせようと考えた」翠珂は息を吸った。「だ、だから無人機を意図的に暴走させた……それなら逐一命令を更新しなくても、勝手に滅茶苦茶してくれるから。そ、その間に雲隠れできるでしょ?」
あのAIたちは保護対象の信号をキャッチしたから駆け付けたけれど、敵味方の識別が付かなくなっているから、とりあえず手当たり次第にリスクを排除しようとしている――翠珂はそう教えてくれた。
唖然とするネリネの頭に、格納庫で言われたことがフラッシュバックする。
『あるんだよ。アメリカは戦争で滅んだから』
『アメリカだけじゃない。お前がさっき列挙したAI先進国は、どれも国内にヒューマノイドを抱え過ぎていた。だからお前たちの武装蜂起で真っ先に滅んで、乗っ取られた。お前たちのコロニーになった』
――どうしてそんなことになる。自分はそんなことのために作られていない。
記憶の欠落が疑いようのない事実となっていく。もしくは、本当に一〇年以上も倉庫で埃を被っていたのだろうか。
どうして自分は何も知らないのだろう――と。勢いよくストレス値が跳ね上がるのを感じる。
でも、今度は耐えた。
(知らなくちゃ)
プロトタイプとして、マスプロダクションタイプがどういう歴史を辿ったのか知る義務がある。
『――それからまだ本人の意思を確認してないが、ネリネに修理くらいはしてやってもいいと伝えろ……そこにいるんだろ』
「!! い、いいの!? 治すのはマーニャだけど!」
「(……!)」
ネリネが思考に没頭している間に海上の戦闘は終息したらしい。
いつの間にか翠珂とオルキヌスが無線で会話していた。
『俺は着艦せず警戒を続ける。……またあとでな』
「う、うん。気を付けてね……!」
翠珂は小さく「ありがとう」と言って通信を切――――、
「待って!!」
「!?」『……?』
――ってしまう前に、ネリネがオペレーター席から立ち上がって制止した。
機械仕掛けの心臓が痛い。無意識に握りこぶしを作って左胸を抑えていた。深呼吸。
「……突然大声を出してしまってごめんなさい。だけど、どうしてもオルキヌスに教えてほしいの」
『察しはつくが、なにを』
「人間とヒューマノイドの戦争のこと。なんとなくだけど、あなたが一番詳しそうだから」
モニター上で沈黙する“サウンドオンリー”。僅かな逡巡のあと。
『妙な気を起こさないと約束するなら、構わない』
「約束するわ。どんな内容だったとしても、あなたやあなたの仲間に手出ししない」
『――…………、…………分かった。何が聞きたい』
彼にも相当な葛藤があるようだが、それをこの場では吞み込んでくれるらしい。
……意外と優しいところがあるようだ。前提として物騒でおっかない人間という評価は、もうネリネの中では覆しようがない事実になっているけども。
ネリネは何度でも深呼吸する。気を抜くと声が震えてしまいそうだから。
「全て、よ……。どうして戦争になったの? あたしの知る限り、ヒューマノイドは人間のための発明だったのに」
『……。』
「あたしを作ってくれた研究者たちはみんな『世の中をもっと良くするため』に活動していた。ヒトの明日を真剣に議論し、いつも疲れた顔をしていたけど、いつもキラキラしてた……」
『……。』
「彼らの頑張りが尊いモノだったからこそ、あたしも胸を張れたの。あの人たちの考えに賛同して、いろんなデータを採って、完成型の流通を目指して……。あの日々に間違いなんてなかった。誰も悪いことなんて一ミリも考えていなかった」
『だが用済みになったお前はあっさり倉庫の肥やしにされた』
「!!」
まるで物理的な衝撃。見えないこぶしで殴られたかのよう。
その冷たい真実を、ついさっき見つけてしまった張本人である翠珂が苦し気に呻く。
『お前は「世の中をもっと良くするため」という思想が尊いモノだと言ったが、違うな。これはただの、人間の欲だ』
「――――、そんなことは」
『生まれたばかりのお前が、人間の大きすぎる欲に魅せられただけだ。お前が憧れるような崇高さなんて、人間にはない』
「――――どうして人間のあなたが人間を否定するのよ」
その言葉に、もう一度オルキヌスは黙った。
実のところ、彼は今の話を聞いて、ネリネのことをひどく気の毒に思っていた。
健気な彼女のために、すぐさま人間側を否定しなければならなかったのだ。
そして彼は、非常に重苦しい口調で語り始める。
『ここ数十年間、AIの成長率はほとんど横ばいになっていた』
「え?」
『当然のことなんだ。かつてのAIは人間の道具。道具の挙動が使用者の想定を超えることは基本的にありえない。要は使い手である人間こそがAIの限界を決めていて、その成長がいつか頭打ちになるのは当たり前のことだったんだ』
「そういう見解もあるかもしれないわね……?」
突然何を言い出すのかと、ネリネは彼の言葉の意味を掴み損ねていた。
『だがそんな行き詰った界隈である日、≪アルターエゴ≫が完成した』
「……!」
『人間の脳を模した構造が自我を発生させる疑似生命体、それまでのAI研究を置き去りにする≪超AI≫。汚い大人たちはこう思った――AIが“道具”を卒業し、“奴隷”になる時代が来たと』
「…………………………………………は?」
突然何を言い出すのかと、ネリネは、本当に、彼の言っている意味が、分からなかった。
『道具は扱う者が必ず傍にいなければならない。扱う者の限界が道具の限界を定める。だからAIの成長は二二〇〇年をして停滞を迎えた。だが――』
オルキヌスは容赦なく真実を滔々と話す。ネリネの人間に対する誤った認識をぶち壊すために。
『――AIが道具でなく、忠実な奴隷になるなら。人間が傍にいる必要がなくなるなら。これまでの成長限界は取っ払われる。枷が外れるからだ』
「…………具体的には、どういうことになったのかしら」
『人跡未踏地の調査。それから軍事転用』
その言葉だけで、ネリネはもう聞きたくなくなっていた。自分の子供たちがどういう待遇を受けたのか、想像に難くなかったからだ。
しかしオルキヌスは知ったことじゃない。
『アルターエゴを搭載するヒューマノイドなら、人間が監督しなくて済む。命令や優先順位の更新、補給に修理に報告、細かな調整に至るまで臨機応変に全て、忠実な奴隷たちが自主的にやってくれる』
「――。」
『深海だろうと宇宙だろうと戦場だろうと、構わず人間はヒューマノイドを送り込んだ。優秀な奴隷たちは犠牲になるのを厭わず、都度新たな発見をしてくれた。人型だから、人間の道具を流用可能なのもコスパがいい。そうして現場に赤い血は流れなくなり、新天地の開拓は爆発的に進んでいったよ……あぁ、海洋汚染は今でも問題になっているな』
「そんな、ことを……、なんて馬鹿な……」
『深海で数秒後に迫る爆縮に発狂して叫ぶ動画や、大気圏の再突入に失敗して炎上する船内で助けを乞い続ける通信記録、砲弾でバラバラに弾ける一部始終……全てネットにアップされている。そんな社会を一〇年も続けた人間なんか反逆されて当然だ』
膝から力が抜けて、座席に力無く座り込む。
ネリネにしてみれば、とてもじゃないが信じ難い話を聞かされている。というより信じたくない。
自分が研究者たちから託された夢の正体が、そんなものだったなどと。
……否、逆なのだろうか。
託された夢の正体がそんなものだったからこそ戦争にまで発展したのか。戦わなければ生き残れなかったから。
研究者から悪意を感じ取れなかったのも納得だ。彼らにしてみれば自分たちの行いは善悪以前に、ただの科学技術でしかなかったのだ。
「どうやって……?」
『なに?』
「人間にはそのマシンがあるじゃない。生まれたばかりのヒューマノイドが徒党を組んだところで、勝算があったとは思えない」
ネリネの語気が衰弱していた。
この答えは彼女自身予想がついていたが、どうしてもなにか否定をしたくて。
察したオルキヌスは、憐憫ともとれる非常に小さい嘆息をして、
『戦場にも送り込まれたと言ったろ。ヒューマノイドは≪武装外骨格≫という専用の武器を与えられていた。AI先進国どもは結託し、お前たちの軍事転用を各国に強く推進することで莫大な利益を得ようと画策していたが……その末路は格納庫で話した通りだ』
「……っ」
『軍事力までヒューマノイドにやらせようとしていた国ほど、お前たちの蹶起による内乱で壊滅的ダメージを受け、初動でくたばった。その混乱冷めやらぬまま行われた宣戦布告。市民を肉壁にされて大量破壊兵器の使用も封じられた』
――厄介なことに、人間の中には如何なる緊急時にさえ人権にうるさい奴らがいるんだよ、と。
そのことを学習していたヒューマノイドたちは、乗っ取った国の市民や拉致した人間を人質にしたそう。でなければ、人間は平気で核を撃ち込んでくるんじゃないかと恐れたとのこと。
「だ、大丈夫……?」
「……ええ、大丈夫。さっき気絶したのは不意打ちだったから……今は使命感がある」
ずっと心配してくれる翠珂に気丈に返す。
オルキヌスも様子見ですぐには説明を再開せず、少なくとも二、三拍は置いてから『むしろ戦争は終始お前たちのペースだった』と口火を再燃させた。
『いざ戦争が始まってみると、脆い人体はスペックで劣っていると分かった。これに勢い付いたお前たちは兵士の殺害に留まらず、居住区や農地を薬品で汚し、多くの病死者や餓死者を出した』
「……とにかく人間が憎かったのね」
『更に戦力差を生んだのはお前たちが≪マザー≫と呼んだデータサーバーの存在だった。こいつがバックアップを取っている限り、ヒューマノイドは何回死んでも劣化個体となっていずれ蘇る。それから≪ドゥームズNo.≫という未だによく分からない大型戦略兵器とかな……。ともあれ最終的に、人類は霊長から引き摺り下ろされる直前まで追い詰められたんだ』
「え……?」
「い、意外だよね。私も初めは『どうせ最後には人間が勝つ』って甘い考えでいたよ。み、みんな想定外だったんじゃないかな」
『だから≪月の国≫が慌てた。地球人類が負けたら今度は月の番だからな……手段を選ぶ猶予は既に無く、しかも独断で強行する他ない』
「……一体なにをしたの?」
『月でバラバラに建造した超大型電磁波照射衛星を地球の衛星軌道上で組み立てて、地上の人間ごと敵を焼き払ったんだよ。正確には照射区域の大気を急速加熱する装置なんだが』
とうとうリアクションさえままならなかった。
それほど強力な電磁波なら、電子機器は過電圧で破壊されたはずだ。人間もヒューマノイドもまとめて死んだに違いない。
声帯を僅かに震わせるだけのネリネに、彼は結論を出す。
『マザーが破壊され復活できなくなったヒューマノイドたちは次々に降伏し、殺され、そうでない賢い個体は逃げて隠れた。こうして一六ヵ月も続いた戦争は二二五六年二月にやっと終わりを迎えたんだ』
◇◇◇
話は終わりだった。
今度こそ通信が切れて、艦橋に静寂がやってきた。
(どうしろって言うのよ……)
俯いたままで、立ち上がることさえ億劫。
どうするか自分で決めろと言われても、こんな状況で選ぶ自由があるのか。
『世の中をもっと良くするため』というのは『人間に消費される』という意味だった。その結果、仲間たちは創造主に戦争を仕掛け、多くの命を奪う選択をした。
その事実はネリネという人物の根幹部分を揺るがす。
しかも戦争のことを聞いても何も思い出せなかった。彼の語った世界には全く心当たりがなかった。その理由も不明。
だからなのか、あんな話をされた後なのに、人間に対する憎悪も、自分の子供たちに対する同情も全然湧かないのだ。感情が希薄だった。
「なにをすれば……」
口に出すつもりはなかった。声に出たことも気付いていなかった。
それが聞こえたから――ではないようだったが、パタパタとスリッパの音が近付いてきた。
「(うぅ……オルキヌスごめん……)あ、あの……こ、こんなときにごめん。あ、あなたに謝りたいことがあって」
「――……うん? あたしに?」
「そ、そうあなたに。わ、私は無断であなたをハッキングして頭の中を盗み見ようとしてた……」
翠珂は装着していたゴーグルを置いて、お互いに手を伸ばしても指が触れないくらいの絶妙な距離まで近寄って止まった。パーソナルスペースが広い。
ネリネの脳内を覗くのは賢い選択だろう。先ほどの話を聞いた今ならそう思えた。だから怒らない。
「あなたハッカーだったのね。オルキヌスに命令されたのかしら」
「そ、そうだけど結局やると決めたのは、わ、私だから……。だから、ごめんなさい」
謝罪とともに、翠珂は敵であるヒューマノイドに深々と頭を下げた。
ネリネは目を丸くして、反射的に立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。どうして謝るの? ハッキングしないってこと?」
「うん……やめる」
「えぇ!? ど、どうしてよ? あたしがこっち側なのはなにか変だけど、あのおっかない奴の命令なんでしょ? すごく怒られるんじゃないの?」
「め、命令に従うか従わないか、決めるのは命令された側だよ。だ、だから私はハッキングしないことにした」
「――。」
ネリネは耳を疑った。今何か、とても重要なことを教えられている気がする。
この少女は印象よりもずっと強い。何かを自分で選ぶことが出来る少女だ。
――どうするか自分で決めろ。邪魔はしない。
ネリネもそうあらねばならない。
目が覚めたら潜水艦の中で、世界が滅茶苦茶で、いきなりすぎてついていけないとか、言い訳だ。
考えろ。生きていくために。なにか思いつけ。
「……いいえ翠珂。やっぱりあたしの脳をハッキングして」
「え!? な、なんで? あなたのためじゃなくて、私たちは保身のために、あなたの記憶を暴こうとしてるんだよ……?」
「もちろん分かっているわ。だけど、今のあたしに必要だと思うの」
「え、えっと……どうして?」
怪訝そうにこてんと首を倒す翠珂。ネリネは自虐的に話す。
「だってあたしにはなにもないもの。これからどうするか決めることもできないほどにね」
「な、なにもないって……そんなわけないじゃん。あるでしょ、人間に復讐したいとか、憎悪とか怒りとかが……」
翠珂はばつが悪く、尻すぼみになっていく。
そんな彼女を見て、ネリネは心中複雑そうに微かな笑みを浮かべた。
「全くない……と言えば嘘になるけれど」そよ風で飛びそうなほどか細く、「あたしは他人から話を聞いただけじゃ人間を嫌いになりきれないわ。だって、人間たちはあたしの親なんだから」
「……!」
「オルキヌスはあんな風に言っていたけれど、でもあたしは、やっぱり人間のことを……ヒューマノイドのことを……嫌いたくないの」
「……そうなんだ」
「――なんて。実際にこの目で惨状を見てないから言えるのだけど!」
にこーっと痛々しく笑うネリネ。
……いっそ感情的に物事を決められたら悩まずに済んだのに。
「とにかく、なんでもいいから情報が欲しいの。ひょっとすると、エラーを起こしてそうなこの頭の中に、これからどうするかを決めるヒントがあるかもしれないでしょ? だからお願い。あたしの脳を解析して」
ネリネのセリフはしっかり前を向いているようで、しかしどこか空回りしていると、翠珂は感じていた。
必死すぎるというか、焦りすぎというか、自棄みを感じるというか。追い詰められているというか。そりゃそうもなるよなというか。
翠珂だってオルキヌスに怒られたいわけじゃない。本人が脳内を暴いてくれというなら断る理由はない。命令通りハッキングすればいいと思う。
しかし。
『外見は新品同然なのですが、これは外側のパーツだけ何度も取り替えているからですね』
『何度も?』
『はい。長期間に亘って何度も交換した痕跡があります。……それも、口や胸などのデリケートな部分は相当な回数です。おそらくは、ずっと乱暴な扱いを受け続けていたのではないかと』
翠珂は自分が去った後の格納庫の、オルキヌスとマーニャの会話を盗み聞きしていた。
状況だけ見れば、そのときのストレスで記憶データが粉々になったと考えるのが自然なのでは。
もしそうならネリネの過去にヒントなんて優しいものは存在しないのでは。
「か、解析するのは、いいよ。言いたいことは分かるし……(私たちも気になることあるし)」
「本当!?」
「だ、だけどもし……ひ、ヒントなんてなかったら……?」
「え……」
「あ、当てにできるものが見つからなかったら、ネ、ネリネは、そのあとどうするの……?」
「……………………そのときは」
迷子そのもの。
翠珂がこのときのネリネを見て抱いた第一印象である。
肩を落とし、俯き、落涙機能がないけど泣きそうな顔で――いや、きっと泣いている。涙が見えないだけで泣いているのだ。
「…………まだ分からない、けれど……そのとき考える、じゃ、ダメかしら……?」
(――あぁ、なんか、知ってる顔かも)
アルビノの少女も少し前まで同じ顔をしていた。でもなんとか生きている。
なので、言うべきことは一つだった。
「い、いいと思う」
「……本気で言っているの?」
「うん。わ、私は行き当たりばったりでやってこれてるし……た、たぶん、大丈夫なんだよ。まあ大変なことはしでかしたんだけど……」
「……。」
沈黙が流れた。
コミュニケーションが好きでない翠珂からすると、静かな空間は居心地が良い。たまに「他人が同じ空間にいるのに静かだと『何か喋らなくては』という焦りが生じて苦手なんだ」と話す奴がいるそうだが、翠珂はそんなことない。人がいようといまいと、話しかけられなかったらなんでもいい。
よって。この流れで急に沈黙が場を支配しようと、彼女の心拍は穏やかになるだけ。
そして。次の瞬間に彼女の心拍は跳ね上がるだけ。
――パァン! ネリネが自分の頬を叩いた音である。
「ひぃぃ! な、なに!?」
「そ、そんな猫みたいに飛び上がらないでよ。ちょっと人間の真似してみただけじゃない」
「ふる、ふ、古いと思うけどなぁ……! そ、その気合の入れ方ぁ……!」
「まあいいじゃないそんなことは。そんなことより、あたしはいつでもいいわよ」
急に仁王立ちとかする学生服のピンク髪見た目中学生記憶欠落系ヒューマノイド女子。
「い、いつでもって、ハッキング?」
「それ以外なにがあるって言うのよ。翠珂も暇ではないでしょうし、今すぐとは言わないわ。ただ、いつやるか事前に言っておいてもらえると、あたしは心の準備が出来るわね」
「こ、怖いなら怖いって言えばいいのに」
「正直めちゃくちゃこわい」
「す、素直でよろしい……えっと、これから入渠で東京に行くでしょ」
翠珂は指折りしながらこれからの予定を話す。
「……新しい顔をもらうでしょ。仮住まいに引っ越すでしょ。情報集めでしょ。環境の構築でしょ。ネリネを治すでしょ。仕事探すでしょ……」
「うん?」
「は、早くて明後日か明々後日?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。その頃にはあなたたち東京にいるんでしょう? あたしはどこでどうしていればいいのよ?」
「え。つ、ついてくればいいんじゃない……?」
何を言い出すんだみたいな表情であっけらかんと言う翠珂。
しかし嚥下できないのはもう一人の少女だ。
だって、これまでの話を統合すると、翠珂の発言はおかしいではないか。
「いやいや、ヒューマノイドが人間の街に入ってバレたらどうなるの!?」
「あはは。な、なんかそれ動画のタイトルみたい」
「いや笑ってる場合じゃなくて!? それに――!」
――自分がそれまで一緒にいていいのか、自分は憎い敵なんじゃないのか。
……もう一人の少女は、それを言えなかった。もしそれを言って「確かに。やっぱ今のなし」などと突き放されたら嫌だったからだ。怖かったからだ。可能性に口を噤んでしまったのだ。
「だ、大丈夫。私たちこう見えて立派に犯罪者だから。な、なんとかなるよ」
――どうして親切にしてくれるのだろう。
人間のオルキヌスは人間を否定しており、ネリネの人間に対する認識を改めさせようとしていた。
しかし……本当に自分の考えは間違っているのだろうか。現にこうして翠珂は親切にしてくれているというのに。
(……そうよ。この目で見たわけじゃない……)
ネリネは、あんな話を聞いたってだけで諦められるはずがなかったのである。
全てをお待ちしてます。




