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03【アウトローたちの終末】

遅筆なので以降は間隔を空けて投稿していくことになります。

読んでもらえたらそれだけで嬉しいです。

でも反応をもらえたらもっと嬉しいです。


 その後、翠珂は後ろ髪を引かれる顔で艦橋に戻って行き、マーニャはネリネを作業台に載せて彼女のメンテナンスを始めた。

 カーテン一枚で仕切られた作業スペースの外側、オルキヌスは彼女らに背を向けて脚立に座っていた。

 ヒューマノイドは人類の敵である。

 ネリネが無害な女の子の見た目をしていても万が一ということもある。いつでも始末出来るように備えておく必要があった。

 用済みとなってシャットダウンさせられたのが一一年六ヶ月前。誕生したのはそれより前になるので……見た目的にも一二、三歳くらいだろうか。


「ビーコンは切除できたか?」

「はい。言われた通り、取り出して無効化しましたよ」

「なら、いい」


 ネリネの救難信号をキャッチした彼女の仲間が、オウムアムア目掛けて集まってくる可能性を考慮しなければならない。

 よって。ネリネが気絶している間に、ビーコンを取り出して無効化することにしたのだ。

 ……もう遅い、なんてことがなければ良いのだが。


「ネリネさんの外見は新品同然なのですが、これは外側のパーツだけ何度も取り替えているからですね」


 カーテンの向こうから聞こえる、僅かに張り詰めている声。


「何度も?」

「はい。長期間に亘って何度も交換した痕跡があります。……それも、口や胸などのデリケートな部分は相当な回数です。おそらくは、ずっと乱暴な扱いを受け続けていたのではないかと」

「……。」

「それから内部パーツに疲労が多く見られます」マーニャは一つ一つ確認しながら「モーターに全身の人工筋肉に……ライトブラッドの透析もしていないようです」


 ライトブラッドとはナノマシンを含むピンク色の液体のことだ。

 エネルギー効率と体内におけるデータ転送速度を、極めて高い水準で維持する。

 劣化が早く、多くのメーカーが四、五年に一度の透析を推奨していた。


「発電効率も落ちていますし、バッテリーも劣化しています。総じて、いつシャットダウンしてもおかしくない状態です」

「……翠珂はああ言っていたが、ならやはり記憶喪失だろう。そもそもネリネはスリープモードだった。少なくとも一度は起こされているはずだ」

「私もそう思ってメモリーにアクセスを試みたのですが、プロテクトが厳重で太刀打ち出来ず……ノノさんなら破れると思いますが」

「……だそうだが、聞いているんだろ」

『うぅ……き、聞いてたけど……』


 近くの艦内電話のスピーカーから、あまり気乗りしてなさそうな翠珂の返答があった。

 ディスプレイに映る彼女のドット顔が、まるで状態異常を食らったみたいに歪む。


『や、やんなきゃだめ? き、記憶を暴くのはちょっと……』

「ヒューマノイドと知らなかったとはいえ、お前が回収を指示したんだぞ。こんな厄ネタを」

『そ、そうだけど……そんなことをするために助けたわけじゃない……』

「敵に同情するな。やれ」

『ひぃぃ。パワハラだ労基に言ってやる』


 この時代に労働基準監督署があるなら、きっとそいつらも武力を持たなければならないだろう。

 スピーカーは短い沈黙と素早い打鍵音ののち、しどろもどろに何かを言いたそうにした。


『……その、あの……オルキヌス』

「なんだ」

『か、解析するのは分かった。やる……仕方ないから。で、でも、その前に聞いてもいい?』

「ああ」

『その……ど、どうするの? その子の事情が分かったあと……業者に引き渡して、処分?』


 彼女がビクビクしながら質問しているのは、オルキヌスが何と答えるか、正直予想がつくからだ。

 翠珂とてヒューマノイドには碌な思い出がない。奴らは本気で人類を絶滅させに来た。

 しかし戦争は一年前に終わっているし、ネリネは戦争のことを知らなさそう。それならばもう、いがみ合う必要はないんじゃないか。はっきり言って、翠珂は憎み合いだの殺し合いだの、その手のことには辟易しているのだ。

 カーテン越しで表情までは分からないが、マーニャも興味を持って聞き耳を立てているようである。

 案の定、オルキヌスの答えは冷たい。


「他に何ができる。まさか野に放つのか、潜伏場所も分からないのに仲間の下へ連れて行ってやるのか。どちらにせよ、電源が入る状態のヒューマノイドを投棄するのは条約で禁止されている」

『しょ、所持は禁止されてない』

「……お前、匿いたいのか」

『だ、だって……死んじゃうよ。ひ、一人で生きていけるはずない……』


 分かりきっていることだ。

 ヒューマノイドと話し合う余地がある、このオルキヌスたちのような人間は珍しい。

 今のネリネを野に放てば、ボディの活動限界より先に、人に見つかって虐殺されるのがオチだろう。


『それに……と、とっくに犯罪者なのに……今更、国際法なんか気にする人じゃないでしょ』

「……ああ。法はどうでもいいな」

『わ、私たちがそんなに心配……? それともヒューマノイドは生理的に無理……? ど、どのみち何かあったときに戦うのはオルキヌスなんだけど……』

「分かっているのなら口を出すな」

「あのぅ……」


 口論に発展しかねない空気を察してか、マーニャが口を挟んできた。

 カーテンを開け、オルキヌスと翠珂のドット絵を順番に見て言う。


「犬や猫を拾ったわけではないのですし、本人にどうしたいか聞く、ではダメなのでしょうか?」

『う……た、確かに。それはそう……、……ごめん。め、迷惑だよね……』

「いえ、ノノさんが謝ることではありません。ね、オルキヌスさん。貴方にも、ネリネさんを殺害して遺棄するという発想はないんですよね?」

「……。」

「ほら、こう言ってます」

『な、なにも聞こえなかったけど』


 彼はわざとらしく嘆息して脚立から降りた。

 彼の沈黙は肯定で、溜息も肯定。まだ付き合いの浅いマーニャでもそう受け取っているのだから、幼馴染である翠珂も勿論そう理解出来た。

 とりあえず、ネリネの処遇は彼女が起きるまで一旦保留。マーニャが声に出してまとめた。二人とも異論はない。


『じゃ、じゃあハッキングしてみるけど……結構時間かかるから。も、も、文句言わないでね』


 そういうわけで議論終了。通話が切れて、オルキヌスはネリネが寝ている作業台に寄った。

 本当に、人間の幼い少女にしか見えない。


「まだ気になることでも? ……あぁ。いつ起きるかまでは私にも分かりません」

「そうじゃない。メンテナンスは終わったんだな?」

「一応、ですけどね。プリンターでパーツの代替品を出力しようにも、そのための素材がほとんどないので……ほんの一部だけ交換しましたよ。ちゃんと()()なら、どこかのジャンク屋で使えるパーツを探さなければなりません」

「そうか」


 何を考えているのか分からない顔と声で短く答えると、彼はネリネを抱えて何処かへ運ぼうとする。


「ええと……何処へ?」

「医務室。いつまでも此処に置いておけないだろ」

「……ふふ」

「お前はさっさとエインヘリヤルを整備しろ。勘だが、すぐに次の出撃があるぞ」

「はーい」


 急にニコニコしているマーニャ。なにが面白かったのかオルキヌスには分からない。

 とはいえ言うべきことは言えたので、自分もさっさと医務室にネリネを連れて行こうと足を向ける。

 しかし――数歩進んだときだった――フラグはあったのだ。オルキヌスは猛烈に嫌な予感を覚えた。虫の知らせとも言う。優秀な兵士であればこそ、勘が冴えているものである。

 振り返ると、まだマーニャは動いていなかった。オルキヌスの背中に手を振っていたようだ。

 目が合うと思っていなかったので不思議そうにしている。


「? どうかされましたか?」

「どこかに掴まれ」

「はい? どこかというと?」

「どこでもいいから早くしろ。くるぞ」

「えぇ……? じゃあ……」


 すると何故かマーニャは、言葉の意味を理解できないまま、少女をお姫様抱っこしているオルキヌスの二の腕を優しく掴むのであった。

 上目遣いでオルキヌスを見つめるその顔はまさに「???」一色である。これなに? みたいな。


「ば……ッ、どうしてそこで……ッ!」

「へ!? えっと――――きゃあっ!!?」


 彼女が悲鳴を上げた理由は明白だった。

 緊急警報システムが作動――ドンッッッ!!!! という工具が吹っ飛ぶほどの衝撃と共に、オウムアムア全体が大きく揺れたからだ。

 そこかしこでガシャンガシャンと物が落ちて散乱する。なんと工業用アームまでもが揺れて、金属的悲鳴を上げているではないか。

 これほどの衝撃の中でオルキヌスはというと、少女二人分の体重を追加で支えつつ超人的な体幹を発揮。ダンッと片足を床に叩きつけるようにして腰を落とし、どうにかこうにか転倒を免れることに成功。やったね。

 揺れが収まりきっていないくらいで、磁石が反発したみたいにマーニャが手を放して謝る。


「ご、ごごごごめんなさい! 大丈夫ですか!? どこかを痛めたりしてませんか!?」

「……平気だ。悪い、耐ショック体勢と言えば良かったな」


 静かにネリネを床に寝かせて、立ち上がる。

 ついさっき切られたばかりの艦内放送が復活。あの翠珂が耳をも聾するアラートに負けないほどの大声を張り上げている。


『エマージェンシー!! エマージェンシー!! て、てててて敵襲!!』

「それは分かっている。後部に対潜ミサイルを喰らったんだろ。まずは被害報告からしろ」


 轍鮒の急にあっても、オルキヌスは至って冷静に指示を出す。

 恐怖と焦りで呼吸が浅くなりかけているマーニャの肩に手を置いて、目を合わせる。

 一秒か、二秒か。完璧に安心させるにはあまりに短すぎる秒数。


「出撃する」

「……っ、は、はい! 補給だけならオートで済ませてありますから!」


 エインヘリヤル・カスタムに向かって駆け出すオルキヌスに、翠珂から報告。


『み、ミサイルの一発がジェット推進装置に当たって一番停止! 二番出力低下! き、機関出力僅かに低下! 高速潜航不可!』

『それなら私は機関室へ行って直接診てきます!』

「頼むマーニャ。翠珂、敵について報告」

『てて敵は進路上に暴走AI兵器、数は五、距離四〇キロで全部水上! じ、時速四〇〇キロで向かって来てる! なんでこの航路にこんな集まってるの!? どどどどうしよう完全に捕捉されてる! 潜水して逃げ切れるかなぁ!?』

「間に合うものか。とにかく今すぐ撃ち返せ。狙いは適当でいい。迎撃ソナーは出力最大を維持」


 言いながら、エインヘリヤルのハッチを開けた。

 ネットカフェの個室より遥かに狭く、クローゼットの中よりずっと暗く、霊安室のように閑寂で陰鬱な空間。とはいえ酸欠にならないように酸素供給は十分である。

 まるで死体安置所の遺体保存ロッカーの中だと、オルキヌスはいつも思う。

 納棺するように自分の体をコックピットに安置し、ハッチを閉めれば、一瞬だけ暗闇に支配される。


「機関全速。可能な限り敵から距離を取りつつ海面へ浮上しろ。俺が迎撃する」


――プレイヤーの接続を確認。

――ニューラリンク開始……完了。

――仮想コックピット形成中……完了。

――全システム正常に稼働中……リンクスギア_オンライン。


 再びコックピットに青い光が灯った。飽きるほど見慣れたUIに心が落ち着く。

 左上に周囲の走査情報が表示されたミニマップ。

 左下から右に向かって機体各部位のコンディションを示すウィンドウ。

 右下には装備中の武器の状態。

 右上には無線やミッションの更新があった際、必要に応じて小さくインフォメーションが。


「出撃時にエアバーストで対空支援砲撃を頼む。少しは隙を減らせるかもしれない」

『ひぃぃ。や、やったことないよぉ……っやってみるけどさぁ……っ!』


 心配しなくとも曳火砲撃の経験がある女子高生などまずいない。

 出撃ゲートに入る前にまたもや爆発音と揺れ。対潜ミサイルによる攻撃は散発的だが続いているに違いなかった。距離の問題か、はたまた単純に性能が悪いのか。命中率は大したことないようで助かっている。

 そんなとき、エインヘリヤルの耳がとある音を拾った。


『い……ったぁ……ッ』


 ネリネだった。

 床に寝かされていたせいで振動により後頭部を打ちつけ、その痛みで目が覚めたらしい。とても硬そうなベッドなので仕方がない。

 その場に座り込んだまま自分の体を触診している。


『……あれ、体がちょっと軽くなってるっていうか、なにこれ。何が起きてるの? あいつらは?』

「目が覚めたか。見ての通り敵襲に遭っている」


 反射的に此方を見て、ぎょっと目を見開くネリネ。アヴァターを見たからだろう。


『そ、その声あんたさっきの……いや敵襲? 今敵襲って言ったの!?』

「そうだ。お前の救難信号に引き寄せられた、制御不能のAI兵器に攻撃されている。海の中で……そういえば言ってなかったな。ここは潜水空母オウムアムアの格納庫で、俺は≪個人傭兵(フリーランサー)≫だ」

『ちょ、ちょっと待って。聞きたいことが多すぎるわ……。そのAI兵器っていうのはじゃあ、あたしの味方ってこと?』


 その質問に対する回答だと言わんばかりに、もう一度船体を振動が駆け抜けた。

 キャットウォークがギィギィ鳴き、視界に映る全てが動いている。床も壁も天井も。

 ネリネは立ったままでいられず、咄嗟に床に手をつく。すると目の前でリフトが倒れるのだ。

 ……もしあんな重たい物が自分の上に倒れてきたら? この揺れの中で回避出来るのか?

 というか……海の中だぞ。大丈夫なのか……?


「そう思うのなら艦橋へ行け。お前の味方とやらを見てこい」

『艦橋……』

「どうするか自分で決めろ。邪魔はしない」

『……!』


 出撃ゲートに入るのと、オウムアムアが海面に浮上したのは同時だった。

 勢いよく飛び出したことによる若干の浮遊感。クジラのブリーチングのような、豪快に水面を叩く衝撃波。


「いつでもいける」

『う、うん……! き、キャパシタ出力正常! ハッチ解放、垂直電動カタパルト展開!』

「オルキヌス=オルカ、エインヘリヤル、発艦」

『発艦!! ま、任せたぁ!!』


 バチィッ!!!! と紫電が迸り、レールガンの弾丸となったエインヘリヤルが垂直に撃ち出された。

 更にオルキヌスの注文通り、敵を足止めするためのミサイルが次々に空中で炸裂。出撃の隙をカバーする。

 既に辺りには暗闇が降りてきているが、この程度の視認性は大した問題ではない。月明りも十分にある。


「メインウィング問題なし。敵機を目視」


 十字に陣形を組んで海面を滑って来るのは、戦う蜘蛛を意味する≪バロッツァ・パゥーク≫という四脚ホバー移動のAI兵器。どこでも見かける量産型のヤツだ。

 目玉なのか脳なのか、大きな球体が目印の広域スキャン型≪パゥークtypeC≫を中心に。

 ――先頭がハサミと盾を持った四本腕の≪typeD≫、

 ――両サイドにレーザーガンを背負った犬っぽい≪typeG≫、

 ――後ろにいる重武装型(足の生えた火薬庫)は≪typeH≫で、コイツが対潜ミサイルを装備している。

 つまり真っ先に倒さねばならないのが≪typeH≫ということ。

 オルキヌスはそいつにプラズマライフルの照準を合わせ、引き金を引く。しかし。


「チッ」


 射線上に割り込んできたtypeDが盾を構え、エネルギー弾を逸らす。

 セットプレーなのか、流れるように盾の後ろから飛び出すのはtypeGである。海面を凄まじい速度で滑走しながらレーザーガンを撃ってくるものの、しかし精度と出力は時代遅れ。スピードを上げるだけで簡単に搔い潜れた。

 パゥークなど、所詮は前時代のAI兵器だ。

 ヒューマノイドのようなアルターエゴを持たず、予めプログラムされていることを繰り返す。

 こいつらとの戦闘はパターン化可能なほどだ。


(点ではなく面で)


 肩に乗せたミサイルの窯を開く。ホットローンチ。

 盾持ちが一機だけならば、ミサイルによる飽和攻撃でゴリ押しすれば良いのだ。

 ヒューっと空気を裂いて降り注ぐ火薬の雨に、パゥークたちは散会して回避するしかない。

 中央にいたtypeCは球体からEMPを発生させて撃ち落とそうとしたようだが、そこは全く整備されていない野良の暴走AI兵器。EMP防空システムは機能せず、ミサイルが直撃したtypeCは海に沈む。

 ブースタを点火させて一直線にtypeHに突っ込むエインヘリヤルへ、左右からレーザーの花束が。正面のtypeHは後退しつつミサイルとバルカンで迎撃してくる。


「う、ぐ……!」


 肩と腰にある左右のブースタを細かく連打しつつ、更に速度を上げて迎撃を搔い潜る。

 後退する重武装型パゥークを逃さず、左腕のプラズマトンファーで一刀溶断。すぐさま推進装置を逆噴射して爆発から逃れた。Gで腹が潰れてしまいそう。


「ふた、つ」


 アラートが真上から熱源が接近していることを伝えており、しかしオルキヌスは見上げもせずライフルの銃口だけを上に向けて撃ち抜く。

 何かと思えば、盾持ちパゥークが虫けらの見た目に違わず飛び掛かってきていたらしい。爆散していったが。


「三つ。残すはガンナー二機」


 返す刀で空中で蹴りを放つと、脚部グラップルアンカーが射出される。右側にいたtypeGのレーザーガンに命中し、銃口を跳ね上げた。

 しかし敢えてそいつには接近せず、むしろこの隙に左側のもう一機の犬っころをライフルで狙撃。撃墜。

 体勢を立て直しつつ、飛来する光線を右腕部のエネルギーバリアでパリィ。

 あとはスピードで攪乱しながら撃ち返せば、戦闘は終わり。

 ものの数分の出来事であった。飛び散る破片がボチャボチャと海へ落ちて沈んでいく。


「終わったぞ。そっちはどうなってる?」

『ぽ、ポンプジェットが壊れたって。だけどプロペラとエンジンは無事だから、低速なら問題無いってさ。しゅ、修理は造船所じゃないと駄目そう』

「だろうな」


 まさかマーニャに海の中で修理しろとは言えない。


『そ、そもそもマーニャには「いい加減、真面目にオウムアムア全体の点検がした方がいい」って何度も言われてるわけだけど……。ご、強奪してから無理させてるし』

「……。」

『こ、ここから一番近い造船所で犯罪者向けサービスもしてるのは四海重工とか~? と、東京かぁ~』


 なんとも白々しい翠珂。東京の東側は戦争で吹き飛んだが、西側には未だに人が集まって生活圏を築いている。

 ……むろん、ジャンク屋なんかもある。ネリネの修理に必要なパーツを売ってるかもしれない。

 霊長簒奪戦争終結後、条約でヒューマノイドの製造が禁止されたので、本体はおろかパーツさえ公式に販売されていないのだ。それらを入手するには中古屋か、もしくは非合法な取引市場――いわゆる闇市に行くしか方法がない。


「……やむを得ん、進路を東京に変えろ。四海に連絡しておけ」

『り、了解……。私が電話するのかぁ……』

「それからまだ本人の意思を確認してないが、ネリネに修理くらいはしてやってもいいと伝えろ……そこにいるんだろ」

『!! い、いいの!? 治すのはマーニャだけど!』


 白々しい……お前が東京に寄りたがっていたのはその為だろうが、と。

 言いはしなかったが、代わりに溜息を吐く。

 向こう側でネリネは何とも言えない顔で息を呑んでいた。


「俺は着艦せず警戒を続ける。……またあとでな」

『う、うん。気を付けてね……!』


 翠珂は小さく『ありがとう』と言って通信を切った。



◇◆◇




「艦橋ってどこよ……」


 時間は少し戻って、オルキヌスが発艦した直後。

 今は少しでも情報が欲しいネリネは、オルキヌスに言われた通り艦橋へ行こうと格納庫を出た。

 細い廊下は無骨な鉄製で、小洒落たインテリアも窓さえなく、見た瞬間に此処が戦艦であることに嘘偽りが無いと理解した。

 此処は戦艦の中。ショッピングモールではないのだから、丁寧な案内板などありはしない。


「まず方向が分からないわ……」


 格納庫を出たら廊下が左右に伸びている。正面にはエレベーターだ。あの男、やはり親切ではない。

 行く先を勘で決めようとしたとき、廊下の曲がり角の先――左手側からガションガションと、特徴的な音が聞こえてきた。

 ネリネがこの音を足音だと判断したのには理由があって、一つは規則的に鳴っていること。もう一つは音が近付いてきているからである。

 彼女が「ちょうどいい案内してもらおう」とその場に突っ立っていると、なんと現れたのは小さなメイドだった。

 身長一五〇センチジャストの自分よりも二〇センチは背が低いだろうか。

 ふわふわフリルのヘッドドレスにエプロン。さっき見た人間の女子二人さえ戦艦にいるのが似つかわしくないのに、もっとあり得ない存在が現れた。


(アンドロイドじゃないの。小型のお手伝い人型ロボット)


 ネリネたち、ヒューマノイドが製造される前のこと。

 様々な事情に配慮して、一目で非人間だと分かるように設計された≪道具としてのAI≫の最終形態が一つ。

 肩や肘や膝などの関節部を意図的に露出させ、胸には感情表現用ディスプレイ、こめかみにランプ。

 アルターエゴを搭載していないので自我も感情も表情もなく、しょっちゅう抑揚を間違える合成音声で話し、人間の命令を聞くだけの存在だが、一応高度な学習能力を備えたAIが搭載されていると聞く。ネリネは実物を見るのが初めてだった。

 まるで妹みたいに可愛いが、製造順的には相手が姉である。


「こんにちは。少しいいかしら」


 まずは挨拶。

 しかしアンドロイドちゃんは体の向きと進行方向を固定したまま、顔だけこちらへ向けて、そのまま通過していった。

 …………。


「いやちょっと待ちなさい!」


 慌てて肩を掴んで止めた。

 外部から力が加わったことでアンドロイドちゃんはぴたりと静止して、ウィーンと体ごと振り返る。


{何か御用でしょうか}

「だから呼び止めたのよ。えっと……艦橋に行きたくて、案内してもらえないかしら」

{申し訳ございません。現在、このリリパットはマスター・マリヤの命令を受けて機関室へ向かっておりますので、その後でよろしければ対応可能です}


 「このリリパット」と言った。察するに個体識別名ではなさそうだ。群体なのだろうか。


「その後じゃなくて今すぐがよくて……どうにかならない?」

{申し訳ございません。世の中にはどうにもならないことがございます。別の暇なリリパットにお申し付けください}

「若干諭してくるのが気に入らないけど……その別の暇なリリパットちゃんはどこにいるのかしら?」

{申し訳ございません。現在、当艦は非常事態につき、フリーのリリパットがいません。実行中の命令が終了した個体から対応可能になります}

「……………………、……ふ、ふぅん…………」


 揶揄われているわけではない……はずだ。疑似生命体であるヒューマノイドが賢すぎるだけなのだ。

 頭が痛くなってきたネリネは眉間を指で押さえる。どうしよう、賢いのに艦橋へ行けない。そうだ、案内出来る人に取り次いでくれないだろうか。

 思いついてパッと顔を上げたとき、目の前にリリパットの顔があった。


「うひゃあっ!? な、な、なに!?」

{申し訳ございません。驚かせてしまったようですね。ですがマスター・……が、ストレスのサインを出しておりましたので、もしや体調が優れないのではと思い、簡易バイタルチェックを実行しました}

「ば、バイタルチェック……? あたしにバイタルとかないけど」

{マスター・……マスター・……マスター・……のバイタル、検出不能。生体反応無し。無し?}

「それはあたしがヒューマノイドだからで、あの決して怪しい者じゃないのよ? 本当に」

{よく見たら死亡中の未登録のマスターでした。新規登録をお願いします。死亡中? 死亡中? 当艦は現在伊豆諸島近海を潜水中……未登録のマスター……未登録の侵入者……}


 なにか、やばい。とか思った時には遅かった。

 いきなりリリパットの背中から触手のような鋼糸が飛び出す。それは犯罪者を捕らえる網のようにネリネの身体に絡みつき、あっと言う間に捕縛されてしまう。

 リリパットは華奢な見た目からは想像もつかない剛力で、捕縛したネリネを引き摺って何処かへ連れ去っていく。

 ネリネはもうなんか散々で泣きそうだった。なんだこれはと。


{侵入者! 侵入者! 侵入者!}

「ああもう……! なんなのよ今日はー!! どこに連れていくのよー!!」





{侵入者! 侵入者! マスター・翠珂。このリリパットが侵入者を連行して参りました}

「…………はぁ……なんか艦橋に着いたし……」

「な、なにしてるの? ど、ど、どうなったらそうなるの……?」

「説明が欲しいのはあたしの方だってばぁ……!」


感想も感想以外もお待ちしてます。

作者のフェチズムを作品にねじ込んで表現していきたい所存です(マニフェスト)。

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