婚約者の王太子側近は正論で殴る
十三歳の時、私はアレンと婚約した。
アレンの家である公爵家は先代王の弟が婿入りして以来、王弟もその息子のアレンの父も今の王の側近を務めていて、アレンも王太子であるステファン殿下の側近になるだろうと言われている。
故に彼も王太子教育を九割ほど学ばないといけないらしく、十歳の時から三年間の王太子教育でとても公平で真面目な男の子になっていた。
「俺の役目は灯台のようなものだ。王太子殿下を正しい方向へ導くお役目がある。だからクレアより王太子殿下を優先せざるを得ない。だが、婚約者として、未来の妻としてクレアのことは守ると誓う」
「近くにいないのに守るってどうするの?」
「そばにいるだけが守るということではないだろう。俺は君が俺の背を、家庭を守ってくれると信じているからこそ王太子殿下の行く先を示す。君を信じている俺を信じてほしい。それが君を守ることに繋がるだろう」
十三歳にしては随分達観した考え方だなと今では思う。
王太子教育で忙しい彼とは手紙のやりとりが主だったけれど、彼の人となりはよくわかってるし、誠実な彼のことを私は信じた。
そうして迎えた十六歳の春。
私たちはステファン王太子殿下と同じく貴族学園に入学した。
ここでは領地運営や騎士道、淑女教育と共に侍女専攻と、上位貴族向けの学科から下位貴族や跡継ぎ以外の令息令嬢向けの教育が学べる。
いつか自分が仕えるべき相手、もしくは雇う相手、または嫁ぐ相手、嫁ぎ先の使用人の可能性があるため、爵位とは関係なく皆平等だった。
ただしそれは上位貴族だから驕るということではないし、下位貴族だからといってへりくだるという意味ではない。
自分の立場を理解した上での立ち居振る舞いを皆が理解してる前提だ。
それを壊すものが現れるとは思ってもいなかった。
最終学年に上がった。卒業に向けて最後の学生生活として実際に騎士団に研修に行ったり、上位貴族の家に侍女として学びに行ったり、実習が増えてくる。
故にあまり学園にいることがないのに関わらず、メロディー男爵令嬢の話はよく聞いた。
男爵家に養子として迎え入れられたことで貴族学園に編入することになったメロディー様は元々平民だったらしい。
どういった経緯で男爵家に迎え入れられたのかまでは学園にいなかったから知ることはなかったけど、元々平民だったせいか貴族令嬢らしくない言動が目立っていたらしい。
慣れていないなら仕方ない。淑女科で詰め込めば下位貴族だし侍女には問題なく就職できるだろうと周りも思っていた。
「え〜、ただ仲良くしてただけですよぉ?友達ならこのくらいの距離ってフツーですし!」
研修で王妃主催のお茶会から学園に戻ってきた時に、メロディー様を初めて見かけた。
思わず声のする方を見て驚いた。
なんとメロディー様はステファン王太子の腕にくっついて、そしてステファン殿下のご友人である宰相の息子のゲイリー様や騎士団長の息子のバスター様もいらっしゃる。
彼らと対峙するのはステファン殿下の婚約者であるアビゲイル公爵令嬢だった。
「ご友人?殿下にばかり甘えた声で身体を寄せて……はしたないと思いませんの?」
「ひどいっ!私が元平民だからそんなことを言うんですか?」
え、今の話のどこから平民って言葉が出てくるのだろう。
そう思いつつも、ステファン殿下はアビゲイル様を冷たい目で見ていて、メロディー様の腰を優しく抱き寄せている。
「アビゲイル、君はもう少し優しくなれないのか?メロディーは平民から貴族になったばかりなんだ。可哀想だろう?」
「編入してもう半年が経っています。この学校でも、男爵家でも淑女教育は受けているはずでしょう?」
「それが彼女を見下しているって気付かないのか?」
ステファン殿下とアビゲイル様の間はギスギスしていて、怯えた様子でゲイリー様と騎士バスター様にくっついているメロディー様にモヤモヤしていると、奥から見慣れた銀髪が見えてきた。
アレンだ。ステファン殿下のそばにアレンがいなかったことが不思議だったけど、どうやら別行動していたらしい。
「メロディー嬢」
「アレン様っ、アビゲイル様にいじめられて……ステファン様が私を庇ってくれて……」
「何を言っている。なぜ君は娼婦のように男に媚を売っているんだ」
その瞬間、メロディー様の顔がピシリと固まった。
「ゲイリーとバスター、君たちも婚約者がいるだろう。なぜメロディー嬢を許しているんだ」
「それはメロディーがアビゲイル嬢に怯えて……」
「アビゲイル様が何をしたかは知らないが、婚約者のいる身でする距離感ではないだろう」
アレンの言葉に二人は気まずそうにメロディー様から離れる。
アビゲイル様が扇子を取り出し口元を隠す。
あ、あれは笑いをこらえてるんだ。
「ステファン様。何度も申しましたよね。メロディー嬢との距離感を考えてくださいと」
「だが彼女はアビゲイルの嫉妬によって怯えているんだぞ!婚約者としてアビゲイルに物申す必要がある!」
「婚約者ならステファン様はアビゲイル様を真っ先にお守りするべきでしょう。アビゲイル様が何を思ってその言動をしたのか、アビゲイル様に寄り添うのが婚約者でしょう?」
「アレン様!ステファン様は私を思ってくれただけで……」
「メロディー嬢、俺はあなたに名前を呼んでいいと許可していません。それにもしステファン様があなたを心配したとてメロディー嬢はステファン様やゲイリー、バスターとの距離感がおかしい。婚約者のいる男性との接し方は平民でも変わらないはずだ」
中庭はアレンの独壇場だった。
メロディー様が、ステファン殿下が、言い訳を述べれば述べるほど正論で返す。
いや、正論で殴るが正しい。そしてアレン本人はそれをステファン殿下のためだと本気で思っている。
ほんの少し様子を見ていただけの私でもステファン殿下はメロディー様を呼び捨てにしていたし、名前を呼ばせていた。
そのくらい親しくなっていたと私でもわかるのに、アレンはそういうことを察するのが下手らしい。
「ステファン様。学園に入って様々な貴族令息令嬢と親しくなられたのは見聞を広められて良い機会だと思いますが、メロディー嬢を贔屓するのはメロディー嬢にもアビゲイル様にも失礼です」
「贔屓ではない!私はメロディーを…!」
「まさか平民の間で楽しまれてる真実の愛だとか言わないですよね?あんなのは夢物語ですよ。ステファン様が苦手としていた王太子教育と同様にアビゲイル様も婚約が決まってから厳しい王太子妃教育を受けているのをご存知でしょう?ステファン様もアビゲイル様も国のために寝る間も惜しんで努力していらした」
「だがそれは婚約者として当たり前だろう?私だって努力してきている!」
「ステファン様は王族として生まれた責務としてもありますが、アビゲイル様はあなたの婚約者でなければこんな努力しなくてよかったんですよ。それでも未来の王となるステファン様のことを支えるために十年以上王城にて学んでいるんですよ。その献身こそ真実の愛以外に何と例えるんですか」
ああ、アレンは本当に、ステファン様を正しく導こうとしているんだ。
そんなアレンを誇りに思いながら私は足を進める。
研修のレポートを学科に提出し終えると、中庭はもう閑散としていた。
その後、人伝に聞いた話では、メロディー様は変わらずステファン殿下やゲイリー様、バスター様にくっつこうとしていたけれど、彼らがそっと距離をとりはじめたとのこと。
そして彼らはアビゲイル様をはじめ、自分の婚約者と向き合い、話し合った結果、穏便に婚約関係を継続することになったらしい。
メロディー様は他の令息たちに声をかけて回っているけれど、中庭の一件が広まったらしく、婚約者や恋人のいる令息たちからは避けられているとのことで、結局淑女科の教育も単位が貰えないことが確定して卒業も出来ないとのこと。
「クレア」
「アレン。ステファン殿下は?」
「補講を受けている。時間ができたから会いに来た」
十三歳のころからさらに背が伸びて男の人らしくなったアレンを見上げる。
「あの時見ていたの」
「どの時だ?」
「ステファン殿下とメロディー様とアビゲイル様と、中庭でのやりとり」
「ああ。ステファン様が身の振り方を考え直して下さってよかった。アビゲイル様もご安心だろう」
いつも硬い表情の彼が満足気に頷いていた。
私はふとあの時疑問に思ったことを彼に聞いてみることにした。
「アレンはメロディー様のこと娼婦のようって言ってたけど、娼婦のことをアレンは知っているの?行ったことあるの?」
「あるわけないだろう!……あっ、いや、大声を出してすまない。違うんだ」
珍しく慌てるアレンに驚いていると彼はさらに焦り出した。
「メロディー嬢が平民だから距離感が分からないと言うから、平民の暮らしを見てみようと空いた時間で平民街にいた。だがどの平民も穏やかに過ごしていたから、街にいる何人かにメロディー嬢の振る舞いをどう思うか聞いてみた。するとそれは商売女の言動であって平民が皆そういうことをするわけではないと。だから娼館のある通りを歩いた。確かにメロディー嬢は呼び込みの娼婦たちと全く同じ言動だった。検証のために通ったが決して店に入っていないし、クレア以外の女に触れたりしていない」
とても早口だった。そんなに必死に弁明しなくてもいいのに、かえって不審に見える。
けれどメロディー様の立ち居振る舞いに疑問を覚え、徹底的に調べていく真面目さは彼らしいと思う。
というより彼には無理だとわかってるから意地悪をしただけだ。
「大丈夫、信じてるわ」
「よかった……クレアに疑われるのは死ぬほどつらい」
「そんなに?」
「ああ……クレアに何不自由なく暮らしてほしいから俺は側近としてステファン様のおそばにいるのに、本末転倒だろう?」
「え?私のため?」
てっきり祖父も父も王の側近だったからと、家のためにそうしてるのかと思っていた。
私がきょとんとしているのを見てアレンは目をパチパチさせていた。
「もしかして伝わっていないのか?俺は、君に一目惚れだった。クレアを妻に迎える幸福の代わりに、クレアに不自由させないと誓った」
「……言わなきゃ気付かないよ、アレン」
「すまない。だが、俺はクレアを愛してる」
銀色の髪が風に揺れている。髪と同じ色の瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。
「私はアレンのこと、誇りに思ってる。殿下の灯台になるって言葉の通り、正しく殿下を導く真っすぐなあなたが好きよ」
私の言葉を聞いてアレンの腕が背中に回された。
強すぎて苦しいハグだった。けれど、嫌じゃなかった。
「俺はステファン様の側近だ。けど、俺の心はいつもここにある」
「うん。信じてるよ、アレン」
「ありがとう……クレアと結婚できるのが待ち遠しい」
すり、と頬を寄せられた。鐘の音が鳴るとすぐに彼の熱が離れる。
補講も終わっただろう。二人の時間は短かった。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
とん、と背中を押す。アレンはいつもの足取りで校舎に戻っていく。
その背を見送って、私は未来に思いを馳せる。
あなたにいってらっしゃいと背中を押す、そんな朝を毎日迎えられたらと。




