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三度目の名前

作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど
掲載日:2025/12/17

 クリスマスイブの夜は、やけに静かすぎた。


 雪は降っていないのに、街は白く沈黙している。

 カップルの笑い声も、子どものはしゃぎ声も、窓越しには届かない。

 まるで、世界が自分ひとりだけを残して、祝祭から降りたようだった。


 だから美咲は、スマホを立てた。


「暇すぎるし、都市伝説配信やるかな」


 視聴者は十人にも満たない。

 コメント欄には、軽口と絵文字が流れている。


《鏡のやつやれ》

《名前呼ぶやつ?》

《クリスマスだしちょうどいいじゃん》


 美咲は笑って、洗面所へ向かった。

 そこには狭い三面鏡。蛍光灯の淡く白い光。

 そこに映るのは、パーカー姿の美咲だけだった。


「有名だよね。鏡の前で、自分の名前を三回言うと――出るってやつ」


《やめとけw》

《ガチで怖いやつ》

《配信切れよ》


 怖くない。

 視聴者にそう思い込ませるように、美咲は目の前の鏡を見つめた。


 ――鏡の中の美咲は、ほんの一瞬だけ瞬きが遅れた気がした。


「……多分……気のせい……よね?」


 一度目。


「美咲」


 声は震えない様に普通を装った。

 コメントも盛り上がっている。


 二度目。


「美咲」


 鏡の奥が、少し暗くなった。

 照明は変わっていないのに、奥行きだけがありえないほど深く見える。


《今、顔ズレた》

《鏡、なんか変じゃね?》

《冗談だよな?》


 美咲は、喉が渇いていることに気づいた。


 三度目。


「――美咲」


 言い終わる前に、鏡の中の美咲が先に口を動かした。


 音はない。

 だが、確かに言っている。


 美咲自身の名前を。


 配信が途切れた。


 画面が暗転し自分の顔だけが、黒いガラスのように映り込む。


 背後で鈴の音がした。


 リン……リン……


 クリスマスの飾りのはずがない。

 部屋には、何も置いていない。


 鏡の中の私は、もう笑っていなかった。


 口が裂けるほど、“美咲”よりも正しく、美咲の顔をしている。


 鏡の内側から、声が響いた。


 「三回、呼んだ」


 次の瞬間、視界が裏返る。


 ――気がつくと、美咲は暗闇の中にいた。


 スマホの画面だけが明るい。


 配信はまだ続いている。


 映っているのは洗面所。

 鏡の前に立つ――美咲。


 だが、画面の中の美咲は、こちらを見ていない。

 鏡の中を食い入るようにじっと見つめている。


 コメントが、凄い速さで流れる。


《え?》

《今の誰?》

《さっきと雰囲気違う》

《鏡の中、なんか動いた》


 美咲は叫ぼうとした。

 だが、声は出ない。


 画面の中の“美咲”が、ゆっくり振り向く。


 そして、無機質な表情でにっこりと微笑む。


 美咲の笑顔を、完全に真似て。


「メリークリスマス」


 画面の向こうで、耳障りで愉快な鈴の音が鳴り響く。


 リン……リン……リン……


 配信は今も残っているらしい。


 再生数は伸び続けている。


 コメント欄には、最後にこう書き込まれていた。


《ねえ》

《この人、さっきから》

《自分の名前、ずっと呼んでない?》





 ――今夜、鏡の前に立つなら。


 名前は、一度でも口にしないほうがいい。


 特に、誰かが“あなたの代わり”になりたい夜には。



 ――(完)――

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