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第七話「時間停止」

これまでの登場人物


下谷豊しもたにゆたか 25歳。独身。休職中。この世のすべてが分かった。


下谷とき子 21歳。大学生。この世のすべてを分からせた。


京子きょうこ 豊の同級生。


下谷久幸(ひさゆき) 30歳。県警の刑事。交番勤務時代の使用銃はニューナンブM60。


母 ?歳。理系。好きな銃はコルトM1903、通称32オート。日活コルトでおなじみ。


父 ?歳。文系。好きなアイスはあずきバーミルク。

前回までのあらすじ


100万ドンをその手中に出現させた豊。

ほんでどうする。


***


「とき子、お前の事はとりあえずもういい。お兄ちゃんいったん諦めた」

「そう。じゃ、大学行ってくる」

「あ、大学、そうか」

「なに?」

「いや、お前も母さんも、どうやら普通の人間ではないらしいことがだんだん察せられてきたけれど、なぜかしら普通の人間生活を送っているんだなと思って」

「逆だよ」

「逆?」

「所謂普通の人間生活こそが普通じゃないんだよ」

「んー、その、つまり」


とき子の姿はもう、そこになかった。


「とき子!」


駅前を行き交う人々の波の中に、豊の声は吸い込まれ消えていった。


(なに?)


と、突然豊の頭の中に響いたとき子の声。


「わっ」

(私は今、直接脳内に話しかけています)

「そ~んなこともできちゃうんだ」

(もちろん。晩御飯までには帰ってきてね)

「は~い……」


それきり、とき子の声は途切れてしまった。


「京子、とき子、母さん。女というものは本当にわからない。まさに宇宙……」


豊は天を仰いだ。


「え、何この人、なんか一人で言ってる」

「ちょっと、関わらない方がいいよ、行こ」

「なんだこいつ。とりあえずシバいとくか」

「そんなことよりユウジの新車早く見に行こうぜ」

「お兄さんちょっとごめんね。少しお話聞かせてもらうこと出来る?」


様々な言葉たちが豊の周りを行き過ぎた。

豊はしばらくじっとそこに立ち尽くしていた。

ぽつぽつと小雨の降り始め、どこからか蝟集した警察官が10人を数えたころ、

豊は思っていた。

「晩御飯って、今から数えて7年後の晩御飯てことだよな……」

7年も時間がある、いや、さらに時間を遡ればそれ以上。


「時間を止めれば無限か……」


その瞬間、世界は全く動きを止めてしまった。



◇インストールされたソフトによって豊が獲得した技術を紹介するコーナー◇


・時間停止……自らの身体を情報化し、心身の動きを際限なく加速させ、自分以外の世界を止める能力。


◇コーナー終わり◇



度肝を抜かれたのは警察官達だった。

今まさに自分たちが囲んでいた不審者が背後に瞬間移動したのだ。


「俺がスピードキングだ」


豊の手にはS&W M360J通称「サクラ」の弾倉から抜かれた.38スペシャル弾が50発。

バラバラと零れ落ちていった。


「動くな!」


日本の警察が威嚇のために拳銃を構えることはまずありえない。

市街地での発砲はご法度だし、その使用は凶悪犯罪者にのみ許されるものであるからだ。

しかし警官たちはホルスターに手をかけ、弾の入っていない拳銃を構えた。

早い話が、彼らは恐怖したのだ。

恐怖の根源とは、「未知」である。


「僕はただ、世界で一番好きな京子ちゃんと一緒に、世界が終わるまでずっと一緒に居たいだけなんです」

「手に持っているものはなんだ!」

「あなた達の腰にぶら下がってるものから抜き取ったんです」

「な、そ、あの、なんで!」

「僕はどうするべきですか!」

「両手をあげて肘をつきなさい!」

「どうやって!」

「いやっ……間違えたっ! あのそのあの、いや」

「京子ちゃんは、東京の大学へ行くんです!」


豊の目からは涙が零れ落ちていた。


「き、君も、東京の大学へ行けばいいじゃないか」


口を開いたのは一部始終を見守っていたサラリーマンだった。

彼の名前は水谷豊(みずたにゆたか)。奇しくも、彼は豊と同名だった。

彼の人生は後悔そのもの。書けば次々回まで彼の話で埋まってしまうので書かないが、彼が豊と京子のキスシーンから、とき子の消失、呆然自失の豊を取り囲む警官たちなど、この街のすべての人間が無視した一連の流れを見守り続けていたのは、たった一つの理由からだった。


「私は、今41歳だけど、独身だ。高校生の時、好きだった子に告白ができなくて、その子が海外に嫁いだからだ。もう彼女と会えないと分かって、俺はもう、何もかも、世界がまるっきり無意味に感じるようになってしまったんだ。でも今この瞬間、見ず知らずの君に意見している今この瞬間だけは、意味があるように感じるんだ。東京へ行け! 浪人しても、何しても、行けばいいだろ!」


豊の目に、炎が宿った。

足元に鉛玉、先ほどから降り出した雨は、今や豪雨になっていた。


「指定座標、千島ちしま高校1-A教室、指定時空、入学式の日!」


***


千島高校の最寄り駅、三社さんしゃ駅には、県警のパトカーが三台と、

雨に濡れ立ち尽くす警官たち、そしてサラリーマン水谷豊。


「また消えた……」


水谷豊はそうつぶやくと、満足げな笑みを浮かべた。

彼の人生、後悔ばかりだったけど、その後悔も、少しばかり人の役に立った、そう思えたから。


――しかし彼はまた後悔することになる。

警官10人の拳銃から一瞬にして弾薬が抜き取られるという怪事件の重要参考人となってしまったからである。

後に彼はこう語る。


「はよ家帰って寝といたらよかった」


彼の人生に光は指すのか。

それは誰にもわからない。しかしこれだけは言える。

――後悔先に立たず。

これは、彼の一番嫌いな言葉であった。

◇インストールされたソフトによって豊が獲得した技術◇

・書き換え……生物の意識を除き、この世の情報を書き換え、物質を具現化したり消したりする能力。

・時間停止……自らの身体を情報化し、心身の動きを際限なく加速させ、自分以外の世界を止める能力。


***


次回、10/24更新予定……!

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