第六話「何者」
これまでの登場人物
下谷豊 25歳。独身。休職中。この世のすべてが分かった。
下谷とき子 21歳。大学生。この世のすべてを分からせた。
京子 豊の同級生。
下谷久幸 30歳。県警の刑事。先日、失恋の傷心を癒そうと近所のジムへ行ったところ、受付で妙に待たされ、イライラしてしまう。
母 ?歳。理系。長男が通うジムの会員証の生年月日を書き換え、30歳の長男を3歳児にした。
父 ?歳。文系。健康診断の際、受付に検尿のカップを持って行ってしまい、「小便器の上の受け渡し口へお願いします」と冷たく注意されてシュンとしたことがある。
前回までのあらすじ
25歳独身下谷豊は、妹による人体改造により、世界のすべてを知ることとなる。
全知全能(っぽい振る舞いが出来るよう)になった豊は、取り急ぎの疑問を全部かなぐり捨て、
人生で最も後悔した瞬間=高校の同級生で初恋の人、京子へ告白し損ねた日へ
タイムリープしてきたのだった。
***
「とは言え、やっぱり気になる」
「何が」
「お前のこと」
「あ、何、見てたの気づいてた?」
電車を見送った豊の後ろに、当たり前のような顔をして立っている女、
モノトーンで小綺麗にまとめたファッションは、どこに出しても恥ずかしくない今時の女子大生。
「いや、お前なら覗き見ないはずがないと思って、こんな瞬間」
「お兄ちゃん、チューしてたね」
妹にファーストキス(この時空の身体に於いて)を覗かれたこと、それはもうどうでもいい。
豊は、脳にあふれた多幸感と、喪失感、郷愁のようなわびしい感情等々が渦巻いて、逆に落ち着きを取り戻していた。
「とき子お前、何者だ?」
「ナニモンとは失礼な。実の妹に向かって」
「実の妹は普通お兄ちゃんの目の下にType-Cポートを作らないし、世界のバランスを壊すようなソフトをインストールしたりしない」
「言っとくけど、私は簡単にお兄ちゃんへ答えを渡さないし、そんなこと考えるだけ無駄だよ」
「どうして」
「それは答えに関わることだから言えない」
「じゃあ俺はアホみたいに、出所不明のこのチート能力を使って私利私欲を満たしておけばいいと」
「まさにその通り。勘がいいねお兄ちゃん」
「やだねお兄ちゃん」
「なんでだよお兄ちゃん」
「お前が家族だからだよとき子」
二人が突っ立っている駅前の歩道には、黒くなったガムが何か所もへばり付いている。
二人のように、多くの人がガムへ無関心であり、ほんの一部の奇特な人間や清掃業者のみが、
この汚れを清めようと意識を向ける。世界は無関心という悪意に満ち溢れ、
美しく輝く善意は、風前の灯より心もとなく、ある瞬間誰かの無意識によって滅ぼざれるのだ。
筆者がこの文章で何を伝えたいかというと、「日常的にガム噛んでるやつ、なんかモラルなさそう」
という事である。
「とき子が俺や兄貴同様にカーチャンの腹から生まれた同じ人間で、愛し愛される存在だと信じたい」
「違うの?」
「そうだよ、何がどうなっても」
「じゃあいいじゃん。何? 私が天才エンジニアだから家族とは思えないってこと?」
「違う。あと顔面にType-Cポートを作るのはエンジニアとかそういうレベルじゃない」
「お兄ちゃんの言いたいことわかんないよ」
「要するにお前が急に、宇宙人みたくよくわからない存在になってしまったから、
ちゃんと家族として、我が妹とき子を、「知っている」という実感が欲しいんだ」
「あ、そう」
無関心。
そう顔に書いてる。
「お前がどう思おうが知らないけど、とき子、お前の謎も解き明かして見せるからな」
とき子はその張りのある横顔を冬の風に晒して兄をじっと見つめていた。
「何その百万円」
豊の手のひらの上には、札束が握られていた。
「なんかまあ、情報の書き換えをやってみようと思って」
◇インストールされたソフトによって豊が獲得した技術を紹介するコーナー◇
・書き換え……生物の意識を除き、この世の情報を書き換え、物質を具現化したり消したりする能力。
◇コーナー終わり◇
「お兄ちゃん今真剣にフラれた相手に100万円持って行って何とかしようとしてる?」
「そんな馬鹿な」
「相手女子高生だよ?」
「いや冗談だって、練習に、だってほら」
「あ、100万、ドンだ」
「ほら」
「お兄ちゃんはとりあえずベトナムの人に謝った方がいいね」
豊は混乱の中で、自分の出来る事、すべきことを探し彷徨うのだった。
10/12冒頭ちょっとだけ加筆。




