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第四話「時をかける後悔」

これまでの登場人物


下谷豊しもたにゆたか 25歳。独身。休職中。この世のすべてが分かった。


下谷とき子 21歳。大学生。この世のすべてを分からせた。


下谷久幸(ひさゆき) 30歳。県警の刑事。このところ、同僚の婦人警官に半ニヤケで挨拶されている。理由は不明。


母 ?歳。理系。長男が最近長茎術を受けているという根も葉もない噂を、長男の同僚の婦人警官のみに流すなどして、日々を楽しく過ごしている。


父 ?歳。文系。最近は8時間寝れる。


部屋に残されたのは父と次男坊、つまり下谷豊(しもたにゆたか)25歳。


「豊、ご飯、出来てるぞ」

「うん、ありがとう」

「どうした。この世のすべてが分かったみたいな顔をして」

「そうやってたまに核心を突くよね親父は」

「そんなことは無いけども」

「なんかね、かくかくしかじかで」

「なるほど、お父さんよくわからないけども、要するに、時間も空間も超越して、意識だけでこの宇宙をさまよっているのが私たち人間の本来の姿で、豊はとき子と母さんのおかげでそうなれたと」

「そう、だね、うん」

「ふう~ん」


何を聞いても動揺しないのがこの男の一つの長所だ。


「親父」

「ん」

「おれ、どのくらい寝てた?」

「ん?」

「え?」


137日と8時間が、7秒に短縮された弊害がここに出た。

クエスチョンマークを量産しながら、二人の問答は平行線をまっすぐたどっていった。

やがて豊は気づいた。


「あ、自分で見に行けばいいのか」

「ん? どっか行くのか」

「ちょっとね過去に」

「過去に?」

「うん。ちょっと、ごめんね」


豊は今日初めて、ベットの外へ出た。


「あ、そうだ。今週末ゴルフ行くけども、来るか」

「ああ、いいね。いく」

「よし」

「親父、ありがとな」

「なにが」

「毎週末外に連れ出してくれて」

「そんなんじゃない」

「へへ」

「じゃ、お父さん飯食って会社行ってくる」

「行ってらっしゃい」


豊の身体は、とき子の作ったエミュレータよって、疑似的に情報生命体のような振る舞いをした。

有機体は高効率炭素コンピュータに形を変え、鈍い音を放ってフローリングに着地した。


簡単に言えば、豊は真っ黒くて四角い物体になり、自室のフローリングに傷をつけたのだ。


「やば」


豊は直感した。


「カーチャンに殺される。」


その焦燥は、豊の思考を高速で展開させ、タームリープを可能にした。


「指定座標、自室の屋根裏、指定時空、とき子が目の下のType-Cポートを開いた瞬間!」


豊の部屋は、60kgの質量を唐突に失った。


***


――音楽が聞こえる、


「デケデケデ~デ~デ~」

「パラパラパ~~~、パ~ララ~パ~ララ~」


うん。間違いない。

は〇れ刑事純情派、メインタイトルだ。

豊は油にまみれたブラウン管テレビを見上げ、安〇刑事の顔を見ると安心したように頷いた。

壁には、おそらく黄色かったであろう紙に、

赤かったであろうペンで縁取られた短冊がずらりと並んでいる。

ここは豊が高校時代よく行ったお好み焼きの店、目の前にはセーラー服の少女。


「京子ちゃん青のりかける?」

「かけない」

「あ、そう」


豊の詰襟は思春期の油で汚れている。


「「あ、そう」って、英語で「ass hole」に聞こえるらしい――」

「話ってなに」


京子は首が長く白い。

その風貌は、この店の中で異彩を放って見えた。

高く括ったポニーテールの先に見え隠れする美しいうなじに、

今入ってきたばかりの労働者が見とれるほどに。


「ご注文は」


地獄の鎌の蓋が何かの都合でしゃべることができたらこんな声だ、

そう形容したくなるほどの()()声で現実に戻された労働者は、


「豚玉定食」


おもむろに四字熟語を述べ、奥座敷へ消えていった。


「あいよ」


言葉一つ一つに濁点が付いているようだ。

ビーズ暖簾(のれん)の奥へ消えていく女将を見ながら、豊はそう思った。


「どこ見てんの」

「京子ちゃん」

「嘘つけ」

「嘘じゃないよ」

「あ、そうか」

「なにが?」


怪訝な顔を向ける京子の顔をじっと見つめると、

胸が張り裂けそうに膨らんでいくのを感じる豊だった。


「卒業式の前日だ……」

豊は、やっと状況をつかみかけていた。

その日は卒業式の前日。

「文化芸術研究会」という、果てしなく包括的な部活を立ち上げ、

ラクロス部に入部した京子を無理に入部させ、

放課後の無為な時間を極限まで引き延ばし、果てに恋までした輝ける青春時代。

豊は後悔していた。

この日、この場所で京子に想いを伝えるつもりなどさらさら無かった。

しかし思い返せばここが唯一のタイミングだった。

豊の深層心理に深く刻まれた後悔は、タイムリープ先の指定を大いに狂わせたのだ。


「ねえ、何が?」

「あ、の、」


豊の感情は奔流となって、胃の腑から食道を(実際には気管を)通り、

口外へとあふれ出た。


「すき、あ、好きなんだ! 今の今まで、ずっと忘れられなかったくらい、

人生で一番好きになった人なんだ! 京子ちゃん、あの、好きです。

信じられないぐらい、本当に、好きです!」

「――マジ?」

「マジ」


やや間があって、


「ごめんもう遅いわ。私東京の大学行くし、

――え、なんで今告白すんの? 大学こっちでしょ?」


ブラウン管の発する高周波が、キーンと耳鳴りのように豊の耳をいたぶった。


「え、どうすんの、告白して、え? 何? え、マジで何?

え、仮に付き合ったとして、え? は? 私の大学生活の足引っ張るつもり?

地元から? 地元を離れようとしてる女に対して? え?

あ、ごめんなんか、めっちゃ腹立ってきた。

好きです、もなんか意味わからんし、好きだから何? 付き合いたいの?

え? 結婚したいの? どうしたいの?

え、好きという意志だけ伝えておく、自分がすっきりしたいからってこと?

いや私はモヤモヤのごみ箱かい。モヤモヤをわたしというゴミ箱に捨てたんかい。

それ告白じゃなくてもはや不法投棄だぞ」


豊の口は、餌を求める下駄箱の上の金魚のように開いたり閉じたり。


「なんかもうマジ迷惑だし、仮に付き合ったとして、そんなスタンスの奴願い下げだわ。

主体性なさ過ぎるし。旅行のプランとか全部こっちに投げてきそう。

キモ。あ、キモって言っちゃった、ごめん。なんか勢い余って。ごめんね」

「こ、こ、こ」


何とか言葉を発しようとした豊だったが、見る間に京子は店を後にしていた。


「こちらこそ、ごめん……」


豊の膝にぽろぽろと涙。

向かいの席には使われたおしぼりと、使われていない割り箸。

女将が声を張り上げて、モダン焼き定食を二つ運んできたところだった。

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