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第三話「修正プログラム」

これまでの登場人物


下谷豊しもたにゆたか 25歳。独身。休職中。目の下にUSBポートを作られる。


下谷(しもたに)とき子 21歳。大学生。兄の目の下にUSBポートを作った。かわいい。


下谷久幸しもたにひさゆき 30歳。県警の刑事。署のインディアカサークルではエース。


母 ?歳。理系。エスニック料理とプログラミングが得意。人格者。


父 ?歳。文系。SNSバズリレシピを再現するのが得意。

豊の部屋では、母がとき子のノートPCを慣れた手つきで触っていた。

「大人って、消しゴムすごく上手に使うなあって、子供の時思ってたな」

ステッカーのベタベタ貼られた自分のPCを使って、プログラムを簡単に修正していく母を見て、とき子はぼんやりそんなことを想った。


「なんかさあ、私、発想が固いのかなあ」

「いや、これは経験でしょ」


言いながら母の手は止まらない。


「経験か~」

「知識は詰め込めば詰め込んだだけ入るけど、実践の機会はどうしても限られてくるからね。私思うけど、人間失敗の数だけ柔軟になるし、成功の数だけ頭が固くなんのよ」

「なるほどな~」


とき子の口は開いていた。


「7秒に短縮できた」

「……まじ?」

「まじ」


とき子は急ぎ口を閉じると、ノートPCをのぞき込んだ。


――それは実に美しいプログラムだった。

問題を包括的にとらえ、超越的な観点から実に鋭利な判断を下し、煩雑だったプログラムを単純明快な物に改変していた。それも最低限の労力で。これはもはや発想の転換という次元の話ではない。

快刀乱麻を断つ。母の手腕はとき子に衝撃を与えた。


「まじお話になんないね、私」


何を思うのか、母はニコニコと笑い、我が娘の苦い顔を見つめていた。


下谷豊(しもたにゆたか)、25歳。ガバリ、と起き上がる。


「はにゃ! 今西暦何年!?」

「そんなにはかからないよ。もともと」

「あれ、母さん」

「おはよう。もうご飯できてるから食べなさい」

「いや、その、食事という概念がさ」

「いいから食べなさい」

「うん、あ、その」

「どうしたの?」

「あれから、どのぐらい経ったの?」


豊の目の前には、母と、何故か浮かない顔のとき子。

『何かあったな』

と直感した豊であったが、どうせ自分にはどうしようもできない事なのだと半分諦めている。

これは、豊のたった四半世紀の人生で身についた悪い癖だった。


「時間の概念さえ、もはや気のせいだってわからない?」


言ったとき子は、プログラムの成果が不安でたまらなかった。

137日強を必要とする自身の計画では、注意深く検査されていたことが、

まるで条件の違う運用をされた現在、全く考慮の外。

未知の問題が発生する可能性を秘めているのだ。

とき子の頭に母の白い手が優しく触れた。


「あなたのプログラムは完璧。私がしたことはね、とき子の作った船を、プールじゃなくて、大海原へ浮かべたようなもの。

どんな波が来ても、きっと大丈夫と思ったからね」

「お母さん」


きらきらと目を輝かせるとき子であったが、一方豊は変わらず困惑の沼の底にいた。


「あの、ちょっと理解、その……、

自分の理解していることに理解が追い付かないというか、」

「ちょっと混乱してるみたいね。大丈夫。息吸って~」


演技コーチが発声の基礎を教えるかのように、母は豊の体に触れる。


「吐いて~」

「フウ~」

「くさ」

「こら、とき子」

「いいんだ母さん。俺が悪いんだ」

「あれ、落ち着いた?」

「うん、なんだか、すごい頭が冴えてる。そうだ、この世界は意識の集合……、俺という意識がこの世界でただいたずらに息づいているだけなのだ、ああ、ああ~」

「だいじょぶそ?」


闖入(ちんにゅう)者、久幸(ひさゆき)は、心なしか顔立ちのキリリとした我が弟に怪訝な顔を向けていた。


「あ、ビックお兄ちゃん」


と、とき子。


「いや、おれもお兄ちゃんだけどね」

「そうだけど?」

「その……」


この長兄は妹にすこぶる弱い。


「お兄ちゃん」

「なんだアホの助アホ太郎」


弟には強かった。


「おれ、分かっちゃったよ、すべて」

「なにが」

「せかい」

「朝飯前に世界がわかってたまるかい」


ケタケタ笑う母ととき子。


「ウケる」

「ウケるね」


この母子は実に仲睦まじい。


「なんだか眉毛が濃くなってないか?」


久幸は、蛇に驚愕し飛び上がる猫のように体をこわばらせた。


「親父! 気配消すのやめてって!」

「消えちゃうものはしょうがないだろ」

「あら、お父さん」

「なんだか気になっちゃって。あれか、豊の眉毛をみんなで濃くしてたのか」


『そんな訳ないだろ』

思えども、口にできない、口惜しさ。

――駄作。


この家長(かちょう)の同僚、鈴木信孝氏(62)はこう語る。


「あれはね、例えるなら、説得力を持ったきゅうりですよ。

なんだかね、無駄にこう、迫力だけはあるんですけど、何も考えちゃいないんですから。

なんだかんだ愛されてはいますが、あいつが出世し続けて、ついに役員になった時、

同期の俺たちだけはなんだか素直に祝えなかったですもんね。

だってアイツ、たまにデスクで折り紙やってることあるんですよ。

折り紙ですよ? 目の前にパソコンがあるんだから、趣味のサイトを見たっていいし、

外回りだって嘘ついて、気の利いた女将のいる小料理屋にしけこんだって良いんですよ。

もういい歳なんだから。それなりのサボり方ってあるでしょ。

あいつはよっぽど人間が単純に出来てるんですね。

アイツ見てるとみんなそのうち思うんですよ」


「もう何も言うまい」


父を呆然と見つめていた面々は、大同小異このような感想を持ち、やがて食卓へ戻っていった。


次回9/26更新予定…!!

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