8話 ゴリゴリ行こう
-----(大島視点)-----
仏間でしばらく寛いでいたら、遺跡の自衛隊本部から呼びにこられた。
『ニッポン』への移動の件で会議を行うそうだ。
清みんや橘さんだけでなく、空間スキル持ちママさん達にも召集がかかったので、子供達はまた保育園に預かってもらう事になった。
だが、押入れの中で合体ロボ化した清みんから引き剥がすのに苦労をしていた。
「清みんはおいていくか」
「そうだな。必要そうな話になったら呼びにいけばいいか」
清みんの口角が少し上がった事を見逃さなかった。羨ましいぞ、押入れでのリラックスタイム。
遺跡の本部には、だいたいいつもの顔ぶれが揃っていた。遺跡で暮らす代表格のような人達も結構集まっていた。
3佐は俺たちが座ったのを見て、話し始めた。
「まずは、移動についての具体案だ」
現在この遺跡に集まった避難民及び自衛隊員は合計でおおよそ500人ほど居る。
ここ『遺跡』から地下都市『デスエ』を経由して、これから俺たちの生活の場になる『ニッポン』まで、地下を進むと徒歩で5日はかかる。
通路は細長い洞窟のようなものが地下をクネクネと蛇行しながら通っているのだ。ところどころに広い場所があったりするが、狭く薄暗い場所も多い。
500人もの人間が大行列で進むのは大変そうだ。
「移動は幾つかのグループに分けて行う予定です。これから我々が向かう地『ニッポン』は、ほとんど何もない。この遺跡と似たようなものでした」
「踏破済み迷宮は遺跡の事なのか?」
「ここみたいなって事は、そうだろう?」
「そもそも元は迷宮なのに安全なのか?」
「迷宮や踏破については後に質問のお時間をお取りします」
質問というよりは大きな独り言のようものがあちこちから吹き出したが、3佐は上手く受け流した。
「ここを『遺跡』と呼んでいるのは我々日本人が地球で知っている遺跡に似ていたので、そう呼んでいるだけです。この世界には、生きた迷宮と踏破した迷宮のふた種類が存在するそうです」
そう言われるとデスエの人の口から『遺跡』は聞いてないな。といっても俺の自動翻訳が『遺跡』と訳していないだけかもしれない。
「踏破した迷宮、つまり死んだ迷宮は空間が安定するので、そこが街や都市になるそうです」
迷宮をよくわかっていない面々は首を傾げていた。ゲームやファンタジー小説に造詣が深い俺(やオタク自衛官達)も、実はあまりイメージが出来ていない。
迷宮が死ぬ……。
『じゃあ、ここって迷宮の死体の腸の中って事? うわぁ、嫌だなぁ』清みんが聞いたら絶対言うな。
確かにあの洞窟は鍾乳洞がニョロっとのびてる感じでまるで巨大な魔物の小腸の中っぽい。
『そこから出た俺たちってウンコじゃん』
って、俺、最近、清みん化が進んでないか? 落ち着け、俺よ。清みんは清みんにまかせておこう。
俺は3佐の説明に集中する事にした。
「死んだ迷宮、一般的に『踏破済み迷宮』と呼ばれていますが、我々はそこにニッポンの街を造る予定でいます。地球から……どこかから救助が来るまで、我々は生きていきたい。そのための街」
「だったらそれは、ここでもいいんじゃないか?」
「そうだな。だってここも踏破済み?の、迷宮って事だろう?」
「はい。ですが、ここでは毎日の食事を用意するので精一杯です。我々自衛隊も頑張って外から食材を採ってきました。しかし、ソレらは簡単には入手出来ないのです。仲間が傷つき、命を落としていく。今は100名を超える隊員がいますが、半年前は今の3倍はおりました」
3佐の顔が歪む。亡くなっていった仲間を思い出しているのだろう。
彼らはどこまで俺たち民間人を守らなければならないんだ?自衛隊の開放はいつ来るんだ?
質問した男性や聞いていた人たち苦しそうに俯いた。みんなわかっているんだ。守る方も、守られて残される方もつらい。
「……申し訳、ない。話を続けます。最近は、空間スキルという謎の力で色々と物資が出回ってきています。ですがそれも限りがある。けれど、これから行く予定の『ニッポン』にはすぐ近くに都市があります。『デ・スェ・ヒンイーン』という都市です。この世界の人達の街でした。我々のような見知らぬ移民を受け入れて、かつ、住める場所を用意してくれた。この世界の事を学べる、生活に必要な物も手に入る」
「ここに居るままでも、そのデスエヒンと友好を深める事は出来るのでは?」
「もちろん出来ます。出来ますが、遠い。ここから徒歩2時間ほどの場所に小さい街がありました。しかしそこは本当に小さい街でしたので、我々の手助けは難しい。ひとり、ふたりがたまに訪ねる分には問題はないと思われます。が、この人数分の食糧などの買入れはまず無理です」
「他に、近くに街は?」
「地下の迷宮通路は、四方八方に伸びているそうです。が、それら全てを網羅する地図は存在しないそうです。理由はふたつ。ひとつは、誰もソレを作らなかった。もうひとつは生きている迷宮。つまり変化するからです」
「地下通路が生きているのか!」
「いえ、通路が生きているのではなく、新しく迷宮が生まれる事でそれまであった道が塞がれたり新しく出来たりするからです」
「そりゃ、地図作りには難題だな。作っても作っても変わられてはなぁ」
「デスエからの情報ですが、小さい街は幾つかあるそうです。ですが、ここから1番近い大きな都市はデスエとなります」
「そこまではどのくらいの距離なんだ?」
「ここ遺跡から街まで徒歩2時間、その街で乗り物……動物ですが、それに乗り6〜7時間といったところです」
「ほぼ1日あればつけるのか。なら、この遺跡にいてもデスエと交友を持てるんじゃないか?」
徒歩2時間、乗り物6時間で合計8時間。朝8時に出て夕方4時には着けるじゃないか、と日本の感覚だとそう思うだろう。
そう、それは日本の、感覚だからな。
会議に口を挟むつもりはなかったが、ちょっとだけ物申す。
「はい、発言します。俺、デスエツアーに参加した大島と言います」
「大島君、どうぞ」
「ありがとうございます。まず、近所の街まで徒歩2時間。これ、自衛隊ウォーキングで2時間ですよ。俺や清み……加瀬君にはほぼ早歩き。登山。アスリート」
「や、それは申し訳ない」
3佐が慌てて頭を下げた。それを手で留めて話を続ける。
「駅まで徒歩2時間。皆さん、毎朝歩きます? 帰りも2時間ですよ? ちょっと用があって隣街に行くのにも、この世界は地球と違って車も電車も飛行機も、バスもタクシーもバイクも自転車もないんですよ。あ、デスエにあるのかな? 自転車くらいはあってほしいな」
「た、確かに……」
「歩けないぞ、駅まで2時間とか」
「ですね」
「で、その街で借りた乗り物というか、3佐は動物と言いましたが、自動翻訳ではダイソナーと訳されました。多分、地球で1番似た動物がソレだったのかな? 3佐達もそう聞こえました?」
「ああ。ダイソナーだった」
「ダイソナー。日本語の恐竜より映画やアニメでダイナソーの方が聞き慣れているから、そう翻訳されたのかな。ちょっと違うか。あの生物の名称なのかな。俺らが乗ったのはほぼ恐竜です。と言ってもだいぶ小型で3人乗りくらいのサイズ」
「恐竜!」
「恐竜がいるのか、この世界は!」
「デスエ情報ですが、ひとり乗りから10人くらい乗れる大物まであるらしいです。あ、これは余談でした。話を戻しますと、その恐竜の背中に跨るんです、乗馬のようにね。その状態でノンストップで6時間。あー俺はバイクは殆ど乗らないのであれですが、バイクのツーリングに近いのかな。かなり速く感じましたがどのくらいのスピードなのか」
俺の後を3佐がまたつないでいく。
「速度を測る機器等を持ち合わせておりませんでしたので、デスエで見せていただいた地図から推測するに、ダイソナーはおよそ時速60kmくらいだったでしょうか。遺跡からデスエまではおよそ200km。勿論、通路は細かく蛇行しておりますので実際にはもっと距離はあると思われます。」
「俺ら一般人の徒歩速度はせいぜいが1時間で4km。単純な計算でも200kmだと50時間。自衛隊と違って夜通し歩くなんて出来ないから頑張って1日10時間歩いても5日はかかる」
3佐が続けようとしたのを遮って続けた。
「ちょっと買い物に、とか、仕事に、学校にと思っても、デスエまで徒歩5日、往復10日だから」
そこまで話して俺はまた腰をおろした。
「なのでここではなく、もっとデスエに近い場所に我々の住処を移したいのです。そこはデスエから徒歩でせいぜい1時間程度です」
ようやく話が最初に戻ってきた。3佐は避難民の移動方法を話したかったに違いない。
俺や清みんなら、『ここに残りたいやつは好きにすればいい』と思ってしまうが、3佐は違うのだろう。
違うというより『残りたい者』が残ると、自衛隊としても、隊員をおいていかざるをえなくなるのだろう。自衛隊の長としては隊員をここに残していきたくないだろう。なので、『全員』での移動へと導きたいのだと思う。
ここで誰からの反対も独り言も上がらないのを見て3佐が続ける。
「我々の移転先である迷宮ニッポンですが、現在はまだ住める状態ではありません」
そう、この遺跡と似たり寄ったりだ。なので3佐の話は、まずは関係者からの移動になると発表をした。
関係者とは、土建関係の作業に関わってもらう人だ。多くは自衛官、それから民間人からも経験者と希望者など。
ある程度の生活基盤が整うまでは、残りの避難民はここに居る事になる。生活基盤と言っても電気ガス水道などのライフラインがあるわけでもない、避難民が住める場所などの区画整理だ。
移動は勿論地下道を通っての徒歩移動だ。30〜50人の小規模で順次おこなっていくそうだ。
避難民の移動が終わり、最後に建物の移動になる。
だが、建物を遺跡の地下通路を移動させるのは無理だ。かといってここに置き去りにするとスキルは消えてしまう。それは今の状態では考えていない。
どうにかして建物を移動させて、『ニッポン』の上部、地上部分に設置したい。
迷宮の上下なら定期的に訪問、必要な物を取りに行くのも可能だろう。
結果、建物は最後に森をゴリゴリと進んでニッポンへと向かうらしい。地下通路だと徒歩5日でも、地上で最短を進めば3日ほどで行けるらしい。
俺と清みんの出番は最後だな。
3佐がそこまで話した後に、まわりの皆を見まわした。
「最後に、質問がありましたらどうぞ」
「はい。現在遺跡で暮らしている者ですが、空間スキルからの支援で各自の持ち物が増えています。畳や敷物、布団、衣類など。移動の際に自分で持てる荷物は限られていますがどうしましょう」
「引越しトラックが欲しいとこですね」
「トラックは迷宮の通路は通れませんから」
「各自が背負えるのはせいぜい衣類くらいか」
「空間に入れて運べませんか?」
「病院の廊下に一旦保管しましょうか」
置くだけなら置けるだろうが、それを最後に運ぶ時に空間スキル持ちに運べるだろうか。
「重さが変わっても問題なく運べるかどうか、清見氏に試してもらっては?」
「なるほど。現在遺跡に配っている畳を一時回収して仏間いっぱいに収納してみましょう。それで清見が運べるかの検証ですね」
「ではそれは明日にでも検証するとしてもしも運べなかった場合は、勿体ないですが遺跡に置いていくしかないですね」
まぁそれもありかと思っている。
もしも、もしもだ、俺たちが居なくなった空っぽの遺跡にある日、誰かが辿り着いた時、それが日本人の避難者だったら。
ある日突然知らない世界へと転移して森で逃げ惑い辿り着いた先の遺跡に畳。
嬉しい……より、変?




