38話 桜さん
-----(大島視点)-----
助手席の窓ガラス越しに長谷川さんはコアラの爪に指先を押し当てていた。目を瞑っているのは何かを念じているからか。
しかしそれほど待たずに変化はすぐに訪れた。
「凄いぞ!」
後部座席の窓ガラスに顔を押し付けていた絹田3佐が真っ先に変化に気がついた。
「毛色が変わった。これが変化の証でしょうか」
3佐の顔の横に顔を突きつけて一緒に覗く清みん。俺も助手席側の窓の外を見た。
「毛が黒くなった」
「白い部分もありますよ」
「パンダ? パンダじゃないか?」
「でも目の周りは黒くないわ。それにあの鼻。あれはどう見てもコアラの鼻よ」
「パンダ……コアラ……。つまり、パンラ? いや、コアダ……。あ、ママさん。名前付けた方がいいですよ。さらに仲良くなれます」
「ええ、どうしよー。うーんと、うーんと、桜ちゃんにします」
「「「なんでやねん!」」」
男3人の声がかぶった。
白黒だし、コアラにパンダ。どこも桜とかぶっていませんが?
「だってこの子、まつ毛がとっても長いの。絶対女の子よ」
「コアラにはまつ毛は無いそうですよ。パンダにはまつ毛はあります、オスでも。あ、地球の話ですが」
「いいのよー。オスでもメスでも。可愛いことには変わりないわ。だから桜ちゃん。それにコアラのマーチでまつ毛のある子を見つけると幸せになれるって話もあるし」
どんな都市伝説だよ、お菓子の話だよな? まぁテイムした本人が決めた名前だからな。
「そうだ。名前を呼んでから何か命令してみてください。テイムが成功したかがわかります」
「そうだね。見た目は完全に変化したけど飼い主はハッキリさせないとな」
「あ、まずは人間を襲わない事とスライムと仲良くする事も伝えてください。俺も伝えなくちゃ。大島氏、ちょっとこっちの窓下げて。ちょっとでいい」
清みんは5cmほど下がった窓ガラスに口元を寄せた。
「ポヨンくーん、プルン君、ふるふるさん、パミュンちゃん! コアラパンダの桜ちゃんと、仲良くしてねー」
3佐も部下のスライム持ちに向かい叫んだ。と言うか混戦のなか、居場所が不明だったので仏間方面へと大声で何度か指示を飛ばしていた。
長谷川さんは桜……さんに、人間とスライムを襲わないように伝えた後、近くの虫を潰すように命令していた。
その後、地面に落ちてきた魔虫はだいぶ減ったのでミニバンに長谷川さんと清みんを残して、俺と3佐は仏間周りの様子を見に行った。
自衛官に数名の怪我人が出てしまったが、上から新たに降りてくる事はなかった。
ポヨンさんらと桜さんが残った魔虫をサクサクと倒していた。地面は虫の死骸が凄かったが、清みんが出した指令『食べちゃって』を守ったスライム達が死骸も目につく先から綺麗に食べ尽くしている。
桜さんはあまりアブラムシは口に合わないのか、食べてはいなかった。
地面の死骸がなくなるとバンから清みんと長谷川さんが降りてきた。
仏間では怪我人の治療が行われていた。長谷川さんは押入れの子供の元へ行った。
清みんが桜さんの食べ物について3佐に相談をしていた。そうだな、もしも桜さんが人間と同じ食料しか食べないとしたら大変だ。これから避難所へ届けるはずの食料があっという間になくなってしまう。桜さんは普段何を食べるんだろうか。
「桜さあん、うちの子の翔君。長谷川翔洋君です。翔君、こっちは桜さん。パンダコアラです。お互いに仲良くしようねぇ」
長谷川さんは押入れから連れてきた息子を桜さんへと突き出していた。実は桜さん、テイム後に爪と牙を収納した。
収納自由なのか、虫を叩き潰す時は爪を出していたが、戦いが終わると爪は引っ込んで肉球とフサフサの毛の手足になっていた。
清みんが少し羨ましそうに桜さんを見ていたが、ポヨンさんにスリスリされて慌てて言い訳をしていた。
態勢を立て直す。怪我人を仏間に収容して隊員達にしばしの休憩だ。
本営へ向かうにはこんな感じの森を3日ほど通らなければならないらしい。
少数で静かに通る分には木の上の虫は降りてこない、しかし仏間を引いて森を行くとなるとどうしても木を薙ぎ倒したり大きな音が立つのは必須である。
「仏間を引いて少人数でまず道をつくりますか? 少人数なら大量の魔虫が落ちてきても仏間でやりすごせる。ポヨンさん達に虫退治をお願いする事になりますが」
「けどそれだと、避難民と隊員、それと救援物資を一時的ですが置いていく事になります。確実に安全な場所ならともかく……」
「比較的安全性の高い場所を探しながら移動しますか?」
「本営までの森で安全性の高い場所をさがしながらですと3日ではとうていつく事はできませんね」
「それだと避難所へ渡す食料を自分達で消費してしまう事になりまねません」
話し合いは紛糾した。誰もが良い案を出せずにいた。




