37話 パン食う?
-----(大島視点)-----
「気をつけろ!!! そっちに行ったぞ!」
誰かが叫んだ声がした。
ドカンッ、ドカンッ、ドカンッ
地響きのような衝撃音がした次の瞬間、何かが目の前に降ってきた。
大きな物体は俺たちのすぐ近く、ミニバンの上へと勢いよく着地した。
清みんと長谷川さんが両隣から抱きついてきた。一瞬俺も首をすくめて目を閉じてしまった。
長谷川さんを避難させようとしていたミニバンに目をやると、バンは全くの無傷だった。
コアラは怒ったようにバンの屋根でジャンプを繰り返す。しかし天井は潰れる事もなく、フロントガラスも割れる事はなかった。強いて言うならワイパーがちょっと曲がった?くらいだ。
コアラのおかげでミニバンが安全空間なのはわかったが、あそこで暴れられては長谷川さんを乗り込ませる事が出来ない。
「清見君、ポヨンさんをお呼びしてアレを突き飛ばす事は出来ますか?」
「あ、うん。出来ると思う」
「ポヨンさんがコアラを屋根から落としたら、長谷川さん、すぐにドアを開けて中へ入ってください。鍵は?」
「あ、はい。大丈夫です。オープンにしてあります」
「では清見君、お願いします」
「ポヨンくぅーん! ポヨンくん、どこだあ! このコアラをドーンと突き飛ばしてえええええ」
清みんの叫びの一瞬後に、まさに目にも止まらぬ速さで飛んで来たであろうポヨンさんにコアラが屋根から向こうの方へと飛ばされた。ポヨンさんが全く見えなかったぞ。
「今です!」
3佐の掛け声でミニバンへと接近、長谷川さんが運転席のドアを開けて中へ乗り込んだ、その時。
「ぎゃああ、無理無理、来んな来んな、行って行って3佐! 前、入って、どいて、入って」
清みんの叫び声は意味不明だったが、行動はわかりやすかった。
運転席に長谷川さんが乗り込んだ直後、俺は清みんから押されて運転席へと押し込まれた。後部座席は同じく押し込まれた絹田3佐と乗り込んでドアを閉めた清みんがいた。
「虫虫虫虫! 虫が寄ってきた。ごめ、ごめん、とりあえず避難」
ああ、コアラが居なくなった途端に虫が這い寄ってきたのか。しかし車に這い上がってきたアブラムシが突然離れたと思うとコアラが戻ってきた。
そうか、清みんの指示は『突き飛ばして』だった。コアラを突き飛ばした後にポヨンさんは他の自衛官に襲いかかる虫を倒しに行ったようだ。たしか清みんが最初に出した指示が『虫食べちゃって』だったな。
「ひゃあ!」
戻ってきたコアラが助手席のガラスから中を覗き込んでいた。ミニバンの運転席に乗った長谷川さんを俺が押して乗り込んだ形だったので、今は俺が運転席、長谷川さんが助手席に居た。
その助手席側の窓の外からコアラが中を覗き込んでいた。
ミニバンから魔虫は遠のいたが、コアラがバンにしがみついていた。中の俺らをなんとしても食おうと思っているようだ。
しかし、あの20cmはあろうかと言う凄い爪でも窓には傷ひとつ付かない。
「あ、コアラの肉球」
運転席の後ろから清みんの呑気な言葉が聞こえた。虫だと大騒ぎなのにコアラは平気なのか? 熊サイズだぞ?
「コアラってユーカリしか食べないんだっけ?」
「地球ではそう言われていますが、この世界ではどうでしょう」
「俺らを狙ってるくらいだから肉食じゃないか?」
背後で清みんが何かゴソゴソしていると思ったら、肩越しにパンを渡された。
「大島氏、もっとママさんに寄れる? ボックス防御にちゃんと入れるように」
「ん? ここにいればボックスに入ってなくても大丈夫っぽいぞ?」
「うん、じゃなくてさ。窓開けるからボックスギリギリまで寄ってあげて」
「ちょっ、なんで窓開けるんだよ! 危ないだろ!」
「だから大島氏のボックスで窓まで寄って。それでミニバンママさん、このパンをコアラにあげてみて。パン食べるか実験」
「なるほど! テイムですね!」
「あ、そうか、餌付けか」
って、この状況で餌付けする気かあああ?
「ううん。まずパン食べるかの確認。スライムがテイム出来るなら他のも出来そうじゃない?」
「検証にもってこいだな。」
「虫のテイムは嫌だけど獣はアリじゃないかなぁ。あ、俺的にはだけど……」
そこで絹田3佐が長谷川さんに『テイム』についてザッと説明をした。
確かに空間スキル持ちのスライムテイム率は今のところ100%だ。
「ユーカリ持ってればよかったんだけど、そんなの無いしなぁ。今あるのはパンだけ。まずは食べるかあげてみて。食べたら次は仲良くなる友達にご飯を分けるイメージで。それで、大島氏のボックスの境界はわかりづらいからその後は窓を閉めてガラス越しに肉球をツンツンして気持ちを流す感じ」
「スライムは形状が変化したが、コアラ魔獣はどうでしょうね」
「どこかに変化があったらテイム成功の可能性が高いな」
「しっかりと窓に張り付いておきます」
絹田3佐は後部座席の窓にピッタリと顔をつけていた。清みんはその横から覗く感じか。
俺は清みんから預かったパンを長谷川さんに手渡して、運転席から助手席側へとかなり近づいた。流石に助手席に大人2人はきついからな、中央を跨ぐ感じだ。
長谷川さんに密着してからウィンドウをゆっくりと下げる。電気は止まっているのに窓が開く謎。そう言えば鍵もだな。
肉球を押し付けていたガラスがゆっくりと下がる。
コアラは隙間が出来たのを見逃さず、そこへ爪を突き刺そうとするが、俺のボックスに遮られて爪は入らない。
そこに長谷川さんがゆっくりとロールパンを突き出した。
清みんが持っていたこれは、機体ギャレーの軽食セットに入っているやつだ。今回も仏間に積んできたが、日持ちはしないので2〜3日で消費する予定で食事として自衛官達にも配っている。
清みん、食べずに残していたのか。おそらく食が細いから分けて食べようと残しておいたんだろう。もしくはポヨンさんらのオヤツか。
コアラは爪が通らないのを不思議そうに首を傾げていたが、そこからニョキっと出ていたパンを勢いよく掴みとる。投げ捨てようとした寸前にふと匂いを嗅ぎそのまま口へと運んだ。
よっし!
「異世界コアラってパンも食べるんだねぇ」
緊張した車内の空気を清みんがのほほんと切り裂いた。のほほんで斬り裂ける清みんってほんと凄いな。
パンをもうひとつ長谷川さんに渡す。受け取る手が少し震えている。地球では普通のママさんだったのに、謎の異世界転移で危険な世界へと強制的に連れてこられたのによく頑張っていると思う。
「落ち着いて。お子さんにオヤツを渡す感覚で」
言ってる自分もどうかしている。こんな凶暴な息子を持つ親はいないだろう。
「うん。これ、食べる?って思いながらくらいでいいよ」
後ろから清みんも助言する。
さっきまでの暴力的な窓ガラスへの攻撃ではなく、猫の『入れて入れて』のような感じの窓ガリガリになっている。
「もうひとつあるわよ。えと、これも食べる?」
コアラが受け取ったあと、俺は運転席に戻り窓ガラスを元に戻す。
ガラス越しにお代わりが欲しいのか爪を当ててくる。
「に、肉球が遠いわ、どうしたら……」
「あ、じゃあその爪に指を押し当てて、仲良し仲良しって念じてみてください」
慌てる長谷川さんをすかさずフォローする清みん。空間スキルってそんなもんでいいのか? 仲良しって……。
「指からなんか出ている感じで……」
「普通は指から何もださないからな」
「ああでもわかります。私、気功整体を勉強してた時期があって。つまり、指先から気を出す感じですね。やってみます」
うわ、驚いたな。気功師が居た。そのうち凄いスキルが発生するんじゃないか?
すると変化は数秒で訪れた。




