8.
「おい! さっさと動け!」
鋭い声が鉄骨の響きと一緒に飛んできた。誰に向けた言葉かは聞かなくてもわかる。俺だ。
溜息にも似た息を小さく吐いて、腰を落として砂利袋を肩に担ぐ。中身は一袋四十キロ。体に馴染まない重さが背骨をじわじわ締めつける。
指先が少し痺れる。
「チンタラすんな、バカ。昼までに全部運べって言っただろうが」
声の主は親方。俺より年下だ。二十代半ば、腕っぷしと口の悪さで現場を回してる男。
それに従ってる俺は、二十九。まぁ十年の空白があるのだから年齢に見合った精神かは分からないが。
「すみません」
自分でも情けなるくらい小さな言葉でそう告げる。
こうして働けるだけでマシ――だと、何度も言い聞かせてきた。
外に出れば人生が戻ってくると思ってた。
しかし、実際には、戻ってくるのは過去だけだった。
まともな企業の面接に行っても、履歴書の空白が全てを物語る。大学の中退理由も、空白の十年への言い訳も、適当な理由をつけるよりは何も聞かれない職場の方が随分楽だった。
だからここにいる。日雇い、力仕事、罵倒付きで。
俺はまた一袋、砂利を背負う。
そんなとき、近くでタバコをふかしてた作業員がふいに口を開いた。
「そういや今日、花火大会だろ? この現場終わったら嫁さん連れて見に行こうかな。お前は?」
「お、マジか。そういやそんな時期か。俺もせっかくだし息子連れてくかな」
別の作業員が笑いながら応じる。
……花火。
その単語を聞いた瞬間、心臓の奥がざわりと動いた。
耳の奥に、遠くで鳴る花火の音が蘇る。
潮の匂い、夜風、風鈴の音。
そして、あの――小さな後ろ姿。
「……もう、そんな時期か」
知らず、声に出ていた。
夏。
俺にとって、それは罪の季節だ。
忘れたくても、忘れられるわけがない。
あの子の小さな手の感触も、交番の前で離されたあの瞬間も、全部。
……凪。
その名前を心の中で呼んだだけで、胸が痛む。
現場の熱気と汗に紛れて、息が詰まりそうになった。
砂利袋を肩に担ぎ直して歩きながら、俺は空を見上げる。
真昼の空は、花火の音が響いたあの夜と同じ、どこまでも遠く感じられた。