7.
陽炎のような罪だった。
先を覗けばすぐに終わってしまうような、踏み込めば足元から崩れてしまうような、そんな不確かで危うい罪。
白昼夢のような微睡み中に彼女がいた。いつか失うのだと最初から決まっていた世界で笑う彼女を見た。
あの夏を今も俺は悔いている。
眩しさに目を細め、自分を見失った自分を。
彼女の指先を、言葉を、何一つ守れなかった自分を。
だから俺は、夜を待っている。
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「七二八番、出ろ」
硬質な声が鉄扉の前から響いた。午前五時、まだ空が白んだばかりの時刻。囚人番号を呼ぶその声に、反応を示す者はいない。否、1人だけいた。
七二八番――彼は、静かに腰を上げた。鉄製の簡易ベッドが軋んだ音を立てる。毛布は畳まれ、枕は元の位置に戻される。部屋の中に残された痕跡はもう何もない。
ドアのスリットから差し込む冷たい光が、彼の足元を切り取る。
廊下に出ると、看守が一人、無言で歩き出す。
七二八番は、その背に続く。静かで仄暗い世界の中に、靴音だけが、乾いたコンクリートに響いた。
処遇室で支給品を受け取る。古びた肩掛けバッグ、出所証明書、破れた札入れ。その中には、釣り銭のような硬貨と、黄ばんだ写真が一枚。
指紋を押し、署名をする。朱肉の匂いが鼻をつく。
「もう来るんじゃないぞ」
書類を回収した係員が言う。七二八番は小さく頷き、足を進める。最後の鉄の門が、重くゆっくりと開いた。
外の空気が肌に触れた瞬間、彼の背筋がわずかに震えた。
見送りはない。迎えもいない。
風が吹き抜ける。道路脇には、まだ朝靄が残っている。
バッグの紐を握り直し、彼は歩き出した。
振り返らない。ただ、まっすぐに。
ここまで来てようやくこれは純文学では無いのではと思い始めてきた。
どのジャンルが正しいのだろうか