第74話(エピローグ)「泥の王女、血の王国」
王が倒れてから、数ヶ月の時が過ぎた。
王都はまだ瓦礫の匂いを残していたが、広場には市場が戻り、子どもたちの笑い声が響いていた。
誰もが語った――
「血の王国は終わった」と。
だがその終わりのあとに、人々は新しい名を囁いていた。
「泥の王女」。
それは半ば畏怖、半ば憧憬を込めた呼び名だった。
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市井のパン屋の老婆はこう語る。
「昔は消されたはずの第三王女さまが、また名を取り戻したんだってさ。
……本当かどうかは分からないけれど、あの夜からは暮らしが落ち着いてきた」
石畳を掃く若者は笑った。
「泥でも血でも構わねえ。今の王都にゃ秩序が戻りつつあるんだ。
それなら“泥の王女”に賭けるのも悪くねえだろ」
人々は恐れながらも、その存在を口にするようになっていた。
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一方、蝙蝠通り。
古びた店で、ザランディーンは銅札を弄びながら新たな客を迎えていた。
「記録とは流れるものだよ。血が流れて消えるよりは、紙に刻まれて残る方がまだましだ」
そう言って、彼は笑う。
誰が相手でも、その微笑みを崩すことはない。
王が変わろうと、通りが廃れようと――彼は“記録の商人”として生き続けるのだ。
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郊外の訓練場では、老騎士ガロスが若い兵士たちに剣を教えていた。
「王国は変わった。血ではなく、証によって築かれる国になった」
額の汗を拭いながら、彼は若者たちに語る。
「だが誇りを忘れるな。誇りなくしては、記録もただの線に過ぎん」
彼の声は、静かに響き渡った。
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そして――玉座の間の跡。
いまは半ば修復され、石の床に新しい王紋が刻まれていた。
その中央に、ノイルは立っていた。
夜風が吹き抜け、白銀の髪が揺れる。
彼女は泥であり、血を継がぬ存在だ。
だが、奪われた名を掘り起こし、記録に刻み直した者。
「私は泥。だが、名を継いだ」
静かな声が、空虚な広間に響く。
「血の王国は終わった。これからは――記録の王国だ」
ノイルの瞳に宿る光は、人のものとも、怪物のものともつかぬ。
ただ確かに、新しい時代の始まりを示す光だった。
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こうして物語は幕を閉じる。
泥の王女、血の王国。
それは終わりであり、同時に始まりでもあった。
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ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
「泥の王女、血の王国」は、スライムという異形が人の歴史に絡み、
消された者たちの声を掘り起こす物語として描いてきました。
ヌル=ノイルの旅は、血に翻弄され、記録に縛られた王国に
“別の形の力”を示す物語でもありました。
最後までお付き合いくださった皆さまの感想や応援が、
物語を続ける大きな支えとなりました。
――泥であれ、人であれ、記録されることこそが存在の証。
そんな想いを、少しでもお伝えできていたら幸いです。
これにて本編完結です。
本当にありがとうございました。




