第66話「開戦」
玉座の間に、剣が抜かれる音が一斉に響いた。
鉄と鉄がぶつかり合う前の、息を殺すような静寂。
ノイルは一歩、前へ出た。
泥の体がわずかに震え、床石に黒い雫を落とす。
その雫は広がり、無数の糸のように石の目地へ入り込み、兵たちの足元を探った。
「……王よ」
ノイルの声は冷たく澄んでいた。
「あなたは命を奪ったのではない。存在を、記録を、抹消した。
ならば――私はその逆を行く。記録を掘り起こし、証明する」
王は玉座から立ち上がり、鋭い眼光を放つ。
「ならば、この王を倒してみせよ! それができるならば、お前の言葉を認めてやる!」
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最初に動いたのは、近衛兵たちだった。
白鴉の残党を含む精鋭が一斉に突撃する。
槍が、剣が、光の矢が、ノイルへと殺到する。
「来るぞ!」
ガロスが剣を振るい、老体を感じさせぬ気迫で突撃を受け止める。
鋼と鋼がぶつかり合い、火花が飛び散った。
「私が前を抑える。ノイル、奥へ行け!」
「抜け道は俺が作る」
ザランディーンが微笑を崩さぬまま帳面を開き、記録の符を唱える。
兵たちの視界に“過去の影”が映り、足並みが一瞬乱れた。
その隙に、ノイルは泥の体を圧縮し、床を流れるように走る。
槍の穂先が頭上を掠めた瞬間、後頭部が隆起し、もうひとつの顔が現れる。
無表情のその顔に兵たちは怯み、動きが止まる。
「……そこを通らせてもらう」
ノイルの泥の腕が鞭のように伸び、兵たちを薙ぎ払った。
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王の前に立つのは、漆黒の甲冑を纏った巨人だった。
王直属の近衛隊長。人でありながら、血の儀式で強化された存在。
「ここから先は通さぬ!」
轟く声と共に、大剣が振り下ろされる。
ノイルは正面から受けず、体を割って左右へ散った。
二つに分かれた泥が、左右から隊長を挟む。
「な……っ!」
驚愕の声を上げる間に、一方のノイルは大剣を飲み込み、もう一方が背後から槍のように腕を突き立てた。
だが、甲冑は分厚く、貫けない。
(ならば――)
ノイルは取り込んだ大剣を自らの腕から生やし、逆手に突き立てる。
鋼が甲冑を貫き、血が飛び散った。
「ぐ……おおぉぉ!」
隊長は吠えながらも倒れぬ。人の限界を超えた肉体が、なおもノイルを押し返す。
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玉座から王が見下ろしていた。
その瞳には恐れもなく、むしろ愉悦の色さえ浮かんでいる。
「見せてみろ、泥の王女。お前の力がどこまで届くのか!」
ノイルは答えず、ただ踏み込みを強めた。
背後ではガロスが兵を斬り払い、ザランディーンが記録を縛り続けている。
戦いの渦中、ノイルの胸奥で声が響いた。
――セレフィーネの声。
「生きて……私を証明して」
ノイルは泥の体を震わせ、再び隊長へ突進する。
血と記録を賭けた戦いが、今まさに始まった。




