第58話「闇の底を抜けて」
蝙蝠通りの奥、石の床を押し退けると、暗く湿った穴が口を開いた。
地下へ続く階段。苔と水滴の匂いが鼻を突き、風は冷たく肌を刺した。
「ここからか……」
ガロスが剣を握り直し、前を見据える。
ザランディーンは灯りを掲げながら笑った。
「王城に入る道としては、ずいぶんと似合いだな。まるで墓場だ」
ノイルは無言で前に出た。
足音を吸う泥が滴り、影に溶ける。
流体の耳を広げ、壁や水音の反響から通路の広がりを“読む”。
(……一本道ではない。いくつも枝分かれしている。罠を仕掛けるには十分すぎる場所だ)
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下水道の中は闇そのものだった。
石壁に刻まれた古い紋様は、すでに苔と水垢で覆われ、判別すらできない。
天井から落ちる滴が、鈍い音を立てて水面を揺らした。
その音の中に――異物が混じった。
「止まれ」
ノイルが囁く。
「……足音だ」
次の瞬間、闇が裂けた。
白鴉の外套をまとった影が五つ。
刃を下水の光に反射させ、一直線に襲いかかってくる。
「やはり待っていたか!」
ガロスが吠え、剣を抜いた。
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最初の一撃は正面からガロスへ。
鋭い斬撃が交わされ、火花が散る。
老剣士の腕は衰えてもなお鋼のごとく、二撃、三撃を受け止めた。
「まだだ……俺は倒れん!」
背後から回り込もうとする白鴉に、ノイルの分体が滑り込む。
背中が隆起し、そこに無表情の顔が“開いた”。
突然現れた異形に白鴉は足を止め、その隙を突いて泥の腕が刃を飲み込んだ。
「なっ……!」
剣が腕に吸われ、逆にそのまま突き返される。
刃は持ち主の肩を裂き、悲鳴が下水に響いた。
ザランディーンは灯りを投げ捨て、暗闇の中で声を放つ。
「右から三番目! 息が乱れている!」
ノイルはその声に従い、影の奥へ泥を伸ばす。
細い糸となった腕が敵の喉元に絡みつき、呼吸を封じる。
「……ッ!」
白鴉はもがいたが、次の瞬間には糸が弾け、気絶して石床に沈んだ。
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戦いは数分で終わった。
残る影は退き、下水の奥へ消えていく。
ガロスは血に濡れた剣を振り払い、深い息を吐いた。
「……やはり狙われていたな」
「しかし見ての通り、奴らの狙いは“ここで仕留める”ことではなかった」
ノイルが言った。
「試し斬りのようなものだ。本当の罠は……さらに奥にある」
ザランディーンは頷き、濡れた石壁を撫でた。
「白鴉が仕掛ける罠なら、記録にも残らないだろうな。……だが逆に言えば、突破すれば証拠になる」
ノイルは立ち止まり、後ろを振り返った。
背後の暗闇に、まだ敵の気配が残っている。
だがそれを追わず、ただ前を見据える。
「進む。王の座へ」
闇の底を抜けて、その先にあるのは玉座か、それとも更なる死か。
足音が再び、冷たい石に響き始めた。




