第34話「三つの鎖」
王都南方、地下聖堂の柱影。
雨がぽつりぽつりと石畳を濡らす中、ノイルの本体と左の分身体が向かい合った。
接触――その瞬間、分身体が見てきた景色や音、匂いが、本体へ一気に流れ込む。
廃屋の空洞。漆喰に残る箱の跡。金具の感触。病み上がりのように弱い指の手触り。そしてもうひとつ、記録局特有の油の匂い。
ガロスが口を開く。
「病み上がりの指……恐らくアリステアだな。そして油の匂いは、監査部の者だ」
ノイルは頷く。
「つまり、アリステアを守れば、鋳型の行方も見えてくる」
ガロスの古い知人が営む武具工房へ、アリステアを匿うことにした。
工房の地下は、かつて小規模な鍛冶場だった場所。外からはわからないが、水路が裏の下水道とつながっている。
ノイルは水路の各所に小さな分体を仕込み、雨樋や排水溝にも泥の感覚器を潜ませた。
これで、足音や振動の変化があればすぐに察知できる。
「監査部は三方向から包囲をかけてくるはずだ」
ノイルは低く告げると、地面に指で円を描き、三つの線を伸ばす。
「だから“三つの鎖”で対抗する」
第一の鎖――水鎖。
雨水と分体で作ったぬかるみを路地に仕掛け、足を取らせる。
第二の鎖――音鎖。
金属片を雨樋に忍ばせ、刺客同士の合図を別の音でかき消す。
第三の鎖――影鎖。
人影そっくりの分体を使い、刺客を偽の方向へ誘導する。
ガロスは地上で囮を務め、あえて二人分の足跡を残して敵を惑わせた。
一方、工房の地下で身を潜めるアリステアは、険しい表情で口を開いた。
「俺は、死んだことになっている。今さら証言すれば、仲間や家族が危険になる」
ノイルは真正面から言葉をぶつける。
「証言しなければ、レオンは永遠に“消された”ままだ」
その名を聞いた瞬間、アリステアの目に揺らぎが生じた。
脳裏に、塔の屋上で笑うレオンの姿がよみがえる。
夜が更け、監査部の動きが激しくなる。
ついに、最上位の刺客が現れた。
ノイルはあえて水鎖の一部を破り、刺客を工房近くまで引き寄せる。
入口で待ち構えていたガロスが正面から迎撃。鋭い斬り合いの中、刺客の武器の一部を奪った。
ノイルがそれを受け取ると、柄に微細な粉が付着しているのを感じ取る。
――王紋鋳型の成分だ。
つまり、鋳型は監査部が握っている可能性が高い。
東の空がわずかに明るくなる。
アリステアが、ゆっくりと口を開いた。
「……あの日、レオン様が最後に言った言葉を、話そう」
ノイルは頷き、静かに耳を傾けた。
三つの条件――記録、証言、紋章。その輪が、ついに繋がり始めていた。




