第28話「影の符号」
王都の片隅にある隠れ家にて、ノイルは仮面を持ち帰り、ザランディーンと対峙していた。
仮面の裏側に刻まれた符号――『Λ-1』。
それを見た瞬間、ザランディーンの目に、明確な緊張が走った。
「それが……“Λ”の符号か」
「知ってるの?」
「かつて、“Λ-3”の名を耳にしたことがある。諜報の記録にすら、影のようにしか残らぬ存在。だが、Λ-1……それは別格だ」
ノイルは仮面を前にして、沈黙する。思考が波のように押し寄せ、言葉が生まれる前に消えていった。
「命令の“記録者”はロドリクセイン。“Ω-5”の符号。ならば……命令の“発信者”は……」
「――“Λ-1”だ」
ザランディーンは短く断言した。
「Ω系は命令を“書き留める者”にすぎん。実際に命じ、記録させたのはΛ系の誰か。そして“Λ-1”とは、命令階層の最上位。……その存在が何を意味するか、わかるな?」
ノイルはうなずきかけ、ふと眉を寄せた。
「王子たち……ルシウスも、カイルも、あたしを“排除すべき障害”だと認識していた。だが、命令を“発して”いたわけじゃない。記録からそう読み取れた」
「彼らは“動かされた”側に過ぎない、というわけだ」
「だとすれば……王子たちすら動かせる者。次代の王を選ぶ力を持つ存在。そんな立場にある者は――」
ノイルの口が、ひとつの名を結ぶ直前で止まる。
ザランディーンが代わりに言葉を置いた。
「現王だ」
言葉にすればあまりにも単純。だがその事実は、ノイルにとって、ひときわ重い意味を持っていた。
(父が……私を……記録ごと、消そうとした?)
ノイルの中で、静かな怒りが芽吹く。
それは感情の爆発ではない。記録を読み解いた末に到達した、確かな推論に基づく認識。
――消された理由を探す旅が、今や“消した者”へと届こうとしている。
「……なら、次に探るべきは、その命令が記録された場所」
ザランディーンがゆっくりと頷いた。
「“黒の記録室”だ。私がかつて記録を消されたとき、そこから命令が発せられた記憶がある。あそこには、“Λ-1”の手がかりがあるはずだ」
ノイルは仮面を抱え、瞳を細めた。
かつて自分を喰らい、記憶と声と命を託したセレフィーネ。
その存在を記録ごと消した男に、いよいよ手が届こうとしている。
――次回、第29話「黒の記録室」へ続く。




