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紆余曲折なる出張(前半)


「何のようだ?」


アイクは目も合わせずに呟くように言った。

その目線は机の上にある資料から離れない。


「知っていたのなら報告しなさい」


ステイが静かに、しかし有無を言わせない口調で言い放つ。

ある紙をアイクへ見せながら詰め寄る。


その紙に視線を移したアイクは興味なさそうに仕事へと戻る。


「別に関係ないだろう」


彼の反応はまるで他人事だ。


「これからの予定に支障が出るのよ」


ステイの声色が僅かに強まるが、アイクは変わらない。


「誰しもネタバレは嫌がるもんだ」


軽く笑いながら、皮肉とも冗談ともつかない言い方で返す。


「何があったか、詳しく、説明しなさい」


ステイの言葉はついに命令の響きとなる。


二人が沈黙する。

アイクが目を細め、深く息をつく。


「・・・だが言っても俺の得にはならん」


「それが狙いね」



ステイはアイクが今日まで大人しく、そして今も嫌いな仕事をしている理由を勘づく。

そして背に腹は変えられないと思考する。


「・・1週間の完全な休暇をあげるわ」


「3週間だ」


アイクが用意していたように即答する。


「・・・2週間よ」 


ステイのその言葉にアイクは納得した表情だ。


「・・・ならボスに事後報告といこう」


アイクが目で座れという様にソファの方を見る。

ステイは仕方なくその左側へと座りアイクの方を見る。


「あれは、暑い南の地方での出来事だった」


ステイはアイクの小説じみた口調が気になったが、そのまま何も言わず聞くことに徹した。





広々とした円形の会場。

その奥の一角にアイクとワシントンは並んで座っている。


彼らは今回この横断学術会議で発表する側ではない。

魔法を専門とし、実務と理論を扱う独立監査機関として審査、評価するためにここに来ている。


やがて段々とその会場が人で埋まっていく。

独立研究者や、団体研究者、大学院もいれば、軍関係者まで姿を見せる。


その中でも一際アイクの印象に残った者がいた。


碧翠院魔法統括機関、会長のゴードン。


彼が入ってきた瞬間、空気感が変わり、座っていたもの達はアイク以外立ち上がり深々と一礼する。

それを満足気に受け取ったゴードンが会場の真ん中を歩き、席へと案内していた補佐員が椅子を引きそこへと腰を預ける。


そしてやっとのことで頭を下げていた者達が座り直したと思ったら、アイクの方へと視線が集中する。

隣にいたワシントンが周囲に頭を下げながら話しかける。


「だからお守りは嫌なんだ」


「俺も懲り懲りさ」


アイクは手に持っているヨーヨーを回転させ遊びながら答える。

ワシントンは諦めたように自分の席へと座り、話す。


「ゴードンに頭を下げるのは魔法の世界で生きたいのなら必要だと言っただろう?資格を剥奪されたいのか?」


「剥奪されればまた誰かのふりをして取ればいい。そもそもあの爺さんは嫌いなんだ」


「どうやってここにそれを持ってきた?」


「あの持ち物検査は変えべきだ。抜け道がありすぎる」


ワシントンはアイクとの口論を無駄と判断し、話すのをやめる。

そして彼の手から飛び回っているヨーヨーを奪い、挨拶回りへと向かう事にした。


「張り切ってるな」


アイクはそう言って友人の気遣いを噛み締めるのだった。





「嘘をつくな、何が噛み締めるだ」


静かな部屋に皮肉めいた声が響く。

ステイとアイクしかいない場所へ現れたのは今話に出ていたワシントンだった。


「そんないい雰囲気はなかったと記憶してるが?」


ワシントンはアイクへと詰め寄りながら話す。

その顔は一見して笑みだが、目はまるで嘘のように笑っていなかった。


「そう感じたのは俺だけだったらしい」


あくびを噛み殺すように、ワシントンの方を見もせずにやれやれといった様子のアイク。


「ステイ、本当のことを教えてやろう」


ステイは息を吐く。

ワシントンの意見を聞くつもりだ。


「こいつが俺に何をしたか」






「あの持ち物検査は変えべきだ。抜け道がありすぎる」


ワシントンはアイクとの口論を無駄と判断して、話すのをやめる。

そして彼の手から飛び回っているヨーヨーを奪い、挨拶回りへと向かう事にした。


「張り切ってるな」



そう言ったアイクは友人の気遣いを噛み締めることはなく、右手へと魔力を集中させる。

先ほどロック財団の代表へと話仕掛けに行ったワシントンの方へ掲げ、空間に干渉する。


次の瞬間にはワシントンの姿が音もなく消え、ロック財団の代表だけがその場へと残った。

まるで最初から何もいなかったように。


そのことに満足げに片眉を上げたアイクは予備で持ってきていたヨーヨーを取り出す。

そして何事もなかったようにそれを指先に巻き付けながら再び遊び始めた。



「あなた学術会議におもちゃを持ち込んだの!?」


ステイが建物中に響く声が部屋を揺らす。

おそらくこの部屋の前を通っていた者達は何事かと様子を伺いに来ても不思議ではない声量だ。

だが、それがアイクの部屋なので誰も入っては来なかったが。


「そこなのか?」


ワシントンは不服そうに眉を顰める。自分よりもおもちゃを持ち込んだことへの怒りが先だと言うことが納得いかない。


「凶器じゃない」


アイクは悪びれもせずに軽く手首を返し、そのヨーヨーをステイの方へと投げる。

それをキャッチし、確かめるように触る。


「ありえない、あれだけ言っておいたのに」


そう言いながらワシントンの方を見る。


「俺のせいじゃないだろ?」


半ば呆れながらワシントンが言う。


「俺に言うことを聞かせたいのなら娼婦三人からだ」


ステイは額に手を当てて、目を閉じる。

怒りではなく、疲労の色が濃い。


「・・・もういいわ、続けて」


ステイはそう言ってアイクの方へおもちゃを返しながら言った。

それを受け取ったアイクはおそらく会議の時にもやったように指を巻きつけ始めた。




ワシントンが20分程度で転送された場所から会場へと帰って来た。

怒鳴ることも責めることもなく、ただ深く息をつき席に戻る。

さしてある程度落ち着いたところで、今回の会議の主催者が現れた。


「少々遅れました。我々のスケジュール管理の不届で迷惑をおかけして申し訳ありません。すでに7分を経過してますがこれより横断学術会議を始めさせていただく次第」


そう言ったのは最近見たことがあり、聞いたことがあるような特徴的な語尾をしていた聖邦連合のヴィアラだった。


アイクはそれにすぐに気づいたが、ヴィアラの方は未だわかっていないようだった。


今回の会議は代表として名前を出しているのはワシントンだ。

その同伴者は二名まで出席が許可されており、それは匿名でも可能なのだ。


アイクはヴィアラの方へ何度か手を振ったが、彼は一瞥すらせずに会議を進行していく。


「・・注意事項は以上になります。では10分後、西方魔法ギルドからの発表になります」


それだけ言い終え、すぐに去ってしまった。

それを面白くなさそうに見ていたアイクは席を立ち、ワシントンに言う。


「便所だからついてくるなよ」


ワシントンは見え見えの嘘だと気づいていたが、今度アイクの魔法で外へと飛ばされてしまえば、もう会議には間に合わない。

利益と損失を天秤にかけ、結局アイクに構わないことにした。


アイクはそれに満足げに頷き、ヴィアラが出てきた方の扉へ向かう。

一切の躊躇なくそれを開ける。


そこにいたのは何十人のきっちりとしたスーツを着たヴィアラの部下だった。

その中央にもちろん彼自身がいる。


「・・・なぜここにいる」


微かに震える声でヴィアラが尋ねる。


「招待されたんでな」


ヴィアラは言葉を失ったように黙り込む。


「会いたかったよ」


アイクはそう言って手を前に出す。

それを見たヴィアラは少し笑ってから言った。


「因縁はあるが、ここでは関係ない。今回もよろしく頼む」


そうして彼らは熱い握手を交わしたのだった。




「まるで、健闘を称え合う主人公とそのライバルみたいね」


それを言ったのは途中で部屋に入ってきたフランだった。

フランは勝手にこの部屋へと入ってきたのだ。


「お前は仕事しろ」


アイクが不機嫌そうに言う。


「昼休憩なの」


フランは意に介さず、手に持っているものを見せる。

その手には市販されている菓子パンがあった。


「なら休憩してこい」


アイクが呆れ混じりに返すと、フランが少し笑う。


「アイク、あなたがそんな人へのリスペクトを感じるような人ではないのはわかってるわ」


タイミングを見計らったようにステイが話を戻す。


「言い過ぎだ」


「変に隠さないで、正直に答えて。さもないと1週間減るわよ」


ステイが無表情のまま少々の脅しをかける。


「なにが?」


事情を知らないフランがそのきょとんとした顔で首を傾ける。

アイクは固まったように沈黙し、少し考えてから答える。


「・・・わかった」


口調は渋々でも、そこにはどこか観念したような色が滲んでいた。





「なぜここにいる?」


僅かに震える声でヴィアラが言う。


「こっちのセリフだ、マイクのせいで飛ばされたか?」


アイクが皮肉げに笑う。どんどんとヴィアラへと近づく。


「・・・あなたも人のこと言えないのでは?」


ヴィアラは視線を鋭くしたまま、同じ立場であると静かに示唆する。


「俺は罰ゲームみたいなもんさ」


アイクは肩をすくめる。

その表情は残念だったなという薄い同情が張り付いていた。


「・・・予定にないぞ」


ヴィアラは眉を顰め、周りにいる部下達と耳打ちを交わす。

そして少しの相談の結果、アイクへと向き直る。


「まあいい今日はただの発表会だ。大人しくしていろ」


ヴィアラはアイクへと指を刺し、犬へ言いつけるように言う。


「・・・もちろん」


アイクは無邪気な笑顔で応える。

どこまで本気かは読めない。


「おい、あいつを見張っておけ。何かしたらすぐに追い出していい」



ヴィアラがそう言うとその場にいた連合の一人が頷く。


「これだから有名人は困る」


アイクはこれで目的は果たしたと言う様に部屋から出て行こうとする。

だがアイクが振り返るとその背後には件の部下が張り付いている。


「ついてくるのか」


「そう言われたので」


「安心しろ、今日は敵対するつもりはない」


アイクは目を合わせることもなく、低く言う。


「・・私は役割を果たすだけです」


アイクのそんな言葉に部下は安心できずに、複雑な表情だ。

反対にアイクの顔はこれからの展開が楽しくなるだろうと確信する笑をしていた。







会議は碧翠院のゴードンの挨拶から静かに始まった。

その後は聖邦連合のヴィアラの指名に従い、各機関の代表者が順に登壇する。

一人当たり、二、三時間。

限られた時間の中で、自らの研究成果を報告する。

―――質疑応答を経て、ひとときの休憩。

それをまた延々と繰り返す。



「つまらん」


アイクの小さな声が響く。

決して大きくはないが、近くのものにはも聞こえるような音量だ。


それに、隣で控えていたヴィアラの部下がピクリと眉を動かす。

だが咎める様な言葉は口にしなかった。

一つ前の発表者を半ば無理やり拍手をして報告を終わらせた事に注意をし、ヨーヨーを奪った直後にこの建物の天井へと転移されるという悪夢が彼の判断を鈍らせている。


結果として、アイクはゲートを三つ以上出せないと言うことをワシントンに暴露され、四人の付き人がつくこととなった。

それに加え、ワシントンが展開した制限型の結界魔法によって今やヨーヨー以外の道具は使えない状態だ。


それでも彼は退屈そうに今日に指の間で糸を操りながら、何の興味もなさそうに発表を聞き流している。


―――ここで報告されるのはほとんどが机上の空論。

数値的には可能だが、それを顕現するには何十年、何百年と必要とするだろう論理だ。


アイクにとってそれが何よりも退屈だった。

付き人達は彼のヨーヨーの技術に舌を巻きながらも、顔を顰めるだけで何も言わなかった。





「なぜヴィアラはアイクを追放、もしくは出禁にしないんだ?」


不意に声を挟んだのはこの部屋にいつの間にかいたフーベルトだった。

その口調は軽くそれに着いて本気で不思議に思っている様子だった。



「おそらくだが、ヴィアラは自分たちの労働力を割いてでもアイクに縄をかける事にしたんだろう」


椅子にもたれたままワシントンが応える。

その顔は冗談を言っているのてばないことを感じるのには十分だった。


「いつから俺の部屋は休憩室になったんだ?」


壁際にいたアイクが聞こえよがしに叫ぶ。

だが誰も反応せず、聞き流している。


「アイクを追い出すのは簡単だし、こいつもそれを望んでいる節はある。だからこそ、言う通りにしないし、こいつを放逐するには少し危険がすぎるからな」


ワシントンがより詳しく解説する。


「なるほど、爆弾は手元に置いて管理している方がいいと言うことか」


フーベルトが独自の解釈をする。

数人がその言葉に笑う。笑わないのは揶揄された爆弾だけだ。


「それでもよく呼ばれるもんだな」


その上でも呼ばれていることを奇跡だとフーベルトが言う。


「腐っても魔法を代表する機関だからな」


それに気を取り直したアイクが口を開く。

変わらず指でヨーヨー糸をいじっている。


「この世界において、魔法に関連する重要事項を決めるなら聖邦連合、魔法協会、碧翠院の三つの機関の承認がないと、政治的には有効とみなされないの。私たちはそれくらい支配的な立場があるのよ」


フランがこの世界の隠れた常識をフーベルトへ捕捉する。


「だからイヤでも呼ばないといけないし、例えアイクが来たとしても特別な事情がない以外は受け入れないといけない」


ワシントンがさらに捕捉する。

少し機嫌が治った様子だ。


「だがそれは魔法関連だけでそれ以外では予算会議以外で呼ばれたことがない」


ワシントンはわざとらしくアイクの方を見ながら続ける。


「誰かのせいでね」


ステイが乾いた笑みを浮かべる。

肝心のアイクはまるで聞こえていない様子だった。





四つの研究発表が終わり、ようやく1日の議定が閉会を迎える。

だがそれは始まりに過ぎない。


三日間に渡り、この拷問の様な発表漬けのような日々は続く。

最終日には審査機関それぞれからの全体総評があり、アイクも少しの時間を持つこととなっている。


だが、アイクの堪忍袋はほとんど限界に近く、臨界点に達そうとしている。

思考の底では明日をバックれると決めており、後はそれを実行するだけだった。

そんなアイクにワシントンが声をかける。


「この後の交流会こいよ」


「行くわけな・・・」


アイクがうんざりとして、反射的に即答しようとする。

だが途中でやめて、言い直す。


「わかった?」


「・・・わかった?」


ワシントンが不思議そうにアイクの言葉を繰り返す。


「ああ」


ワシントンが黙り込む。


「お前が来いと言ったのは俺が天邪鬼だからだ。来いと言ったら俺は行かないと決める。なら俺はその裏をあえて選ぶ、安心しろ。俺は行く」


「・・・・」


ワシントンは苦い表情だ。


「ゴードンとも話したいしな」




―――そして約1時間後、二人は交流会の会場へと来ていた。


扉をくぐった先に広がっていたのは、洒落た装飾と間接照明が静かに空気を包む、上質な空間だった。


「相変わらず繁盛してるね」


アイクは吐息のように呟く。目に映るのは、喧騒ではなく静謐。無言ではなく沈黙。派手さはあるが、そこに下品さはない。


場にいる人間もまた同様だった。必要以上に騒ぐ者も、浮ついた仕草の者もいない。選び抜かれた者だけがここにいる。



ここが横断学術会議の二次会場―――カジノ場だ。



ここへ招待されるものは魔法協会や聖邦連合などの世界を代表する組織、そして会議で研究成果を認められた者の中で、彼らに声をかけられた者のみが参加できる。


だがそれだけ人数を絞っていても、場は賑わいを見せている。


「頼むから、ここでは何も起こさないでくれよ」


ワシントンはそれだけ言うと、アイクの元を離れた。これ以上、面倒の火種と一緒にいる気はないらしい。


アイクは適当に手持ちの金をチップへと変え、空いている席へ座る。


そして彼と同じテーブルだと言って逃げなかった者を相手に、荒稼ぎする事を心に決める。





あれから数時間、アイクの手持ちは最初の数十倍に膨れ上がっていた。このチップの山を見れば誰でも顔を綻ばせることだろう。

もちろん、アイクは財布が厚くなる事と同義なので嬉しかったが、少し物足りなさを感じている。


――相手がいない。


それが全てだった。


会場には相変わらず人が溢れている。

時間が経つにつれて増えているほどだ。


だが、アイクと同じテーブルに着こうとしない。

相手がいなければチップをどれだけ持っていたとしてもゲームは成立しない。


もちろん、確かにディーラーと勝負することはできる。

だかそれは相手が胴元の一対一の勝負。

期待値計算に従えば長期的に必ず損をする様に設計されている。


それでは遊んでいて面白くない。


やはりーーーポーカーは人間相手に限るのだ。


アイクが最後の勝負をしてから約1時間と少し。

仕方なくそろそろ切り上げようとしている所、テーブルの脇に静かに人だかりが生まれる。

視線を向けるのその中心には、ゆっくりと近づいてくる一人の老人の姿があった。


その老人――ゴードンはアイクの同じテーブルへと着いた後、笑いながら言う。


「ひと勝負どうだ?」


アイクもまた口角を上げ、目を合わせる。


「ルールは?」


「タックス・ホールデム」


「乗った」


二人はそれぞれ初期スタックを場へと出す。

だがアイクはその倍を追加して積み上げる。


――挑発。もしくは余裕の現れ。


ディーラーが静かにカードを配り始める。各プレイヤーに、裏向きのカードが2枚ずつ。


アイクは手札を軽く覗くと、ゴードンを見やる。


ゴードンも目線を上げずに言った。


「レイズ」


「コールだ」


アイクがゴードンの言葉を追うようにして言う。


ディーラーが共通カードである3枚を場に開く。


順番にダイヤの6、ハートのQ、ダイヤのKだ。


――まだ判断は難しい。


それを見たゴードンはさらにチップを投じ、レイズ。


アイクはやや考えたが、コール。


ディーラーが4枚目を公開する。


―――クラブの6。


「チェックは逃げだ」


「もちろん、だがコールだ」


アイクは笑い、コールを繰り返す。


最後の一枚がめくられる。


――スペードのK。



 場のカードは以下の通り:


 【ダイヤ6・ハートQ・ダイヤK・クラブ6・スペードK】


 ディーラーが視線をゴードンに向けた。


「レイズ」


「同じく」


「ショーダウン、カードを開いてください」


ディーラーのその言葉にゴードンがゆっくりとカードをめくる。


  ダイヤのQ。スペードの6。


──6のスリーカードとクイーンのツーペア。


 つまり、フルハウス。


 周囲が小さくどよめく中、アイクもカードを晒した。


 ハートのK。クラブのK。


――キングのフォーカードだ。



「耄碌してきたか?」


アイクがゴードンを煽る。

だが、彼は気にも留めていない様子だ。


「キングのフォーカード、勝者です。ポットをどうぞ」


アイクは笑いながらチップを回収し、見物客へその半分以上をあげる。

それを見たゴードンが目を細める。


「なんのつもりだ?」


「富の再分配さ」


アイクの笑顔はどこまでも挑発的に深くなる。







「ストレートフラッシュ、勝者です。ポットをどうぞ」


ディーラーの機械的な掛け声にゴードンが反応し、チップをアイクの場から一掃する。

そしてその山を後ろで見ていた野次馬へと惜しげもなく放り投げる。


「俺たちの貢献度がしれないな」


アイクはディーラーへと声をかけるが、反応はない。


「俺から5対4か?」


アイクが勝敗を確認する様に言うと、すぐに訂正の声が入る。


「私から6対4だ」

それはわざと間違えたアイクへと静かなる訂正。ゴードンは目元をわずかに緩める。


「ついに地力の差が出始めたかな」


今度はゴードンがアイクのことを煽り始める。

声は低く穏やかだが、明らかに余裕を滲ませている。


「俺はまだ20戦目だぞ、今頭が回ってきたとこだ」


アイクが口を尖らせながらもやる気を踏まえて返す。

負けず嫌いの火種が少しずつ燃え上がっているのがわかる。


「おやおや、調子が悪いと聞いて見にきてみれば」


振り返ると、そこに立っていたのはヴィアラだった。

ようやく会議の仕事を片付けてきたのだろう。

だが、整った外見に疲れの色は見えず、完璧に装った笑みだけを浮かばせている。


「さすがのアイクも碧翠院のゴードンには叶わないかと思う次第」


「・・またいじめてほしいのか?」


アイクは苛立ちを隠さずに返す。


「連合はわたしに恨みがあるのでは?」


ゴードンは穏やかな声色で問いかける。

その瞳は確かな確執を忘れていないと言う色が宿っていた。


「組織的な考えより、私怨の方が深いもので」


ヴィアラは笑みを崩さぬまま答える。

かつての委員会を思い出しながら。


「こんな機会は滅多にない、私も席へと付きましょう」


そう言ったヴィアラはゴードンの隣の席へと腰を下ろす。


「やめといた方がいいんじゃないのか?」


アイクが挑発的に言い放つ。

彼がここへ座ったことで観客が三つ巴を期待する。


「ご心配なく、予想できる手札の勝負では負ける気はしません」


ヴィアラは言葉に棘を含ませながらも、どこか涼やかに答えた。

その眼差しは自信に満ちている。



「なら趣向を変えよう」


ヴィアラが眉を顰める。


「変える?」


「イカサマを有りで、魔法も有効とする」


 一瞬、会場に静寂が落ちた。

だが、それはほんの数拍のこと。すぐに周囲の観客たちがざわめきを広げていく。


ルールは崩れ、盤上の駆け引きは今ここから別の領域へと踏み出す。





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