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シンデレラ



今日もなかなか寝ることができない。

これは今に始まった事ではない。むしろ毎度同じようなことを繰り返している。


そしていつものように心の中で自分なりに言い聞かせる。


――今はもう安心していい、と。


夜という時間帯は外が暗くなり、部屋は明るくなる。

人の活動が収まり、休息に入る。

そして父親が帰ってくる。


いつまで私は恐れ続けなければいけないのだろう。

悪いのは私ではないのに。



夫はすでに寝ている。

明日も朝が早いらしく、家に帰り、ご飯を食べて風呂に入ったらもう動かない。


私は全ての片付けを終えてから夫と同じベッドに入り、眠ろうと試みる。

もちろん、簡単に寝付くことはない。


隣にいる夫は私のこんな気持ちも知らないままに気持ちよさそうに寝ている。


「・・・知るわけもないか」


夫には私の不眠症のことは何も話していない。

隠れながら薬を飲んでいるが、いつまでも頼っているわけにはいかない。


だから今日は薬無しで目を瞑ってみたのだが、案の定ダメだったようだ。


目を瞑り、見ているのが瞼の裏であっても脳に映るのはあの光景だった。


眠らないといけない。

夫の朝が早いと言うことは私の朝はより早いと言うこと。

あの人よりも早く起きないといけない。


そんなことは1時間以上前からわかっているのに意識が落ちてくれない。


ただひたすらに時間だけが過ぎていく。


私は夫を起こさないようにそっとベッドを抜け出す。

そして簡単に着替えてから、溜め込んである仕事を今のうちに片付けようと思った。


私の仕事は書類事務だ。

提出された書類を確認し、より上へと引き継ぐ。

自分が一から作ることもあれば、完璧ならそのまま手をつけずに出すこともある。


夫からは家事に支障が出ない程度にと、許可を出してもらったが今では帰るのが遅くなり、たまに夫に娘のご飯をしてもらう日も出てきた。


そのことに文句の一つも言わない夫に申し訳なさが募る。

娘にも我慢を強いていることだろう。


私の娘―――レイは寝つきはいい方だ。

一度寝たら朝まで起きてくることはない。


昔はそうでもなかったのだが、成長が原因なのだろうか。


少し顔が見たくなり、レイの部屋へと行く。

レイの部屋は私たちの寝室の向かい側にあり、廊下を数歩だけ歩けばいい。


レイは私に似ていろんなものが散らかっていることが我慢ならない体質だ。

10歳ながらもいつも綺麗にしており、そのことを私も褒めている。


私は部屋に入ったと同時にレイが眠っているだろうベッドの方を見た。

しかし、そこには彼女の姿はなく、毛布だけが綺麗に広げられていた。


「レイ?」


暗いからよく見えなかったのだと思い、だんだんと近づいていくが娘の姿はない。


目が暗闇に慣れていないから?


だがいつもベッドに置いてあるレイのお気に入りのぬいぐるみははっきりと見える。

そこには娘の姿だけが見えない。


毛布で隠れたのかもしれない。

そう思い、一息にめくるが娘の姿はない。


「なんで・・」


一体どこへ?

トイレかもしれない。

焦る気持ちを抑え、廊下を出る。

だがトイレの電気と鍵はついていなかった。


なら外に出た?

いや玄関の鍵はレイの身長ではまだ届かないはずだ。


「・・・レイ、・・レイー!」


声が震え、大量の汗が背中から湧き出る。


私は確かに3、4時間前にしっかり寝かしつけたはずだ。

その後すぐに私もベッドへと入り、目を瞑った。

眠れずに意識はあったのでその間に物音がすれば気づくはずだ。


部屋中を探してもレイの姿はない。


私の声で起きたのか夫が部屋から出てくる。


「・・・どうした?」


少し声にめんどくささが混じっているがそんなことを気にしている余裕はない。


「・・レイがいないの」


夫はベッドとトイレを見た後に部屋を探し回る。

二人でリベングへ行き、電気をつけレイを探す。

だがこんな暗い場所にいるはずもなく部屋をどんどん移す。


玄関を見ると鍵はまだ施錠済みだ。


つまりまだレイはこの中にいるはず。

少しの希望と押しつぶされるような焦りが心を支配する中、あらゆる可能性を考え、探す。



そしてその6時間後の朝にベッドで何事もなかったかのように、毛布の中ですやすやと眠るレイを夫が見つけたのだった。







「おかしい」


マイクは最近になってそう思うようになった。


もちろんマイクたちがこの協会本部へ来て二ヶ月以上が経とうとしている。

そんな期間があれば同僚との仲はもちろん縮まるのは自然なことだ。

異常でも特別でもない。


不思議ではないのだが、その兆候が現れたのが急だったので異変に思った。


特にロッペンの事件を解決してからだ。


フーベルトとフランの仲がやけに近い。

ロッペンの事件の後、二人で食事へと行ったということは本人たちから聞いていたが、それから1週間も経たないうちに急激なスキンシップが増えたように思う。


マイクは別にこれは嫉妬しているわけではないと言うことを自分に言い聞かせる。


確かにマイク自身、薔薇色の青春時代を送ったとは言えない。

職場関係でそんなことになればいいなと願っていた時もある。


だが、フランのことを初めて見た時からその憧れは捨てたと思っていた。

フランは美人ではあるが気が強く、負けん気が尋常じゃない。

友人として付き合っていくのならまだしも、恋人となるとマイクの弱々しいメンタルが耐えられないだろう。


そう思っていたはずがなのだが。


今も彼らはアイクのオフィスで親し気に談笑している。

まるでこの部屋には彼らしかいないような時間を過ごしている。


マイクは少し耳を立ててみる。

マイクは獣人であり、彼の耳を持ってすれば同じ部屋内で小声で話していたとしてもそれは拡声器を持っているのとなんら変わらない。


「その長い髪、邪魔にならないのか?」


「別に。ちょうどいい長さだと思うけど」


「ここら辺で切ったらどうだ?ちょうどいい気がするぞ」


「それは短すぎるわ、最低でもここまでは譲れないわね」


フーベルトは遠慮なくフランの髪を手に取り、指で撫でるようにすくう。

フランも気にしている様子はない。



――考えすぎだろうか。

マイクはこの感情が嫉妬によるものなのか、仕事に集中しろという怒りなのか、自身でもよくわからなくなっていた。


マイクのいた町の女子は付き合ってもない男に自分の髪を触らせたりはしなかった。

もしも少しでも触ろうものなら、その情報が凄まじい速さで町中に広がり、その加害者は町を出ることを余儀なくされる。


だがこれは小さなマイクの村だけの話で、世界では違うのかもしれない。


朝会うたびに(カジュアルだが)ハグをしあい、仕事中も絶えず話し、一緒に帰る。


ここまでいくと付き合っていると勘違いしたくなるが、以前聞いてみたところ真っ向から否定された。

嘘をついてるのではと思ったが、そういう雰囲気はわかるものだ。

獣人なら尚更に。



だからこそ困惑している。


本当に自分の世界がおかしかったのか。

マイクは本当にフーベルトに嫉妬しているのか。


確かに以前よりフーベルトは少しだけだが接しやすくなったと言える。

だが、フランにだけ態度が違う。

もしそれが単純な童心から来る恋心なら、汲んでやることはできる。


彼もその経験をする権利はあるし、それがまた人として成長させることも知っているからだ。


だが、仕事が関わってくると少し複雑だ。

ここは学校ではなく職場。

恋愛をするなら仕事との両立が求められる。

魔法協会に所属するものとして仕事と感情のバランスは適度に保つべきだ。


だが、マイクはフーベルトへはっきり言うかどうか迷っている。

フーベルトの心が変わり始めているのは見ればわかるし、それに歯止めをかけるようなことを言っていいものか、と。


そして何より、その資格が自分にあるのかどうかを迷っている。


フーベルトの仕事の効率は依然として群を抜いている。

効率が多少落ちたとしても、常人の数倍であり、マイク自身よりも多い量をこなしている。

そしてかつての魔族危機の時も、フランは現場へと乗り込み、フーベルトは犯人を捕まえた。


マイクだけがアイクの力に頼り、事なきを得ている。

こんな事でいいのだろうか。

自分だけ立場が違うのではないだろうか。


だがマイクも努力はしている。

仕事が終われば、毎晩魔法関連の書物を読み漁り、日課の数十キロのランニングも怠らず、ジムも週8回で通っている。


だが、隣にいる天才たちに並べる気がしない。

彼らと肩を並べているという実感が得られない。


フーベルトのことを気にしてしまうのもそんな劣等感からかもしれない。

マイクは一度頭で考えていたことを全て真っ白にして、初めの考えに戻る。


だが結局、マイクが注意をするかしないかでぐるぐると悩んでいるところに声が割り込んできた。


「仕事が入ったわ」


声を出したのはドアの方だった。

ステイが顔を覗かせている。


「今もしていますが」


それを見たフランが彼女に手元を見ながら言う。

ステイは小さく笑い、言い返す。


「それは事務でしょう、こっちが本命よ」


珍しくステイが部屋へと入ってきて、それぞれに資料を配り始めた。





「症状が出ているのは10歳の少女、なぜか夜になると姿を消す」


書類を手にしたステイが淡々と概要を説明する。


「・・アイク抜きでですか?」


マイクがここにいない部屋の主人について尋ねる。


「ええ、アイクは今手が離せないでしょうからね」



アイクは今、魔法協会にいない。

彼は今やここから3000キロ以上離れた場所にいる。

もちろん旅行などではなく、ある学会へ魔法協会を代表して出席している。


ステイもアイク単体で派遣するほど愚かではない。

お目付役としてワシントンがついている。

もっともその名目は


「オフィスを燃やした罰よ」


だがら今日は特にフーベルトの行動が目立つのだとマイクは思う。

アイクがいれば、あの神童はからかわれるのを嫌いあまり感情を出すことはない。

仲がいいのか悪いのか。


「知らせる必要は?」


フランがステイを見ながら言う。


「別にいいけど、これはあなたたちの実力を測るためでもあるのよ」


ステイはアイクなしでどれだけのことができるのかということを調べるつもりだと伝える。


マイクは再び陰鬱とした気分になる。

また天才二人と比べられてしまうからだ。


「いなくなるのは夜だけで、朝と昼は元気に活動しているらしい」


ステイがページをめくりながら資料を読み上げる。


「10歳の少女も夜遊びぐらいするんじゃない?」


フランの軽口にフーベルトが笑う。


「それが鍵は彼女の身長では届かず、部屋には隠れた秘密の通路もなし」


ステイが顔を上げて答える。


「寝かせてから、起きるまで監視したけど夜になると突然いなくなり、朝になるとどこからともなく現れる」


「監視中、両親は消えたことには気づかないのか?」


特徴的な椅子に座ったフーベルトが長い足を組み替えながら言う。


「ええ、まったく」


ため息混じりにステイが答える。


「これは正式なテストではないけど、指標にさせてもらうわ。アイクを呼ぶも呼ばぬも自由よ。今の所は命に危険が迫ってるわけじゃないから焦る必要がないことだけは伝えておくわ」


ステイはそれだけ言って、香水の匂いだけを部屋に残して出ていった。





「何の可能性がある?」


ステイが出ていくと同時にフランが低い声でがそう言う。


「アイクの真似か?」


隣にいるフーベルトが口角を上げながら指摘する。


「なにが考えられる?だろ」


声を少し低くして、フーベルトがアイクの声真似をする。

そうして二人で笑い合っている。


マイクは理由もなく非常に気まずく感じる。

この雰囲気を打破するために少し確認してみることにした。


「仲がいいのは喜ばしいことなんだが・・」


少し言い淀む。


「・・君らはそう言う関係?」


二人の顔がマイクの方へ向く。


「そういう関係とは?」


フランが無垢なる表情で聞いてくる。

彼女のその表情がなぜか妙に恥ずかしく感じる。


「だがら、あれだ、・・男女の仲というか・・その・・・そういうことだ」


フランとフーベルトが見つめ合う。


「俺は男で、フランは女だ、つまりはそういうことだ」


フーベルトがよくわからないと言った表情で言う。


「・・・・」



これは・・どっちなんだ?

これは肯定なのか、否定なのか。

男女だからそういう関係は当たり前だと言っているのか、それともただの男女の友人としての関係ということなのか?


フランも特に補足せず肩をすくめているだけだった。

浅く深い、軽く重い。冗談のようで、本音のようだ。


「すまない、話を戻そう」


これ以上の混乱を防ぐために資料へと目を戻す。


「・・娘は実在するのか?」


「認証済みだ、俺たちも会おうと思えば会える」


フーベルトが資料の最後のページを見ながら言う。


「透明化は?」


「なら触ったら認識できるはずだが、眠っているはずの場所を触ってもなにもないらしい」


「透明化してから動いてる可能性もあるわ」


フランが指を考えるように顎に添える。


「それが本当なら密閉された部屋での鬼ごっこを何十回も繰り返してる事になる。仲が良くて羨ましいな」


珍しくフーベルトが冗談を言う。


「ならいつもの感じね、私が魔法をかけるわ」


「手伝おう」


「一人でできるわ」


「暇なんだ、手伝わせろ」


・・なんだこれ。

そんな事を思いながらも、少し羨ましさを感じてしまう。


頭を強制的に切り替え、自分の役割をこなすことだけに集中する。

だが、なかなかすんなりと切り替わってくれない頭だった。






「少し変な感じがするかもしれないけど我慢してね」


フランは軽やかにそう言いながら手を伸ばし、レイの襟元に手を伸ばした。

指先が軽く肌に触れる、魔力の微細な振動が流れ込む。


「うん」


その感触にくすぐられながらも我慢するレイはそう返事をした。

魔力が術式へと出力され、レイの体を包み始める。


「・・ついに当たった」


仕事の報告をするようにフーベルトがそう伝える。


「なにが?」


フランが不思議そうに尋ねると、彼は胸を張りながら答える。


「百獣の王VS砂漠の悪魔の観戦チケット。限定抽選で倍率100倍」


「・・・砂漠の悪魔はなんなの?」


「蛇だ、それも大量に絡み合ってる」


「・・おもしろいのそれ?」


怪訝な顔でフランが聞く。


「私も好きだよ」


返事をしたのはベッドに横たわっていたレイだった。

フランはレイの頭をそっと撫でる。


「今週末行かないか?」


「・・・その無益な争いに大変興味はそそられるけどあいにくと今週末は忙しいの」


「ふん、つまらん」


フランは小さく笑って返す。


「マイクでも誘えば?」


「あいつは獣人だぞ?共食いを見せるようなもんだろ」


フーベルトはフランが行くことができないと聞くや否や、すぐに部屋から出る。

だが、そのまま去ろうとドアを開ける前に立ち止まり、フランを見る。

フランは笑いながら言う。


「本当に今週末は無理なの」


そう言われフーベルトが仕方なく、部屋から出たのだった。





「今日はおじさんが一緒に寝てくれるの?」


綺麗なベッドに寝かされたレイが、隣の椅子に座るマイクへと小さく尋ねる。


「おじさんはダメだ、お兄さんで頼むよ」


マイクは笑って答える。

レイが思い出したかのように聞く。


「おじさんは百獣の王は好き?」


なんの話かわからなかったが、レイの視線を追い、動物大乱闘のことを言っているのだと気がついた。


「大好きさ、あれだけカッコいいものも珍しいだろう」


「私も」


マイクは机にあった動物事典をめくりながら言う。


「その年であれに興味を持つとはセンスがいいぞ」


「でも1番好きなのは森の貴婦人」


「オカピか、なかなか渋いところを攻めるな」


思わぬ方向から攻撃を受けたので変な声を出してしまった。


「お兄さんは?」


「俺は剣狼が1番さ、なんてったって俺とおんなじ・・」


マイクはそこで空気が変わったのを感じた。

湿度、温度、音、全てが一瞬で凪いだ。


「レイ?」


ベッドを覗き込む。

だが先ほどまでいた少女の姿はない。


「どこへ行った?」


マイクは立ち上がり、周囲を探す。

ドアは閉まっており、窓も施錠済み。

この部屋には出口はない。


「いや、眠っているのか」


時間帯は0時過ぎ。

その数字は資料に書いていたものと全く同じだった。





「フランの魔法も効果なしだ」


オフィスへと戻ったマイクが同僚二人に知らせる。


「感知した?」


「なにも」


マイクが言う脳とは彼自身の獣人としての直感的な感知能力のことだ。

レイの存在は彼のセンサーには全く引っかからなかった。


「虫はどう?」


「それは感じたが、ベッドにいたままだっとしか思えない」


虫もマイクだけが感知できる極小の昆虫で、レイの体へと入れていたものだ。

たが、その虫の位置はベッドのところから動くことはなかった。


「見つからなかったのか」


フーベルトはため息混じりに聞いた。

ほとんど意味ないと思っているとだろう。


「ああ、待機していた数十人で四畳程度の小さな部屋を探しまわったが、誰一人として見つけられなかった?そして朝には・・」


「突然現れる」


フランが続きを引き取る。


「そこね、突然って?」


「言うなら・・瞼を開けたら急にそこにいる感覚だ。物音一つせずに、最初からいたという風に」


フーベルトが腕を組む。


「つまりレイは外出も、隠れてもいないのか」


「消えてるだけで、認識はできない」


部屋が一瞬だけ静まる。


「私の魔法が効かないってことは、出力が尋常じゃない可能性と、他人の魔法の可能性、そして単純に消えるって言う個性を持つ少女の可能性ね」


マイクが呟く。


「絞りたいな」


「だが未成熟な子供の脳を切り開くわけにはいかない。・・・ヒントが足りないな」


「どうする?」


マイクの言葉にフーベルトが椅子から立ち上がる。


「いつもやっていることだ」


その口角は笑っている。


「嗅ぎ回る」





「いい家ね」


そんなフランの言葉に、後ろにいたフーベルトが誰にとも言えない声で呟く。


「断られた」


「なにを?見る限り平凡な少女ね」


フランは無断侵入した家を回っている。


「マイクは夜は忙しいらしい、整えられてる部屋に、たくさんのぬいぐるみか」


フーベルトもその後に続く。


「だがらまた私を誘いにきたの?」


フランが少し笑いながら聞く。


「そんなことはしないさ、俺がここにきたのはマイクが協会に残りたいと言ったからだ」


全く言い訳に聞こえない、事務処理をするような声のトーンでフーベルトがそう答える。


「少し変じゃないか?」


「変な勘違いしてそう」 


フランはクスッと笑う。

フーベルトはそんなフランを見てなぜ笑ったのか理解できていないようだった。


「随分と慣れたものだな」


話題を変えるためにフーベルトが続ける。


「好きでやってるわけじゃないわ」


そこで会話は途切れる、フランはここに来た目的に集中しようとする。

だがこれといった発見はなく、家を全て探し終えてしまう。


「どうするの?」


フランがフーベルトがな方を見ながら聞く。


「あっちの検査結果次第だろ、俺の方の話なら違う友人でも誘うさ」


仕事の方と、動物大乱闘の答えを同時に答える。


「あなたに私達以外の友人がいると思えないけど?」


フランは小馬鹿にしながら笑う。


「バカにしすぎだな。こういうのはエリオットが好きだったと話していた気がする」


「それは誰なの?」


フランの大きな目が細められる。


「・・・清掃員だ」


「ふーん・・・でも清掃係の名前はガブリエルよ」


フーベルトは依然として無表情だ。


「・・・エリオットは愛称さ。仲間内ではそう呼んでる」


「・・ならいいけど」

 

フーベルトは早足に家を出てしまった。

フランは一瞬マイクのことを考えるが心配ないと思い、目の前の小さな背中へついていくことにした。





「脳検査はシロ、脳に異常は見られない」


マイクがレポートの紙を配りながら言う。

その紙には正常な形をしたレイの脳の輪郭が描写されていた。


「となると、最後に残る選択肢は付加系か」


フーベルトが残った可能性について言及する。


「誰?」


フランが静かに言った。


「まずは両親だろ」


「でも彼らが被害を受けているわ、それに動揺もしている」


「だからといっても可能性はある。表面上で判断するのは危険だ」


フーベルトが少し低い声で言った。

親が子を必ず愛しているとは限らない。そういう例を複数知っているからだ。

そして愛情は人を最も欺きやすい魔法でもある。


「両親から始めよう、そこから近所、学校と広げていこう」


マイクの言葉に二人が頷き、部屋を出る、

主人のいない部屋は寂しさを残すばかりだった。





マイクは正面の椅子に二人の男女に声をかけた。


「あなたたちが娘さんへ魔法を行使しているかどうかを検査します」


レイの母親は一瞬、訳がわからないという顔をしたが次には眉を寄せていった。


「わ、私たちが?」


「疑問に思うのは無理もないですが、無意識の内にということもあるんです」 


マイクが母親をフォローする。

それを聞いた母親は父親に目を合わせ、小さくだが頷いた。


「ではまずあなたから」   


レイのは母親を別室へと移動させる。


そして専用の椅子へと座らせ、検査を開始する。


「あなたは娘さんに夜、大人しくしてほしいと願ったことはありますか?」


母親は少し笑いながら言った。


「数えきれないぐらいあるわ、あなたも子供を持てばわかるわ。レイが小さい頃はいつも戦場だったわ」


その言葉にマイクも少し笑う。


「父親の方はどうです?」


「・・多分あるわ、あの人は夜寝られないことが最もストレスを感じるから」


少しの沈黙の後、答える。

マイクは次の問いへと移る。


「あなたは夜に関して何か、心的外傷、つまりトラウマを持っていますか?」


母親はわずかに体を固くした。


「・・・それが、関係あるの?」


「断定はできませんが、無関係ではないと思っています」


マイクが静かに続ける。


「恐怖や願いは時として、多大な影響を魔法へともたらす。それが本人の無意識化であっても」


母親は視線を落とし、肩の力をつくように話し始めた。


「夫には言わないでね」


マイクは黙って頷く。



「はっきり言うわ、私は夜が怖いの」

 

「夜になると嫌でも昔を思い出す。克服しようとしたこともあったけど無理だったわ」


彼女の手は小刻みに震えている。


「夜になり、ベッドに入るとどこからともなく足音が聞こえる」


「それが落ち着いたと思ったら母親の悲鳴に、怒号、家具の倒れる音。最後には私の部屋のドアが開く音がする」

 

「全く眠れないわ、あれからぐっすり眠れたことがない」


「もし娘を隠しているのが私自身だったのならなんて弱い女なの。架空の恐怖心から守るべき子供を蔑ろにするなんて」


言葉が途切れる。

マイクは母親へ言葉をかける。


「いや、あなたは強い人だ。恐怖心と共に生き、子供だけでも守ろうとする。それは母親のあるべき姿なのだと思う」


マイクが心配そうなレイの母親へ安心させるように答える。


「心の中の影が形になるのが魔法です。そしてそれから被害を食い止めるのが私たちの役目」


検査は終わり、結果は時間の経過待ち。

マイクはそんな母親の姿を見て、テストに関係なくできるだけ早く解決をすることを密かに決めたのだった。





魔法協会の奥の部屋、アイクのオフィスに部下三人が集まっている。

テーブルには山のような報告書と、落書きのようなメモの束。

マイクが独り言のように口を開く。


「両親共に陰性、近所、レイと近しいあらかたの同級生も検査したが、真犯人は出てこなかった」


「・・・・」


「ほとんどお手上げ状態だ」


マイクが呟くように続ける。

その声に反応したのは何度目かわからないぐらいに資料を読み直しているフーベルトだった。


「可能性がありすぎる。旅行先や、無差別テロを疑ってたら際限なく溢れる」


フランがようやく口を開く。


「以前のアイクの異常さが際立つわ」


全員がこの協会へ来た当時の記憶を掘り起こす。

アイクがほとんど一人で解決してしまった事件だ。


「だが今回は症状が出てるのは一人で、たまたま見た記事が参考になることは無いだろうな」


沈黙が広がる。

それぞれが頭の中で可能性を検証している。

ここにアイクがいれば、という思考すら走る。


 


「隠している可能性はどうだ?」


フーベルトがこの空気を切り裂く。


「・・・なにを?」


「レイとの関係をだ」


フランの質問にフーベルトが即答する。


「なぜ隠す?」


「周りにバレたくないからだ、あの年齢の子供は極端だ」


「だとしても何のために魔法を?」


「それは犯人に聞くしかない」


フーベルトは目を細める。


「検査するだけでは死にはしない」


マイクが立ち上がり、腕時計を見る。

まだ今夜には間に合いそうだ。


「まずは恋愛からだ」


レイの部屋へと急ぐ



 


「今日の対戦はどちらが勝つと思う?」


軽い口調でマイクが尋ねる。


「いい勝負かもしれないけどらやっぱり百獣の王には敵わないと思うわ」


レイは答える。その声には自信があるようで、少しの迷いも見せなかった。


「よくわかってるな」


小さく笑い、レイの頭を柔らかく撫でる。

そして姿勢を正し、彼女へ視線を合わせる。


「レイ、大事なことを聞く。君に恋人はいるかい?」


レイは驚く表情は見せずに、ただ静かに返す。


「もう言ったでしょ、いないわ」


「・・・これは個人的な質問じゃない。君の身にも関係することなんだ」


彼女は一拍置き、口を噤んだ。

彼女はまだ10歳だ。死などの想像をするのは難しくない。


「いないものは出せないの」


だが、レイは頑なだった。

マイクは目を細め、諭すように言う。


「・・・レイ、君はまだ知らないかもしれないが人は嘘をつくと左の脳を使うとされている。そして左脳は瞼の筋肉の運動機能も司っている」


レイが咄嗟に瞼を確認する。


「君の瞼は嘘をついていると教えてくれている」


彼女の表情が不安定になり、揺らぎ始める。

アイクが構うことなく続ける。


「教えてくれ、もちろんその子に迷惑はかけないし、他言をするつもりはない。そして嘘を責めたりもしない」


「本当に?」


恐る恐るレイが聞く。

マイクは彼女の顔を真正面から見つめ、頷く。


「誓うよ、嘘はつかない」


レイが秘密の恋人について話し始める。





「薄っぺらだな」


マイクは半分眠りながら缶コーヒーを口している。

夜明け前の空気はひどく静かだ。

隣にはレイがスヤスヤと眠っている。


「なにがだ?」


いきなり後ろから声がする。

だが、マイクは匂いでここにフーベルトが入ってきたことはわかっていた。

マイクは気にせず続ける。


「10歳の少女を口先で騙したにも関わらず、次にその口から出たのは嘘はつかないと言う誓いだ。詐欺師の方が向いてるかもな」


マイクはフーベルトの方を見ずに、呟く。

一時の沈黙が訪れる。


「・・・だが、お前は要領が悪いからすぐに捕まりそうだ。過去の空き巣で前科がついていないのが怪しい」


フーベルトは声に少し笑いを含ませながら言った。

マイクは何年か前にした自身の軽犯罪について思い出す。



「あの時はまだ若かったんだ、・・何しにきた?」


マイクは自分と雑談するためにフーベルトがわざわざここにきたとは思えなかった。

フーベルトはレイの方を見る。


「見守りさ、隠れた恋人が犯人なら今日で徹夜も終わりだしな」


あの後、レイの話を聞いたマイクは学校へ行き、適当に話をつけ、恋人と会い処方した。

それで正しければ今回の事件はこれで終わり、レイも消えることはなくなる。


「フランは?」


フーベルトと一緒にいないことを疑問に思ったマイクが尋ねる。


「研究室にいる、呼ぶか?」


マイクは首を振り、天井の方へと目を向ける。


「・・・向いていないのかもな」


これは完全に独り言だった。

もともと口に出すつもりはなかったが、心から溢れてしまった一言だった。

フーベルトはその言葉を聞き、無表情で口にする。


「俺はお前が自分に対して何を思うかを変えられるほどの関係性はない」


マイクが顔を上げると、フーベルトは隣の椅子に腰掛ける。慣れない態度だったが、真剣だった。


「だが、俺から見たお前の姿を伝えるぐらいの関係性はあると思っている」


フーベルトはレイの方を見ながら続ける。


「お前は要領が悪く、半分犯罪者で、肝が据わっていない」


マイクの顔が少し曇る。


「だが、お前はリアリストだ」


「褒めてるのか?」


「半分な。自分の力を過信せず、やれることだけやり切り、目的のためなら泥を被ることができる。これは誰にでもできることじゃない」


マイクは缶コーヒーを指の上で回しながら聞く。


「フランならレイに嘘をつき、恋人を見つけることはできなかたったし、俺ならそもそも被害者と話すことすらしなかっただろう」


「俺の予想で勝手に話すが、お前が今悩んでいるのは俺たちとの差だと思っている。確かに、俺とお前では天と地ぐらいの実力の差があるし、前の喧嘩も俺の奥の手を出す前にフランがきたからドローだった」


その言い方に、マイクが口角を上げる。


「お前はチームの中で役割がないと思っているかもしれないが、フランの理想と俺の論理をそれを統合し、妥協案を出す。そしてそれを現実に落とし込むのは現実主義者のお前以外にいないんじゃないのか?」


フーベルトの本当の目的のために続ける。


「だから、今夜・・」


その言葉をマイクが遮る。


「待て」


彼の視線はレイから離れない。

それに釣られてフーベルトレイの方を見る。


「俺たちのテストはまだ終わらないらしい」

時刻は0時を回り、再びレイが消える。





「1週間が経つな」


マイクが静かに言った。


「そろそろ焦ったほうがいいわ」


レイは死ぬような危険には晒されていないものの、それは今だけの可能性もある。


「だが、やれることは全部やったはずだ」


フランの声にフーベルトが反応する。

どの系統の魔法かを予想し、認証し、確定した。

なのに後一歩が足らない。 


「・・・アイクを呼ぶか?」


消えるような声でマイクがそう言う。

二人の反応は芳しくない。


「・・・本当に呼ぶ必要があるのか?」


フーベルトは心底嫌そうな顔をする。

一方でフランは諦めたように呟く。


「限界ね、これ以上はボスの手が必要だわ」


「だが、アイクを呼ぶのは無能だと自分で証明することなるんだぞ」


「じゃあ、明日にでもレイが危険状態になったら責任は取れる?そもそもステイはアイクに連絡すること自体を評価の中に入れている可能性だってある」


フランとフーベルトが言い争う。

マイク自身はアイクを呼ぶ方へ気持ちは傾いているのだが、


「早くしないとアイクが帰ってくるわね」


彼らの言い争いを止めた声は、ドアから入ってきたステイ本人だった。

今の話も聞かれていたのだろうか。


「リミットは?」


フーベルトが素直に聞く。


「明日よ。アイクは元々、今日の夜帰ってくる予定だったのだけど、ストライキにあって1日遅れるらしいわ」


「ストライキ?」


フランが聞き返す。


「ええ、それも午前中だけらしいのだけど」


ステイがアイクの置かれている状況を説明する。


つまりタイムリミットは明日まで延ばされたということだ。

その間で考え付かなければいけない。



誰がレイを消しているのか。


マイクはアイクが今日帰ってこなかったことに少し安心する。

こんな醜態で何を言われるかわかったものではないからだ。

この時期に午前中だけのストライキとは運輸ギルドも・・・



午前中だけ。


マイクの頭に一つの可能性が唐突に浮かぶ。

マイクは閃いた考えを確かめるため、何も言わずに部屋を出る。

フランとフーベルトも困惑しながらも後をついていく。


それを見たステイは、少し笑いながら言った。


「ヒントをあげたのかしら」





アイクの部下の三人はあれから一度解散し、深夜に再度レイの部屋へと集合していた。


「何かわかったのか?」


フーベルトがマイクへと聞く。


「もうすぐだ、見ていてくれ」


そんなマイクの視線はレイの方と時計を行き来している。


フーベルトの腕の時計で0時を回る。

シンデレラが消える時間だ。


「・・消え・・・ない、いるな」


だが、そこにはどこも変わらないレイの姿があった。

気持ちよさそうに寝ている。


「誰だったの?」


驚く中で、フランが答えを出したマイクへと尋ねる。


「母親だった」


マイクはひっきりとした声で言う。


「検査を一度やったのでは?」


「日中にな」


マイクは再びレイへと視線を向ける。


「この魔法は常時発動状態の魔法じゃない。だがら母親への検査は正常で、夜にしか効果が現れない」


マイクは説明するように続ける。


「刻まれた術式は夜にしか起動せず、日中は眠ったまま。浮き出ない術式に検査は反応せず、偽陰性が出る」


「でもなぜ母親が?」


フランが動機について聞く。


「彼女は過去に父親から虐待に遭っていた。夜が来ることにトラウマを持っている」


「だが結婚し、子供を持っていることから強姦じゃない。おそらく暴力だ」


マイクがレイの母親の真実を告げる。


「強いレイの母親は、仮想の過去の父親が来ていた夜に、娘だけでも守るため隠した。透明化でもなければ錯視でもない、おそらく認識阻害だ。だから脳でそれをそうと認識はできず、触れても感覚はない」


マイクはレイの小さな頭へ手を乗せる。


「これからはレイの顔を夜にも見ることができるようになる」





1週間ぶりに自分のオフィスへ帰ってきたアイクは、誰もいなくなった部屋を静かに見ていた。


「最後には、あなたに泣きつくと思ったわ」


そこへ背後からステイが声をかける。


「あいつらは優秀さ」


アイクはすでに報告書へと目を通しており、何が起こっていたのかを理解している。


「そっちは楽しかった?」


ステイが少し笑いながら聞く。


「まあ・・・それなりにだ」


「本当に?」

 

アイクの言葉を聞き、すぐにステイが真顔になる。


「・・なぜ疑う?」


「あなたがそんなこと言うのは珍しいからよ」


アイクはため息をつき、ステイの方へと振り返る。


「いい料理が出ただけさ」


ステイはアイクから目を離さない。

それに反して、アイクは彼女の方を見ようともしない。


だが諦めたのか、納得したのか部屋を出ようとする。

そこへアイクが声をかける。


「次はゴメンだぞ」


ステイはそれを耳だけで聞き、事の真相を確かめるためワシントンの部屋への向かうのだった。






マイクがいる更衣室へとフーベルトが入ってくる。

彼はマイクと視線を合わせる。


「マイク、これから・・・」


「君が言った通り俺と君らでは実力に差があることはわかっている」


そんなフーベルトの声かけをマイクが遮る。

もちろん、わざとではないが言っておきたかったからだ。


フーベルトは一度話すことを止め、耳を傾ける。

その気遣いをありがたく受け取り、マイクは続ける。


「だから並ぶためにする努力は惜しまないことにした。俺は追いかけるのが好きだからな」


フーベルトは何も言わない。


「だが、今日は一歩俺の勝ちだ」


マイクの表情に笑みが混ざる。


「つまり今日はチートデイだ」


フーベルトもその言葉の意味を理解し、笑う。

そしてフーベルトもすぐに着替え始める。

一緒に百獣の王を観に行くために。


そうして、マイクとフーベルトは拳と拳を合わせてから、一緒に更衣室を出るのだった。








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