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天才



時間が足りない。

私の望みを叶えるには、いつも時間というピースが欠けている。


人が持っている時間は長くて70年がいいところだ。

それも睡眠時間で三分の一は減ってしまうだろう。

そんな短い時間の中で何ができるというのだろうか。


時間は有限、うまく使っていかないといけない。

そんな世間と対象的に周りの人たちは、のんびりと何に焦ることもなく、決まりの時間に研究へと入り、決まった時間になると挨拶だけをして帰る。


なぜそんなことができるのだろう?

私も彼らもここに配属される時に目指していたのは誰よりも進んだ研究をして、有名になるということだった。


ならなぜ家に帰る必要がある?

研究室よりも家の方が集中できるのだろうか、家の方が進捗の進み具合がいいとでもいうのだろうか。


わからない。

口では時間がないと言いながら、その貴重な時間を家でくつろぎ、ソファで寝ることで浪費している。



だが、理解できないと言って敵対することはない。

私はその段階からはもう成長したように思う。


自分とは違う存在を認識し、頭の中にある普通という枠組みの中へと入れる。

そうすると不思議と、不快感はなくなり、情が湧き始める。



だがそれができるようになるまでの人生はどん底だった。

自分とは全くの異なる考え方をした異質の敵に囲まれていた。


頭がおかしくなりそうだった。


だが、違うのは周りではなく私の方だったのだ。


それを理解するのに大切な時間を無駄にしてしまった。

その点でいえば周りの人間と私はあまり変わらないと言えるだろう。



そんな私も今は研究室にある仮眠室で眠りについている。

もちろんこれは惰眠ではない。

経験則、そして数値上で私は最低4時間以上の睡眠時間を取らないとパフォーマンスが著しく落ちる。


今の時刻は午前11時だ。

つまり私は午前7時から眠り始めた。

私はいつものように顔を洗い、少しベッドを整えてから研究室へと入る。

適度な灯りと、最適な気温を感じるその部屋にはさまざまな種族の者たちが存在している。


「おっはー」


目の前にいる、狼人のハーリィーが俺に話しかけてくる。

この男は私とは全く違う分野を研究している。


初めはそのことすらも心底バカにしていたのだが、人への考え方が変わるに連れて、違う見方も出てくる。

今では私の大切な友人の一人だ。


その挨拶に手で返事をし、直前まで進んでいた研究へと向き直る。

前回はキリのいいところまで行く前に時間が来てしまったので切り上げたが、今回で第三段階まで修了させたい。


「昨日も遅くまでやってたのか?」


そう聞いてくるのは私の隣のデスクの森人族のケインだ。

こいつは話す内容は薄っぺらだが、それは心の逆説でもあることに気づいている。

ケインは人と話していないと、孤独感を味わい、大衆から逸れていると感じてしまうのだ。

だがら誰とでも話をするし、いつも輪の中心にいようとする。


「デッドラインも近いしな」


そう私は返事をする。

顔こそ彼に向けないが、向ける必要性もないぐらいに親密ではあるのだ。


そういえば以前研究仲間のロイスに言われたおすすめの器具を使って、思いの外に気に入ったことを言わないといけない。

こんな感じのことは言ったほうが得だと、何かに書いてあった。


そう思いロイスのことを呼ぼうとしたが、急に喉へと力が入らなくなった。


異変に思い、もう一度力を入れるが今度は掠れた息遣いしか出てこずに、だんだんと呼吸が苦しくなっていった。



まずい。

息がしにくい

喉が閉じていくようだ。

何かの本で読み、読んだ知識は忘れない。

こう言う場合は挿管しないといけないのだったか。


呼吸が完全に止まる前に、ほとんど感覚で声帯を意識しその周辺へと手持ちのナイフを突き刺す、そしてそこへ大きさがちょうど良さそうなチューブを半分に切り、喉へと挿管する。

そしてそのまま横へと倒れ、呼吸をしやすい体勢をとる。


周りが騒つき始めるが、私は手で大丈夫だと静止する。


しかし私が思ってた通りには行かずに、酸素が肺を巡らない。

 

なぜだ。

そんな疑問がよぎるが、考えられる原因は一つしかない。

喉を開通させ、口も問題がないのなら、つまりは肺だ。


私の視界がチカチカとし始め、答えを出した時にはもう遅かった。


私はそのまま酸素不足で気を失ってしまった。





「仕事です」


そう言いながらオフィスへと入ってきたのはフランだった。

彼女の手には事件の資料が握られている。


「今はダメだ」


そう言ったのはこのオフィスの主であるアイクだ。

彼の目の前には一つの特徴的な椅子がある。


「被害者は男性、呼吸困難を起こしました」


「・・医者ごっこをしたいなら俺は必要ない」


その椅子へ何か仕掛けをしているアイクがフランに言う。

だが、フランはそれを無視して続ける。


「名前はロッペン、一部業界では天才と言われています」


「俺も天才と言われ、よく呼吸不全になったが寝たら治ってた」


アイクはフランの話をまともに聞かない。

だが、どうせこの資料を手に取るだろうと確信している彼女は気にすることなく続ける。


「先生のように脳が溶けています」


その言葉を聞いた瞬間、資料を一瞬の間に取り、中身へと目を通す。


「おい」


アイクが興味を持ったことを確認し、チームを集めるため、部屋から出ようとしたフランを呼び止める。

突っぱねられる可能性を考慮して恐る恐る振り返る。


「この椅子はフーベルトに座らせろ」


そう言って椅子を軽く投げる。

フランはそれを両手で受け止め、ため息を吐きながらその椅子を外の廊下へと置いた。





「脳がドロドロだ」


資料を全員に配りながら、魔法で撮った写真を見せる。

そこには脳の輪郭が浮き出ており、その一部分が液体化しているのがわかる。


「何をすればこんなことに?」


少しビビりながらマイクが言う。

通常では考えられない症状に驚いているようだった。


「お前も見たことがあるはずだ、あの時はこの写真を用意するは必要すらなかったが」


アイクが忘れてしまったマイクへと思い出すように促す。

マイクは頭の中を意識的に探る。


「・・カイトの母親ですか」


アイクがビンゴと言うように指を鳴らす。



彼らはこの症状を見るのは初めてではない。

マイク自身もそのことを簡単に忘れるような男ではないが、その事件の後に起こったゴタゴタがマイクから印象を薄れさせた。


「ではなぜ彼女とこいつ、ロッペンの間に違いがあるんだ?彼女は脳がほとんど無くなってから症状が出た。彼は症状が出てる割にはまだマシだ」


そう言ったのは未だ部屋へ入る権利を持たない特徴的な椅子に座っているフーベルトだった。

フランが彼の椅子をじっと目詰める。


「・・フラン、フーベルトの椅子が気になるのはいいが集中しろ」


そんなアイクの言葉にフーベルトがフランの顔を見て、すぐさま椅子から離れる。

もちろん、何も起こらない。

だが、フーベルトが再び椅子に座り直すことはなかった。


「・・単純に損傷箇所だと思うわ、こればっかりは正確にはわからないけれど。彼女の方もあそこまでの状態になる前に症状は出てたはずよ、睡眠障害とか。ロッペンはたまたま最初の症状が肺に出ただけ」


フーベルトの答えにフランが回答する。


「いい調子だぞ、そのまま俺の椅子に何が仕掛けられていたのか答えろ」


フーベルトがさっきまで座っていた椅子を見ながら問いかける。


「やめてやれ、彼女のささやかな嫌がらせも成就せずに終わったんだから」


アイクが完全に責任をフランになすりつける。フランが反論しようとするがアイクが無視して続ける。


「こいつらに差がある原因はフランの線でもいいが、魔力機能の差もあるはずだ。ロッペンは日常的以上に魔法を行使する。それだとロッペンの方が深刻化しそうなもんだが、魔力は人間の進化で得た機能だ。それなりの耐性がつくこともある」


アイクがフランの補足そして新たな仮説を立てる。


「・・ではどうしますか?」


マイクが何から始めたらいいかわからないと疑問に思う。


「その天才の脳の減少を止めよう。彼自身は発動中の魔法はないと言い張っているらしいからな」







「だから何もないって」


そう落ち着いた声で言っているのは病室に寝かされたロッペンだ。

今の彼は呼吸も問題なく、元気そのものに見える。


「嘘だとは思ってません、無意識下でということもあるんです」


その隣にいるのはフランだ。

前にはマイク、離れたところにポケットに手を入れたフーベルトがいる。


「ならどうしようもない。早く返してくれ、締め切りに間に合わなくなる」


「命が1番です」


焦り始めるロッペンをマイクがそう言って宥める。


「時間がないんだ、1秒も無駄にはできない」


だがマイクの言葉をロッペンは聞く気がない。


「時間がないって言うのは、もう死ぬからか?」


その声にフランは驚いた。

いつもは人と話すのは最低限で、会話を一方的に終わらせることの多いフーベルトの声だったからだ。


「ふん、そんな予定はない。だがら貴重な時間を削ってでもここにきたんだ。なのに原因不明で、分かるまで帰れない?私の判断が間違いだった」


半ば呆れたように言うロッペンにフーベルトは表情を変えない。


「なぜだ?原因がわかれば長生きができる。たった一度くらい論文の提出なんて諦めてもいいだろ」


ロッペンが言い返す。


「たった一度?確かにたかが一回だが、されど一回だ。一度それを逃せば、今までやってきたこと、そして計画していたことが全て先送りになる。そして予定が押されて、どんどんと後回しになり、結局その負債を完済できずに終わる」


フーベルトの顔に嘲笑が入る。


「なら同僚と過ごす時間は必要な時間なのか。天才と聞いていたが、これじゃあ切羽詰まった努力する凡人ってのがまだ当てはまるな」


ロッペンも顔に笑みを浮かべる。


「天才っていうのはそういう者のことを表すのかもしれないぞ、世俗嫌いの神童くん」


天才のことは否定せずにフーベルトの方を見ながら言う。


「ここへ研究資料を持って来させてほしい。それなら文句はないだろう?」


フランとマイクが同時に頷く。


「フランの魔法を当ててみろ。魔法が止まることはないだろうが、ヒントは増えるかもしれない」


フーベルトはそう言って最後まで尻ポケットに入れた手をモゾモゾしながら部屋を出て行った。





「話がある」


「・・なんのようだ?」

 


ここはワシントンのオフィスだ。

静かにひっそりと暮らしていた彼の平穏を邪魔するのはいつもの侵略者であるアイクだった。


「だがら、話があるんだ」


「今・・・しなければいけないことか?」


ワシントンの周りは膨大な資料で囲まれ、さらに机に収まり切らずに、床に直接置いているものもある。


それをあえて踏むようにしてワシントンへと近づく。


「至急案件だ」


「・・・なら聞こう」


手元の資料から目を外し、アイクの方を見る。


「フーベルトへの仕置きはまだだって言う話はしていたな?」


「・・そうだな、・・何かしたのか?」


真剣な表情なアイクをワシントンは変に思う。


「お前に以前もらった虫を使った。そうしたらどうなったと思う?」


表情が段々と歪んでいき、笑み一色になる。

その表情と今日、ワシントンが直接見たフーベルトの姿を思い出す。


「だ、大スキャンダルだ。噂の神童はケツをあまり洗わないらしい」


途切れ途切れの言葉だったが最後にはアイクが腹を抱えて笑い出した。

それに釣られてワシントンも少しずつ息が漏れる。



アイクがフーベルトにしたのは虫を寄生させることだった。


だがそれは普通の虫ではなく、ワシントンが飼っていた、人の垢が大好きな虫だ。

その虫は体の最も垢の溜まっている部分へ卵を産み、悪性のものだけを食べ始める。 

人体に害はないがその食べられている最中はとてつもない痒みが起こり、それが耐えられなく皮膚を破れるまで掻く者もいる。


アイクはその虫をフーベルトの椅子の座面はではなく手すりの方にくっつけ、それに触れたフーベルトは皮膚の上から寄生され、彼の1番不潔な部分であろう尻を痒がらせている。

タチが悪いのはその虫は肉眼では見えないことだった。


「おい、あんまり馬鹿にしてやるな(笑)あいつはケツを拭くのが苦手なんだ」


アイクとワシントンは笑いが止まらなくなる。

ワシントンは机にうつ伏せになり、アイクは床に転がりまわっている。


協会の建物に彼らの笑い声が響き渡る。

ワシントンはこれほどまでのアイクの笑顔を見るのはどれほど久しぶりかと考える。


だが、そういえばステイの恋愛事情を泥沼化させた時もこんな顔をしていたし、そんな珍しい物でもなかったと我に帰った。


アイクが収まらない笑い声を響かせながら言う。


「・・一本いるか」


ワシントンは頷く。


「・・もらおう」


そう言ってワシントンは一本もらい、アイクは自分の煙草に魔法で火をつけようとする。


その瞬間だった。


彼の煙草は火がついた瞬間に真っ白な光に包まれ、大爆発した。

書類だらけのワシントンの部屋は火の海と化した。





「お前は俺を殺す気なのか!?」


叫ぶように、いや、叫びながらオフィスの外にいるフーベルトへと詰め寄る。


「これでイーブンだ」


フーベルトが今度は腕を前に組み椅子へ堂々と座りながら答える。


「イーブン?俺の尻への可愛いイタズラと、お前の爆発による暗殺未遂を平等に扱う気か!?」


二人が睨み合う。


「もういいですか?症状の増加を狙った私の魔法も成果なし。変わるところはなしです」


アイクがフランの方を向く。


「俺の煙草の隠し場所を知っているのは一人だけだったよな」


フランの表情は変わることはない。


「・・・あの時大人しく従ったと思ったらそういうことか。たが、俺たちは痛み分けなんて言葉は知らない。どっちかが折れるまでこの聖戦は続く」


マイクが慌てて介入する。


「今はロッペンの話をしましょう。フランの魔法と言っても何をしたんですか?」


尻を無理やり火で炙り、虫を焼き尽くしたフーベルトが口を開く。


「以前の俺とお前の喧嘩の時、こいつが結界に入ってきてから魔法の出力が著しく落ちただろう?おそらくこいつの魔法は魔法無効化なんてたいそうなものではなく、いいとこで魔法弱体化だろう。それも出力だけ妨害するから魔力関係の今回では役に立たない。」


フランが不機嫌ながら答える。


「それは悪うございましたね。・・わたしの魔法で何も出なかったと言うことは症状は表には現れないタイプなのかも」


アイクが考え、答える。


「・・いや、対象が自分じゃない可能性もある。他人に影響をもたらす魔法、付加系の検査をしろ」


「ですが、2回しかできない検査をここで使うんですか?」


人が発動している魔法系統を調べる検査は一人当たりの回数が決まっている。

それは政府が決めたものではあるが、彼らの利権のためではなく医学的な理由がある。


この検査では脳の一部を摘出しなければならず、回数を重ねればそれだけ脳への負担が大きくなるからだ。


そして人がこの検査に耐えられるのは2回だけであると歴史が証明しており、それ以上をやろうものなら脳が耐えられず、自分の涎を拭くことすらも難しくなる。


「・・・外れてたらの話だ、そもそも外れたとしても後一回残っている」


だが、アイクはやるつもりだ。

部下たちは何も言わず、検査をするためにオフィスから出ていく。





「次は何をするんだ?」


ロッペンが資料へスラスラと書き澱むことなく腕を動かす。


「頭の中の組織を切り取ります。それであなたが他人に魔法をかけていないかが分かる」


隣に立っているマイクが説明する。


「・・大丈夫なのか、俺の頭は溶けているんだろう」


ロッペンが自分の頭を指でトントンとながら言う。


「その大部分は主におそらくだが脳幹、魔力機関は視床下部にあるから問題はない。1週間ほどの気持ち悪さはあるだろうが、いずれ回復するから気にするな」


ドア近くに立っていたフーベルトが詳しく説明する。


「不思議なものだな、その機関とやらは視床下部に存在するのに支障をきたしているのは別部分とは」


不思議に思い、そして面白そうに尋ねる。


「・・脳幹と視床下部は近い位置にあるし、全くの別物でもない。だが症状が出る奴らはみんなバラバラだ、ある奴は自分の名前すら覚えられなくなり、ある奴は急に足が動かなくなる、その点で言うとお前はまだ軽傷と言える」


その言葉にロッペンは少し笑う。


「その年齢でその知識量、絶えない向上心に、加えるならその性格か」


フーベルトが言葉の意味がわからず聞く。


「なんの話だ」


「キミの話だ、そして私と同じように足踏みを嫌う」


ロッペンがフーベルトのことを見つめる。

フーベルトは否定しようとしたが、言葉が浮かんでこない。


「だが、一緒にしてくれるな。私は社交性を持つことを無駄と切り捨てたりはしない。そして傷つけられるのを恐れて、人と親密になることを辞めたりもしない」


ロッペンはフーベルトから目を離さない。


「今日の20時に生検開始だ」

 

この空気感を嫌ったフーベルトはなんの反論もせずにそれだけ言って部屋を出て行った。





アイクは懐から銀箱を取り出し、その中に入っていた十数本の煙草を水に濡らしてから捨てた。


そして緊急事態用で保存しておいた、ゴミ箱の二重底から煙草を数本取り出した。

そしてその一本に火をつけ、爆発しなかったことを確認してから一口吸った。



「で、いったいなぜ原因もなく火事が起こると言うの?」


目の前にいるのはワシントンの部屋がなぜ炎上したのかを解明しようしているステイだった。


「知らん、俺はたまたまそこにいた被害者だ」


しらばっくれるアイクにステイが詰め寄る。


「残念だったわね、ワシントンからはあんたが資料も何もかも燃やしたと言っているのよ」


アイクはワシントンの顔を浮かべながら舌打ちをする。


「・・そりゃないだろ?俺はあいつに勧められて、たまたまガスの充満している部屋で火をつけただけなんだ、まさかそれがあいつが事務作業から逃れるための罠だったなんて気づかないだろ?」


ステイがアイクの方を見る。


「あなたなら気づけたはずよ」


「親友のことを疑って?」


「・・・ワシントンと話してくるわ」


そう言ってステイは部屋から出て行った。


「でもあなたにも、2週間の資料処理をやってもらうわよ」


これからどうすべきかと考えている時に、ステイが顔だけをドアから出して現れ、罰を言い渡して去って行った。


それに入れ違いで検査を終えたフランが入ってくる。


「・・・付加系ではありませんでした」


フランが検査結果を渡す。


「フーベルトのような迷惑を撒き散らす系の天才ではなかったか。・・・オフィスに全員集めろ、整理しよう」


アイクがチームへ号令をかける。






「さて、意見を出せ」


アイクが煙草をフーベルトと目の前で見せびらかせる様に吸う。


「付加系は除外されるから、残りは放出系、操作系、妨害系、反発系、最後に特殊系ですね」


フランが魔法系統の残されている可能性を言う。


「そしてフランの魔法も効き目がない。つまりその中でも体にあまり影響がない魔法に絞られる」


フーベルトがその煙を手で振り払いながら言う。


「同僚の話は?」


アイクがロッペンの研究室へ情報を聞きに行ったであろうマイクへと話を振る。


「わからない、と。意識を失う直前、そして最近特段に変わったことはないとのことです。そこの所長は子供の頃からロッペンのことを知っているらしいのですが少し社交性がついた以外では昔から変わらないと」


マイクが得た情報を性格に伝える。


「だが、他の方法では脳があんな状態になることはない。間違いなく魔法が関係している」


それを言ったアイクは確信めいている様子だった。


「ロッペン本人も今は元気で、早く退院させてくれと言っています」


議論が発展することはなく部屋に沈黙が訪れる。


だが、アイクがそんな空気を破る。


「元気だと?」


アイクの引っかかりに疑問を持ったフランが繰り返す。


「?・・はい、今では肺も正常に回復し、脳に損傷があるのが不思議なぐらい」


今日見たロッペンの様子を伝える。


「おかしいだろ、なぜ症状が止まる?」


アイクはロッペンが元気になったこと自体に疑問を持った。


「もう魔法が解けた?」


フランが考えられる可能性を挙げる。


「俺たちは何もしていない」


アイクが反論する。


「フランの魔法が聞いたのかも」


「いや、あいつは魔法を受ける前から本調子のようだった」


ロッペンを観察していたフーベルトがマイクの意見を否定する。


「今は何をしてる?」


「さあ、仕事か、それとも同僚と雑談でしょう」


再び部屋に沈黙が行き渡る。



「・・・原因無くして結果は出ない。この因果律はたとえ魔法であったとしても崩すことはできない、それはこの世界の絶対原理だ。・・職場と住居を探れ、同僚の発言も全て裏をとるんだ」


アイクは部下たちに指示を出す。


それを聞いたフーベルトとマイクが部屋を出ていく。

だが、フランだけは動かなかった。


「それではなんの解決にもなりません」


納得していないとフランが言う。


「ならお前が、ロッペンを自分の唾も飲めないような廃人にするか?」


アイクの言葉に黙らされ、反論できない。


「早くいけ」


フランは何を言うこともなくアイクに従うしかなかった。





「まだ退院はできないのか?」


ロッペンが少し不機嫌になりながら言う。


「原因がわからないからな」


返事をしたのはフーベルトだった。


「病院がそうと?」


「いや、権限はすでに俺たちに委ねられている」


だが次の瞬間には彼からその不機嫌さは無くなっており、いつもの穏やかな表情に戻っていた。

ここはロッペンの病室で、フーベルトと二人きりだ。


「答えが見つかるといいな」


大量な文字が書かれた紙に目を落としながらロッペンが言う。


「・・・一つ聞く、なぜお前は他人と関わりを持ち、親密になろうとしたんだ?」


フーベルトが教師に答えを聞く様に尋ねる。


「妙なことを聞くな」


その言葉でロッペンは彼を見て、首を傾げる。


「そうでもないだろう、人は弱く、脆い。その弱点を補うために群れるということを覚えた。なら群れる必要がないぐらいに個体値が高い者は群れる必要がないということだ。俺はお前もその一人だと思っているから疑問なんだ」


フーベルトは同じ様な生き方をしてきたほロッペンにどんな心の変化があったのかを知りたがっている。


「その過程は人の生理的観念からの視点が抜け落ちているが、先に質問に答えよう。答えは単純、知りたいからだ。彼が何をして、何を為し、何になるのか。彼女がどんなことに関心を持ち、何に影響されたのか。そしてそこから俺は何を得るのか」


フーベルトはまだ納得していない。

ロッペンは気にすることなく続ける。


「お前の言いたいことはわかる。かつては俺もそうだった。他人は重荷でしかなく、関わるだけ時間の無駄。自分の貴重な時間を消費してまで接する価値はない。そう思うのも無理はない」


ロッペンは昔を懐かしむ様な目をしながら上を向く。


「だがある時に気づく、己に限界があることに。どこまでいってもただ一人の人であるということに。もちろん、十人の凡人と一人の天才では天才に分があるだろう。だがそれが百や千にまでもなれば天才も群れる必要が出てくる」


フーベルトは何も言わない。


「今話したのは単純な弱肉強食、自然摂理の話だが俺が言いたいのはそこじゃない」


ロッペンは表情に少し笑みを持たせる。


「・・おもしろいじゃないか、俺と同じように生まれてきた人間が周りの環境によって全く違うような種族の生き方をする。寝る暇も惜しんで勉強するような奴もいれば、神に傾倒している奴もいる、ベジタリアンの奴もいるし、たった16年で魔法の専門家になるような奴も」


「そしてその原因を特定するには人と関わる以外にない。加えて人との接触とは不思議な物なんだ。双方に必ず変化をもたらす」


「それはマイナスの変化の場合もあればプラスの場合もある。それは本人次第であり、どうにでもなる問題なんだ」


「だがらフーベルト・・お前は・・」


「・・・どうした?」


フーベルトがロッペンの姿勢の悪さに気づき、近づく。


「・・ゴホッ・・・ゴホッ」


ロッペンが首を抑えながら苦しんでいるのを見て、部屋の外へと出る。


「・・誰か来てくれ!」


近くにいる看護師を呼び、フーベルトはまだ問題は残っていることを再確認した。





「再発した」


アイクが淡々と言う。


「魔法は解けてなかった」


現場にいたフーベルトが問題を共有する。


「住居も、職場も特段と変わったところはない。家具も一貫しているし、同僚たちの話もそれぞれ矛盾するところはありません」


マイクが調査結果を報告する。


「・・・ロッペンはいつから社交性が身についたんだ?」


アイクが独り言の様に言う。


「確か、一年ほど前からだと」


その言葉にフランが答える。


「そこだ」


アイクの言っていることが部下たちはあまり分っていない様だった。


「奴は人間関係を築くようになった。これは変化と言える」


アイクが正確に言い直す。


「誰しも心変わりぐらいはします」


フランはすぐに否定する。


「だが、奴は周りとは違う。天賦の才を与えられた人間だ。平凡な周りとは同じように考える方がおかしい」


アイクがほとんど結論付けた様に話す。


「だが、同じ種族だ」


アイクはフーベルトが反論してきたところに驚いた。


「・・ロッペンは他人というものに興味を抱いていたと言っていた。何も魔法でそうなったわけじゃない」


フーベルトが直前の出来事を思い出したながら続ける。


「魔法によって人に興味を抱き始めたんだ」


アイクがフーベルトの意見を否定する。


「つまり、人と接する時にのみ発動する魔法がロッペンの脳を溶かしていると?」


「そうなる」


アイクが言いたいことを明確に捉える。


「フラン、そしてマイクといる時は何も起きなかった」


フーベルトが反証しようとする。


「だがらそれを確認する」


アイクが再び部下たちに指示を出す。


「もう一度肺を停止させるんだ」







「調子は?」


病室に入ったのはマイクだった。

フレンドリーにロッペンへ話しかける。


「悪くない」


ロッペンはそれに何も言わずに返事をする。


「意識を失ったばかりなんだ、あまり無理をしてはいけない」


マイクが丁寧語ではなく、タメ語で話しかける。


「今が無理のしどころだ」


「それは、なんの研究?」


マイクが話の話題を変える。


「ああ、これは医療分野だ」


マイクが見ていた本を手に取り、読みやすい様に見せる。


「専門は医学?」


「いや、自然学だ。まあ医学は延長線上のようなものだ」


それを聞いてマイクは少し驚く。

だがすぐに切り替えて体勢を立て直す。


「仕事は楽しい?」


「満足はしている」


ロッペンは迷いなく答える。

それを聞いたマイクは時間を確認してから言う。


「行かなければいけない」


「ああ」


ロッペンは彼を特に引き止めることも、肺が停止することもなく仕事を続けた。





「今日は来客が多いな」


フーベルトが部屋へ入ったのを見て、資料から目を外す。


「容体を見に来たんだ」


フーベルトの表情は少し曇っている。


「それはいい、私と関わろうとしているのか?」


笑いながらロッペンがフーベルトをからかう。

フーベルトは何も言わない。


「だろうな、今はそれでいい」


満足した様な表情をロッペンはする。


「以前の続きだ」


フーベルトが話を広げる。


「なぜ俺が人と接するのを避けていると言ったんだ?」


「簡単なことさ、目を見たらわかる。同族だからな」


ロッペンは少し驚きながらも答え、続ける。


「私は孤児院で育った。管理人はバカだが良い人で他人と関わることもなくそれなりに幸せに暮らしていた。私が18になる頃、どこから嗅ぎつけたのか私の能力を金が買おうとする奴が現れた。もちろん拒んだ、その時にはもうその孤児院で働こうとしていたからな。私がいないとその孤児院はほとんど回らないぐらいに人手不足に資材不足、食糧不足でもあった。今考えると他に選択肢はなかったのだと思うが社会を知らなかった私は売った父親同然の男を一年以上も恨み続けたさ」


フーベルトは何も言わない。


「たが、そんな男もその大金をうまく使えずに死に、孤児院は国によって潰されそうになった。だがら私は今もこうして仕事をしている」


ロッペンは少し口を大きく動かしながら言う。


「もちろん、孤児院で得た物は私の人生を基礎になっている。だが、私はこの研究所で周りの奴らとバカやっている方が充実していた。異世界のような感覚さ。私の知らない世界がこんなにもあったなんてとな」


喉がだんだんとうまく動かせなくなっている。


「・・俺は幸せ・・・だったように思う・・・・・」


声も途切れ途切れだ。


「・・・・不思議な感覚なん・・だ、ここで死んでも・・」


ついには先程と全く同じ様に酸素不足でロッペンは気を失った。

フーベルトは観念したようにアイクからもらったボタンを押した。






「起きたか」


ロッペンが起きた横には特徴的な椅子に座っているフーベルトがいた。

ロッペンは部屋を見渡しながら言う。


「何時だ」


「朝の3時」


フーベルトが彼の質問に答える。


「よく寝たものだな」


忌々し気にそう言う。

予定がずれることが彼にとって1番避けたいことなのだろう。

そんなロッペンにフーベルトが言う。


「原因がわかった」


「・・そうか」


ロッペンはあまり興味がなさそうだった。


「気にならないのか?」


そのことをフーベルトが聞く。


「全くといえば嘘になるが、・・・いや、そうだな全くない」


「だが、俺には説明責任があるから勝手にやらせてもらう」


フーベルトが勝手に進める。


「あんたの脳には操作系の魔法がかけられている」


フーベルトが解明した原因を告げる。


「ほう」


彼が少し体を乗り出す。


「それは脳の一部分だけを活性化し、元々のあんたの性格を変えるまでに至った」


「・・・そうか」


そう呟いたロッペンは悲し気だった。


「あんたがマイクではなく俺の時に魔法が発動したのは、あんたが俺を親密な間柄だと判断したからだ」


残っている謎について説明していく。


「ならなぜ今は大丈夫なんだ」


当然の疑問にフーベルトが答える。


「魔法系統がわかればその解き方も決まっている。お前の体はもう綺麗さっぱりなはずだ。寿命は大幅に削られたがな」


「・・なるほど、なら俺は退院できるということか」


寿命のことには触れずに、ロッペンが聞く。


「・・魔力の供給は解除したが、まだ魔法は頭に残っている。もしかしたらお前は時間が経つと以前のお前に戻り、孤独の天才に戻る可能性もある」


「わかっている」


フーベルの考える可能性はもう認知しているとロッペンが言う。


「・・・怖くないのか?」


「なにが?」


フーベルトは心のままに口を開く。


「他人は以前とは違う目でお前のことを見るだろう。あいつは変わった、あんな奴じゃなかった、お前は別人になるんだ」


ロッペンはそんなフーベルトを正面から見て、説教をする様な表情で真面目に答える。


「・・フーベルト、好奇心を恐怖で抑えてはいけない。その感情こそが人間をここまで進化させてきたんだ。お前は個体としては完成し、次の段階へ行こうとしている。成長しろフーベルト。お前はもうその段階にいる」


フーベルトは何も言わない。

ロッペンは表情を器用に笑みへと変え、言う。


「これで納得がいかないならこう言い直そう、君は足踏みは嫌いなはずだろう?」


それを聞き、フーベルトは部屋を出た。





「無事に退院したそうだ」


フーベルトがフランのいる研究室へと入り、そう告げる。


「そう、よかったわね」


彼女は下を向きながら答えた。


「なぜ?」


フーベルトがフランの言動の意味を尋ねる。


「入れ込んでたでしょー?」


フーベルトはかつて言われたロッペンの言葉を頭の中で反芻する。

そして意を決して、未だこちらを見ないフランに話しかける。


「・・・フラン、・・・今夜、飯でもどうだ?」


フランはフーベルトの言葉を黙って聞いている。

目の前のことに集中している様だった。


「いや、あれだ・・最近ずっと帰ってないと思ってな」 


気まずくなったフーベルトがすぐに取り繕う様に言葉を出す。

その言葉を脳の片隅で理解したのか、フランが口を開く。


「帰ってないってことは忙しいってことなんじゃないの?」


フランのその言葉を理解したフーベルトはそのまま黙って研究室を出ようとする。

彼の頭にはロッペンの顔がチラつくが、頭から振り払いドアノブを少し捻る。

 



「和食がいいわ」



フーベルトは部屋を出る直前に言われたことに少し怒りが湧いたが、それを上回るくらいの嬉しさが脳を支配した。


「了解だ」



フーベルトは簡単に返事をし、表情に少しの笑みを含ませながら近くの和食の情報を探し始めるのだった。




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