思惑
「遅かったな」
魔法協会の誰でもなく、軍部のガーリングがそう言った。
マイクではなく、アイクが来ることを見越していたかのように。
「クソが長引いた」
そんな騙す気が一切ない嘘をガーリングは聞き流しながらも笑っていた。
「あいつもお前が許可したのか?」
ヴァアラが隣にいるザンブルクへと問う。
「流石にそこまではしない」
だが彼でさえもこれ以上ない悪評のあるアイクをここに呼ぶことはしないと否定する。
「だがら、俺は獣人のマイクだと言ってるだろ、ほら耳も尻尾もある。触っていいぞ」
そう言いながらアイクは自分の見るからに急造であろうことがわかるそれを見せた。
「議長、こんなこと許されるんか?」
たまらず軍のルーカスがアイクを見ながらそう叫ぶ。
「獣人差別はやめろ、俺も仲間に入りたいんだ」
おどけながらルーカスを煽るようにアイクが言う。
煽られたと感じ、アイクへと突っかかりにいくルーカスをガーリングが手で静止する。
それだけで怒り心頭だったルーカスは何事もなかったように座り直した。
会議室に奇妙な静寂が訪れる。
「俺の出席を認めるってことでいいのか?」
そんなアイクの言葉にヴィアラが落ち着いて言う。
「認めませんよ。あなたは獣人ではないし、Mr.マイクでもない。それで通ると思っているのですか?」
「だが誰も反証できない。俺が誰よりもマイクであることは知っているからな」
ワシントンが助け舟を出す。
「そもそもここに入ってきている時点で、本人確認は済んでいるはずだ。今更ここでやる必要もないだろう」
心底不機嫌なヴィアラが続ける。
「ならいつもあなたが見ているMr.マイクはこの方だと?」
ワシントンはおぼつかない口を動かし答える。
「そ、そうだ」
ヴィアラはマイクのことを一度実物で見ている。
なので、どこからどう見たって以前見たマイクと一致しないことはわかるだろう。
だが身分証などの提示をしたところで本物のマイクの証明書が出てくるだけだ。
「・・・もういいだろ。先に進めろ」
ヴィアラと同じぐらい複雑な顔をしたザンブルクは会議を進める。
アイクにかける時間は無駄と判断し、切り捨てた。
「・・・では裁定を下します」
ヴィアラが改まって判断を下そうとするが、それはマイク(アイク)が止める。
「お待ちください、私は先程この事件においての重大な証拠を掴みました」
魔族侵攻派の全員が忌々しそうな顔をする。
だが調査委員会という手前、アイクの意見を無視することはできない。
「なんでしょうか」
「ズバリ、真犯人です」
スキャンダルに目のないジェシーがすぐに口を開く。
「真犯人?」
アイクは素直に頷く。
ジェシーはこの場では中立であるものの、自分が記事にしたい方の味方をする。
甘い餌で釣り、他では満足できないようにする。
「それはなんと驚き、現将軍職におられるルミナスさまのご子息、クロック殿だったのです」
ジェシーがすぐに胸ポケットから手帳を取り出し、書き留めていく。
変わった流れを止めるためにガーリングが声を出す。
「それは確かな証拠があってのことなのでしょうね、推測でそんなことをおっしゃるのはクロック殿、果てはルミナス卿への侮辱に当たりますよ」
アイクはそれ程度では動じない。
「もちろん。その証拠もしっかりとここに」
演技がかった風にアイクが喋りながら、手に持った護衛隊による礼状を見せつける。
アイクの態度にイライラしていたメリーヌがつい口を出してしまう。
「なら動機はなんだ。魔族を使って人を襲わせ、彼は何がしたかったのだ」
ガーリングが呆れた顔をする。
それではアイクの誘いに乗ってしまったようなものだったからだ。
餌に引っかかった愚者を見つめアイクが話し続ける。
「こうなることがですよ。クロックは魔族を利用し、この場所をセットさせ、滅ぼすように仕組んだ。俺たちに魔族侵攻を決定させるための作戦だったということです」
ジェシーの手が止まることなく、アイクの言葉を書き綴る。
「それこそなぜなんだ。そこまで彼が魔族を恨んでいたように思えないが・・・」
メリーヌが続けるが、ガーリングがこれ以上思い通りにさせないために黙らせる。
彼に睨まれたメリーヌは口を縫い付けられたかのように喋らなくなった。
「そのようにクロックを魔族が利用した可能性もあるのではないですか?」
ガーリングが魔族侵攻派を代表してアイクと相対する。
「もちろんある、だがらこそそれが罠だと言うんだ」
アイクとガーリングの視線がバチバチと火花を散らす。
それを静観していたライが横槍を入れる。
「では、仮にクロック殿の犯行とするなら彼が所属していた魔法協会の全体としての行動だと受け取ってよろしいのでしょうか?」
ライは話をクロック個人から魔法協会へ責任の所在を拡大する。
ライは魔法協会全体を攻撃する。
「お前ら監査院はもっと頭を使え、もしそうだったとしたらもう魔族侵攻は決定済みのはずだ」
だが、アイクがそう言って一蹴する。
反論しようにもできずライが黙り込む。
「ならアイク、お前は何が言いたいんだ」
聖邦連合のザンブルクが問いかける。
「性格が悪いな、俺はマイクだって言ってるだろ。言いたいのはまだ根は深いということだ」
ザンブルクが舌打ちをする。
「軍との関係が強く、魔法協会に所属し、それなりの実力者であるクロックが魔族連中に利用されたのだとしたら、それは相応の相手だということになる」
全員がアイクの言葉を聞き続ける。
「そんな相手が俺たちに侵攻されるように誘導しているとしたら、奴らは人類に勝てるという確信がある罠を用意しているだろう」
誰も何も言うことができない。
「それを考慮せず、頭空っぽになって魔族圏へと侵攻し、全滅でもして帰ってきてみろ」
全員がアイクの言葉の先を静かに待っている。
「その責任は侵攻を決定したこの調査委員会にまず行くだろう、その責任を取れる奴はこの中にいるか?」
それを最後に会議室が静寂に包まれた。
*
そんな空気感の中ガーリングの柔らかい声が響く。
「なら魔族の犯罪の度にそれを警戒しろと?そしてもし見逃したことがバレれば人類は魔族に舐められてしまう」
アイクが答える。
「もちろん、罰は必要だ、だが最小限であるべきだ。こっちのためにもあっちのためにもな」
ヴィアラがアイクへと視線を向ける。
「なら、どのような処罰が妥当だと?」
ザンブルクは見え見えのアイクの誘導に乗ったヴィアラを睨む。
ヴィアラもそれに気づいたのはいいが、発言を撤回することはできない。
「なのでここで一つ提案を。この調査委員会をモデルとした、魔族へのどのような処罰が適当か、ということを検討する会の設立を提言します。」
ガーリングは少し考えたのち、続ける。
「・・・ここまでか。つまりここでの議論をより詳しくより実現性の高い方へと導く委員会。そこでの結果なら民衆も評議会も納得するだろう」
アイクの奇策に対抗すべくヴィアラはそれを止めにかかる。
「新しく発足する必要があるとは思えません。この調査委員会で可能だと思えますが」
だがアイクがザンブルクと目を合わせた後に発言した言葉で決着はついた。
「・・この委員会の目的はすでに達成された。用が済んだものは処理しないとコストが無駄だ」
その後の反論はなく、意気消沈したヴィアラの代わりにザンブルクが仕切る。
「その委員会は我ら聖邦連合による正式なものだと思ってもらっていい。人選と予算の兼ね合いはこちらがつけよう」
それを聞き、反論が挙がらないことを確認したアイクは一言だけ言ってその場を後にした。
「それでいい」
それを見守ることしかできなかった者たちはマイク・ジェームズと書かれたネームプレートが置かれた席を忌々しげに見つめるのだった。
*
アイクは聖邦連合敷地内の人目につかない場所で一人煙草を吸っていた。
そこへ会議を終えた軍部のガーリングがやってくる。
「計画通りか?」
「大筋はな」
ガーリングの問いに表情を変えずにアイクが答える。
「お前の部下のエルフ、優秀だな」
アイクは何も言わない。
ガーリングはアイクの顔を見る。
「うちの連中の話ではお前はこの会議には出れないって聞いていたが?」
ガーリングがなぜ出席できたのかと問う。
「その噂を利用しただけさ。確かに俺はこの会議が始まった時点ではまだ取り込み中だったし、どう考えてもそこから5時間の移動を見積もっても間に合うはずはない」
ガーリングが口を挟まずに耳を傾ける。
「たが、その状態が良かった。結果的に俺とフランの参戦を協会側以外は予期していなかった。それが意味するのは間に合いさえすればどうにでもなるってことだからな」
アイクは予期しない出来事には連合は弱いと言う。
まだ納得のいっていないガーリングは続けて尋ねる。
「どんな方法を使った?お前の魔法は自分自身を転移させるのは不可能と認識していたが?」
アイクの転移魔法は有機物無機物関係なくゲートへと通し、望む場所へとワープさせることが可能だが、アイク自身はそのゲートへと入ることはできない。
「もっと原始的な方法た。先人が言う通り、確かに獣人の乗り心地は最悪だ」
それだけで全てを理解したガーリング豪快に笑う。
「どうにかして介入してくるとは思ったがそういうことか。確か、マイクという部下は獣人だったな。気の毒だが、彼はこの先も苦労が続くだろうな」
ガーリングはもう用が済んだと言わんばかりにその婆から離れた。
「またな、アイク。一応クロックを引っ捕らえことには礼を言っておこう。次はまた会議室か、戦場か」
笑いながら去っていくガーリングにアイクは何も言わず、自分の口から出て来た煙を見つめていた。
*
「何が起こっていたんですか?」
そういったフランたちがいるのは移動式列車の中だ。
魔族の存亡をかけた会議が1日をかけて終了し、魔法協会のメンバーは帰路についている。
だが、そこにアイクの姿はなく、ワシントンにフラン、そしてボロボロの姿をしたマイクだった。
ワシントンが何も知らないフランを落ち着けながら言う。
「・・どれから説明してほしい?マイクの状態?アイクのこと?それともあの場で何が起こっていたか?」
「全部です、私って助っ人としてこの会議に行ったんですよね?なのに参戦してから最初は良かったものの、無口だった軍の人が急に喋り始めたと思ったら追い詰められて、それでもなんとかしようとしたのに来れるはずがなかったアイクが来て、全てをぶち壊して帰っていった。私、今日で得たものって恥以外何もないんですけど」
止まらない怒りを抑えることもなく吐き出すフラン。
計画全体を描いていたワシントンが一から説明をする。
「ならまず最初から説明しよう。フラン、君は確かに俺たちの切り札だったんだ。でもそれは決定打という意味じゃない。君は議論が滞りそうになった時の潤滑油のような役割なんだ。それを分かっていたから、あの時自分の判断で入って来たんだろう?」
ワシントンはフランが勝手に会議室へと入って来た時の瞬間を思い出す。
あの時は焦ったものだった。
「あの時はまずいと思ったんです。聞いてた話と違う方に議論が進んでいくし、我慢できなかったんです」
少し反省の色が見えるフランがそう言う。
「いや、結果的オーライだ。そもそも俺は君の手綱を握れると最初から思っていない。君の参入である程度と場は乱れた。君は役割を果たしたんだ」
ワシントンはよくやったとフランを褒める。
「でもアイクが来るなら私は要らなかったんじゃないですか?最初からアイクを投入していれば良かったんです」
自分じゃなくても良かったと功績を認めないフランにワシントンが説得する。
「あの時点ではまだアイクは移動中だった、多分な。その代償としてマイクはこうなってるわけだが。だがら、君がいなかったらアイクが状況をひっくり返す前に魔族への侵攻が決まっていただろう。もちろん、その場合は俺もできる限りのことはしただろうが」
不満げなフランの顔を見て、ワシントンは仕方ないと思いながら話す。
「フラン、君が今回の件で何も得られなかったと言うのは間違いだと言っておこう。君は聖邦連合という巨大な組織の、その中でも最も強い決定力を持つ委員会で発言し、自分の意見を認めさせる手前まで行った。これは誇れることだ」
フランの怒りはワシントンの言葉によってようやく収まりつつある。
「あそこであの軍人が入ってこなければ、アイクも必要なかったんですけどね」
ワシントンが少し苦い顔をしながら、フランへと伝える。
「怒らないで聞いて欲しいんだが・・あの軍人、ガーリングがフランの邪魔をするのは既定路線とも言えたんだ」
「既定路線?」
フランが純粋な疑問で問い返す。
「そう、つまり決まっていたこと。これを説明するには会議の内容を一から振り返る必要があるんだが・・・」
そこでワシントンの言葉が止まる。
「なんです?」
フランがすぐに尋ねる。
「これはアイクには黙っててくれよ、後でネチネチ言われるのは嫌なんだ」
フランは彼の言っていることを理解できなかったが、言葉の先が気になったので適当に返事をした。
「もちろんです、あなたの名前は出しません」
ワシントンはそのまま苦い顔を変えることはなく、イヤイヤという表情で会議の最初から何が起こっていたかを語り始めた。
*
「そもそも聖邦連合での会議っていうのはそれ自体に意味はないという話はしたな?」
フランがカテドラルへとくる前に伝えられたことを思い出す。
「はい。最終的には評議会が望む結論になる、そのための連合の選任権ですから」
ワシントンが頷きながら答える。
「そうだ。だがもちろん全てが連合の思い通りに行くわけじゃない。実際今回のことも奴らからすれば予想外だったはずだ」
ワシントンがアイクのことを浮かべながら話す。
「だがそういう例外が認められる会議というのは、基本的に招集された組織が予想外な動きをして、その上に、出た結論が連合にとって得になる、もしくは損がない場合に限られる」
「だから、アイクの案が通ったと?ですがヴィアラとザンブルクでは意見が違っているように見えました。それに私にあれだけ反対した軍部がすぐにアイクに寝返ったのも納得がいきません」
忌々しげにフランが言う。
「それも利害一致という言葉だけで方がつく。振り返るが、まずあの場にいて魔族侵攻派だったのは監査院一人、軍の人間が二人に魔族研究者が一人、そして中立が記者だけであとは擁護派の俺たちと歴史学者、最後に結論が見えない連合二人だ」
フランはワシントンが一人ずつ名前を上げていくと同時に顔を思い浮かべる。
「まずは簡単な方から。監査院と魔族研究者は連合の思惑を推測、味方し、恩恵に預かるためのハイエナの動きだった。それはいい、いつものことだからな。彼らに取って予想外だったのは歴史学者が反対したことだった」
「コモンズでしたっけ?」
「そう、コモンズ室長はまさかの連合と反対意見を取ったんだ。つまりあの歴史学者からしたら魔族侵攻は連合に逆らうに匹敵するぐらい避けるべきだったということ」
フランは黙って聞いている。
「フランが1番気になっている軍部の動向はだいたい分かる。まず彼らが魔族侵攻に肯定だったのは聖統護国連隊全体がその空気感だったというのもあるだろうが、単純に活躍して、昇進したり、英雄になりたいという願望が強かったと考えられる」
「ならなぜアイクのただ先延ばしにしたような提案を飲んだんですか?」
「彼らが意見を変えたのはその魔族侵攻に匹敵するぐらいの餌があったからだ。もちろん、軍部は一枚岩じゃない。戦争をすることなく、犠牲も最小限で、出世する方法といえば?」
「・・上層部の失脚、ルミナス将軍ですか」
フランがピンと考えつく。
「そういうことだ。クロックの失態について詳しく知ってからのガーリングはすぐに標的を魔族からルミナス将軍に切り替えた。成人した息子がしでかした事とはいえ、責任追及は免れない。魔族に利用されていたという根も葉もない噂もあるしな」
この噂はアイクが出したものだったが。
「確かに、将軍のスキャンダルは瞬く間にジェシーによって広められるでしょう。その影響力は軍部での空気感を丸ごと変えかねない」
「わかってきたな、つまりこの例外を認められるための条件は、民衆の説得と連合の同意だけになった」
ワシントンは続ける。
「民衆のために存在している連合がなぜアイクの提案に乗ったのか、それはヴィアラとザンブルクは完全なる味方ではないっていうことを認識するべきだ」
「それはそうでしょうね、私の出席要請も認められたのが不思議なぐらいでした」
フランは当時の記憶を掘り起こす。
「そもそもザンブルクは有能で出世欲の強い男だ。今回の会議を仕切っていたのはヴィアラだったがそれに業を煮やしていたのは確かだ。だがら俺はザンブルクへとフランの出席要請をしたんだ。色々と交渉はあったがな」
ザンブルクはフランの出席をただのヴィアラはへの嫌がらせ程度に考えていた。
だが、それが致命傷となった。
「たが、アイクの参戦は話していなかった。よほど驚き動揺しただろう、会議が潰されてしまうとな」
その時のザンブルクの顔を思い浮かべる。
「そこにアイクは付け込んだんだ。真犯人は捕らえたが、彼は魔族に操られ、罠かもしれないとな」
ワシントンはどんどんとアイクの思惑を明らかにしていく。
「基本的な捜査情報しかない連合は迂闊に判断ができなくなった。その思考停止を狙い、軍部を味方にすると同時に、隠し球を出す。それが新しい委員会の設立だ」
聖邦連合の委員会はそれだけで多大な予算を割いている。
その予算は主に招集された組織へと行き渡り、その割合は人数に関係なく均等だ。
つまり、招集人数が減れば一人当たりの供給割合は高くなる。
軍部は上層部の入れ替え後、壮絶な後継人争いの中で単純な成果が求められる。
そこで新しい委員会は彼らにとって金のなる木だったわけだ。
「だが、この委員会を任されたヴィアラはそのことを容認するわけにはいかない。その中で、新しく同じような委員会ができましたっていうのは自分で無能を証明することになるからな」
ワシントンが少し哀れみの感情で言う。
「だが、その時点でヴィアラは詰んでいた。これ以上の議論の展開は連合の損失でしかないと判断したザンブルクは委員会を認め、自分たちで仕切ることによって人選権を支配、まだ少しだけ残りうる最終目的であろう魔族からの権益確保の可能性を残した。瀬戸際でアイク相手にこれだけのことをしたザンブルクは褒められてもいいだろう」
ワシントンはそれすらもアイクが誘導していた可能性があることは黙っておく。
「そしてこの委員会は事実上の消滅、ヴィアラは梯子を外され、おそらく次の議長はザンブルクになるだろう」
フランの美しい容貌を見つめる。
「紐解けば単純なもの、たが理解には時間がかかる。フラン、君の組織は自分の意思で作ったのか?」
ワシントンの問いにフランが答える。
「アイクの指示よ」
それを聞いたワシントンは満足した表情で言う。
「ならわかるな?アイクはこの権謀術数の伏魔殿である連合会議を君に経験させるためにわざわざ組織を作らせたんだろう。そこまでしたアイクの気遣いを無駄にすることは許されないぞ」
*
フランは列車の中で複雑な顔をする。
「結果的に委員会の人数は減少し、各組織の取り分は大きくなる」
大体のことを語り終えたワシントンが一息つく。
「その上、魔族侵攻に関しても有耶無耶になると」
フランは上の空だった。
「なぜ、先生は私のためにそこまでしたんでしょうか?」
考えても出ない疑問をワシントンに聞く。
「・・・期待しているのさ、若くて優秀な君らに」
意味がわからないといった表情をしたフランに顔を近づけてワシントンが言う。
「これもオフレコだ」
ワシントンはもう話終わったと言うことを証明するように席に体重をかけ、目を瞑った。
フランはアイクを連れてくるためにボロボロになったマイクを見ながら、再び思考の海へと潜り始めるのだった。
*
部屋へと入ったアイクがまず目にしたのはとてつもないほどの資料を一人で整理していたザンブルクだった。
「後にしてくれ」
ザンブルクは慌ただしく手を動かし、目を合わせずにそう言う。
「コモンズの爺さんをよく調教したもんだな」
それを無視してアイクは続ける。
その言葉を聞き、一瞬だけ手が止まるが、それに気づいたように再び動き始めた。
「所詮はただの老木、特別な苦労はなかったさ」
「いくつになった?」
アイクは興味深そうに上を向かないザンブルクの顔を見つめる。
「まだ20代だと言っておく、何しに来た?」
鬱陶しさを隠さずにザンブルクがついに手を止め、アイクと視線を合わせて言う。
「手を止めたな?」
ニヤけ顔のアイクにザンブルクが呆然とする。
時間の無駄だと判断して、再び資料に向き合う。
「まあ待て、今回の事件の真相を教えにきてやったんだからな」
「・・・本気か?」
ザンブルクが初めてアイクの言葉に興味を持ち始める。
「大マジだ。お前も上の連中になんて伝えればいいか迷っているだろうと思ってな」
アイクがおちょくるようにザンブルクの周りをぐるぐると歩く。
「何を企んでる?」
ザンブルクがアイクの思惑を測る。
「何も、これからも仲良くしたんいんだ」
その答えにため息をつき、ザンブルクはお手上げだという風に手を挙げる。
「はっきり言ってくれ、お前と押し問答をしている時間が惜しい」
アイクはそうなることをわかっていたのか、用意していた物を口に出して要求する。
「コモンズへの脅迫材料、委員会の選任権、協会の予算増加に聖邦連合に一つポストを用意してもらいたい」
「遠慮を知らんな」
「気遣いが必要か?」
「いや、それでいい。無償ほど怖いものはない」
ザンブルクは数秒だけアイクの要求内容について考える。
「弱みを広めるとそれは弱みではなくなる、それは分かるだろう?選任権は協会へ何人かの推薦枠をやろう、予算については1.3までなら考慮してやれる、ポストは俺がどうこうできる問題ではないのは理解してくれ」
アイクの要求にそれぞれの回答をする。
「なら話はここまでだな」
返答に満足できなかったアイクが部屋から去っていく。
それを止めることなくザンブルクが見る。
どんどんとドアへと近づき、ドアノブへと手をかけた瞬間に立ち止まり、アイクが言う。
「今のは止めるとこだろう?」
再びザンブルクの方へと向かってくる。
「何がしたいんだ」
ザンブルクは呆れきっている。
「ならコモンズはいらん、席だけくれ。お前に関係ないところでいい」
そんなアイクの言葉にもザンブルクは反応しない。
「・・おい、できるだけお前の望みに沿ったはずだぞ?」
アイクが自分の要求を呑ませるために手札を切る。
「なんの話だ」
「とぼけるには無理があるな、嫌がらせには多いと思ったんだ」
アイクはコモンズのヴィアラへの態度とフランの土壇場での参加を認めたことに違和感を感じていた。
嫌がらせなら一人で事足りるが、二人となると下手を打てば会議の流れで連合自体が決めた結論が変わりかねない。
だがら、アイクはザンブルクがこの会議でヴィアラへの梯子外しを実行するつもりだと考えた。
だから道を作り上げ、そこへと追い詰め、選択肢を削った。
過程はまだしも結果はザンブルクの思い通りになり、アイクは恩を売ることに成功した。
「・・・善処はしよう」
最小限の犠牲で目的を果たしたザンブルクはその功労者であるアイクにそう言った。
「・・・また会おう」
満足した顔のアイクは手に持っていた調査結果報告書の紙を大量の資料の中へと無造作に入れ、部屋から出て行った。
「待て」
ザンブルクが声をかけるとは予想していなかったアイクが立ち止まる。
「お前の入室を許可した警備兵は家族ごと東へと飛ばした。次はないぞ」
アイクはそれだけ聞いてからザンブルクの部屋を出たのだった。
*
アイクはいつものように協会の建物へと来ている。
なんの変哲もなく周りを見渡すと、慌ただしく休むことなく足を動かしている事務員の姿を見る。
だが、別に何を言うこともせずに素通りし、自分のオフィスへと向かう。
あれから1週間の休養を経て、また普段通りの仕事へと戻る。
世論は未だ反魔族の火は消えないものの、大部分は不祥事を起こした軍部、新たな意見として台頭し始めた魔人共栄連盟、そして真実を明らかにし真犯人を捕らえた獣人のマイクへの尊敬と誇りに変わった。
アイクの連合への要求は大部分が認められ、その責任を取らされたヴィアラは出世街道の道を外され、地方の中堅組織役員として今も元気に働いているらしい。
軍部の方ではルミナス将軍が退役という事実上の追放、その後釜争いが激化している。
アイクの目にオフィスがだんだんと見えてくる。
中に半魔族と脚が完治した獣人が座っているが、神童は部屋へと入らずに外よの廊下で仕事をこなしている。
道ゆく人の好奇の目に晒されているが本人は全く気にしていない。
それを見てアイクは笑い近づいていく。
フーベルトに何を言うこともなく、オフィスへと入り言う。
「では、三人の意見を聞こう」
普段通りの風景の中で、ただ唯一変わったのは自分の部署のオフィスに入ることを禁じられた神童が議論をするために普段よりも大きな声を響かせていたことだった。