危機
「言い訳タイムだ」
入室早々にアイクが不機嫌そうに呟く。
彼は誰に話しているわけでもない、独り言のようなものだと思っているが聞いている側はそう思ってはいないようだった。
「・・・俺は言ってない」
アイクの質問にフーベルトがそう答える。
彼の顔にはいつもの傲慢さは薄れ、焦りと罪悪感が残っているようだった。
「お前が魔族排滅論者だったとは、それを履歴書に書いてくれてたら採用しなかったのに」
嫌味がこもったアイクの言葉にフーベルトだけではなく部下全員が険しい顔つきになる。
「確かにフーベルトは魔族だと決めつけていたが、それは俺が止めました」
そんなフーベルトを見ていられなくなった父親役のマイクが会話へと参戦する。
フーベルトをこれ以上責めても意味がないことを気づかせるためだ。
「人間が獣人に負け、その上に庇われるのか?時代は変わったようだ」
「・・・護衛隊から漏れた可能性もあると思いますが」
このチームの母親役であるフランが話を無理やり変える。
彼女は彼らの決闘に途中参戦した身なので詳しいことはわからない。
だが、彼女と血を同じくする種族が絶滅の可能性があるとなれば黙っていることはできない。
「魔族が疑われ始めたのは事件の権限が俺たちに移動したからだった。そもそも護衛隊の奴らは、こういう頭を使うのが苦手なはずだ」
フランが言う、情報源が護衛隊という説をアイクが真っ向から否定する。
「つまり、考えられるのは目先の利益しか見えていなかったバカな子供以外ない」
「・・・」
アイクがそのバカな子供を見る。
フーベルトが口を開くことはなく、上の空だ。
「誰に言った?」
アイクがフーベルトとの距離を縮める。
殴りかねないアイクと詰め具合に、フランが間に入ろうとするがマイクがそれを止める。
だが、フーベルが口を開くことはない。
彼にそれ以上に守りたいものがあるのか、それともアイクへの嫌がらせなのか。
だが、それは社会人では許されない。
「お前は瀬戸際だぞ。言って、軍の道を諦めここに骨を埋めるか。言わずに大虐殺の下手人になるのか」
苛立ちを隠すこともせずにアイクがさらに詰める。
彼らの距離はもう間に人一人入ることはできない。
だが、苦い顔をしたままフーベルトは動かない。
アイクが呆れたように振り返り、再びフーベルトと距離を取る。
そしてその距離が縮まることはもう無かった。
「2度とこの部屋に入るな」
*
「次の仕事は見つかったの?」
建物の最上階の一室で、アイクはコーヒーを飲みながらステイの言葉を聞き流す。
髪の毛や、顔の色からか徹夜で仕事に暮れていたのがわかる。
アイクは朝のあまり働かない脳を無理矢理にでも働かせ、彼女の言葉を理解する。
「まさか俺のクビを切る気か?」
そんなはずはないという勢いでアイクが反射的に聞く。
「あなたのせいで私の肌と髪はボロボロよ」
「洗顔剤を前のに戻せ」
「フーベルトの独断専行はあなたの管理責任の問題よ」
「あいつはもう16だ。もう立派に一人で責任を取れる年齢だぞ、過保護め」
この世界の成人は18だが、彼は特別だ。
未成年の社会人など前代未聞なので、政府が特別に彼のみに適応される法律を作り、彼自身は書類上どは青年と判定されている。
「なんのためにクロックを雇ってるんだ。生贄を捧げろ」
その話をされると弱いので、アイクが話題を変える。
こういう政治的駆け引きが必要な時はクロックが前に出ることになっている。
彼自身に力はないが、彼の父親が相当な位の将軍であり、周りへの圧力をかけることができる。
だが、彼自身は突出した才能があるとは言えずこの建物でやる仕事といえば意味のないパトロールぐらいだ。
「すでに献上済みよ。今回のことを口火に反魔論の火が広がり始めてるわ。クロックでも限界はあるわ」
そんな万能でも有能でもない彼の有能な父親の力を借りてさえも、この動乱が止まることはない。
それが世界のどれだけの人が魔族を未だに憎んでいるかの表わしている。
「全てを平穏に解決するには真犯人を見つけて、民衆に引き渡すしかないのよ」
唯一の解決法を提案した、ステイはもう話は終わったとばかりに目の前の仕事に集中し始めた。
*
「さて、お前たちがこの職業についている束の間だぞ」
自分のオフィスに戻ったアイクは三人から二人に減った部下たちへそう残酷な宣言をした。
「俺たちもクビ?」
アイクのその言葉に誰よりも早く反応したのは、夢の職業についだと思っていたマイクだった。
この建物の総責任者であるステイと話を終えてからの一言目は信じるしかないだろう。
決してそんなことはないとしても
「あの山姥も敵だぞ。俺たちが生き残る道は真犯人の姑息な魔族を引っ捕るしかない」
アイクは部下たちを意味もなく焦らせているわけではない。
彼自身追い詰められた人間を見るのは好みだが、焦らすことで意見を出させるのが目的だ。
どっちの割合が高いかは言うまでもない。
「どうやって特定する?」
「魔族は未だに人類圏への侵入を許されていません。監視をすり抜け、こちら側に来ることは困難です」
フランは今の魔族が置かれている立場を挙げる。
戦後、彼らの生存圏は人類によって制限され、生き残った魔族は東方への移住を余儀なくされた。
それも監視付きなので簡単にこちら側の世界に来ることはできない。
「良く言ったぞ、だからこそ不可能では無い」
一人いなくなって部下二人はまだピンときていない。
「奴、もしくは奴らは人と共に生活している。砂漠の中からの砂まではいかないぞ、石を見つけるぐらいの難易度だ」
幾分、難易度がマシになったといえども可能性は無限にも近く、多くの時間をかけても見つかるかどうか不安なところだ。
そして今はその時間すらない。
「やることを絞るしかない。人類圏での魔殻の捜査をすると共に賛魔族の人権団体を作る、もちろんフランがやるのはどっちだ?」
アイクはそう言いながらフランに「人の心に響く言葉」という本を渡しながら部屋を出た。
*
「・・・寂しくなるな」
建物の仮眠室でリラックスをしながら、アイクに話しかけているのはワシントンだ。
彼はもうアイクが置かれている状況を理解しているようだ。
「死にはしない」
「だが、クビなんだろ?感慨深いな」
ワシントンはアイクがクビなることを心底喜んでいる。
その優越感をこれ以上なく表した顔を見て、アイクが呟く。
「お前も人のこと言えるのかよ」
「言えるさ、フーベルトをクビにしたって?」
ワシントンが俺のチームのほやほやの情報を知っているようだった。
アイクはチーム内でたったさっき起こったことをなぜこいつが知ってると言う疑問に陥る。
いくらなんでも早すぎる。
「俺の部下は何故こうもお喋りが好きなんだ」
「お前に似たんだろ?」
アイクは勝手にマイクだと結論付ける。
アイクとワシントンが交友関係にあることを知っていて、クビのことを以上に恐れているのは彼だけだからだ。
相談していてもおかしくはない。
持っていたタバコを吸い終えたワイントンが部屋を出ようとする直前に、思い出したようにアイクに話しかけた。
「手を貸そうか?」
以外な提案に、思考が止まる。
ワイントンがこんなことを言うことは珍しいというより何か罠があると考えるぐらいだ。
だが、ただの嫌がらせだと言うこと理解した。
ここでワシントンの力を借りれば、確かに、最悪の事態を防ぐのに選択が増える、
だがそれ以上にめんどくさいことになる。
「ああ」
迷いながらもそう答え、断るだろうと思っていたワシントンが少し驚く。
「何をしたらいい?」
ニヤけながらアイクにそう聞くワシントンに今欲しいものを書き留め、渡す。
「ドーナツとコーヒーを買ってきてくれ」
*
「収穫は?」
アイクが茶色の紙袋を机に投げて、部下たちに問いかける。
その中からは腹をくすぐる甘い匂いがする。
マイクが中を開けると、中にはいろいろな種類のドーナツが入っており二人分のコーヒーもその中にあった。
「ありがとうございます。魔殻の方は全然です。世界は広いことに気づきました」
紙袋の中に手を入れながらマイクがそう答える。
彼が選んだよのは甘さの濃い、砂糖がふんだんに使われたドーナツだった。
「財布には痛かったが、礼には及ばん。魔族を守ろうとする変わり者集団はどうだ?」
「成果はイマイチですよ、変わり者のボス。ドーナツはどうも」
資料から目を外さずに、フランが言う。
彼女の仕事はこの反魔族論が勢いに乗る中、その波に逆らう集団を一から作っている。
マイノリティを作り、その意見を通すのはテロや多大なる時間をかけないと不可能だ。
だが、今は時間がなくテロに至っては起こした側を擁護するのだから人を増やすのは困難極まりない。
この瞬間でさえ、彼女のやるべきことは増え続けているが、アイクの呼びかけで渋々集まったのだ。
「フーベルトはクビ?」
「もちろん。うちの情報を漏らす奴は今すぐにでもクビだ」
アイクが睨み、マイクがつい目を逸らす。
ワシントンの件でアイクはマイクに次はないことを伝える。
「考えるぞ、魔殻が見つからない理由は?」
「調査する場所」
マイクがこの広い世界に存在する無数の村を回るのかと聞いている。
魔族がいなければ魔殻を見つけることはできないので、アルファベット順から潰していくしかないのか。
「俺たちが世界中を旅行しているうちに、魔族が先に滅ぶな」
だが、世界中を調査して回るわけにはいかない。
とにかく時間がなく、もし村を一つでも見逃していると迷宮入りになってしまう。
「なら、魔法を使ってないから」
「そんなことをしていたらすぐに異変に思われる」
魔族が身バレ防止のために魔法を使っていないことは考えられるが、現実的ではない。
今は魔法を行使することが当たり前の世の中なので、魔法不能者とバレればすぐに噂になる。
しかも魔法不能者は政府によって登録しなければいけない。
つまりその不能者の中に魔族がいる可能性はある。
「魔魔法不能者のリストを当たれ。他の可能性は?」
「周りに人がいないとか」
異変に思う住民すらいない状態の可能性。
つまり、独立していて人里離れた家に住んでいる住民のことだ。
アイクが頷くとフランとマイクが同じように動き出した。
アイクはそこへフランの道を遮るように立つ。
「二代目ボス、組織を忘れるな?」
人権団体の仕事を放棄しようとしたフランに釘を打ち逃げられないようにする。
不満を隠すこともない顔を見せた後、マイクとは別の方向へと歩き出した。
*
「調子はどうだ?」
「絶不調、これ以上は難しい」
ここはクロックの個室だ。
彼の座っている机の上には、多くの様々なトロフィーが飾られており、どれだけの権力と関わり合いがあるかを示している。
この机に足を乗せながら座っているアイクは煙草をいじくり回す。
ポロポロと煙草の中身が綺麗な床へと落ちていく。
「お前の仕事はそれだけだろう。給料泥棒め」
「頭の痛い話だ」
火事の一件からさらに立て続けに、魔族による犯行の事件が起きている。
それが原因で以前よりもさらに反魔の勢いは広がりもう手がつけられなくなっている。
「俺もクビが危うい、フーベルトに責任を取らせるべきだったかもな
「・・・・?クビにしたんじゃないのか?」
アイクは机から足を下ろし、その場に立った。
「誰から聞いた」
「ステイだ」
「そこがお前と親父との違いだ」
ニヤけながら、クロックを見る。
そして煙草をさらに一本取り出し、いつもより大きく吸う。
「病院内のことを全て知っているステイでも限度はある。このことを知ってるのは俺のチームか、その相談を受けたワシントンだけだ」
クロックの顔にも笑みが浮かぶ。
アイクはクロックの部屋を一歩一歩ゆっくりと回り始めた。
「どう答えようがお前は詰んでいたんだ」
アイクが、フーベルトから情報を得て、それを軍部に流し、民意を操った犯人がクロックだと断定する。
クロックの顔は変わらず笑っている。
「何故わかった?」
「・・÷簡単なことだ。火事が発生し、俺たちがそれを解決した後すぐに情報が回った。なら俺たちの身内に関係者が引き金を引いたと考えるのは自然だ。フーベルトが情報源だとすると、奴が話す可能性があるのは志望していた軍部の者の可能性が高い。軍にツテを持ち、今回の事件をテーブルから操れるのは交渉役のお前しかいない」
「考えられる最悪の引きだ」
クロックはもう隠し通すことを無駄だと感じたのか、アイクの正面を向きながらそう答えた。
だが、真相がバレたとしても彼に焦りの色はない。
「お前以外ならなんとかなったな」
「だが俺がきた。目的を達成したかったのなら俺の領域外でやるべきだったな」
アイクは俺がいたから失敗したと言う。
クロックはあながち間違いではないと思った。
だが、それでは意味がないのだ。
「お前を実行犯に仕立て上げるのはそう難しことじゃない」
「お前もあの聖地の責任も取ることになるぞ?」
「余計なことだ。俺は自分のものが取られるのが嫌いなんだよ、たとえそれが責任でもな」
アイクは、クロックを無力化、もしくは殺すために魔力を発動しようとする。
「言っておくが、俺を殺して反論させないようにするのは意味がないぞ。なんならマイナスさ。俺が死んだ時には、魔族に殺されたように見せかけるようにしたある。それを利用する手順も準備済みだ。将軍の息子が悪辣な魔族に殺されましたってな」
アイクが発動しようとしていた、致死性のある魔法を途中でキャンセルする。
下手に殺せなくなり、捕獲の難易度が上がる。
「そしてあと一つ、未来を期待された16歳の神童は調査を妨害するために魔族に襲われるらしい」
追い討ちをかけるように、アイクの思考を妨害するような情報を増やされる。
*
「・・・ッ」
間一髪で、フーベルトが頭スレスレの斬撃を避ける。
名誉を挽回するため、単独で調査をしていたフーベルトだったがその事実の解明も実行することが困難になった。
それは途中からの参入者のせいであり、襲撃者でもある目の前の男のせいだ。
襲撃者は周りへの影響を考えることなく、自分の好きなだけの魔法を発動している。
そんなことをすればすぐに周りの住民が異変に気付き、護衛隊へと連絡するはずだが戦闘が始まってからもう二十分程度経っている。
フーベルトは面倒な戦闘は避けることにして、この時間の間逃げに徹していた。
だが、どれだけ待っても護衛隊どころか、人すら見ることがない。
昼寝が好きな街なのかそれともこの襲撃者が関係しているのか。
フーベルトはそもそもなぜ狙われているかを考える。
確かに、フーベルトは自分でも性格がいいとは思っておらず、能力面からも人に恨まれることも少なくない。
それでも急に頭を半分にスライスしてこようとする奴はいなかった。
自分がやった数々の嫌がらせを思い出すが、この襲撃者の顔がフードで隠れている以上それを考えても、顔を認証することはできない
一旦、相手の対処へと思考を切り替え、襲撃者の癇癪を止めることを優先する。
魔法を使おうと魔力を練るが、フーベルトはアイクとの賭けのことを思い出す。
賭けを守るなら、襲撃者の容赦のない魔法から逃げつつ、こちらは丸裸で対抗しないといけない。
命知らずにも程があるし、もうクビになったも同然なので必ず守る必要はない。
だが、魔法の無断使用の制限を破るのは俺のプライドが許さない。
そもそもオフィスに入るのが禁止なだけで、クビになったというわけではないという解釈もある。
フーベルトが思案中の間にも斬撃が襲いかかる。
魔力の練り方、術式の組み方に予備動作、魔法発生のタイムラグ、魔法を発動するのに必要な行為を見逃すことなく、観察する。
そして、次の行動を予想し、前もって動いておく。
フーベルトは簡単にしているが、これは高度な並立思考回路を持ち、魔法への知識が膨大でないとできない芸当だ。
マイクあ辺りがこれをやれば、今頃体は綺麗に輪切りにされているだろう。
襲撃者のフード男はフーベルトが魔法を使わないことに舐められていると感じたのか、どんどんと斬撃が多く、荒くなっていく。
それを冷静に観察しながら、魔法を使わずに勝つための勝ち筋を考えていく。
フーベルトは天才ではあるが、それは学習能力が他人より秀でているからだ。
逆に言えば、一度も見たことがない分野においては世間の16歳となんら変わることはない。
だか、一度専門的に学習してしまえばその分野での秀才たちを抜き去るのは難しいことではない。
その才能と彼の性格が合わさり、フーベルトは恨み妬みの対象である。
だが、彼らの襲撃を完璧に受けた上で、圧勝するのが彼の哲学だ。
だが、それも魔法が使えたらの話である。
彼は格闘術を一度も学習したことがない。
人生に必要ではないものだと彼自身も判断し、それに余りある能力を授けられたからだ。
だが、この状況においては彼はただの少年でしかなかった。
魔法から足で逃げるには限界がある。
戦場で弓から逃げられる歩兵がいないように、遠距離を得意とする相手ではなんらかの対抗策を持っていないと運命は決まっている。
だんだんとフーベルトの体に、切り傷が増えていく。
相手が、ダメージを与えることを優先し威力の代わりにスピードを速くしたのだ。
彼自身の素の身体能力と反射神経では限界は決まっている。
一歩が足らない。
限界まで速くした相手の斬撃はフーベルトの予測を上回る速度で襲いかかる。
このまではジリ貧だが、切り札もない。
おそらく魔法を使えば圧勝とはいかずとも、生き残ることはできる。
だが、それで生き延びても生きているとは言えない。
プライドが死ねば、魂が死ぬ。
それは体が無事であっても意味がない。
服が破れ、肉が裂ける。
血が飛び散り、体力を削る。
一歩だ。
俺が頭からの出血に気を取られているうちに、他のとは速度が少し遅れた斬撃が俺の身に襲いかかる。
斬撃の時間さ攻撃。
足が切断される瞬間、フーベルトは以前の敗戦を思い出した。
彼が決闘で負けたのはあれが初めてだった。
乱入者の影響で結果こそつかなかったものの、完敗ともいるような敗北だったと理解している。
だが、フーベルトは負けたことに少し喜んでいた。
負けるということは、自分より上がいるということ。
まだ成長の伸び代があるということ。
フーベルトが望んでいたものだった。
自分がまだ成長できる、まだ強くなれる、そう思えば毎日を生きていくのが楽しくなる。
マイクからあらゆるものを吸収し、リベンジして勝つ。
次はフラン、そしてアイク。
まだまだ道のりは長い。
だがそれがとんでもなく楽しみだ。
最強への道はここから再び動き出す。
フーベルトの両足は無事だった。
一歩分を圧縮する足技。
マイクが使っていた技術だ。
その技のプロセスを理解し、応用する。
次は斬撃がフーベルトへと一歩届かなくなる。
傷だらけの血だらけで近づいてくるフーベルから逃げるように襲撃者は斬撃を浴びせるが、対抗策を持った彼には通用しない。
戦闘が始まった時以上に彼らの距離が縮み、フーベルトはマイクに喰らった回し蹴りをトレースし襲撃者の顎を的確に撃ち抜いた。
相手は意識を刈り取られ、その場へと倒れ込む。
フーベルトは久々で、確かな成長を見に感じながら大量の出血によって意識を失った。
*
「目的を達成するコツは、誰にも気づかれないことだよ。もしくは気づいた時には詰んでいる状態にしておく」
そんなことを言っているクロックの横でアイクが悟られないように構築していた術式に魔力を通す。
結界の構築術式。
この結界は周りに被害が出ることよりも、広さの高さを拡張し、中にいる人間を外に出さないようにするための効果を重視している。
アイクが死んだとしても、大量の魔力を消費しなければクロックは出ることができない。
それに気づいているのか気づいていないのか、クロックが結界構成を妨害することはない。
「俺と心中するつもりか?」
「俺の役目は終わっていないが、俺が必要なわけではない」
クロックが実行犯の魔族以上にも協力者がいることを匂わせる。
アイクは面倒な考えを捨て、目の前の相手を叩き潰すことに集中する。
近づこうと一歩踏み出すが、違和感を感知する。
「どうした?」
口を開けながら、笑い、クロックが煽る。
アイクはいつもより足が重いことに気づく。
いつも歩きやすいと感じたことはないが、ここまで足が持ち上がらないのは異常だ。
だが、動かないほどじゃない。
妨害系か、操作系か、付与系の可能性だってある。
無限に選択肢がある中で、一つに絞っていかなければならない。
アイクは自分の魔法を発動させ、放出系の魔法でナイフを複数個、生成する。
それを上に向かって飛ばし、肉眼では見えないほど高く上がった。
そして次の瞬間にはクロックの腕に複数の傷跡から血が出ていた。
周りにナイフは存在せずクロックは何が起こったかを正確に理解できない。
それぞれがそれぞれの使っている魔法を分析する。
魔法行使者の戦いにおいて、相手の手札を判明させ、それに対抗するのは勝ちへの近道だからだ。
アイクは中和術式を発動することを迷ったが、リスクとリターンと諸々の事情を考えた末に止めることにした。
中和術式は人が開発した、対魔法用の固定術式だ。
比較的安易に使え、効果は絶大。
だが、幅広く使えるように改造されているため、一点特化で使うと穴をつかれる。
それに常時発動型なので、魔力が現状限られているアイクには不利だ。
そして旧時代の人間であるアイクは最新のものを使いたくないというプライドも持ち合わせている。
だから結果的に使わないと言う判断を下したのだ。
だが、時間が経つにつれて重くなっていく足取りが変わることはない。
対してクロックも下手に動くことはせずに様子を伺っている。
待つのが嫌いな、アイクは先ほどよりも倍の数のナイフを生成し、再び頭上へと飛ばしていく。
今回はそのナイフでクロックが傷つくことはなかった。
クロックは先ほどの傷以外に目立った外傷はない。
代わりに彼の周りに割れたナイフがばらばらと散らばっていた。
その時、アイクは自分への魔法が弱くなったことを感じ、クロックへと距離を詰めた。
その手には先ほどと同じ形をしたナイフが握られている。
向かってくるアイクにクロックは逃げることもしない。
ギリギリ拳が届かないという距離に近ずいた、アイクは最小限の動きでナイフを投げる。
クロックはその行動に驚きはしたが、避けない。
自分の魔法に自信を持っているからだ。
投げられたナイフはクロックの体へと当たる直前に床へと叩きつけられ、そのまま割れた。
そして近づいたアイクの体へと触れようとする刹那、クロックの視界が一変した。
街にある塔以上の高さから落とされたのだと気づいたクロックは発動していた自分の魔法を操作し、自由落下から逃れる。
アイクは先ほどと変わらない態勢で立っていたが、クロックに一番接近した腕があらぬ方向を向いていた。
なかなかの痛みに苦い顔をする。
地面にふんわりと降り立った。クロックはさらなる攻撃をするために治療中のアイクに近づくが、彼の足が止まる。
続けて、ふらふらと千鳥足となった。
アイクはそれを見て笑みを浮かべる。
下卑た笑みだ。
投げたナイフは魔法で作られたものとは違い、ある魔道具だった。
それは割ると中に入っているウイルスがまき散らされるナイフだった。
その影響を直接受けたクロックが苦しみ始める。
頭を掻きむしり、目を見開いている。
このウイルス神経障害から始まり、最後には脳を犯し、言語機能を初期化する。
だが致死性はないので死ぬこともない。
そしてアイクはクロックの魔法に結論を出す
クロックの魔法は重力操作だ。
ナイフの防ぎ方に先ほどの着地、自分の腕の状態を見てそう判断したのだ。
魔法でボロボロとなった腕を補強し、クロックに向き直る。
相手の魔法は判明したが、アイクが使用していた魔法も解明されていてもおかしくはない。
アイクが使用している魔法は特殊系の転移魔法だ。
転移と言えば聞こえはいいが、全能ではない。
魔力は特別燃費が悪く、使える「ゲート」の数は限られている。
他人は移動させることができても、自分はできない。
魔法が万能になることはなく、世界の均衡は保たれる。
もちろんクロックの重力操作もナイフを落とすにつれてアイクへの影響が弱まっていたり、攻撃を防ぐ時は動けなかったりする。
アイクは苦しんでいるクロックへと再びナイフを投げる。
激しい頭痛で、頭をろくに動かせない中で、先ほどのことを思い出しナイフを砕く選択肢を避ける。
ギリギリのところで、ナイフを避けたが、クロックは今、動いたことによって重力操作で攻撃を防ぐことはできない。
アイクは今度は矢を作り、横に飛ばす。
選択肢が受けるということしかなかったクロックは致命傷を避けながら、体で受ける。
クロックへと矢の雨が降り続ける。
大量の矢に、魔法なしで対抗することはできずにだんだんと致命傷へと刺さり始める。
ついにクロックの反撃はないままに気を失った。
アイクは前向きに倒れているクロックを拘束し、治療する。
体の気だるさを感じなくなったことを確認してから結界を破壊し、外へと出る。
アイクの予想していた一つの通りに、外の様子は戦闘前に見た光景と同じとは行かず、日が登り始めていた。
明らかに戦闘時間と経過時間が一致しない。
クロックの重力操作により、結界内と結界外で流れる時間が異なっていたのだ。
予想していたが、対抗できなかった作戦に苦い顔をしながら、自分が結界内時間でどれだけの足止めを食らっていたかを計算してから、無事かどうかもわからない部下たちへと連絡を取ることにした。