連続火事
フーベルトは周りから天才、神童だと持て囃されながら生きてきた。
彼自身もその短い人生の中で何度も他人とは違うということ感じていた。
そしてそのまま生きて、物語に数いる一人の英雄としてこの世界の歴史に名を刻んで死んでいくものと思っている。
だが、最近になって自分の成長に疑問を感じていた。
確かに、彼の10歳から13歳くらいの時の成長スピードは同年代と比べて目覚ましいものがあっただろう。
しかしそこからの13歳から16歳の今に至るまで、自信で伸び悩んでいると感じる。
多くの国で様々な学問を学び、フーベルトは最小年で現在に存在する難関の試験に合格し、その合格者たちの中でも多くない席を争い、勝ち取った。
だが彼はそれで満足していない
人より勉強ができるとか、人より喧嘩が強いとか、その程度では彼の理想を体現することはできない。
フーベルトが混ざす理想とは最強。
この世界の中で強さという基準での天井だ。
自分に足りないものは何か。
何かが彼の成長を妨げている。
それを取り除かない限り、フーベルトは道を進むこととはできない。
彼はそれを知るために協会へと来た。
だがこの協会に来てから彼が得たことと言えば、どれだけ効率よく書類を処理できるかだけだった。
フーベルトの決断は早い。
自分自身の糧にならないと判断したら、彼がそこに留まる理由はない。
若く、未だ肉体的全盛期にすら到達していない貴重な年齢の期間を無駄にするわけにはいかない。
自分の成長のみにしか興味のない神童は誰にでも牙をむく。
*
「今回は遅かったな」
アイク背伸びをしながらなりにいるステイと共に歩いている。
「あなたの優秀な部下のせいでね」
ここは魔法協会の白い建物。
アイクは目にする光景が檻から見慣れたオフィスに変わってもあまり感慨は湧くことはなかった。
二日前、カールという少年の事件を解決し終えた後、アイクは自分のオフィスで居眠りをしていた。
そこへ現れたのが護衛隊だった。
彼を牢獄へと連行し、丸一日そこで過ごした。
そして今朝ステイのおかげで協会へと戻れたのである。
「雇った甲斐があるってもんだ」
可能性が高い、考えられることとしては知り合いによる密告だ。
問題なのはそれが誰かだと考える。
「この出費分は取り戻してもらうわよ」
ステイが忌々し気にアイクの方を見る。
アイクが誰かしらに通報され、囚われその度にステイが保釈させている。
いい加減にしてくれと言いたいのだろう。
だがステイがそれほどのことをするのはアイクにそれと同等の価値があると信じているからである。
「国からの依頼よ、せいぜいお金に変えて頂戴ね」
そしてステイは今回もそのアイクの価値を存分に利用するため、彼に恩を着せたうえで仕事を振るのだった。
*
「ただいま」
アイクはいつものように揃っていた部下たちに話しかけた。
「ご無事で何よりです」
「お前もな」
フランの心配にアイクが少し安心したように答える。
アイクはフランも自分の煙草関係で捕まっていたと聞いていたからだ。
だが彼女はアイクが見る限りは元気そうだった。
「煙草を吸っていたんですね」
何も知らなかったマイクが呟く
「もちろん」
そう言ってアイクは懐から禁じられた薬物を取り出し、口に咥える。
「・・・で、満足したかな。フーベルト君」
アイクはおそらく利敵行為を働いたであろうフーベルトの方を見る。
「なぜ俺だと?」
相変わらずの無表情で答える。
「消去法だよ」
だがアイクは確信を持って言った。
そしてそのあとすぐ、部屋に木のようなものが割れる大きい音が響いた。
「年季が入っているんだ」
その音がした方、つまりフーベルトに視線が集まる。
そこには盛大に壊れた椅子とその椅子に全体重をかけていたであろう神童が床に寝そべっている。
「なんだ?」
アイクは両手を上に挙げ、とぼけてみせる。
「陰湿だな」
「お前よりマシだ」
バチバチと互いの視線がぶつかり合う。
*
「さて、今日の仕事だ」
全員に資料を渡す。だがアイクは彼らが読み切るのを待つことはない。
「俺が部下と遊んでいる間に巷では小火騒ぎが起きていたらしい」
「火事ですか」
資料を読み上げる担当のマイクが仕事を果たす。
「場所は主に西側各国、東は不思議と無傷か」
すっかり気分を切り替えたフーベルトが続けた。
「魔族かもな」
この世界の西側は人類生存圏とも言われる。
人類の80%が生息しているからだ。逆に東側は魔族と変わり者が住んでいる。
魔族が疑われるのも当然だろう。
そしてそんなことを言うと
「言いがかりですね」
全員が思った通りの動きをフランがする。
このチームとフランは会って一か月すら立たないぐらいの関係性だが、その程度の行動を予想できるぐらいに強烈なキャラをしていることを再確認するのだった。
*
「さて、意見を聞こう」
アイクは部下に目を向ける。
「魔族説は可能性あるだろ」
検討に値する意見だとフーベルトが言う。
「俺だけじゃなくフランにも喧嘩を売るつもりなのか?歴史の勉強をしていれば今の魔族にそんな体力はないことは明らかなはずだ」
アイクが嫌がらせか本心か、フーベルトに反論する。
「個人的にやった無差別テロの可能性は?」
マイクはフーベルトの意見を持っている。
アイクは一度真剣に考える。
この火事が初めに発生したのは二週間前だ。
そこから一見して法則性がないような場所を転々と放火されている。
そんなアイクへとフーベルトが声をかけた。
「俺と勝負しよう」
そう言ったフーベルトの表情は無表情ではなく少し笑みを含んでいた。
*
「勝負?」
アイクがフーベルトへと尋ねる。
「俺とお前、どっちが先に問題を解決できるかでだ」
自信満々な神童は答える。
「なにを・・」
「いいだろう」
フランが意味を理解し、怒り出す前にアイクが了承する。
フーベルトと同じようにアイクの顔も笑っている。
「だが、やるには何か賭けないと面白くないな」
アイクが自分の理想とする方へと話を誘導する。
「同感だな」
フーベルトが同意し、続ける。
「なら、もし俺が勝ったらこのチームを解散して軍への紹介状を書いてもらおう」
「軍?」
アイクはチームを解散などよりもフーベルトが軍を志望していることの方が気になった。
だがすぐにどうせ叶わない彼の願いに興味を失い自分のことを考えた。
「じゃあお前は・・・そうだな、俺の部下である限り許可なく魔法を使うのを禁止しよう」
アイクがフーベルトに提案したのは魔法の無断行使禁止。
魔法を使う者にとってこれ以上の嫌がらせはない。
「・・・いいだろう、成立だ」
フーベルトが了承する。
「誓いを立てますか?」
今まで巻き込まれないように黙って聞いていたマイクが口をはさむ。
「必要ない、そんな恥知らずでもないだろう。だが逃げる羊を追うような真似はしないぞ?」
ルールを強制する誓約を結ぶ手もあるが、これは自分の意思でイヤイヤ従うから面白いのだとアイクは思う。
そうやって笑い合っている二人をフランが全てを諦めがけに見ていた。
*
「アイク、国からの依頼を賭け事にしたの?」
アイクは再びステイに部屋へと呼ばれ、入室早々にそんなことを言われた。
「フランか?」
一番の可能性がある容疑者の名前を挙げる。
「そんなことをして、もしそれが犠牲の出た遺族にでもバレたら、私はクビ。あなたも無事じゃ済まないわよ」
さすがの危機管理能力だ。
ステイはこういうときだけ目敏い。
「心配するな、フランもそこまでバカじゃない」
「本当に大丈夫なんでしょうね」
アイクは情報が漏れることはないと伝える。
「任せておけ、ところでワシントンは俺が負ける方に1万かけた」
アイクのその言葉に信じられないという顔をした後に再びアイクへと向き直った。
「あなたに二万よ」
ステイはそう言ってから、アイクを部屋から追い出した。
*
「なぜあんなことを?」
そう問いかけたマイクがいるのは魔法協会だがアイクのオフィスとは違うある会議室だ。
ここは協会の職員認証カードさえ持っていれば誰でも借りることができる。
そこにいるのはマイクだけでなく、賭けの当事者であるフーベルトもいた。
ここへ移動した理由は勝負のせいでアイクのオフィスで仕事することができなくなったからだ。
「そんなことが気になるから俺についてきたのか?」
フーベルトが不満気に言う。だがマイクも好きでここに来たわけではない。
「アイクに言われた、子守をしろと」
「・・余計なことを」
資料から目を外さない忌々し気なフーベルトが呟く。
「なぜ勝負なんかを?」
マイクがずっと気になっていた一番の疑問を問いかける。
「・・俺のためだ」
そう言ったフーベルトの顔には先程見た笑みが張り付いていた。
*
「煙草は?」
定員の半数となったアイクのオフィスで、我慢ならなくなったフランが吐き出すように言った。
「説教は聞き飽きた」
「・・なら、フーベルトのことを」
アイクはそれぐらいは答えてあげてもいいかと考える。
「浮かれた子供の鼻を折るにはいい時期だ。お礼参りもまだだしな」
アイクは簡単にそう伝える。それを聞いたフランはうんざりしたような顔はしたものの何も言わなかった。
「マイクは二万、お前は?」
アイクがフランにこの勝負にいくらかけるのかと聞く。
フランは表情を変えることなく言い捨てた。
「賭けません」
*
「何よりは発火原因だな」
大量の資料に、文字で埋め尽くされたホワイトボード。
そしてその情報の津波を乗りこなしているのは16歳のフーベルトだ。
それを見ていたマイクは、この少年の頭の中の一部を垣間見たような感覚になる。
「一度現場に行ってみたらどうだ?」
自分との才能の差に気落ちしたことを悟られないように声をかける。
「それはお前の役目だろ」
おそらく以前の空き巣に入ったことを指して言っているようだった。
マイクは納得がいかないと言う顔をする。
「お前は何もせず待っていたらいい。すぐに次の仕事も見つかるさ」
フーベルトは自信満々にそう言ってのける。
自分が負けるとは一切思っていないようだ。
マイクは賭け金を設定した身の上、フーベルトの邪魔をした方が得なのだが、そんなことをすれば殺されかねないと判断しやめることにした。
そして会議室で一人、二万は賭けすぎたかと不安に思うのだった。
*
「お前は空き巣もできないのか?」
「声が大きいですよ」
アイクたちはオフィスから出て現場から情報を集めることにした。
フルパーティーなら調査は部下に任せるアイクだが、今のチームは道徳心だけが取り柄のエルフしかいないので直々に出ることにしたのだ。
「なぜ遺族の家を?」
「・・趣味でやっていると思ったのか?」
アイクの言葉にフランが頬を膨らます。
彼女はそうしていれば、外見だけで簡単に出世することができるだろうアイクは思った。
この世には変なおっさんがいっぱいいるし、このルックスならそれを職業とするだけで食べ物には困らないだろう。
だが、彼女はそれでもここにいる。
魔法しか取り柄のないアイクからすれば理解することができなかった。
「自然火ではここまで強い火にはなかなかなることはない」
答えが返ってくることを期待していなかったのか、フランがアイクの返答に驚いた。
「魔法だと?テロではないと言いませんでしたか?」
「テロではないかもしれないだ」
アイクは魔族のテロ、それは考える中でも最悪のシナリオだと考える。
フーベルトのこともあり、最悪の事態になりかねない。
その時には、緊急用の弁が発動するのを祈るしかない。
「・・上の連中は俺たちに魔族の仕業だと判断してもらいたいのかもな」
「なぜ?」
そしてこの事件の依頼主が政府だと言うのも少し引っかかっていた。
普通の連続火事の事件なら政府がわざわざ魔法協会まで回すことはないからだ。
「魔族にはお前みたいなやつが多いからだよ」
適当を言ってフランをはぐらかす。
「・・・?先生はどうするつもりですか?」
「連続している火事を止め、上も納得させしかない。犯人が魔族かをはっきりとさせるぞ」
アイクはそう言ったものの、魔族と自分をもう巻き込んでくれるなという思いの方が強かった。
*
「魔法以外に考えられない」
識別検査の結果を見てフーベルトがそう判断する。
マイクはフーベルトが見ていた調査結果を見て、同じように判断する。
さらに
「・・魔族の魔法の使い方だ」
人の魔法ならこんな風に「魔殻」が散らばっていることはない。
魔族の魔法と人が扱う魔法は根本から異なる。
魔族は世界を通して魔法を顕現するのに対し、人は自分の体を通じて魔法を実現させる。
この世界の精霊が放出する、魔力の素である魔素。
その魔素と呼ばれるものの形を無意識に掴み、意思を込め、願いを実現する。それが彼ら魔族の魔法だ。
だが、人は魔力という概念なしでは魔法を発動することはできない。
それは魔法というものを扱うように元々の体が設計されていないことが原因とされている。
強力な魔族に対抗するためには魔法を使うことは必須だ。
壮絶な生存競争に勝つため、人族によって生み出されたのが魔力という力だった。
魔力は今の時代、生まれた時からデフォルトで備わっている機能とされている。
それは何年もの時を重ね、魔族に打ち勝つために人類が苦しみながら進化した証だ。
魔力がないと人は魔素に干渉することすらできない。
両者の違いは、魔法を行使した後、魔殻が残るか残らないかである。
魔殻とは魔法を行使するために使用した魔素の殻のようなもので、魔族の場合必ず魔法行使後にその場には魔殻が発見される。
そしてそれは長い時間をかけて精霊が分解し、また新たな魔素となる。
しかし、人間は魔力という、いわば身体機能を用いているためその魔殻は体に蓄積してしまう。
それが原因で体調不良、身体障害、発作、強烈な痛みを引き起こしたりする場合がある。
つまり魔殻が現場に残っているということは魔族が魔法を行使したという証拠とも言えるのなのだ、
「テロか、魔族の遅れたら反撃か」
フーベルトが最悪の可能性について考える。
現在も魔族に恨みを持っている者はたくさんいる。それも殺したいほどに。
もしその判断を確定し、正式に認められてしまえば人類は今以上に魔族の迫害を進めるだろう。
「わかっている、まだ決定するつもりはない。魔殻は別の要因で発生する可能性もあるからな」
マイクからの視線に気づいたフーベルトはまだ検証不足だと言う。
マイクはこのまま進めてもいいのかと疑い始める。
何か引っ掛かるがそれが何かわからない。
マイクの不安が尽きない顔とは裏腹にフーベルトの笑みはだんだんと深くなっていく。
*
「魔族、でしょうか」
現場付近から検出された魔殻を見ながら、フランが考えられる可能性について口にした。
「それが事実なら、・・・今度こそ魔族は俺たちの手によって絶滅させられるだろうな」
以前の戦争で絶滅寸前まで追い詰められた魔族。
彼らの血が絶やされなかったのは、単にエルフによる口添えが大きい。
「・・・報告しますか?」
フランも馬鹿ではない。魔族を身内判定しているとしても、彼女がなによりも一番に思っているものを見失ったりはしない。
そしてこのエルフの言葉からもわかる通り、今回口火を切ったのが魔族側からならば彼らがどうなるかは火を見るよりは明らかだ。
「まだだ、魔族の過激な奴でもここまでの馬鹿なことはしない。そんな馬鹿がいたことも否めないが、確定させるにはまだ早い」
アイクは苦い表情でフランに返事をする。
「何が考えられる?」
いつものオフィスで聞くように続ける。
「人の可能性というのは?」
フランがそうあって欲しいと言う願望も含めて述べる。
「魔殻を偽装したとしても、探知魔法を併用しながら警備を強化してる護衛隊の目を潜り抜けるのは簡単じゃない。
「・・・・んー、その探知を妨害する魔法を使われた可能性は?」
フランが少し時間が空いてから、思い出したように意見を述べる。
「ありえないな、ジャミングされていたのなら術者本人が気づかないはずがない」
時間を空けずにアイクが否定する。
「・・・・あ、時間差で火がつくような魔法とか?」
頭から絞り出したように意見を言うフラン。
「高度だができなくもないな。が、それも護衛隊が気づく。そこまで優秀じゃないって意見も認めるが、やつらの探知魔法が優秀なのは間違いない」
これもコンマの差ですぐに反論。
「・・・・」
アイクの部屋に沈黙が広がる。
「もう終わりか?」
「私だけですから」
人数からいつもの議論式は使えないという判断をするのになかなかの時間がかかってしまったアイクたちだった。
*
「魔族、だな」
「確かなのか」
フーベルトがついに結論付けた。
だが、マイクはその結論を疑う。
「最近、魔族間で反人類の運動が活発化しているという情報をもらった。こんなことをしても不思議じゃない」
「落ち着け、その情報は確かなのか?」
「お前は黙っていろと言ったぞ」
フーベルトがマイクを目線で黙らせる
だが、ここで素直に従うような奴は魔法協会には入れない。
「・・・いや、魔族と一概に判断していいところじゃない。罰するなら実行犯だけでいい」
「それを判断するのは俺じゃない、お前でも、アイクでもな。あとは上に任せよう」
フーベルトが魔力を込め、政府へと報告しようとしているのがわかる。
マイクはこのまま魔族を見殺しにしていいのかと考える。
だが、魔族が滅べば次の戦争までの期間は確実に長くなることは明らかだ。
しかもこのフーベルトと一緒に調査していたとかで、今以上の地位へと行ける可能性もある。
そもそも今回は魔族がこちらに手を出してきた。
領土は奪われ、戦争で約半分以上が戦死し、残った魔族は迫害の危機に晒されている。
返し切るのが不可能なほどの賠償金を背負わされ、彼らの子供を飢えさせながら返している金を次は魔族を殺すのに使っても手を出したのはあちらだから関係ない。
マイクは結論を出す。
「・・だろうな」
フーベルトはマイクの方を向いて、呆れたように言う。
「俺にはライバルが多い、特に足を引っ張る」
マイクはフーベルトの連絡を妨害した。
無意識にとは言わず、確固たる意志を持って。
マイクはただ今結論づけるのは早いと言いたかっただけなのだが、フーベルトとはそう思っていない。
彼らの周囲に結界が完成する。それが意味するのは、
「ッ、待て・・」
フーベルトが世界に干渉する。
*
「私たちの中で1番優秀なのって誰だと思います?」
「・・・・お前ではないことは確かだ」
急にフランがそんなことを言い出したことにアイクが少し驚く。
フランはそう言うことに1番興味がなさそうだったからだ。
「私はこれでもエルフの中では優秀な方なんですけど」
拗ねたようにフランが言う。
「道徳の代名詞エルフの国ではそうだったろうな」
「・・・」
フランが黙り込む。
アイクはチームから二人目の裏切り者を出すことを恐れ、続ける。
「・・優秀って言ってもそれぞれベクトルがある、仕事に集中しろ」
「ベクトル?この森が関係あるとは思えませんが」
フランが首を傾けながらアイクに聞く。
「ここは西側最大規模の精霊が祀られている森だぞ?環境的要因ならここが怪しい。ベクトルで言えば、・・・そうだな、お前はリスク管理に秀でている」
アイクの言葉にフランの顔は疑問形だ。
アイクは真面目くんだと言っただけなのでそれは正しかったが。
「・・ならフーベルトは?」
「精神面さ」
*
そういいながら目の前の神童が膨大な魔素を魔力器官へと流していくのが分かる。
教科書通りの組み方のはずが、彼がするとまた違ったものに見えるのだから不思議だ。
行使された魔法の術式に従い、どんどんと結界内の温度が下がる。
それに連れてマイクの体温も低下していく。
フーベルトは本気だ。話を聞くような雰囲気ではなかった。
「一度考え直せ」
一縷の望みをかけたが、一縷すらも感じさせない。
フーベルトはマイクがアイクのスパイだと疑っている。
マイクはその疑問を先に解こうかと迷う。
だが、それはもうこの時点で意味ないと判断した。
下がった自分の体温を引き上げるために自分の体へ魔力を浸透させていく。
複数のことを同時にするのが苦手だと自覚しているマイクはすべきことを一つに絞った。
魔力を働かせ魔素を認識する。
魔法が発動し体温が戻り、体は軽く、思考はクリアになる。
マイクの得意とする身体操作系の魔法だ。
素の身体能力は勿論、五感に加えて、知能すらも底上げする。
獣人による身体能力強化。
フーベルトは素直に厄介だと思った。
彼自身、喧嘩では大人相手でも負けた事はない。
だが、獣人との対戦経験はなかったからだ。
だが、足りないものは知識で補う。
それが年齢という経験不足を補完するための彼が出した結論だ。
マイクはフーベルトの魔法の正体を明らかにすることから始める。
対魔法での戦闘はどれだけ早く相手の札を読み、適応できるかにかかっている。
もちろん、それをさせないように相手はしてくる。
マイクの過敏になっている神経が反応する。
彼の足へと氷結が侵食してきたのだ。
凍傷による細胞破壊に至る前に凍った靴を力で無理やり脱ぎ捨て、足の裏の皮膚を千切りながら氷から逃れる。
足に激痛が走るがその痛みも時間と共に消えていった。
マイクは身体操作で痛みの信号を送る脳機能を停止させたからだ。
もちろん、その部位は治療している。
これ以上の凍傷を防ぐため、中和術式へと魔力を流す。
魔力さえ流すと半自動的にその魔法を中和する術式。
人類が自然法則を操る魔法を得意とする魔族に打ち勝つために開発された術だ。
それの発動を、感じ取りながらマイクはフーベルトの方を見る。
フーベルトは自然操作の魔法を発動しながら空気中の水分で作り上げた氷の矢を放つ。
マイクはフーベルトのその器用さに舌を巻く。
魔法の同時発動は誰にでもできることでなく、マイクの半自動的な中和術式を並立使用するのでさえも細心の注意を払いながらだ。
だが、その攻撃力は申し分ないが速度は目で追えないほどではない。
五感を強化した獣人なら余裕を持って躱せるが、マイクが気になったのは当たらなかった矢の結末だ。
その矢はマイクの後ろにあった文字の書かれたホワイトボードへと刺さっておりそこからは長い氷柱が延びている。
それが示すのは、矢に当たればそこから凍結していく。
そしてそれを防ぐ術はないと言うことだった。
マイクは触れることによる凍結の可能性も考えて、砕くと言う選択肢は削られ、躱すしかなくなる。
そうしている内に、上からはまた違う魔法によって不可視化された槍が浴びせるように降ってくる。
それを強化された触覚と嗅覚で気づいたマイクは、矢と槍の間を凡人では見つけられないような隙間を縫っていくように避ける。
だが逃れたところに、罠があることをマイクは気づいていた。
だがこのままでは近づけないと判断した彼はあえてその罠にハマる。
遠距離を得意とする相手に自分から近づくように仕向けたが、それすらも神童にはお見通しのようだった。
フーベルトはマイクがわざと罠に嵌ったことを見抜き、罠自体を解除した。
痛みという信号をオフにしているマイクは肉体の危機的なシグナルを受信することができない。
致命的な肉体の欠陥に気づくことができないということだが。それは脳の感覚操作の延長で補っている。
不可視の槍と氷の矢が迫る中、マイクは見えている逃げ道の第二、第三の危険筋の道をあえて選ぶ。
先ほどのような罠を警戒してのことだったが、フーベルトへと近づくためでもある。
魔法は一見遠距離の方が有利と思われがちだが、極限まで高められた神経系、そしてしれも獣人のものなら放たれた弾丸ですらもう指先で掴むことができる。
フーベルトはさらに作った氷の柱で妨害をしているがマイクには当たらない。
攻撃が当たるまでにあと二歩というところで脳が体の違和感を検出。
足だとマイクに伝える。
だか彼はそれに構わず、一歩を踏み出す。
特殊な技法によって残りの一歩を圧縮し、その体重移動の流れで蹴りを出す。
マイクの足はフーベルトの顎を的確に捉え、意識を揺さぶる。
ふらついているフーベルトへさらに追撃を加えようとするがこれ以上は危険だとマイクの足が止め、その場へと倒れてしまった。
*
「見つけたぞ」
アイクは森の中でついに事件の第一容疑者を発見した。
「これは・・火の精霊?」
フランが目を凝らしながらそう言う。
「いや、魔殻だ。しかもまだ火の魔素でもある」
「どうしますか?」
フランが不安気に聞く。
この森は観光地であるとともに戦後の人類の希望を表す、聖地の一つだ。
下手に手出しすることはできない。
「・・・やり方は色々ある。まあこっちは任せて、お前はあいつらの喧嘩を止めてこい」
だが、アイクは心配することはないとはっきり言う。
それに嫌な予感を嗅ぎ取ったフランがアイクの前へと立つ。
「先生?何をするつもりで」
だが彼女のその先の言葉は続くことはなかった。
ここの場所から消えたからだ。
「魔族か」
そうふ呟いたマイクは煙草に火をつけながら、魔力を込め始めた。
*
攻撃を受けたとはいえ、マイクの転けると言う致命的な好奇を逃すほどフーベルトも愚かではない。
マイクの感覚が凄まじい危険信号を送る。
マイクは瞬時に判断し左腕のみで攻撃を防いだ。
そして倒れた原因でもある完全に凍りかけていた右足を体から切離し、無傷の右腕と左足だけでフーベルトから距離を取る。
フーベルトも自分の回復に集中し、マイクへの追撃はなかった。
マイクは右足と同じ容量で左腕を手刀で体から切り離した。
そして、細胞分裂を活性化させ新しい腕と足を作り始める。
マイクはフーベルトが使っている魔法を一度頭の中で整理する。
フーベルトが今、行使している魔法は最大で五つ。
中和術式で対応している周囲を凍らす魔法。
腕と足が凍ったことから別の魔法だと考えられる、空気中の水を固体化し武器にする魔法。
それを不可視にする魔法。
マイクほどではないにしろ身体操作系。
この様々な魔法を扱えるということが彼を神童と称される理由ではない。
マイクにもこれら魔法を使う可能だが同時にしてしまうと一気に魔力器官が破壊され、脳が溶ける。
フーベルトという少年は、一度学習すると忘れないという天才肌に、六つもの別々の系統の魔法を同時発動できる魔力器官、そしてそれを自由に操る脳、そして自分に対する限界はないという精神性で構成されているる。
それを理解したマイクは降りることにした。
対等な同僚という立場で戦うことを。
マイクは特段自分が優れていると思ったことはない。
何をやるにも人並みの時間がかかり、取り柄といえば身体能力だけ。
だが、彼をフーベルトと対等に戦うまでにしたのは矜持だ。
魔法協会という高等で、高貴な組織を構成する一人な以上、彼が育った街での風土を出すわけにはいかない。
だが、それに拘っていても意味がないことを弟ぐらいの年齢の少年に思い知らされた。
たとえ属する組織が変われど、その人が変わるのは表面上だけ。
はるか底の心に深く根を張った生き方は隠すことはできない。
一呼吸置き、マイクは魔力を一つだけのことに集中させる。
するとすぐにマイクの体は外の気温差に耐えられず、体の中の血液、そしては肺までもが凍り始めた。
やることは単純。マイクの体の限界が来る前に泥臭くフーベルトの意識を奪う。
近づいたマイクのこの賭けの作戦を理解したのだろう。
フーベルトがさらに気温を下げ、自分の身体能力を強化する。
だが、フーベルトはマイクに攻撃をすることをやめなかった。
迫る矢を拳で砕き、フーベルトへより近づく。
彼の魔力出力で防御に全て振れば、マイクの拳は防げただろう。
それができなかったのは、単にかの神童の精神性が原因だ。
守って勝つなどあり得ない。
そんな幼少な心がマイクへと味方し、フーベルトとの距離が目前へと迫った。
だが
「喧嘩なんかしているの?」
そんな呑気な声と共にフランが結界へと入ったと同時に破壊した。
マイクがフーベルトへ勝利の拳を入れようとする直前にフランの魔法が発動する。
突然、マイクの呼吸が回復すると同時に身体機能が急激に低下、スピードを制御できなくなった彼はそのまま結界の外へと放り出された。
「アイクはもう解決しちゃったわ」
*
今回の事件の真相を伝えるためにアイクは協会の建物である最上階へときていた。
「フーベルトとの勝負は俺の勝ちだ。奴は俺の許可なく魔法は使えず、お前は大儲け」
笑って言ったアイクとは反対に、ステイは深刻な表情だ。
「一応聞くわ、真相は?」
アイクはそのことを気にしながらも、少し声のトーンを落として言う。
「そのことだが、関わった奴には戒厳令を敷くべきだ」
そのことで全てを悟ったのかため息と共にステイが顔を俯かせる。
「もう手遅れよ」
そう言ってステイがアイクへと見せてきたのは火事の原因と精霊の森を焼いた犯人が魔族であるということが扇情的に書かれていたある新聞記事だった。