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前に進む者(後半)



「またよろしく頼む」


そう言ってマイクは拳を互いに突き合わせてから、別れる。 

今回も例に漏れず、学校を辞めて働いた方がいいような知能をしている者たちに勉学を教えた。

どうしてそうまでして学校に在籍することにこだわるのだろうか。


彼らのIQを考えれば意味がないように思える。

ろくに授業に出ることなく、テストの前になると焦り始め、急造の対策をして、やった気になっている。

この学校はただテストをする場所ではないというのに。


同じ獣人として少しばかり恥ずかしい。

ただでさえこの耳と尻尾のせいで、上へと上がりにくい世界で、学校にまで通わせてもらっている裕福な者がなぜ努力を惜しむのか。


そんなことだからいつまで経っても自分たちの身分が上がらないのだ。

マイクは夜遅くから始まる授業の準備をしながらそんなことを思った。

17歳の彼は今ある学校の生徒で、将来は獣人の地位を上げるという夢を持っている。


そんな年の彼でもその成績の優秀具合から同じ学校の友人や、知り合いの獣人からテスト前になると時々、頼られることがある。

この学校での繋がりも未来で自分の力になると信じているマイクはそれを快諾するも、心の中では底から馬鹿にしていた。


授業を受けるだけでもそれなりのお金と立場が必要になってくる。

そのありがたさをわかっていない同族が山ほどいることにうんざりしていた。


獣人が身分権を獲得してから数十年。

世論は進化を繰り返し、今では獣人差別も確実に減ってきている。

人間と平等に学校に通えることができ、居住権も分けられることはなくなっている。

ここまでするのに先祖たちがどれほどの苦労を重ねなのだろうか。


並大抵の血と涙を重ねても、簡単に実現できることではない。

そしてその意思を継ぎ、獣人のさらなる発展を願いマイクは毎日研究と自己研鑽に明け暮れる。そして自身が獣人という身分をより高居場所へと導く。


そんな時だった。

一件の知らせが届いたのは。



「なぜ俺が退籍処分を喰らわないといけないんですか?!」


無造作に、なんの思いやりもなく届けられた一枚の手紙。

そこに書かれていたのは俺の学校からの存在の抹消だった。


「規則ですので」


受付係は俺の言葉を全く聞こうとしない。

おそらく何年も続けてこんな獣人がいるのだろう。

学校に通っていることに怠け、勉学を疎かにし、退籍となる獣人が。


「頼む!聞いてくれ!説明してくれ!」


だが、俺の退籍事由は成績不良ではない。

そんなことは絶対にあり得ない。

俺はこの学校でトップ3に入るほどの成績優秀者のはずだ。


「明日中に荷物をまとめること。さもないと護衛隊に連絡します」


無感情にただの道具のように、俺のことを全く気にかけることなく、視線を合わせることなくそう言い放つ。


獣人だから劣っていると考えている。

人間じゃないから雑に扱ってもいいと思っている。

差別の根っこはそんな浅い思考の集合体。

誰もそれを差別なんて思っちゃいない。


教務に行っても手応えがない。

なら、次は無理矢理にでも、理由だけでも聞きに行く。

向かうは学校長室だ。


だが、そんなところに珍しく父親からの連絡が入った。

この学校に入ってからほとんど連絡を取り合っていなかったので意外に思い、ついその連絡を聞いてしまった。

聞かなければ良かった。




父が俺の伝えた情報は母親の死だった。


俺はこれ以上ない葛藤の中、自身に起こっている事を全てを忘れて、母親の亡骸のある故郷へと帰り、顔を拝むことにした。

学校側から下された退籍処分への提訴期間の全てを消費しながら電車で南へと降る。

その1週間で母親は火葬されてしまう。

俺は可能性のない希望に縋るより、後悔しないための選択をした。



俺が生まれたのは国の中では特段に恵まれた暮らしができる地方だった。

父親の職業の関係もあり、俺が食うに困ることなどはなかった。


だが世界は平等にできているのか、俺の母親が弟を産んだ途端に体が弱り始めた。

人生の中での幸運と不幸は均等になるようにできている。

そんなことを学校で学んだ気がする。


だが必ずしも全世界全員がそれに該当するわけではない。

人がそれを信じるのは、そうすれば不幸な奴は救われるからだ。

自分だけが不幸ではない、あいつもいずれ痛い目に遭う。

そう信じないとこんな残酷な世界は生きることができない。


死に目に遭うこともできず、真っ白になった母親の顔を前に、後ろに立っていた男が言った。


母親の死因は心停止。

脳の体積が激減しており、手を尽くしたが,できることはなかった。


脳の溶解現象。

今思えば、それは魔法の過剰行使だったのだろうか。


原因は問題ではない。

それを見直したところで起きた結果を巻き戻すことはできない。


自分の退籍のことを両親になんと言おうか迷っていた頃が懐かしい。

棺の中の母親は俺の記憶にある母親の姿からは少し痩せていて、それでも化粧によって若返って見えた。


涙は全く出なかった。

まだ脳の中で情報を処理しきれていないのか、表情筋は動かず、ただ目の前にある女の顔を見つめる。


そんな俺に後ろから低い声で声をかけてくる男がいる。


それは俺の父親だった。


その男は俺の情けない姿を見てか、泣きながら笑った。





「なぜ父親は笑った?」


マイクの話を黙って聞いていたフーベルトが堪らず、口を挟んだ。

話の情緒がおかしかったからだ。


「最後まで聞けよ」


「聞くつもりだったがお前の圧倒的主観が入ってそうだったんでな」


「そんなことはない。ただ事実を述べているつもりだが」


フーベルトの指摘をマイクは否定する。

フーベルトが父親と話した感触として、そんなサイコキラーのような性格をしている男ではないことをすでに知っていたからだ。

最愛の嫁が死んで、泣き笑いするような。


「・・あの男はすでに壊れていた。俺の性格からもわかるように俺の血はそんなに強くはできてない。身体的には強くても精神的には軟弱だ。そして獣人の特性である家族が弱点であることに変わりはない。その柱を失った男は俺の退籍処分を受け入れる余裕なんてない」


フーベルトは疑問に思う。

マイクが自身の父親を嫌っている理由があるとすれば母親の死を笑ったこと?

だがそれは彼自身がその原因を知っている。

その上で回復した父親を拒んでいるとしたらなんて残酷なことだろうか。


「この話にはまだ続きがある。あの男が壊れた理由は母を殺す選択をしたのが彼だったからだ」


「殺す?」


予想とはかけ離れた言葉を聞いてフーベルトの頭であ謎が深まる。

フーベルトが整理をするのを待たずして流れるようにマイクは続ける。


「間接的にだが。その行為は俺が学籍を失った原因でもある」


「それで父親を恨んでいると?」


「そうだ。許されざる行為をしたんだ」


フーベルトの頭にさまざまな選択肢が浮かび上がる。

そしてそのうちの一つに焦点を当てて、考える。

マイクはフーベルトの考えていることの答え合わせをするように、ゆっくりと吐き出す。


「あの男は獣人の身分で同族の人身売買を行った」 





「人身売買?」


フーベルトの問いに、マイクが嫌そうに答える。


「母親の命を救うには大量の金が必要だった。仕方のないことだが当時の創設したての魔法協会は拝金主義。うちに多少の余裕はあれど、それ程に回せる余剰はない」


組織の立ち上げには金がいる。

そして維持にはそれ以上のコストがかかる。

場所の確保に、設備に備品。

システムの開発と導入、広報に宣伝、法務手続きに登録手続き。

優秀な人材の確保と育成。言い出したらキリがない。

そんな彼らが可哀想だからと言って一般の獣人を特別価格で請け負う義務もない。


「父親はいたるところから金を借り、ついには闇金に手を出した。交換条件での闇取引に失敗し、すべての罪を一人で引き取ることとなった」


戦後の黎明期に隆盛を築いた闇金業、今では淘汰されつつあるが当時の勢いは世界を巻き込むほどだった。


「だがそれは全て母親を救うためなんだろ。自分の欲望を満たすためじゃない」


フーベルトはどこまでも、マイクの父親の味方をする。

これはアイクとの賭けだからではなく、本心から彼らの仲直りを願ってのことだ。


「だが公民権運動の全盛に世間にそれが公表された。獣人の権利のために戦っている者を獣人が後ろから刺したも同然だ。過激派はすぐに俺たち家族の命を狙い始めた」


マジョリティでは裏切り者は淘汰される。

それは同族であっても関係ない。


「それでお前は家族から離れることで自分の命を守った。学校も除籍にしたのはお前の命を救うためだったのかもな」


公民権運動を支えていたのは主に14歳から25歳までの青年期の獣人たち。

彼らにとっての禁忌を犯した存在は生かしては置かれない。


「母親のためとはいえ、種族全体の足を引っ張り、俺の人生の後先を考えなかったあの男に俺の父親を名乗る資格はないだろう」








「ハーネスに住んでいる人間たちの種族的起源はアードリア人だ。彼らはそこからモントリアル人、ハーイネスブランド人、サークル人に分類される。この症状が出てるのはハーイネスブランド人、つまりハーネスの奴らだけだった。遺伝の可能性は除外。子供犯人説は未だ調査中だが、結果を見る限り該当する可能性は低いな。さて次はどうする?」


場所は変わり、フランが契約しているジムへと移った。

ここは完全会員制で、入るにはその証拠となる会員証が必要なのだ。

しかしそれを持っていないアイクは最も簡単に出入りを可能としており、このジムはシステムから考え直す必要があることを事務に言うことを決めた。


そしてアイクの方を見る。

どれだけのIQと度胸さえあればここまで自由に法の垣根を越えることができるのだろか。


「人間の方ではなく土地に関係があるのでは?」


フランはランニングマシーンの上で、走りながら答える。


「それもなぜ子供なのか、その子供でも個人差があるのかが説明がつかない。夢遊病は街の中の場所に関係なく発症していると言っていい」


だが彼女の意見はジム内を無遠慮に散策するアイクに否定される。

周りにいる人々は彼のことを一瞬、気にかけるが変に絡まれないように目線を逃す。


「私が触れた限り付合系ではないと断言できません」


「なぜ?」


「人によって違ったからです」


自身の記憶を遡り、実験結果をアイクへと述べる。

一度関わってしまった以上、途中で放り出すのも何かとなのでわざわざ離れている街へと行き、発症した子供達に触れ、そして自身の魔法に反応させた。

もちろん、タクシー代わりのアイクの魔法は使った。


「つまりどの系統の魔法だと決めることはできませんでした」


「それがお前の仕事だろ」


「仕事でした」


決してフランのこの行為に金銭が出ることはない。

それでも彼女がこの件に関わる理由は100%の善意からだ。

それ以外にない・・・はず。


「お前が触れて症状が緩和したのなら付合系でなくてもその要素はあるはず。つまり複合的な魔法だ。そうなると人工的に発生したとは考えにくくなるな」


「精霊の仕業?」


それなら全て説明がつく。

少し過干渉ではあるが、考えられない可能性ではない。


「すでに奴らが検査済み」


だがそんなことは最初に選択肢として浮かんであり、削除済みだった。


「一人の仕業ではなく複数人で行動した結果の魔法の可能性は?それなら曖昧な魔法の検査結果の原因も説明できる」


「ならどうやって?どうして子供だけだ?どうして症状が無いものもいる。それらを説明できない」


安易な考えに飛びついた自身を責める。

今必要なのは、全ての条件に納得がいく原因だ。


「逆に考えるか。子供だから症状が出ていると。あんまり好きじゃ無いが虱潰しに共通点を洗い出させる」


アイクが、思いついたように口にする。

そして勝手にフランのランニングマシーンの停止ボタンを押して、視線を向ける。

だんだんと地面のスピードが遅くなり、それに合わせてフランの足も動く。


「戻るつもりは?」


その言葉に、彼女は何も答えなかった。






「子供たちが共通しているのは年齢、土地、種族ぐらいか。それを踏まえて上でそれらに該当する者たちの中で症状が出ていないものに注目する」


帰ってきた宿で、マイクは再び膨大な資料を1枚目から捲る。

フーベルトはすでに疲労が溜まっているようで、ベッドの上から出てこようとはしない。


「長くなりそうだな」


フーベルトがマイクの顔を見てそんなことを言う。

マイクはそれに返事をするどころか、無視した。

彼の独り言だと思ったからだ。


「嫌そうだな」


マイクの表情を見てか、フーベルトは少しだけ笑う。


「父親が未だここにいるからか」


フーベルトはマイクの返事を待たずに、口を動かす。



「そろそろ許してやったらどうだ。父親は前に進んでいる。残されているのはお前だけだ」


集中させてくれと思いながらも彼のこの好奇心は満足するまで鎮まらない。

なら、答えてやる方がこれからを考えても効率的だ。


「前に進む?当たり前だ。時間が後ろに進むことはないからな。人に後退はあり得ない。あるのは停滞と進行。そして停滞しているのは俺ではない」


「もうお前の中で区切りはついていると?」


「そうだ。俺の中での結論はすでに出た」


「そんなに頑なに変えないのは停滞に思えるが」


「いつまでもその事実を気にしているのはあの男の方だということだ」


マイクは次々とページをめくり、脳に膨大な情報を流し込むがフーベルトから意識が離れない。

正確にはこの話題から。


「人はモノを忘れる生き物。嫌なことはすぐに忘れればいいものを」


マイクはつい端に置いていたペンに手を当てて、落としてしまう。

それを小さな舌打ちをして、とる。


「お前は一体何にイライラしている?」


フーベルトはどれだけ言おうと、何をしようと、家族への介入をやめない。

マイクとの距離感、空気感を測り、マイク本人の心を解体し、解き明かす。

ここまで来たら、それは趣味というより癖に近いものになりつつある。

そしてそれは彼の大嫌いなボスに影響されてのことだろう。


「種族を裏切った男か?それとも自分のことを考えもせずに母親を救おうとしたことか?」


フーベルトはベッドから体を起こし、マイクの方を見る。


「前者の可能性はあるがそれで絶縁までするとは思えない。残るは後者だがお前が父親にキレているのは自分の味方をしなかったからではないはず」


ついに彼がベッドを離れ、マイクの前に立つ。


「まだ何か隠してんな。・・確かに人身売買は倫理に反する行為だ。許されることではない」


フーベルトはマイクの座っている椅子の周りを回転するように歩き始める。


「だが彼がしたのは売買というより仕事の斡旋に近い。今ではグレーゾーンだが黒ではないと判断されるだろう」


人身売買と仕事の斡旋の基準は今でも曖昧だ。

それこそまだここまで本整備がされていない当時では、犯罪とは確実には言い切れない。


「悪いがお前の話では俺の好奇心は満たされなかった」


フーベルトのそんな言葉と共に、マイクに机に分厚いファイルを放り投げた。


「そしてある図書館から持ち出したこの資料の借出履歴のコピーを見ると?」


マイクは以前にこのファイルの内容を覚書できるほどに読み込んだ。


「名前はないが二回以上借りられているのがわかる」

 

貸出履歴を見ると。確かに二回だけ名無しの人によって借りられている。

そしてそれを特定する必要はない。


「それで一度聞いてみた。これを借りたやつの特徴を」


なぜならそれは同一人物だからだ。



「残念ながら受付係はそれを記憶するほど頭は良くなかったらしい。もう覚えていない」


フーベルトが勝手のマイクの足跡を順調に追っていく。


「母親は脳が溶けて死んだ。世界では珍しいが俺たちにとっては少ない症例じゃない」


魔法協会で、この部署に入ってから受け持ってきた三割強はその症例を発症している事件だった。

仕事を選別するアイクは何故かこの類の事件を選ぶ傾向がある。


「そのことを言ったお前の言葉からもしかすると魔法協会に見てもらっていたら助かっていたのかもしれないという希望を感じた」


そこでフーベルトは名無しの貸出履歴を書いたファイルの上からさらに厚い紙の束を乗せる。


「父親は金の目処が立っていた。つまり協会に調査の申請は出していたはず。そして母親についての膨大な資料があり、それを手にできる立場にある息子は迷うことなく手を出すはず」


マイクはこれにも見覚えがある。

これはマイクが協会に来て最初に開いた持ち出し禁止のある事件簿ファイルだった。


「俺が調べたのはその資料室の貸出名簿。そこにはお前の名前があった」


マイクは気づいた。

フーベルトはすでに自身と同じ情報量を持っていることを。


「お前は父親の事件について全てを知っているはず。そして父親は被害者だったということも。ならなぜ恨むのか?種族的観点からでも家族的観点からでもない」


フーベルトの立つ場所は答えの一歩手前まで来ている。


「お前は父親を避けることで何を得ているんだ?」





アイクが家へと来なくなった。

嬉しいのか悲しいのか。


気楽ではあるが、物足りなさもある。


結局、あの事件は子供たちを調べることによっての相違点を抽出することでしか問題点を洗い出すことはできない。

頭で考えることはすでに終わり、あとは現場からの成果を待つしかない状態だ。


幸運なことに、そこから被害が増えることはなく、ただ夜になると不思議な現象が起こる街というだけになった。


だが私はあまり納得がいっていない。

アイクがそこで考えるのをやめたのもそうだし、あと待つだけしかできないというのは何と気持ちの悪いことか。


何かできることがあるのではないか、すべきことが出てくるはずだ。

そんな考えが浮かんで、就職活動に集中することができない。


考えられる可能性は全てあげ、実験し、検証した。

全て違って、未だハーネスの子供達は鐘の音に操られ続けている。


解決してあげたい。

解放してあげたい。

そんな気持ちはあるのにいい考えが浮かばない。


途中まで書き始めていた履歴書を放り投げ、横になって事件について考える。


同じ年代の子達の中で相違点など見つける方が難しい。

もちろん,それぞれで個人差があるのはわかるがそれは何のヒントにもならない。


症状が出ているものと出ていないものの差。

そもそもその原因は彼らに起因するものなのだろうか。



そういえば、フーベルトとアイクの賭けはどちらが勝ったのだろか。

フラン自身は家族との絶縁状態など経験したことがないのでわからないが、親との複雑な関係性はあるので気持ちをわかってやれるかもしれない。


だがフランはただの贅沢な中での選択でありマイクとは異なり、他に選択肢が用意されていなかった。



父親との関係性。


マイクは絶縁、フランはここ10年ほどあっていない。

フーベルトについては父親の話は聞いたことがないが、深入りをしない方がいいのはわかる。


それぞれがそれぞれに抱えているものがある。

その中へと無遠慮に入り込むアイクはやはり暴虐人で傍若人だ。


だがその行為が心の隙間を埋めることもある。

 


もしかするとアイクはステイに何か言われたのかもしれない。

だからここに来ることが難しくなって、事件の捜索チームから私が外された。


もし教会に戻れば、再びあの話し合いに入れてくれるのだろうか。


フランはそんな考えがをするが、すぐに忘れる。

自分から辞めて、そしてまた入りたいですなんて虫が良すぎる、かっこが悪い。



子供達は被害者。

つまり加害者は別にいる。

だが人工的ではない可能性が高い。

だが症状の該当者に作為が見られる。


意図しないのか,それとも敢えてなのか。


フランは父親が嫌で協会を辞めた。

マイクは父親に会いたくなくて絶縁した。


人生の転機には何かと親が関わってくる。

それほどまでに子供に与える影響は大きい。



それが意図的でなくても。




アイクはオフィスで座りながら、資料に目を通している。

このまま何気なくつまらない1日が終わることを意識し始めていた時、ドアが開く大きな音が聞こえた。


「・・出禁じゃなかったっけ?」


「ステイが許可してくれました」


入ってきたのはフランだった。

首元には入館許可証をぶら下げている。


「何の用だ。もう辞めたんだろ」


なんのために来たかは明白だが、少し揶揄うように言う。


「なぜ調査結果が出るまで待機なんかを?」


「他にできることがないからだ」


フランが言っているのは例の夢遊病の事件のことだ。

アイクはこの事件について最終的に考えることをやめ、決断は全て現場にいる部下たちに任せることにした。


「私に気づかせる、言わせるためでしたね」


そしてフランはアイクのその行為の意図にすでに気づいている。


「・・どちらにせよ、ここは能力主義。早い者勝ちがルールとされる」


辞めたとはいえ、真実に辿り着いた者は絶対だ。

アイクがフランに言葉の先を促す。


「原因は両親です」


フランは待ってましたと言わんばかりに勢いよく言った。

そして続ける。


「資料を見たところ子供達の年齢はバラバラ、そこから事件解決の答えを探すのは難しい」


上下はあれどやく20の年の差があれば彼らの共通点を見つけ出すのは虱潰しでも困難を極める。

だからここまで時間がかかっているのだ。


「で、母親のそれぞれの年齢を見ると全員が40歳から50歳でした」


フランの持つ紙にはそれぞれの被害者の名前が載っており、それが母親の年齢でリスト化されている。


「それぞれ子供を産む年齢はそれぞれ。それで子供達の間での違いを説明できます」


アイクの反論を先回りするようにして、フランが続ける。

だがそれで事件解決とはいかない。


「母親が原因として、ならなぜそうなった?」


当然の疑問をフランに問いかける。


「彼女たちが生まれたのは戦争期から戦後黎明期、発達しきった魔法を人類が抑制できていなかった時代です」


フランは落ち着きがなく、少し興奮気味に口を開く。

自分でも止められないように。


「そこでこの国で行われていた魔法実験の資料を遡りました。そうすると、出てきましたよ正体が」


息をする間もなく次々と、言葉を並べる。


「この国では精神の類似性に起因する意識支配の実験が行われていた」


「子は親の言うことを聞くものだ。そういう観点から始まったのかもしれません」


フランは自身の放つ言葉が論理的であるかどうかに関わらず、頭に浮かんだ言葉を直接喉へと通す。そんな時間がもったいない。


「ならなぜ母親に発症しなかったのか。それは彼女たちを宿主とする魔法だったからです」


「ここまで膨大な規模での魔法は単独では難しい。子供達へ個々の母親が出力していた」


「ならなぜこの時期に発動したのか?」


「始まりはたった一人から始まったはず。だがそれを見た両親たちに共鳴するようにこの事件は始まった」


「この魔法の系統はおそらく妨害系を主としている。だから意識こそが大切なんです」


「妨害系はそれを認識し始めると、現れ、そして意識し、強めてしまう。引き金は何でもよかった。それがただ子供に言うことを聞いてほしいという些細な願いでも」


「母親たちは意識の弱っている夜に子供の思考回路を乗っ取り、勝手に上書きした。夜間徘徊は母親の少なからずの思いが具現化したもの。一瞬だけで良いから子供達のいない夜を過ごしたい。そんな思いがこの事件を引き起こした」


フランはここでやっと一息つく。

一気に話したので、息が上がり、顔が火照っている。

アイクはそんなフランを黙って見つめて、短く聞き慣れた言葉を並べた。


「戻ってくるつもりは?」


アイクは机の引き出しから、一枚の紙を取り出し、机へと置く。

そこにはステイの名前がすでに書かれてあり、真ん中にはフランの名前が書けるほどのスペースがある。


「これは正式な要請だ」


これを見るのは初めてではない。

二回目だ。


「フラン・ルーニン、またこの仕事に就く気はないか?」


この紙はフランのために用意された雇用契約書だ。





「自分たちの種族の明るい未来を邪魔した男を恨んでいる?」


「いやない。確かにお前は獣人差別にはうるさいが、それで絶縁するようなて熱狂者ならアイクの下でなんて働けるわけがない」


自問自答のように他人のことについて仮説を立てて、それを実証しようとして失敗している。

そんなフーベルトを止めるどころかマイクは口を開きませずに黙って聞いている。


「なら他は?自分と母親を天秤にかけ、それで母親を選んだ父親を憎んでいる?」


「いや、それはない。お前は自分の感情と現実問題に折り合いをつけるのが上手い。もしそれで母親を失ったのならお前は父親の支えであろうとするはず」


だんだんと一歩ずつ答えへと近づくフーベルト。

あらゆる可能性を検証し、思考する。

それは単に自らの好奇心からのみだろうか。


「だがやっていることはその真逆。母親を失い、心に直らない傷を負った父親に追い打ちをかけるように彼の元から去った」


いや,彼なりの優しさがそこにはある。

感じられないようで、すぐそこにあるそれは温かくも気持ち悪い感触をしている。


「ならなぜそうしなかったか」


フーベルトの目に光が写った気がした。


「考えられるのは去ることによって父親を守ることができたのか」


フーベルトはその可能性を確かめるように1から思考し始める。


「どれだけの恨みを父親に持とうと、それをきっかけに、そしてそれをいつまでも引き続けるようなお前じゃない」


彼の頭の中で音を立てて、ピースがはまっていく音が聞こえる。


「確かにお前の未来は父親によって塞がれた。とても明るく希望に満ちた将来を」


「だがそれは母親のためだった」


「それを知らないというのなら納得がいったが、資料の貸出履歴を見ればそうではない」


「当時は勢いで絶縁したとしても、真実を知った後にキツく当たる理由にはならない」


彼の思考は止まらない、止められない。

一度回転してしまえばそれは行くべきところまで行き着く。

疑問と納得を続けるフーベルトの表情はだんだんと興奮してきている。


「ならなぜ?全てを知り、選択の余地はなかった、仕方なかったと考えているお前はなぜ心を開き、傷を克服しかけている父親を避ける」


フーベルトがついにマイクの同じ場所へとたどり着く。


「相変わらず優しいな。優しく、賢く、愚かだ」


彼の中で答えが出た。


「父親を守るためか」


フーベルトは自身の頭の中を整理しながら、慎重に言葉を選ぶ。


「お前は父親を憎んじゃいない。真実はその逆。かつてその選択をした父親を尊敬しているはずだ」


「ならなぜ父親を避けることで彼の身を守ることになるのか」


フーベルトはついに辿り着いた答えをマイクへと言う。


「それは母親を失った直後の父親からわかる」


「彼は笑っていた。笑えるはずのない状況、笑ってはいけない状況。にも関わらずそれをした。理由はすでに彼の情緒は壊れていた」


マイクは過去に見た父親の心の穴を思い出す。


「二つのトリガーを己で引き、守りたいものを二つとも失った。彼の脳にできたのは罪悪感が心を押し潰さないように笑うという自己防衛本能に従うこと」


その穴は傷つき、血だらけで、ボロボロと壊れ続けている。

そしてその穴はいずれ全体に広がり、全てを崩壊させる。


「奥さんの死に子供の将来を自ら潰したという罪、その結果がその時の笑み」


かつてあった父親の力強い背中はそこにはなく、あるのは呆然と立ち尽くし顔には不気味な笑みを貼り付けたように笑い続ける男の姿。


「そして賢いマイク少年は無自覚か、それとも認識してか、このままでは父親は壊れてしまうと感じた」


マイクはそんな父親を見た後に、自ら姿を消した。


「自分の愛する父親を守るため、未だ幼い弟を救うため」


「彼の脳を正常にするため、トリガーであることを自覚していたお前は彼の心を救うために実の父親の元から去った」


その時どんな顔をしていただろうか。

体の芯からその場からから逃げ出そうとしていた。

いてはいけない、壊れる音がしたから。


「父親の心を壊していたのは罪悪感。当時の彼からすればお前は罪悪感そのもの」


「それしかなかったのだろう。例えそれで父親にさらに傷をつけようとも、克服するのを信じて、罵倒しながら涙を飲んで、愛を飲み込みながら去るしかなかった」


かつて見たあの父親は今度は、笑みの代わりに恐怖を釘付けにして会いに来た。


「未だ薬漬けではあるか、父親の脳は正常機能を取り戻したようだな」


マイクはそんな姿を見た時に、


「安心した」


フーベルトの言葉を遮るように続ける。


「俺は、臆病者なんだ」



「例え今、症状がが出なくとも、俺と会い、話すことができようとも彼の負った傷が治ったとは思えない」


見た瞬間にわかった、未だ顔に色濃く残り続けるであろう脳へのストレス。


「壊れた父親を献身的に支え,俺にできなかったことをしたのはこの小さい弟だ」


そして何よりマイクの心はその当時から一つも進んでいない。

現実から逃げ出し、辛いことから目を背け、何事もなかったように過ごしている、そうしたと思い込んでいる。


「今俺がいっても過去の瘡蓋をさらに重症化させるだけ」


かつては、いや、今も尊敬し続ける優しい父親に嫌でもキツく当たらないといけないのはマイクの心も蝕む。

色々な理由付けをして、仕方ない、これ以外ないと言い聞かせて来た。

だがそれは現実から逃げているだけ、向き合う勇気を持たないだけ。

父親はすでに乗り越えたというのに。


「会いたい。会って抱き合い、あの時はごめんと謝りたい」


マイクの心はすでに臨界点に達しつつある。


「目の前の問題だけを見て、一番大変な時期を弟に押し付け、もう一度その爆弾を抱えている俺に彼に堂々と会う資格はない」


だからこそ自分が合うわけにはいかない。

逃げ出してばかりで、自分ばかり勝手に正当化し続けた者に幸せになる権利はない。


「父は俺が嫌っていると思ってる。それすら崩してはいけない。それが彼の罪悪感を消化する術なのだから」


フーベルトはその正当化を解消してやることから始める。


「罪悪感は人に許されることで消える時もある」


「それは自己満足でしかない」


「その自己満足が今は必要なんじゃないのか」


自身の正当化であってもそれは事実でもあったかもしれない。

父親は一定期間、彼と離れることにより回復した。

それは現実に起こっている。


「傷を抉ってしまうかもしれない、それをすることによってより重症化させてしまうかもしれない。それはただの言い訳にしか聞こえない」


フーベルトはマイクの心へと踏み込む。


「両方が会いたいと思った家族に会う理由も会ってはならない理由も必要ない」


必要なのは思いだけ。

正当化や、思いやりなどクソ喰らえだ。


「互いが互いを守り合い、不器用なりでも愛を示す。歪んで,歪で、そして美しく,羨ましい家族愛だな」


家族とはそういうもの、家族としてあるべきであるもの。

フーベルトは一人後ろに振り返り、宿への道へと戻る。

そして残された兄弟は互いに向き合い、話しかける。


「・・・・パパはどこにいる?」


兄は震える足を無理やり動かしながらもこの地点から進むことを選んだ。




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