前に進む者(前半)
*
窓から入る脳を覚醒させるような光が目に入ってくる。
いつもの時間であることを告げるように、私の瞼は勝手に動き、瞳から入る情報を処理し始める。
私はゆっくりとベッドから体を起こし、時間を見る。
いつも起きる時間は同じなので特にこの行為に意味があるわけではないが、これはもはやルーチンワークだ。
毎朝、毎日、決まった時間に決まったことをすることによって変わらない日常であることを自覚する。
最近改装したキッチンへと向かい、お気に入りの形をした蛇口から水を出し、コップに注ぎ、飲む。
今は朝の7時ちょうどぐらい。
これから朝の時間の使い方について考える。
読書もするもよし、最近できたレストランで暇を潰すのもいい。
こうやって考えられるのは、自分が先週仕事を辞めてきたからに他ならない。
特別、同僚と関係が拗れたりしたわけや、仕事が嫌いになったわけではない。
ただあの魔法協会から見た世界だけで終わるのは少し勿体無いと思ったからだ。
私から見る世界、世界から見た私。
それぞれは全て自分を客観的に表す、職業というフィルターを通して見る、見られることになる。
だから私は変えたかった。
私の後ろについて回る影を振り払おうと協会へと入ったが、どこまでもその影はついてくる。
私はヨハネスの娘なんかじゃない。
私にはフランという名前がしっかりとあるのだ。
しかし周りの人が私を認識する時は、まずヨハネスの娘として見る。
だから環境を変えることにした。
段々と仲良くなってきた同僚たちを捨て、癖はあるが少しだけの優しさを持っているボスと別れ、今に至る。
だが未だ新しい職場は決まっていない。
もちろん、就職活動は依然としているがなかなか、運に恵まれないのか、それとも私の実力不足なのか、声をかけられることはなかった。
私自身、自分が無能だとは思っていない。
魔法協会に入るのに大前提の必要とする、世界中で年に百人足らずしか合格できない一般魔法許可資格も持っている。
この資格さえあれば、この世界で食うに困ることはないはずだ。
なのにまだ私は食事にありつけていない。
それはなぜか。
一般魔法許可資格を持ってる上、魔法協会で働いてた、そして何よりこの世界では貴重な結界術の専門家でもある私が社会の余り物となっているのか。
私の所属していた部署のせいだ。
魔法協会の対魔特捜部の悪名は世界中に蔓延っている。
いや、部署は問題ない。
問題なのはアイクだ。
アイクの元で働いていたと言っただけで、全員が関わることを拒否する。
自分には手を負えないと、帰ってくれと、そう言う。
やはり聖邦連合にマークされていることが大きいのか、彼らはアイクに対して異常なアレルギー反応を起こす。
それが災いして私のことを見てくれない。
ヨハネスの娘の次は、アイクの元部下。
私はいつになったら私自身を見てもらえるようになるのだろうか。
私は有り余る時間を使って、手の込んだ朝ごはんを作る。
そしてそうしている間にいつもの時間になる。
私が鍋で鶏の卵を茹でている時に、不意に視界の端が捻れる。
最初は驚いたものだが、今ではもう見慣れてしまった。
何度やめろと言ってもストーカーのようについて回る。
彼から逃げるには知れずの内に引っ越すしか手はない。
なぜなら彼の魔法は距離という物理的概念を無視てくるからだ。
「さて、子供がなぜ夜になって揃って歩き始める?意見を出せ」
私が働いていた頃は、こんなに朝早く来たことがなかったのに。
*
「もう解放してあげたらどうです?」
開けたゲートに向けて、毎日嫌がらせのように話しかけるアイクにマイクが止めるように言う。
フランがこの対魔特捜部を辞めてからから少しが経ったが、この部屋から出る声の色が減ることはなかった。
その理由は、無理矢理にでもアイクがフランのことを巻き込むからだ。
住所を知っていることを良いことに、好き勝手に、時間を気にすることなく彼女の家にゲートを開く。
そしてフランもそこでつい意見を出してしまうからこの悪循環は止まらない。
フランの性格的に無視するのはできないので仕方なくはあるのだが、一方でアイクの性格的にこの嫌がらせは終わることがないだろう。
フランがここへ戻ってくるまで。
「そろそろ戻ってくる時間か?どこもお前を雇ってはくれないんだろ」
アイクはフランの状況を見通している。
こうなることをわかっていたのか、それともそれを確認するために随時ゲートを開いていたのかはわからないが事実、彼の言う通りとなっている。
「フーベルトも何か言ってやれ」
マイクの言葉にフーベルトの耳が少し動くが、口が開くことはなかった。
アイクのこの行動に誰よりも怒りそうな彼だったが、相変わらず彼は無言だ。
最初の頃は、アイクに強めの注意はしていたものの日が経つにつれて、これが当たり前の光景と思ったのか、何も言わなくなった。
「・・私は辞めたんです。恋しいのはわかりますがはっきり迷惑」
そう呆れた声で言うのはフランだ。
この流れも何回やっただろうか、どれだけ彼女がアイクに文句を言おうとこの状況が変わることはない。
だから一度、ステイに相談したらしいが帰ってきた返事はなんとも言えない頼りない言葉だったらしい。
若くしてこの魔法協会という巨大な組織の長となった彼女でもアイクの手綱を握ることは不可能。
フランは泣き寝入りをする他になかった。
「俺の下で働いた時点でお前らの前に広がるのは一方の道だけ。そもそも他の仕事では満足できなくなる」
マイクは自分がなぜこんな部署に入ってしまったのかと大後悔をした。
彼の建てた壮大で、甘美な人生計画が彼の一言によって一瞬で瓦解する。
この部署は来るもの拒まず、去るもの逃さずなのだ。
「特にお前はうちや、聖邦連合系列、公的機関に就くことを嫌ってるな。そんなんじゃ、本当に路頭に迷うぞ」
彼女がここまで就職に苦戦している理由は、主にそれだ。
実際彼女のスペックで転職などしようと思えばすぐにでもできる。
だが彼女の中での条件に合う仕事がなかなかないのも関係しているだろう。
彼女はなぜか意地でも公務員となって働くことを避けている。
おそらくそれが辞めた理由なのだろうが、生きてくためにはどこかで妥協するしかないだろう。
でもそれをしないのがフランの強みであり、弱みでもあるのだが。
「あなたの名前が原因でもあることをお忘れなく。民間の魔法組織はあなたの名前を見ただけでまるで蛇に睨まれた鼠。もういっそ訴えてやろうかしら」
「意味ないぞ。俺はこの訴訟大国の大都市トレントで最も和解数が多い男だぞ。訴えられても痛くも痒くもない」
アイクの性格と仕事の荒さからこの部署が訴えられることは常日頃だ。
だからその悪名から民事の訴えを管理する非営利機関の鳳凰堂の一部分の人たちは今か今かとアイクのことを罰する機会を窺っている。
ならなぜ彼は罰を裁定されないのか?
その答えは相手が訴えを取り下げるからだ。
脅しや、取引、贈賄などの手段によってのらりくらり犯罪者となることを回避している。
それをわかっていたとしても防げない。
誰しも弱みというものを持っているから。
彼を民事訴訟で訴えることはできても、罰することはできない。
「もう話にならないわ」
そう言ってアイクの隣に空いていたゲートから白い丸い形をした鶏の卵が飛んでくる。
それが投げられてきてゲートに繋がっているこの部屋がだんだんと卵まみれになっていく。
「チッ、覚えとけよ」
アイクは急いでそのゲートを閉じ、卵の波を止める。
だが辺りはベトベトとしていて、匂いも強烈だ。
何かしらの細工がしてあったのかも知れない。
マイクとフーベルトは掃除を丸投げさせるのを避けるためすでに部屋から避難するのだった。
*
「で、この街がな」
そう言ったのはマイクの隣に並び、歩幅を合わせて歩くフーベルトだ。
結局、部署の部屋の掃除は免れたが、いつものように事件の現地に赴くのは彼らだった。
すでにそれにも慣れたもので、アイクのゲートを使ってより早く、より簡単にこの国へと渡り、問題となっている街へと来た。
報告書によればこの町の子供は、ある一定の夜の時間になると子供が合わせたように夢遊病にかかるらしい。
世間一般には信じられないような噂だが、この部署で働いている限りは別に特別な現象でもない。
原因不明の怪奇現象など日常茶飯事だ。
この町へと来た二人は、ボスに言われた目的地までひたすらに歩く。
今回の彼らの目的はその現象が実物であることを確認すること。
つまりは幻覚をまずは疑ったわけだ。
ないものを見つけようとしても一生迷路に迷うことになる。
ならまずはゴールが実際に存在するのかをまず確認する。
そして第二に目撃者に話を聞くためでもある。
報告書などにはある程度の概要は載っているが、それを書いてるのはその事件を護衛隊が観測し、記述したものだ。
つまり彼ら魔法協会からすると又聞きのような形になっている。
だからアイクはそれをよしとしない。
彼らの情報を鵜呑みにすることはなく、自分たちで収集した情報を基礎に据えて考える。
なら護衛隊を挟む意味がないという話になるがこれは基本的には時間短縮のためであり、膨大な事件量を扱う部署にとってはありがたいことなのだ。
「あれが例の鐘か」
彼らが大通りに出て、まず目に入ったのは人の4倍以上のサイズがある大きな鐘だった。
銅でできており、人工的に破壊するのは不可能に思えるほどに硬い雰囲気を纏っている。
その周りには観光客と思われる人たちが群がっており、その彼らの間々からその鐘を見る。
「この鐘を合図として子供達が夜の街を歩き始める」
この鐘は大戦以前から存在しており、代々とそれを保護、継承する一族すらいる。
その鐘が鳴らされるのは1日の半分である正午だけなのだが、最近になって深夜の12時にも聞こえ始めたという。
「誰かの悪戯か、それとも魔法なのか」
フーベルトはその胴は鐘を細部まで近寄り、触りながら確認するが、これと言って特別な違和感を抱くことはなかった。
マイクと同じ様に、彼特有の感覚器官を使ってその鐘の正体を探るが、彼が拾ったのはただこれが銅から作られたという情報だけだった。
つまりこの鐘が原因で子供が操られているわけではない。
それをはっきりさせただけでも選択肢は大幅に消える。
マイクは太古まで遡るように歴史書を探る必要がなったことに安心しながら、一度その場を離れる。
そしてその奇妙な現象が起こる時間まで、この街を散策しようとしていた時だった。
彼の異質な鼻が頭で苦い思いを沸き立たせる匂いを嗅ぎ取る。
少しだけ背筋に汗が出て、この場からすぐに離れたくなる。
この少しだけ懐かしくて、鼻が慣れているこの匂い。
「俺は・・」
フーベルトへ別行動にしようと提案するために振り返ると、彼の目の端っこの方にその匂いの元凶がいるのを視認した。
フーベルトは顔はこっちに向いているにも関わらず、目が合ってないことを疑問に思い、後ろを振り返る。
そこにはマイクと同じ色の髪色、瞳、特徴的な耳と尻尾を生やしたマイクの縮小版がいた。
*
「マイクの家族がやっと見つかったんだ」
アイクが嬉しそうに話すのを無言で聞き続けるフラン。
彼はまた彼女のプライベート空間である、寝室にゲートを開け、声だけを通して話しかける。
「だからハーネスで待ち伏せさせといた。感動の再開のためにな」
ハーネスとは、今アイクが受け持っている仕事内容の現象が起きている町の名前だ。
太古からある鐘が名物とされている。
そして彼の言葉を拾いたくもないのに、なぜか拾ってしまうことに苛立ちを覚えていた。フランは読んでいた本を、そのままの状態のまま顔の上へと置いた。
お気に入りの小説なのになぜか内容が頭に入ってこない。
無視したいのになぜか耳は情報を拾ってしまう。
一度、アイクから出る情報を断とうと目を閉じるがそれでも落ち着くことはなかった。
マイクの家族の話。
彼女が現役で働いていた頃は、マイクの家庭事情についてはあまり深く聞いたことはなかった。
そもそもでマイク自身が積極的に話そうとしなかった。
だがら彼がそこに爆弾を抱えていることは容易に予測できたので深入りはせずにいたのに,この声の主は面白半分で彼らの爆弾の周りを火で囲い始めている。
止めようとしたが,実際自分も彼の未知な内情を少しだけ気になってしまう下世話な部分もあるので、声を挟まずにアイクが勝手に話しているという形式をとってしまっている。
だがアイクはそれを承知で情報を出し渋っているところがあるのでそれもまた腹立たしい。
「ビビリのマイクは多分逃げる。だから先に手を打っといた」
*
「なんでついてくる」
「いや、面白そうだから」
走っている荷台以上のスピードで走るマイクに、浮遊しながらついてくるフーベルト。
先程、仕切り直して別行動を提案してフーベルトは受け入れたのに、ピッタリとマイクの後ろに付いてくる。
これでは別行動にした意味がない。
「あれは弟か?小さいお前がいたな」
フーベルトはニヤニヤと笑顔を絶やすことなく聞いてくる。
彼もアイクと同類だったことを最近まで忘れていた。
「なんで逃げる?会ってやれよ」
「俺はもう家族とは縁を切ったんだ」
マイクは思い出したくもない昔を頭に浮かべながら、ギアを上げる。
なぜあいつがここにいるのか、いるのはあいつだけなのか、疑問は尽きないがそれを確認するほど興味はない。
ただもう自分の人生という物語に彼らを出したくないだけだ。
ただひたすらに足を動かし、周りの景色を見ずに一度入った宿へと戻る。
フーベルトはついてきていない。
マイクの速度について来られなかったのか、それとももう諦めたのか。
これから彼の詮索が始まることを思うと憂鬱とした気分になるが、彼らと会うよりはまだマシだ。
そう思い自分達が取っていた部屋へと戻り、鍵をかける。
合鍵はニ本あり、一本ずつ持っているので問題はないが、フーベルトは何時に戻ってくるかわからないのでいつも鍵をかける。
フーベルトは初めてきた街では街の地形を全て覚え、全ての文化を体験してからではないとそこから再び出ることはない。
それは彼の驚異的な記憶力と人外の知的好奇心が為せることだがそれに巻き込まれる人間のことを考えれば素直に尊敬はできない。
今すぐにでもこの街を出たい気分になるがアイクは絶対に許してはくれないだろう。
もしそんな申請をして、この街に何かあると勘ぐられるとより面倒臭いことになる。
俺がやるべきはフーベルトの口止めと、彼らと会わないようにして事件を解決する。
そう思い、事件の資料を読み直そうとした時に頭の奥の方で妙な引っ掛かりを覚える。
もしアイクがこの場面にいたらどうするかを。
マイクは自分の弟と思われる人物から逃げているのをアイクに見られたとすると彼はどんな行動を取るか。
その結果が今、フーベルトがいない状況につながっている。
すぐにでもフーベルトと弟の密談を止めるべく部屋を出る。
そして部屋をすぐ出た隣にマイク似の中年の獣人が気まずそうに立っているのを見つけた。
*
「探すのに苦労した。なんせ人間圏に入った獣人だからな。母数が多すぎてあと名前が似すぎるのが難点だった。だがまあ家族と絶縁している獣人は珍しい。奴らの種族は家族愛によって進化してきたと言えるからな。どっこいどこいかな」
「それでわざわざ隣の宿まで取って鉢合わせるように仕組んだと?先生は何を望んでいるんですか?」
アイクにフランが問いかける。
彼はただマイクに嫌がらせをしたいのか、それとも似合わない思いやりなのだろうか。
ただ前者でも後者でも違う気がした。
「色々頭を巡らせて可哀想だから正直に話してやる。面白いからだ。どうなるかわからない。わからないことを埋めるのはそれは世界の解明だ。お前の親父の言葉だぞ?おっ、冗談にするにはまだ早かったかな?」
アイクはしっかりフランにもジャブを打つ。
フランは無理やりに話を変える。
「・・・事件についてはどう思ってるんですか?子供達が夜になったら徘徊し始めるという怪奇現象。魔法でどうこうできる話とは思えませんが」
「なら示し合わせたように子供が意識を失いながら踊ってる方が正解だな。・・ここには何かしらの作為があるはずだ。そしてそれは国家転覆からただの悪戯まで多岐にわたる」
これは今までのケースと異なり、被害者が街全体という大規模の事件だ。
しかしこの街に特別被害が出ているというわけでもなく、対象者が子供という点も理解し難い。
夜になると勝手に子供は自分の家へと戻ってくることから意識を完全に乗っ取るわけではなく、半自動的に動かしている可能性が高い。
何より子供達がその間に似たような夢を見ていることからもセミオートでの付合系魔法寄りではあるのだろう。
こうやって意識することもなく、こんな仮説を立ててしまうのだからすでにフランはアイクに毒されていると言ってもいい。
彼女自身も出来るだけアイクたちと関わりたくないがそれでも勝手に情報を拾い、それこそセミオートで考えを出してくる。
なぜそうなるかはもうわかっている。
この仕事が楽しいからなのだ。
「お前の考えている仮説も面白いが、まずは奴らの報告を待つとしよう。マイクの家族がどんな奴かも知りたいしな」
*
「どこに行ってたんだ」
「街ブラさ」
マイクがようやく戻ってきたフーベルトへと話しかける。
時間帯はもうすぐ0時。
例の時間がやってくる。
「嘘をつくな。どうせ会ってたんだろ、俺の家族と」
マイクのその言葉にフーベルトが少し驚く。
「もう隠しても無駄だろ。お前の予想通りあれは俺の絶縁した家族だ。なぜここにいるかは知らない。俺と親父が喧嘩した。そして弟はあっちに付いた。終わり。これで十分か?」
マイクは聞かれてもないことを話す。
これからのフーベルトの詮索を潰すことを優先したようだった。
フーベルトは彼と彼の家族に起こったことを一つずつ解き明かそうとしていたので、少しだけ残念そうにした。
「まあ、みんながみんな家族とは色々抱えているものか。俺もそうだし」
マイクは以前に、アイクとフーベルトが王国で一悶着起こりそうだったことを思い返す。
「絶縁という形は必ずしも悪いこと、不幸なことじゃない。それはただの結果さ。良い悪い、幸せ、不幸せはその結果を今の自分がどう感じるかだろ」
フーベルトはマイクの肩を軽く叩き、自分の指を立てて口元に近づける。
彼の静かにというジェスチャーをあまり理解できなかったマイクの隣の空間が捩れる。
「さて、時間だ。雑談はそれくらいにして目の前に集中しろ。英雄どもよ!家族を守るため今、立ち上がれ!」
ゲートから聞こえてきた演技風のアイクの言葉で一度、家族のことは忘れる。
自分の魔法で感覚を磨ぎ、アンテナを高く張る。
それと同時に、街全体に響くように大きな鐘の声が鳴る。
*
「昼には活動の象徴。今では不気味に感じるな」
どこまでも響く低音が、あらゆる場所から跳ね返って聞こえてくるように感覚だった。
だが、いずれ音は収まり、再び夜の静寂が訪れる。
だが次の瞬間にはこの街は光に溢れることとなった。
真っ暗だった家々が次々と暖かい灯りをつけ始め、光で目を焼く。
そして慣れてきた目を開くと、そこには心配そうな顔をした親がちらほらと家から出てきており、その前には例の子供達が目を閉じながら歩いている。
「絵本だ」
マイクは心からそんな声が漏れる。
純真無垢な子供達が、無意識ながら真っ暗な夜に身を投げるのはまさしく魔女の仕業の物語。
だがこれは現実に起きている。
「面白い。足取りはしっかりしているし、躓いたり、壁に当たったりしてるようにも見えない」
ゲートからその様子を見たアイクが呟く。
その方向を見ると、そのゲートにはフランの姿もあった。
彼女も興味があり、見たくなったのだろう。
「特別何かを感じはしません。見ている限り対象者は人間の子供のみ。子猫などは依然として眠ったまま」
道の端で何も知らずに眠っている猫の親子を見ながらそう伝える。
つまり対象者は子供に限られる。
それは子供であることが条件だということか。
そんなことを考えている間に、フーベルトが何かに操られるように動き始めた。
「お、おい」
そう声をかけるが、彼が反応した様子はない。
彼の瞳はすでに閉じられており、規則的な呼吸から眠っているのだろうか。
「まさか・・」
フランは驚いた声をあげ、狭いゲートの中からその様子を見ようとして工夫している。
だがアイクがゲートを占領しているのでフーベルトの様子は見えるはずがない。
彼はまるで何かに誘われるようにゆっくりと歩き始める。
「どうしますか?」
「・・付合系ならお前の万力で思いっきり頭を殴ればなんとかなる」
マイクはそれが本当に最善なのか疑ったが、アイクに急かされ、力のまま彼の後頭部に拳を飛ばした。
フーベルトはその確殺の拳をギリギリのところで交わし、一命を取り留める。
「おい!殺す気か!」
フーベルトが地べたに尻餅をつきながらマイクに叫ぶ。
彼の額には少しだけの冷や汗が浮かんでいる。
彼の様子を見たところ、意識を乗っ取られてはいなさそうだった。
「嫌がらせはその辺にしとけ、次は本当にお前の頭が潰れるぞ」
アイクがフーベルトの方を見もせずに言い放つ。
後ろの方でフランがため息を吐いたのがわかった。
「大丈夫なのか?」
「それはどっちだ?夢遊病か、お前の拳か」
ズボンについた砂を払いながらフーベルトは立つ。
どうやらただアイクへの嫌がらせのためだけに意識を乗っ取られたフリをしただけらしい。
フーベルトも年齢的には子供と言っていい年なので、もしかしたらと思ったが彼がそんなヘマをするわけがなかった。
「念の為のコーティングはしてたが、何も感じないからこれは年齢が条件じゃない」
フーベルトが目を瞑りながらそんなことを言う。
彼の精神は魔法によって強化されてる上、結界で覆われている。
その彼の意識を乗っ取るのはほとんど不可能だ。
だが、そもそも彼は自分の精神に攻撃されていることすら感じないと言う。
ヒントは出たが、より事件は複雑になった。
「こっちも当たりだ」
アイクがそう言ってゲートの中を見るように言ってくる。
促されるままに視線を移すと、そこにはある一人の少年がフラフラとフランの家を徘徊していた。
*
「なんで私の家」
「もう協会は施錠されたし、お前は部外者だから入れないだろ」
この一人暮らしには少しだけ広い部屋にいるのはアイクとその部下二人、そして部屋の主だ。
彼女の顔はひどく嫌そうだった。
「さて聞こう」
アイクが部下二人と、元部下一人に意見を求める。
「・・さっきまでここにいた子は未だ歩き続けている。フーベルトのことを考えると原因は環境?」
フランは先ほどまで自由に無遠慮に歩き回っていた子供を浮かべる。
事件のためとはいえ、怒るに怒ることができない。
田舎と違い、危険の多い都会の外でやれば、半ば無理やり連れてきた子供を怪我させることになりかねない、とアイクに言われたので許容するしかなかった。
今は違う部屋に親と共に隔離している。
「環境としても何がある?この町に住んでる子供っていうだけでは俺との違いが特別見当たらない」
「それが重要なんだろう。ただそれもそこにいるだけじゃなくそこで生まれ育ったことが条件なのかも」
「そうだとしたら何が原因だ?」
フーベルトとマイクの意見を統合して、アイクが先に進める。
「国家による侵略行為?」
「子供だけの理由がつかない」
「子供は国の未来だ。子供がいなければ国は存続できない」
「でもなんの被害も出てない。これが1週間以上続いているのならすでに本腰化しているはずね」
この街は確かに世界的に見ても、経済的に発展していると言える。
一つの国の心臓とも言え、狙われる理由は十分にある。
だが、幾分被害が出ていない。
「遅延性の可能性は?」
「確かに子供を夜に遊ばせるのは、親の睡眠時間を奪うという残酷な行為かもな。それで一つの国を滅ぼせるに違いない」
アイクがフーベルトの案を皮肉を交えて、返す。
「国による行為じゃないことは確かだ。こんなダラダラと無駄に魔法を垂れ流してる時点で侵略行為とはいえない。しかもその魔法内容を考えるとありえないだろ」
「なら誰か個人が行っていると?」
「魔法っていうのは基本的に一人で運用するもんだ。つまりこの町にいる人間が全員犯人対象者。ここだけじゃないここに元々いた人間も対象だ。もう一度、事件を洗い直せ、何かしら見落としてるはずだ」
マイクとフーベルトが続いて、フランの家から出ていく。
だがアイクはその場から動かない。
フランは彼と目を合わせる。
「戻ってくるつもりは?」
「ないです」
アイクは黙って外へと向かう。
そして直前で立ち止まり、フランへと声をかける。
「なら明日もここ集合だ」
アイクの終わらない嫌がらせに、またしてもうんざりするフランだった。
*
この町に来てから2日目、その場面は昨日も晩に来たレストランだった。
この街のレストランは大量の香辛料を使っているようで、マイクの鼻は少し麻痺しかけていた。
だから気づかなかったのだろう。
隣に座っているのが自分の家族であることを。
家族と別れてから数年、久々に見た弟は大きくなっており、父は少しだけ若返ったように見えた。
「これは偶然ですね。昨日はどうも」
向かい合うように座っているフーベルトがわざとらしそうに隣の机の家族へと声をかける。
声をかけられた父は少しだけマイクのことを怖がっていた。
対照的に、弟は幼さからかまた会ったな的な雰囲気だ。
こうやって顔を合わすのは数年ぶりなのに。
「あなたの上司さんに礼を言っておいてください。宿代まで出してもらって」
マイクは偶然がすぎると思う。
たまたま来た街でたまたま家族と再会したどころか、たまたま同じ宿で泊まっていて、たまたま隣の部屋だった。
アイクの意図が入っていないことを信じる方がおかしい。
そのせいで昨晩はろくに眠れなかった。
「・・マ、マイクは元気か?」
父はマイクの名前を言うのを少しだけ躊躇った。
だが、マイクの目を見て無理やりにでも口を動かした。
「ああ」
マイクはそう簡潔に答えて、目の前の食事に意識を戻す。
フーベルトはそれを見て、変に気まずく感じ、珍しくも会話を回す役目を担うことにした。
「ここでの事件のことを知ってますか?」
「事件?」
「おい」
フーベルトが今回の事件のことについて話そうとするのをマイクが止める。
フーベルトはそれを確認してからも続ける。
「子供の夢遊病」
「子供?」
マイクの父親の目が弟の方へと向く。
フーベルトが見て、そして話した感じ、この父親は特別子供にひどく当たるような人ではないと判断した。
年によって変わることもあるが、彼の根っこは何も変わっていないはず。
つまり、拗れた原因は子供関連ではないとフーベルトは考える。
「それを解決するために俺たちはここまで来たんです」
この父親は依然として子供を愛しているということをマイクにもう一度意識させる。
そうすれば家族というものは形はどうであれ、保てるだろう。
家族は全員にそうあるべきだとフーベルトは思っている。
家族からの愛情は無償なもので、そこに駆け引きや、損益はない。
絶縁したとしても血は繋がっている。
そしてその上、愛もある。
フーベルトはがもらえることができなかった、愛を。
「部外者に話して良い話じゃない」
「家族だから良いだろ」
マイクはその父親と目を合わすことなく、食事を片付け始める。
そして一言だけ呟いて、外へと出て行った。
「もう家族じゃない」
*
「もう少し歩み寄ってやれよ」
レストランから外に出て、先を行くマイクに後ろから声をかける。
マイクが先に食べ終わってしまったせいで、フーベルトの手には未だハンバーガーが握られている。
「俺とはもう関係のない人だ。ただのたまたま会った血のつながった他人さ」
ここに父親がいなくても彼の態度が変わることはない。
彼と父親の間に小さくないことが起こったのは確かだが、それでもあの態度は見ていられなかった。
「お前に問題があるようにしか思えないな。父親は歩み寄ろうと努力してる」
マイクはそのフーベルトの言葉に足を止める。
「・・あの男はそうして当然なんだ。自分の理想を俺に投影して巻き込むのはもうやめろ」
理想?
家族にはあるべき姿があるはずで、マイクの家族の方にはそれとは違って歪んでいる。
そこに理想や、優秀などの形は存在しないだろう。
ただそうあるだけ。
そしてそれが双方から望んでその形になっているのなら問題はない。
そうではないから異常なのだ。
「贅沢だな。妥協者にも問題ありか」
「・・なんで俺にいつも以上に関わってくるんだ?それが理由じゃないだろう」
マイクはすでに気づいていた。
彼の行動は少し変だと。
フーベルトは気まずいながら、洗いざらい白状するしかなかった。
「・・アイクと賭けているんだ。お前が家族と仲直りするかどうか」
マイクはため息を吐きながら、歩き続ける。
「誤解するな。俺は仲直りする方に賭けた」
フーベルトの微妙なフォローも虚しくマイクは彼から視線を外す。
マイクは今までのフーベルトの異常とも言えるほどの介入の頻度に納得した。
他人に興味を持つことがあまりない彼がなぜマイクの家族の話になるとやりたがらない役割までこなすのか。
アイクに負けるのが嫌だからだ。
だがそれは今回は諦めてもらうしかない。
マイクの中では家族の問題についてはすでに片がついてる。
考えられる余白はすでに埋まっており、隅々までが一度考え、結論を出した後。
そこにすでに改善の余地はなく、判断は下されている。
あの父親と家族として一緒には生きてはいけない。
だがら仲直りなんてありえない。
フーベルトの願いだとしても聞き入ることはできなかった。
そう思い、フーベルトに本気でもうやめてほしいことを言おうと後ろを振り返ると、フーベルトのハンバーガーを持っている方と違う方には人の手があった。
そしてそれは先ほどのレストランで見た小さく幼さの残ったマイクに似た獣人の小さな手だった。
*
「始まりは突然、ある日から急に子供が外を夜に徘徊するようになった。不自然に毎晩鐘の音が聞こえる。だが時間になって鐘を見てもそこには誰もいない。鐘を調べると出てきたのは時間になると音が出るように細工された魔法だけ。素材や歴史を当たってみたがあまり有力な情報は得られなかった」
「たとえ鐘に問題があったとしたらなぜ今になってその魔法が発動したのだということになりますしね」
アイクは堂々と自分の家のようにフランの部屋で寛いでいる。
今となってはもう注意するのすら面倒くさい。
「国は一応検査というか調査はしたらしい。子供を町から出してみたり、一晩中寝かせずにしてみたり、いろんな対照実験だ」
「でも原因を突き止められないから協会に依頼した」
今はっきりしている条件はこのハーネスと言う町で生まれ育った者だけが鐘と共に夢遊病に掛かる。
そして場所は関係なく、ハーネスであることが条件ではない。
年齢の最大は18歳最低は0歳。
そしてこの街の全員が全員この被害を被っているわけではない。
「家によっては何事もないように過ごしている家庭もある。それもハーネスから一歩も出たことがないような家庭でもだ」
被害を受けている人と受けていない人の相違点が分からない。
年齢ではなく、生活環境でもない。
では後何があるのか?
「なら遺伝ですか?でも過去こんな事例は今までにない。あまり遺伝的とは言えませんね」
「何事にも始まるはあるもんだ。今回がその起点になっていてもおかしくはない」
アイクがふらふらと部屋の中を物色するようにいろんなものを手に取る。
「今回の件が片付いたらもうここには来ない」
アイクが突然そんなことを言い出した。
フランがついに護衛隊に通報する勇気を持ったことに感づいたのだろうか、それともただ飽きただけか。
フランにとっては思ってもいないことだった。
「だがこれが片付かない限り、プライバシーは無いと思え」
アイクの堂々とした不法侵入宣言を受け取り1秒でも早く、この部屋を出禁にすることだけを考える。
「遺伝的より可能性が高いのは誰かが一人一人に魔法をかけているという仮説。なぜ被害を受けていない子供もいるかを説明できる」
「だがなぜ被害者は全員子供だ?」
「加害者が子供だから。そうなると加害者は非該者である可能性が高い。夢遊病の物まねなんて国が調べればすぐにバレるわ」
「いいぞ。だが子供一人でここまでの魔法をかけた過去事例は少ない」
「だけどある。そして今日一つ増えるのよ」
「よし、どっちも確かめさせるぞ。この街にいる人間の種族的起源を辿らせる。そして非該者の中で親が魔法を得意とする者、魔力器官が特別発達している者をリスト化して、選別、そいつらの様子を見ろ。そしてお前は現場に行って子供に触れろ。それで意識が戻ってくるなら付合系で確定、犯人捜しを本格化させる」
フランはアイクの指示に従い、開いたゲートをゆっくりとくぐる。
彼を一人自分の家に話すのは少し、考え物だがそこは彼を信じるしかない。
ゲートを完全に潜り抜ける直前にアイクの声が聞こえた。
「戻ってくるつもりは?」
「・・・ないです」
*
「何歳になったんだっけか」
「10歳」
限りなく歩み寄る努力するフーベルトにそんなことを意にも返さずに無愛想に言い放つ弟。
マイクはそんな弟の手を突き離さずに今もまだ握り続けているのを見て、フーベルトも成長したものだと感じる。
一昔前なら、弟はその手だけを残して、この世から消滅していただろう。
「なぜここに?」
「親父はこれから用があるらしい」
フーベルトは弟の代わりにそう答える。
自分たちも一応仕事中ではあるのに、フーベルトは何を考えているのだろうか。
だがここで無理やり弟をあの男の元へ返したとしても、フーベルトが諦めることはない。
彼のアイクへの歪んだ執着心は例え俺を巻き込もうが、フランを巻き込もうが関係なく燃え盛っている。
マイクは一度、成長した弟の姿をチラ見する。
最後に会ったのは8年前、弟が2歳の時だった。
マイクは当時は、17歳。
その年で親から離れて生きていくのは今から考えても、自殺行為でしかない。
あの恩師に出会えていなかったら今頃どうなっていたことだろうか。
弟は父親ではなく母親の方に似たようだった。
弟がこちらの視線に気づいたことを感じ、すぐに外す。
「・・もう諦めたらどうだ。俺が家族と和解することはないってはっきり言えば良いのか?」
フーベルトがここまでの余計なお節介をやいてくるのはそのアイクとの賭けがあるからだ。
もしかすると少しだけ自分の境遇からの部分もあるかもしれないが、彼の性格を考えると大部分は前者だろう。
彼にこれ以上の踏み込みを止めさせる方法は全て正直に話して、諦めさせるしかない。
「俺が独学で試験に合格して,ここに入ったのは知ってるよな」
フーベルトは弟の言葉についに限界が来て、頭を叩きそうになっているのを止めて、俺の話を聞く体勢に入った。
「俺が学校に行けなかったのはあの男が原因なんだ」
マイクは学校に行っていない。
フーベルトはその事実についてすでに知っていたが、それは父親が原因とは初聞だった。
魔法関連の上位学位を習得するためのレモンテスト。
これは数ある魔法資格の中でも全てを内包する最上位に位置する試験であり、これ一つあれば魔法分野においてできないことはない。
それゆえ、その門は狭く、この世界の総人口から考えても約0.5%にも及ばない。
これはこのテストが合格点ではなく、順位制合格の形式をとっているからである。
どれだけの高得点を取ったとしても上に五十人いるならばその時点で不合格。
残酷だが美しい弱肉強食だ。
それゆえに、真に優秀なものだけがその資格を得ることができ、世界をより発展させる義務を負うこととなる。
そんな試験に独学で挑むものは多くない。
その資格さえあれば、家族どころかその村ごと養うことができると言われるレモンテストはその合格のためにどんな手でも使うものも多数いる。
専用の学校を建てたり、リスク承知で不正を働いたり、やり方は様々だが合格すれば結果オーライという考えのもと適法と違法の境界線を行ったり来たりしている。
そんな中で自分の力でのみこのテストをパスしたものはほとんど伝説に近い。
しかも虐げられる獣人の身分でありながら、それを成し遂げたのだから時代が違えば英雄となっていてもおかしくはなかった。
だがそれほどのことをするには尋常じゃない犠牲が必要になってくる。
そしてそれは学校に通ってさえいれば出す必要がなかった犠牲も含まれているだろう。
「知りたいなら教えてやる。俺とあの男に何があったか」
マイクはいつまでも続くフーベルトの好奇心にケリをつけることにした。
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