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魔法不能者の超克(後半)



「俺の部屋はこんな男臭かったっけ?」  


部屋の中を一瞥だけしてフランが未だ戻っていないことを言及するアイク。

その原因は他ならない彼自身によるものだったがそれを指摘するものは誰もいない。


「いずれ戻ってきます」


「いずれ?給料泥棒は許さないと最初に言ってあったはずだが」

 

不機嫌なアイクを諭すマイク。

その時、ドアからフランが入ってくる。

その顔にある目は少しだけあからんでいた。



「すいません。戻りました」


「まああれだ。俺もよく父親の名前をバラされて外に泣きにいったよ」


アイクのわざとかただ下手くそなだけなのか不明なフォローが入る。

それにフランは反応することはない。


「魔力が機能していないということは魔法を使うことはできない。そもそも本当に彼が使っているのは魔法なんですか?」


そもそもの問題を上げるマイク。

それにアイクがこれ以上ない疑問満載の顔を浮かべた。


「それを確認してないのか?」


「ええ、すでにしているものと」


アイクはため息を吐いてから、喉を震わす。


「お前らは指示がないと動けないのか。今すぐに検査してこい」


マイクが真っ先にドアへと手を伸ばす。


「フーベルトがやれ。マイクはキールに退職届を出してこい。フラン、来い」


それを引き止め、それぞれに別々の指示を出したアイクはオフィスの奥へと入っていった。

フーベルトはうんざりした様に上を見上げたが、その後にはその場を立ち、不能者の元へと向かった。

そしてフランは最後になかなか進まない足を無理やり動かしながらアイクの元へと向かう。


「なぜ父親を嫌う?」


アイクがいつもの席へと座りフランのことを気にすることなく会話を進める。


「娘は父親を嫌うもんだ。それは生理的に理由があるとされている。だがお前は男との特段スキンシップを拒絶することはない。つまり心理的な問題だ」


「もっと構って欲しいのか。構って欲しくないのか。ヨハネスの性格上後者が当てはまりやすいが奴の仕事上それは不可能だ」



「母親に関連している可能性はあるがお前の母はエルフ。人間のような感情に富んでいるとは考え難い。つまり間接的な問題」


「ここで考えるべきはお前の特殊性だな。エルフと人間の遺伝子を一つの体に宿すという異常性。生物はみんな原初は同じ動物だという説があるが、それに習うと・・」


「結局、何がいいたいんですか?」


たまらず聞いてられずにフランが言葉を差し込む。

それを聞いたアイクは今続けていた会話をキャンセルし、頭の中でまとめて話す。


「種族的にも近い父親の方をなぜ嫌う?」


「理由を話す義務が?」


「義務はない。興味はあるけどな」


アイクは席から立ち上がりフランへと近づく。


「ヨハネスは聖者の称号を持つ世界で唯一の人間だ。以前あったガーリングのような聖人なんてただの権威を示すだけのお飾り。聖者は聖霊を起源とする神聖で不可侵なものだ」


「精霊?」


「聖霊だ」


俗に言う精霊と聖霊。

同音異義語。

この区別を説明できるものは限られている。


「聖霊の起源を話し始めたら俺の言いたいことが伝わらなくなる可能性があるから今は言わない」


返事がない事自体でもう答えを推測したのかアイクは外へと出ようとする。


「なら話しますよ」


フランはその背中に声をかける。


「私がなぜ父親を嫌っているのかの理由」


アイクが興味深そうにこちらを向きドアを閉める。

それを聞く合図としたフランは続ける。


「これは先生も不関係ではありません」





「できるだけ近寄らない様にしろということか?」


「でないとアイクが許しません」


「そんなことを言われたのは学生時代以来だ」


キールの部署へときたマイクはアイクに言われた事をそのまま伝える。

だがすんなりと諦める雰囲気ではなかった。


「アイクに勘付かれたか。まあいい、これからは密かに連絡をする様にしてくれ。できるだけこの場所にも来ない方がいい」


マイクには選択肢はない。

すでにキールとの間に契約がある以上それを反故するわけにはいかないからだ。


「契約のことがバレてアイクが君をクビにするよりはいいだろう。それよりも先ほど情報局が来てたのか?」


「なぜそれを?」


「この協会は私の体内も同じ、と言いたいところだがステイから聞いた。なぜかアイクのオフィスへと行ったとね」


いつもの早口で捲し立てるキール。

報告はまだしていないのに情報局のことに気づかれている。


「情報中央局の黒い噂は絶えることがない。できるだけ関わらない様にするのがウチの方針だったがアイクがまた爆弾を持ち込んだのか」


これ以上なくめんどくさそうな顔をするキール。

昔に何があったのかは知らないが、並大抵のことではなさそうだった。


「そもそもあそこは組織構造が曖昧すぎて誰がどこに所属して何をしているのか分からないんだ」


「理念としては第魔族専用の組織では?」


「そんなことはわかっている。戦後の魔族の封じ込め作戦の一環として立てられたことは周知の事実だ。だが私は最初から情報伝達機能を有する魔法の導入に反対だったんだ。その本見た?私が書いたやつ」


自分の机から一冊の本を取り出し、表紙を見せる。

そこには大きく彼の顔が写し出されていた。

一目見ると少し驚愕するぐらいのズームアップだった。


「いえ」


引き気味に答えるマイク。


「ならやる。表紙にはサインをやろう」


その自分の顔に文字を写すわけにはいかないのか、一枚だけめくってからそこへなぞるように曖昧な字を書いていく。

改めて見てもそれがサインだとはわからないだろうクオリティだ。


「彼らの会話の内容は?」


「いえ、詳しくは。てすがおそらくは政治的な話です」


「それは当たり前だろ。情報局が教会に来てまで雑談をしにくるとでも?」


「おそらく彼らは初対面ではない様な口ぶりでした」


キールはここで少し考える。


「情報局の組織員は戦後初期の三世代以降は募集をかけていないはずだ。アイク自身戦争に参加してきたことは知っているし、そこで知り合ったんだろう」


「先生は二次大戦に参加していたんですか?」


「聞いてないのか?アイクは世では珍しい2回の大戦の経験者だ」


アイクの年齢から戦争に参加していたことを想像するのは難しいことではない。

マイクが驚いたのは戦死者は過去の戦争に比べて少ないにも関わらず、非戦闘員犠牲者が圧倒的に増加した二次大戦にアイクが参加していることにだった。

この大戦では兵士として駆り出された魔法を使える者は多くない。

少数精鋭戦術を中心に一騎当千を騒がれた時代だ。


「他には何もなかったか?」


キールのその問いへ答えるかどうかを迷ったが、口は開いていた。


「最後に一つ」


キールが面白がりながら体を乗り出す。


「フランの父親は評議会議員の聖者ヨハネスだそうです」





「魔法は正常。特に変な部分も見当たらない」


帰ってきたオフィスでフーベルトが検査報告を述べる。


「つまり何かが働いてる」


「単に魔力を使っていないだけでは?確かガーリングもその類だったはず」


「ガーリングのは例外だ。あれを標準化するな」


「その例外の可能性は0?」


「0だ。ありえない。そして詳しい説明をするつもりもない」


アイクは取りつく島もない様子だ。

部屋に沈黙が広がる。


「何もないのか?」


「人間が魔素に干渉するには魔力が必須。それに欠陥があることが間違いないのならどうやって魔法を?」


マイクが考える問題を少しだけ変更し、議論を前へと進める。


「外付けの可能性?」


フランが可能性を頭から捻り出す。


「代わりの物に魔力機能を代理させているのだったら筋は通る」


「奴は検査をするとき何か持ってたか?」


「いや、それを考慮して身体検査もした」


だがその可能性は否定されてしまった。

再び沈黙が広がる中で、アイクがボソリと呟いた。


「体内にある可能性は?」


「・・正体は不明だけど、何か飲み込んだり埋め込んだりしてるかもしれないわ」


「母親に聞き込みをして、体内を調べろ」


部下たち全員が席を立ち、検査を始める。

だがその途中でフランへの呼び出しの放送が入り、三人組から一人知れずに抜けたのだった。





「やあフラン」


「・・キールですね」


「ああ、名前を覚えていてくれているとは光栄だ」


フランは目の前の男の情報を頭で整理する。

マイクとは深く関わっているがフラン自身とはあまり話したことすらないと言う状態だったはずだ。


「私はここに呼び出しを受けたんですが」


「合ってる。私が読んだからな」


「ならなぜファルツなどと偽名を?」


ファルツという来客がいるということでこの部屋へと呼ばれたフラン。

そこにいたのがキールだとしたら警戒するのも無理はないだろう。


「アイク対策さ」


扉を閉めるようにジェスチャーする。

フランはキールは一応同僚という認識をしているので警戒はしつつも大人しく彼の言う通りにした。


「アイクから聞いたんだが君はお父上はヨハネスだそうだね」


「いいですよ。どうせマイクでしょ」


「聡明で助かる。踏み込んだ話をするがなぜ嫌っているだ?立派なお父上だ」


フランはキールの言葉を聞いた瞬間に笑ってしまった。




「なんでみんながみんな私と父の関係を詳しく知りたがるんですかね。人間という種族はマザコンとファザコン二種類に分類されるからかしら」


ため息混じりに答えるフラン。

だがキールは彼女のその顔にものともしない。

だから正直に全ていうことにした。


「これを話すつもりはないです。誰が相手でも。それだけが用なら失礼。仕事があるので」


フランはこの部屋から出るためにドアノブに手をかける。


「ならこれ以上はやめとこう。虎の尾を踏みたくはない。大体見当もついたし」


フランはそこで足を止めてしまう。

自分自身でもミスをしたという事を意識する。

だが自分のことについて何も知らない、あまり関係が深くない人にとやかく言われたり、推測されたりするのは我慢ならないのだ。


「気になるか?いいぞ教えてやろう」


キールが笑いながら近づいてくる。


「答えはファザーコンプレックスだ」


キールの言葉の後、部屋が一瞬無音となる。


「は?」


「そう怖い顔をしないでくれ。主観的見解を言っただけ。でも人は本質を指摘された時に起こる傾向があるのは知っているだろ?相手に全てを見透かされた気がするから」


「偉大な父親を持つ娘、息子はその父へ過剰な期待を抱きやすい。それは周りからの評価から父の能力を断定しているからだ。そこで例えば父親の意外な一面を見るとしよう」




「こんなのが私の父親じゃない。周りからあんなに評価されている父がこんなことするわけがない。脳が勝手にそう思い込んでしまう」


フランの返答を待たずして立て続けに話すキール。

止まるつもりはないようだ。


「幼い頃はこれでいい。だんだんと成熟するにつれて父の影を感じる様になる。年齢で許容されていたことがだんだんと君を縛り始める」


「あの人ならできた。あの年齢の頃にはもっとすごいことをしていた。そんなことを言われ続けたらその男は父親という身分からからライバルもしくは鬱陶しい比較対象でしかなくなる」


「そうなると後は簡単。ライバルに助けを呼ぶ者なんていない。自立することを自身の心から駆られ失敗し、嫉妬心を抱く。そしてそのその繰り返し」


「故にファザーコンプレックス。そんな父親に対する嫉妬心や期待、欲求が複雑に絡み合っている複合体。それが私の分析だ」


フランの中でキールの言葉が巡り続ける。

一言一句を確認するように、脳へと溶け込んでいくのがわかる。


「そしてそんな君に少し残念な話をしよう」


「君が仕事先として魔法協会を選んだ理由は想像に難くない。聖邦連合から独立しているし、組織的には影響を受けることはない」


「だがその考えは甘い。組織とは人間の集合体。そして人間はそれぞれが個々に独立することは不可能だ。組織はその人間の心理的影響をもろに受ける。君はお父上から逃れることはできないだろう」


「君は優秀だ。どこへ行ってもうまくやるかもしれない。そして周りからはこう評価されるだろう。流石ヨハネスの娘だと」


「誰も君をフランドールとして評価はしてくれない。君の認識はまだ甘い。この世界でのヨハネスという男はそういう男だと刻み込むべきだ」


キールは話を終局へと向かわせる。


「そしてそれはここでも例外ではない。君は自分の力でここまで来たと思っている。それは確かなんだろう。だが周りを見渡せばヨハネスの娘という枕詞が必ず付いてくる」


「ここに入る時膨大な受験者の中からアイクは君を選んだ。君の淡麗な容姿、優秀な経歴、そして何よりその体に宿ってる血と君の父親が決め手だっただろう」


そして何も言えなくなったフランを一人置いて今度はキールがドアノブへと手をかける。


「私は願っているよフラン。その父親の呪縛の輪廻からいつか解放されることを」


キールは入室した最初以外ちフランの顔を見ることなく部屋を出て行った。

残されたフランは答えのない疑問に脳を掻き回されるのだった。




「体内には何もなし。母親と兄貴からも話をきたが、手術や悪ふざけで何かをしたことはないと」


「これで手詰まり。振り出しだ」


「いつものことだ。考え直すしかない」


この部署にいる四人が一から全ての可能性を洗い直す。

そして少しした後に、フーベルトが思いつく。


「環境要因?」


「兄貴と母親はなんの影響もない」


「それは弟の特殊体質が原因なら?」


「ありうるな」


珍しく彼の意見にアイクが賛同する。


「弟の魔力の欠陥部分は?」


「出力機能だ」


「よし。家に行け。兄弟が行く場所全てのサンプルを取ってこい」


男二人が出て行ったのを見計らってアイクがフランへと声をかける。


「今回は無言か。役立たずは俺のチームに入らんぞ」


「一つ聞かせてください。なんで父のことを2人に話したんですか?」


アイクは少しだけ考えた後、口を開く。


「嫌がらせ以外にあると思うか?」


その答えでは納得していないのかフランは表情を変えない。

それに降参したアイクが答える。


「興味があったんだ。その事実を知って奴らがどんな反応をするかがな」


「私が雇われたのは父親が聖者だったから?」


「それはないーーーと言ってもお前は納得しないだろ。お前の中ではもう答えは出てるんだ。なのになぜそんなことを聞く?」


フランの答えにいつものように曖昧に濁すアイク。

だがフランは今回は譲らない、譲れない。


「どうなんですか?」


最後に一押しする。

ため息を吐いたアイクはフランへと真実を伝える。


「お前の採用に父親が無関係だと言ったら嘘になる」


フランは何をいうこともなく部屋を後にした。





「辞めるのか」


例の件の兄弟が住んでいる家で環境の調査をしているときにフーベルトがフランへと話しかけた。

フランは素直に疑問に思った。


「どうして?」


「アイクと父親のことで口論したんだろ」


フーベルトにとってはなぜ今アイクと揉めているのかは探りを入れる必要すらないほど自明だった。


「・・・わからない」


フランは頭を抱えながら話す。


「父親の影響が届いていないと思ってた世界で生きてきたのに、それが今日になって根底から崩れ去り始めた」


「その世界を構築したのは父。そこに私を誘ったのも父の可能性だってある。私の意思はどこにも存在していない」


「ここで辞めても、それすらも父が仕向けた可能性だってある。・・もう無理なのかも」


そこでシャワールームを詮索していたフーベルトへと声をかける。


「もしそうだとしたら止める?」


返答は返ってこない。

聞こえなかったのだろうか。


「いいや」


そう思った瞬間にフーベルトが部屋から顔を出した。


「自分が辞めたいなら辞めればいいんじゃないか?」


彼は手に持っているある薬の瓶を投げて渡してきた。


「副作用で魔力器官の活性化」


この薬を使ったせいで一時的にも魔力器官を使用することができるようになったのかも知れない。


「俺から見た正直な感想を言うがもっと手前のことに集中するべきだと思うぞ」


その瓶をフランの手から返してもらい、鞄の中へと入れながら言う。


「手前?」


「父親のことだ」


フランはフーベルトの言葉の意味を噛み砕こうとするが、彼が意図した答えに辿り着けない。

彼はその頭脳ゆえに言葉を省略しすぎる所があり、常人にとっては意味のわからない事を言っていると取られることがある。

だからその説明をするのをフランはただ大人しく待つ。


「まあ確かにフランの父親は偉大で世界中から尊敬される人物であることは間違いない」


「でも自分の娘1人から嫌われるような人でもある」


「父親の思惑だとか影響だとかは確かにあるかもしれない。それを妄想だとは思わない」


「妄想でないのならそれは事実だ。事実で現実に存在している。そしてその事実についてうだうだと不平不満を垂れるのはただの現実逃避としか思えない」 


フランはそこで少し笑った。


「厳しいのね」


「手加減は苦手なんだ」


フーベルトの表情にも微笑が入る。


「俺から見たフランは父親からの影響というよりは嫌いな奴からの干渉を受けたくないって気持ちのほうが頷ける」


「父親をそこまで嫌う理由はあまり見当がつかない。たが彼の立場を考えるとその影響力から逃れる方法はほとんどないように思われる」


フーベルトはフランの最初で最後の望みをかなわないものだと切り捨てる。


「だがフランの考える父親という影が肥大しているように思うな」


「肥大?」


「多大な影響力を持つとはいえ個人の思考までもを犯すことは不可能だ。例外はあるが基本的に思考や意識というのはその本人だけの不可侵の生得領域だ」


「脳に入ってきた情報を取捨選択し決断する。影響力というのはその選択に寄与すれども決断に干渉することはない」


「君が学校を卒業し、この仕事に就いた。それは君の自由意志でしたことに他ならない」


フーベルトは話しながらも正確に、探すべきところを探し続ける。

対照的にフランは彼の言葉に聞き入っている。


「そしてその決断に基づく行動によって自分の望みが叶わないことを他責するのは都合が良すぎるんじゃないか?」


「自己責任。辞めるも辞めぬもフラン次第。だがその決断に父親の影は存在すると思ってはならない」


「そこにあるのはただフランの自由意志に違いないのだから」


そこでフーベルトはフランへと顔を合わせる。

まっすぐ見つめられた目に気まずさを覚え、ふと視線を外す。

厳しくも気遣いを感じることができる言葉だった。

だがその気遣いに今は胸を張って答えることができる自身はなかった。





「例の薬は関係ない」


「なぜわかる?」


「成分を体から抜いたが何も変わらなかった」


フーベルトがほとんど諦め状態で言葉を紡ぐ。


「つまり残るのは家を除いた環境要因ってことか」


「学校に通学路、公園、習い事で行く公民館や、親しい友達の家。その膨大な情報の中から一つもしくは複数の原因を抽出する」


「今日は徹夜だな?」


人ごとのようにアイクがそう言う。

彼はもうすでに自分の鞄に荷物を直しつつある。

そろそろ彼の帰宅の時間だ。




「徹夜で解決する問題だと思えませんが」


「なら他に意見を出せ」


マイクがそれに反抗するが太刀打ちはできない。


「ないなら早く始めたほうがいいぞ。原因を特定できるまでその作業は終わらないからな」


「本当にやるんですか?」


「恨むならいいアイデアを出せない自分を恨め」


「今思いつくだけでも100の可能性があるんだぞ?それを全て虱潰しに可能性を消していくなんてどうかしてる」


マイクとフーベルトがアイクへと喰らいつく。

これは徹夜どうこうの話は軽く超える。

可能性はほぼ無限大だからだ。


「確かにイカれてる。だがお前たちはそんなボスの部下だ。やれ。あ行から始めるんだな」


だがアイクは話を聞かない。

この状態になった彼は答えを見つけ出すまで動くことはない。


「兄弟の抱き合わせになるとさらに可能性が増えます。そしてここに答えがあるという確証もない。時間の無駄としか思えません」


マイクがまだ食い下がる。

フーベルトとフランはついにアイクの機嫌が歪んでいくのがわかった。


「いい加減に・・・兄弟を合わせて考える必要はないだろ」


ふとしてアイクの動きを止める。




「いえ、いつも2人でいるものですから」


マイクがそれに恐る恐る答える。

キレられる寸前でキャンセルしたアイクは部屋に鞄を置いて歩き出す。


「最悪だ。お前らを徹夜から救っちまった」


アイクは詳しいことは何も言わず、部屋には部下たちを残して部屋を後にした。




「起きろ」


アイクはそう言って眠っていた魔法不能者の少年を起こす。

隣には母親と兄が椅子に座っている。

残る可能性が環境要因となった時点で、一度その環境から隔離し、様子を見るために一時的に入院してもらっていたのだ。

兄と母親に外へ行くように指示する。


「魔法を使ってみろ」


言われるがままに手から小さな火を出す。

だが練度からか自らの火球に火傷しそうになり手からはすぐに消えてしまう。


「これなら?」


アイクが特段何もせずにそんな事を言う。

戸惑いつつも先ほどと同じように火球を出そうとする。


だが先ほどとは違いその手に火が灯ることはなかった。


「美しい兄弟愛。いや、家族愛か。だがそれに巻き込まれる身にもなってくれ」



アイクの右手側からゲートが開かれる。

そこからは兄弟の兄の方が出てきた。

彼はそこで何が起こったのかを見て、観念した顔をする。


「原因は兄貴だ。魔法のなりすましなんてバレないわけないが年齢がそれを可能にしたな。特定の魔法を使えない理由は練度の低さか」


「魔法を使ってたの?」


「あいつが魔法を使ったらママが喜ぶから」


「家族で仲が良すぎるのも考えものだな」


結局、答えが出たのにも関わらずアイクが満足していない理由は、魔法不能者の超克という初症例とはいかなかったことと部下たちを意図しないところで助けてしまったことだった。




「先生」


ドアが開き、ききなれたこえがきこえる。

休憩室で映画を見ていたアイクにフランが声をかけたのだ。


「まだいたのか」


「探しました」


「悪いが、俺には大事な恋人がいるんだ」


アイクはふざけて答える。

フランもその言葉に少しだけ笑う。


「さすがですね」



「知ってる」


今回の事件についての顛末は後々ステイ経由で聞かされた。

あの後アイクが出て行ってから今までの時間ずっと僅かな可能性を探し検査し続けていた。

フランたちがその報告を聞いたのはその調査を開始してから7時間後。

フーベルトに至っては見たこともないほど怒り、余分に仕事をしたとして次の出勤は7時間遅れてくると宣言までしていた。


「父親の妄想ごっこはもうやめたのか」


アイクがフランの絶賛取組中の問題について言及してくる。


「妄想ではなく事実です」


それを聞いたアイクは黙って映画を見続けている。


「何の用か聞かないんですか?」


「聞いて欲しかったのか?めんどくさい女だな」


その言葉にフランは再び頬を緩める。


「あれから考えたんです。私の父のことを」


アイクが珍しくフランの方へと目線を向ける。


「私は父のことが嫌い。世間では世界を救ったなんて言われているけどやったことは政略結婚に国を薬漬けにしただけ。何も誇れることなんてない」


「でも私は私の人生を歩んでる。そんな男の娘でも私だけの道がある」


悩んだ末に、不安な上で自分なりに出した答えを口にする。


「ここにいるとそれをより強く意識する。自分はただのフランドールであることに誇りを持てる」


「だから離れてみたくなった。フランドールとヨハネスの娘との間にどんな差があるのか」


フランは持っていた一枚の紙をアイクの元へと出す。


「先生のその姿を見ると自然と故郷の姿を思い出す」


アイクの口元にはいつもの匂いがする煙草が咥えられている。

もうここまでくると見慣れた光景になりつつある。

昔の故郷での嫌な思い出に今の協会での少しだけの良い思い出。

半魔人の彼女の長い人生の中で、この期間での出来事は忘れられないものとなった。


「お世話になりました先生。少しの間だったけど私の中では最も濃い人生の時間だったわ」


フランはアイクの返答を待たずして、一方的に別れの挨拶を済ませ、その休憩室を出て行った。



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