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行方不明の迷える羊達(後半)




「すいません、私用で遅れました」


ようやく合流した獣人のマイクは申し訳なさそうに頭を下げながら、チームへと合流した。


「私用?」


アイクが彼の顔を見て疑いの目を向ける。


「私用です」


マイクはその視線にひるまず、正面から応じた。口調も、視線も、どこか挑むようだった。

アイクはしばらく黙ったまま、マイクを観察する。そして、興味ありげに口を開く。



「・・・縁を切った家族にでも会いに行ってたか?」


それを見たアイクはマイクへの詮索を開始する。

マイクは家族のことをだされて少し狼狽える。


「先生、今はこっちを」


それを感じたフランが途中で止める。

目の前には、無精髭を生やした背の高い男――羊飼いの長が立っていた。痩せているが、どこか骨太で、目の奥に疲れが滲んでいる。


「・・忘れてた、その髭、センスがあるぞ」


そう言われた男は、無意識に自分の顎の方を撫でた。


だがすぐに自分の利かれた質問のことを思い出し、言い直す。


「繰り返すようですが、我々が知っているのはいなくなった羊たちは先祖代々と受け付いてきた物ということと、その伝統も継いできたということだけだ」


男は何度目かの説明を、今度は少し疲れた声で言った。


アイクは眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠さずに尋ねる。


「その伝統の中に、羊が失踪した時の対処法はないのか?」



「あったら既に対処している」


男は広大に広がる草地の向こうを眺めながら、乾いた声で返す。


フランが一歩踏み出し、静かに問いかける。


「・・・失礼かもしれませんが、息子さんがお世話をしているとしたらあなたは普段は何を?」


男は一瞬だけ口をつぐみ、目を逸らしたがすぐに戻した。


「色々だ。・・・秘密保持義務があるかが詳しい詮索はやめてくれ。羊の権利にまつわることとだけ言っておく」


そう言った男の反応をアイクがじっと見つめる。

だがそれ以上の追求はせずに、背を向けて歩き出す。


「どこへ?」


フランが一通りの挨拶だけを言ってから、追いついてくる。


「帰る。また何かわかれば来るさ」


マイクが後ろから口を開く。


「息子の方も調べるべきでは?」


アイクは振り返らずに言った。


「・・・ならお前が聞いてこい」


その言葉を受け、マイクが動こうとしたところで、フーベルトが合流する。


「予想通り、あいつはほとんど羊と会ってない。」


「・・・どこへ?」


マイクがアイクの方を見ながら尋ねる。


「息子のところだ」


マイクはそれについて両手で呆れたと言うジェスチャーをするだけで何も言わなかった。

ため息をついたマイクからの視線を無視して、アイクが話を進める。


「つまり怪しいのは、息子だ」


「もしかして故意に羊たちを放したと思ってるんですか?」


「それ以外ない」


アイクが即答する。


「じゃああの伝統は?」


フランの言葉に、アイクは足を止めずにさっきのマイクの呆れのジェスチャーを真似て見せた。

それきり無言のまま丘を下っていった。




アイクのオフィスの扉が音もなく開いた。

フーベルトが戻ってきた。


「息子の行動を一から洗った」


「どうだった」


椅子に腰掛けていたアイクが尋ねる。


「真っ白、それよりこっち」


そう言ってフーベルトが数枚の資料を差し出す。無造作に見えて、整然と並べられた情報の断片。

それを流し読みしながらアイクは笑みを浮かべる。


「面白い」


そしてすぐに立ち上がった。


「それよりマイク、家族とは会ってないな」


羊がいる果樹園について調べていたマイクにそう言う。

彼は手を止め、顔を向ける。


「家族?」


彼は何のことかわかっていないようだった。


「私用のことだよ。母親はお前がここに就職したことも知らなかったぞ」


そのアイクの言葉を聞いて、マイクの顔に微妙な影が走る。


「連絡したんですか?」


「俺の前で嘘をつくからだ、フーベルト来い」


アイクが言い切ると、後ろにいたフーベルトを読んだ。


「なんで俺?」


突然の指名に、目を瞬かせる。


「これを見つけた本人から説明しろ。・・・そうしたらこの前の件許可してやる」


少しの思案の後、フーベルトが了承する。


「・・・了解」


その様子を見ていたフランが興味深げに首を傾ける。


「この前の件?」


フーベルトは無言で中指をくるくるさせて、それだけでフランは何を示しているのかを察した。

そのやりとりを背に、アイクが歩き出す。


「マイク、来週の金曜は空けとけ」


それだけを言い残し、再びあの丘へと向かうのだった。

マイクの耳には扉の閉まる音しか耳に残らなかった。






「羊が見つかったかもしれんぞ」


アイクはそう言って羊飼いの男が家から出てきたところに近づいた。



「・・本当なのか?」


男は待ち伏せされていたことに困惑を浮かべた。


「・・なんだ?嬉しくなさそうだな」


アイクはそれを無視しながら続ける。


「いいや、もう諦めてたんでな」


アイクが持ってきた資料を受け取り、握手する。


「それはよかった。これから売りに出そうっていうのに失ったら困るからな」


そこへフーベルトが割り込む。


「なに?」


羊飼いがフーベルトを見下ろす。

それを鬱陶しそうにしながら続ける。


「あなたは2週間前の土曜日、珍しくもこの土地から出て、ホラントに行った」


フーベルトが羊飼いが持っているコピーを読み上げる。

そこには彼が利用したであろう公共交通機関の履歴だった。


「何しに行った?」


アイクが目を見て尋ねる。


「・・・軽い気分転換だ」


羊飼いの男は言葉を選びながら答える。


「大事な聖獣と息子をおいて?」


フーベルトがそこを突く。


「1人でくつろぎたい時もあるだろ」


彼はどんどんイライラし始めている。


「・・まあいい。ホラントについてあなたがまずしたのは?」


「・・・サウナだ」


フーベルトが持っている資料の3枚目をめくる。


「それは着いてから4時間後、その前は?」


羊飼いの男は何も言わない。

もうすでに自分の行動を把握されたと悟ったからだ。


「口に出したくないのなら俺が言ってやる」


フーベルトから紙を奪い、5枚目に乗せられた男の顔をみせる。


「お前はこの男とあっただろ」


「・・いいや」


羊飼いは否定することしかできない。


「いいや、会ったんだ。それでこの闇市の商人に、珍しい羊として聖獣を売ろうとした」


羊飼いは何も言わない。


「政府からもらった土地でそんなことはできない。かと言って、羊の特性があるとはいえ大々的に引き渡すわかにもいかない。


「だから、こんな遠回しな方法を選んだのに、まさか自分の息子がそれを言っちまうとは思わなかっただろ」


アイクに続いてフーベルトが言う。


「話を戻すぞ、動物の売買は原則禁止だ。それも聖獣となるなら聖邦連合も黙っちゃいない」


「今は特に獣人連中がピリピリしてる」


羊飼いが言葉を引き摺り出すように繋ぐ。


「・・・証拠はないだろ」


「証拠はないが、証人はいる。こいつは俺との取引に応じた。連合に俺の友人がいるから司法取引制度を適用する。罰せられるのは売人のお前だけ」


フーベルトは脅すように伝える。


「動物の売買は法律違反に条約違反、お前の家は埃1つ残らない」


アイクもそれに乗っかる。

空気の沈黙が訪れ、羊飼いが顔をぐしゃぐしゃにする。


「・・そ、そうだ。俺は売ろうとした」


「なぜ?」


「・・なぜ?だってそうだろ!?生まれた時から職業は決められてて、この土地から出ることも許されない。一生、よくわからない生き物の世話だけをして死んでいくんだ。ならせめて俺の代で終わらせようとしただけだ」


ポロポロと目から涙が溢れてくる。


「だってそんなんじゃ、あいつが可哀想じゃないか。あいつは大きくなったら海に出るって言ってる。前一緒にやった釣りでうまく行ったからだ。息子の夢を叶えてやりたいと思うのは罪なのか?」


そう言って彼は家の方を見る。

彼の頭には未だ小さな息子の姿があるだろう。


「だから、政府は君らの権利を制限する代わりに少なくない金額を受け取っているはずだ」


アイクが広い土地を見渡しながら言う。


「だがそれを息子にまで強制しなくてもいいだろ?」


「・・・あんたはそれを連合に言うべきだった。確約は出来かねるが、橋渡しぐらいなら請け負おう」


フーベルトは肩を叩きながら、その場を去る。


「・・・ありがとう」


そこには彼の悲痛な声だけが残っていた。



周りを見渡すと視界には暗闇しか映らない。

これを一昔前は気に入っていたが今では口が裂けてもそんなことは言えない。


政府によってもたらされた利と損。

これは必ずしも一体のものではない。


そんなことを思っていると視界の端に人が立っているのがわかった。

こんな深夜にそんなはずはないと思いだんだんと近づいていく。


すると今朝会った身長は俺と同じぐらい、名前をアイクと名乗った男が後ろに獣人を連れて立っていた。


アイクは俺と目があったや否や声をかけてきた。


「・・夜分にどうも」


その顔は気味悪く笑っている。


「・・何しに?」


恐る恐る尋ねる。

こんな遅くに家を訪問するのは非常識極まりないが、彼は存在自体が常識の外にいるようなこ男であることはもう今朝の時点で知っている。


だがこの男が俺の財産とも言える羊たちの件を担当しているのだから無視はできない。



「橋渡しに参りました」


おそらく今日の朝に行っていたことなのだろう。


「それはどうも。ですがもう遅いですし、明日にでも」


だがありがたい申し出を断ることにした。もう夜も遅い。

別に今じゃなくてもいいだろう。


「そんな遅い時間お前はどこへいくつもりだったんだ?」


アイクが俺の行き先を尋ねる。


「いや、夜の散歩にでもと」


アイクは俺の言葉を聞いた瞬間から笑みを深めた。


「最近人を信用し始めたガキとは違って俺のことを騙すには早いぞ。うだうだと言い訳をしていたが要約すれば自分が自由になりたいだけ、ていうので合ってるよな?」


俺の方へだんだんと近づいてくる。


「それなら助成金をもらわなかったらよかったんだ。だかお前は自分の欲に勝てなかった。所詮お前はそう言う男だ」


彼が近づくに連れて、俺は後ずさる。

ずりずりと、後ろへ後退しついには家の限界まで来てしまった。


「そしてそんな男が人のためだとか言い始めたら嘘八百。監獄へのリーチでもお前が止まらなかったのは何かバレないと言う確信があるからだ」


俺は何も言わない。

言えない。


「そも、たとえ売ろうとしても腐っても聖獣。いなくなったりしたら大事だ。だから誰かに売るのもリスキー。なかなか買い手がつかなかった」


そこで俺の後ろのドアを開けて無断で、カーペットの上を土足で入ってくる。

アイクはそれを気にもしていない。


「そこでお前は閃いた。誰にもバレない方法を。それを披露する前に・・・と」


アイクの指での指示によって後ろの大きな獣人が丁寧に靴を脱ぎながら家に入ってきた。

そして少し目を瞑ったあと。


「地下です」


そう短く言って、動き出した。

それをその獣人を体で止めようとした。

だが瞬きの間に彼の姿は消えた。

もうすでに俺の視界にはいなかった。


そして嫌な予感と共に彼がいるであろう方向を見る。

そこには・・・


「ほーら、出てきた」


何十にもかけて鍵をかけ、匂いをカモフラージュし、無音状態を維持する魔法をかけたにも関わらず俺の羊は見つかった。

その空間には一匹の角の生えた羊が横たわって眠っていた。


「数ある聖獣の中でこの羊は放出系より。分裂だったか?そこに目をつけたのはセンスがいい」


そう言いながらアイクはカツカツと高そうな靴で家を汚す。


「俺たちとは異なって、単独の無性生殖と言える」


アイクがその羊へと近づき、角を触る。


「一匹さえいれば数週間もあれば数は元通りだもんな」


アイクの目が俺を突き刺す。


全て見抜かれていた。

計画の着手から帰結まで。


「あとはなぜブローカーに一匹だけ渡さなかったのかだ。その方が危険は少なく、お手軽だ」


アイクは俺のことには興味なさそうに楽しそうに俺の計画を紐解いていく。


「それもお前と言う人間が出てるな。お前は分裂、もしくは増殖のノウハウを独占したかったんだ」


「引き渡したはいいものの、いかんせん増える羊。もしそれで裏市場で需要が高まったら単純に買主は商売敵になる。それを考えると価値を希薄させるのも避けたかったのかもな」


「そしてお前の計画は最後の一手で封殺される」


そんなアイクの言葉を聞き、顔を見る。

そこにはジグゾーパズルを解き切ったような清々しい笑顔が浮かんでいて、気味悪く感じた。


「そう!想像の通り、羊の居場所はもう割れてる。今朝お前が騙したガキを向かわせてるところだ」


朝に会った無邪気で、騙すのは心苦しい整った容貌した少年が浮かぶ。


「おめでとう、羊から解放され、一風変わった監獄生活を楽しめよ」


そう入ってアイクは土だらけにした家を一瞥もしないで外へと出て行った。

それを追いかけるようなことはしない。

もうあいつには関わりたくなかったからだ。




深夜の高原でアイクとマイクが歩いている。

それを一見すると、怪しい不審者にしか見えないがそれを目撃して通報する者はいない。


それほどまでにここの土地は広大で人がいない。


「あの暗号の方は?」


マイクがアイクへと尋ねる。


「もういい、どうせあいつが作ったアリバイみたいなもんだろ」


アイクの表情を見てマイクはもうすでに彼からこの件についての興味は無くなったのだと感じ、深堀りはしなかった。


「了解です」


それから15分ほど無言で歩いた。

そこに会話はなく、虫の音だけがそこには存在している。

そこにマイクが思い出したように声を挟む。


「・・・来週の金曜日はいく気ありませんからね」


アイクは少し間を空けてから反応した。


「・・・お前の恩師の話だぞ」


「本当に?」


「こればわかる」


マイクは彼の表情から、読み取ろうとする。

夜の中でも特別鮮明に見える目はアイクの顔を綺麗に脳へと映す。

だがその高精度なレンズを持ってしてもアイクの顔には何も見えない。


「あと、私用は家族でもなければ、友人でもなく、恩師でもないか」


マイクはその言葉を聞いてうんざりする。

これは終わらないやつだと実感したからだ。


「つまり?」


仕方なくそう聞き返す。


「キールだな」


マイクはその言葉を聞いて内心驚いたが、顔には出さなかった。


「なぜそう思うんですか?」


心理戦ではなく、素直に気になったかことを聞く。



「・・匂いだ」


マイクのレンズには初めてアイクが嫌悪の表情をしたのを写した。




「蜂に刺された?」


周りと比べると少し広い部屋からそう言う声が聞こえる。

この建物に勤務している者はそれがアイクの声だとすぐにわかるだろう。


「厳密に言えばそこを管理する人間にですが」


内容をマイクが捕捉する。

彼の顔は複雑な表情が浮かんでいる。



「どこで?」


そう聞いたのは向いに座っているフランだった。

基本的にこの部署の席順は決まっておらず、早い者勝ちで席を選べることとなっている。


だがフーベルトが最近自分用の椅子を持ち込んだことによってそのルールは形骸化しつつある。


「大瀑布、正確に言うと西側にある高さでは一、二を争う滝です」


「・・おもしろい。蜂は巣を守り、女王を養う。滝を護る守衛に串刺しにでもされたか」


アイクがそう言いながら、豆を潰した粉を、熱湯でこし、そこから現れる新しい液体をコップへいれる。


「今は彼らも下手に傷つけられない状態です。それに気づいてすぐに戒厳令を引きましだからどこまで効果があるか」


「謎解きの通りだな」


フーベルトが言うように、事件発覚当時に伝達された、詩の通りに進んでいるといえる。

アイクたちが羊飼い達に空いに行っている間に、フーベルトはすでに発見されていた羊達を正式に保護するために動いていた。


だが、ある程度の結界を張っていたにもかかわらず、何匹かはそこから移動してしまった。


そしてその何匹かの増殖によって真問題が表面化した。


「次は世界に蓋をされちまうぞ」


「でもどうやって止めるんです?」


フランが素直にアイクに対処法を聞く。

一匹でも取り逃がせばゲームオーバーな異常慎重に動かざるを得ない。


「止める方法はいくらでもある。最悪、羊を全員殺ればいい」


「・・・それで止まらなかった場合、詰みます。何より聖獣に手を出したらまずいって先生本人が言ったんでしょう」


アイクの猟奇的な発想にマイクがストップをかける。


「世界と天秤にかけるんだ。それぐらい許されるさ」


アイクはコップに入った液体を一息に飲み込み、勢いよく机へと置く。


「まずは真実の確認だ。やつに聞きにいくぞ」


その言葉を聞いて部下達が部屋を出ようとする。


だがそれをアイクがコップを放り投げて止める。


「俺がいく。R18だ」


フーベルトは不満そうな顔はしたものの何も言わなかった。


「文言は真実だとして先に進める。「誇りを失いし獣、世界に蓋をする」この二つの意味を解いてから世界を救うぞ」





「だから詳しくは知らないって。俺も親父から伝えられただけだから」


そう必死の形相で訴えてくるのは何度目かわからない再会をした羊飼いだ。

彼からするともう早く刑務所でもなんでも行くから。アイクとは関わりたくはないだろう。


「役立たずが」



「おい、俺をどうするつもりなんだ?」


羊飼いの男が震えた声でそう聞く。


「自由になれるが不自由になるんだよ」


そっちを振り向きもせずに答え、彼の家から出る。


「これで作り話の線はなし。息子の方も一言一句おんなじで、祖父も口ずさんでいたと」


そこへ彼の息子と話していたマイクが合流、詩についての裏をとる。


「羊の方はどうだ?」


アイクはそう誰もいない方へと話しかける。


「誇りを失ったる奴がいます」


誰もいないであろう空間から声だけがはっきりと聞こえる。

フランの声だった。

アイクの魔法を応用し、声だけを転移させリアルタイムで会話を成立させている。


「角が折れてる」


フーベルトがフランの言葉を捕捉する。


「そいつをゲートに通せ」


「了解」


そうすると、すぐにマイクの腰半分ぐらいの高さのゲートが出現し、そこから角の折れた羊が一匹出てきた。

その角の断面をまじまじと見る。


「折れてると言うより、抜けたに近い」


マイクが羊についてそう評価する。


「この抜け方は・・・」


アイクが何かを言おうとした時に、ゲートの向こう側――つまりフラン達がいる場所の空気が変わったのを感じた。


「・・・まずい」


「どうした?」


「羊の最後の仕事だ」




「キールが俺の周りを嗅ぎ回ってる」


そう言ったのはアイクで、彼はワシントンのオフィスにいる。


「・・世界が終わりかけてるのに、お前は自分の心配か」


フーベルトとフランによると、気づかないうちに、急速に雲が展開し、今の滝は陽の光さへ届かない厚い雲に覆われている。


「どうせ審判の時までにあと1日以上ある」


「キールがお前のことを目の敵にするのはいつものことだろ。気にするな」


ワシントンはアイクの言葉を軽く受け流し、まともには聞かない。


「それが間接的じゃなく、直接的だったらな」


「・・・部下か?」


そこでワシントンは手を止め、アイクの方を見る。


「何かしたんじゃないのか?」


「キールほどまで器が小さくなるとどれに恨みを持っているのかまるでわからん」


それにワシントンが少し笑う。

確かにキールの器の大きさは人よりとびきり小さく、壊れやすい。

だがそれを混みした上でも魔法犯罪を取り仕切る立場にいるのはひとえに能力高さからだ。


「気にしすぎじゃないのか?」


「小さいあいつに見えないとこでうろちょろされるのは耐えられん」


「それに臭うからな。マイクにも気をつけるように言っておけ」


流れるように出たマイクという名前に、アイクが不思議に思う。


「・・・なぜマイクだとわかった?」


「キールならそうするから」


これも淀みなく口から出る。

だがアイクはそれを追求することはせず、無言で部屋から出ていく。


「どこにいく?」


「世界を救いに」


部屋に残ったワシントンは再びアイクがくる前のように仕事に戻るのだった。





「この天才め」


「・・・何が?」


アイクがそう話しかけたのはフーベルトだ。

彼にとって他人からそう称されるのは慣れたものだが、アイクからは初めてのことだったので少し動揺した。


「猿芝居はいい。あの雲、お前だろ。正確には滝、いや蜂だな」


詩に乗っていた言葉を口にしていく。


「ほう」


対するフーベルトの表情は一貫して無表情だ。


「まだ、俺には勝てんさ。だが発想は面白い。俺が自分のゲートを潜って現場を確認できないことを逆手に取ったな?」


「羊がいる数十キロ離れた場所に来るには数日かかる。それならリミットが1日しかないのなら自分の魔法で部下に行かせるだろうし、それがフランだったから共謀した」


アイクがことの顛末をゆっくりと解いていく。


「フランはあんたにも思ってることが色々ありそうだったしな」


そこで突き通すことを無理だと判断したフーベルトは白状する。


「羊たちを大瀑布に移動させ、守衛に槍で刺させる。これだけすれば謎解きを信じると思った」


「角の問題もお前の魔法だな。見た時の感じた違和感はそれだ」


アイクはフーベルトの表情から今回の事件を複雑にしていた原因を完全に解決したことを感じ、一言言ってから出る。


「その椅子は座って大丈夫か?」


フーベルトはそれに余裕を持って応える。


「昔から器用なんでな」


その言葉を完全に書き終える前にアイクは部屋を出て行った。




「これを朝イチまでにしておけ」


「帰れなくなる?なら帰らなかったらいだろう」


「お前も、まさか仕事を残して帰るんじゃないだろうな」


「ニーナ、何度数字を間違えるつもりだ」


マイクの視線の先にいるのは背の低い異質の匂いを放つ男だ。

彼は大量の部下達に指示を飛ばしている。

マイクはここに入った瞬間本当に同じ職場なのかと疑った。

それほどまでに慌ただしく、騒がしく、雰囲気が引き締まっている。

マイクが想像していたような職場環境だ。

それを横目に見ながらキールの落ち着きを見計らい、近づく。


「今回の報告書です」


「早いな、私の部下たちに見習わせたいよ」


その顔は建前ではなく本当にそう思っているのだと肌で感じた。

アイクは話していることと肌で感じることが真反対のことや、いろんなことが混ざりすぎて感覚が狂わされることがあるがキールは良くも悪くも正直な人なのだろう。


「君の口から聞こう。今回のアイクについて何か問題は?」


目の前の報告書に目を通さずに、直接聞いてくる。

なら報告書の意味がないと言いたくなったが、これは我慢して口を開く。


「なにも」


「ふむ、嘘じゃない」


「ではチームとしては」


マイクはフーベルの件について報告するか迷う。

だが話したとしても問題はないと判断し、正直にいう。


「一点だけ」


「よろしい、君との取引の三つの条件、復唱するまでもないだろうが、努、忘れないように」


キールはそのことについて一言も聞かずに、話題を変える。

アイクのこと以外に興味はないのだろうか。


「初仕事のご苦労。何度も繰り返すようだがこれは裏切りじゃない。全ては協会のため。ステイはアイクについて放任主義だが、いつか取り返しつかないことをするのは目に見えている。それを前もって食い止めるためには縄がいるんだ」


「君がアイクに縄をかけるんだ」


自分の言いたいことを言い終わった後に、マイクに行っていいというジェスチャーをする。


そして一番近くにいた膨大な資料の中から数字を抽出するという作業をしていたニーナに声をかける。


「おい、今日は気分がいい。テニスに付き合え」


「いや、明日までに仕上げろおっーー」

ニーナがキールへと返事をするが、彼はその答えには興味がない。


「15時集合だ。いいな」


「でも」


「いいか、私が来いと言ったら兄弟の結婚式でも世界一のピアニストの演奏会でも、何よりも優先して来るんだ。・・・だが母親の葬式だけは別だ」


そしてそのまま机を離れ、テニスの準備をするため家へと帰る。

彼のテニスのルーティーンはシャワーから始まるのだ。


そしてキールが部下を誘いテニスをするというのは決まって将来に大きな期待がある時だけだった。



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