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行方不明の迷える羊達(前半)




俺が生まれた時から「こいつ」はすでにこの家にいたらしい。

それも何百年と前から。


俺がこの動物について覚えていることはほとんどない。

ただ、時おり餌をやった記憶がやけに鮮明に覚えている。


犬の様に一緒に走り回るわけでもなく、猫の様に寄り添って一緒に寝たりはしなかった。


もしそんなことをすれば俺の父親が飛んできてーーー容赦なく俺を殴り飛ばすからだ。



父の職業はこのちっぽけな動物を守り、後世へと託すこと。


この不思議な力を持った羊を。


見た目はごく普通にしか見えない。

鳴き声も、毛並みも、餌の種類もごく平凡だ。


唯一、異なるのはその額に宿る一本の角。

そして何より、この羊は増える。


普段は20体ほど。

だが日によって個体数は違う。

俺は最大でも60体までしか見たことがないが、父は軽く100を超える光景を見たことがあると語っていた。


だが実はある一定の条件下でなら確実に増えることが最近わかった。

だがこれを見つけたのは俺じゃないし、そんなことが許されるのかもわからない。



そんなに増えられると管理ができないと思うかもしれないが、そのためにこんなにも無駄に広大な土地を政府からもらっている。

この何もない荒野こそが彼らの檻なのだ。

そして俺たちが人生をかけての看守。


それでも救われるのはこの羊は動物の習性なのか、一定の場所から一歩たりとも動き出すことはない。

まるで何かに繋がれている様に。


俺の街の人たちはこの奇妙な生き物のことを「聖獣」と呼んでいる。


子供の頃に、いや、今でもよく聞く物語に登場する聖獣だ。


曰くーーー精霊の胎より漏れ落ちた、額に一本の角を宿す羊。影の裏側へと火を追う。そこは大瀑布にて蜂に刺される。誇りを失いし獣は5日で世界に蓋をする。


この定型分。

寝かされる時に何度耳にしただろうか。

今では目を閉じてでも暗唱できる。


この文の内容が意味していることはわからない。

だがいずれくる世界の終末というのは理解できる。


だが、そんな世界の終末のためーーー

たかが一本角の羊のためーーー


俺の人生を全て費やすなんて悪い冗談だ。


俺は生まれた時からこの羊が嫌いだ。





「いいえ、これ以上は無理だわ」


静かだが、鋼の様な声でそう言ったのはステイだった。

対面には、例によってアイクが座っている。


「本気か?俺相手に拒む方が面倒臭くなりそうだとわかりそうだったが」


「そういう問題じゃないのよ、確かに思わぬ収入だったけどそのほとんどはあなたの散らかした部屋を片付けるのに使われるのよ」


ステイが今までのアイクが積み重ねてきた負債へと消えると言う。


「それでも余りあるはずだ」


「だから、選択権をあげたじゃない」


「それだけ?」


アイクはわざとらしく身を乗り出し、眉を顰める。


「アイク、周りの目もあるの。わかって」


「・・・なら給料30%上げろ。俺の部署全員だ」


「・・・賞与ではダメなの?」


「給与でなければ意味がない」


「あなたは・・・」


そこへ重いドアの開く音が聞こえる。


「どうもステイ、私を呼びまし・・・・なぜアイクがここに?」


「キール、何故ここに?」


現れたのは、身なりのいい小太りの男だった。


年齢は三十代後半。背は低く、肌は青白く、顔は潰れた団子のよう。

その場に似つかわしくないほどの香水の匂いが、瞬く間に部屋を満たした。


「あなたがここへ呼んだのでは?」


「そんな覚えはないわ」


2人が困惑した顔を見合わせる。



「立ち話もなんだし、まあ座れよ」


計画的なアイクの行動にステイが気だるそうにする。

偽の伝言で呼ばれたキールが遠慮もなくステイの隣へと座る。

ステイは一瞬キールの香水の匂いに顔を顰める。


「よくきてくれた、キール」


アイクが顔だけ嬉しそうにしていう。


「何故お前が先にここにいる?」


キールは正反対に本心から嫌そうだった。


「お前より先に呼ばれたからだろ」


2人の視線が空中で火花を散らす。

ピリつく空気を割ってアイクが言う。


「ステイが君をここに呼んだのは・・君のオフィスの話らしい」


「・・・私のオフィスが何か?」


キールは眉を釣り上げる。


「俺と場所を交代する」


ステイの声よりも割り込む様に話す。


「交代?なぜ私が」


キールがすぐに反応する。


「それは彼女に聞け」


アイクは涼しい顔で彼女の方を見る。


「何故です?あの部屋は昔から犯罪統括部の居室だという慣習があったはず。その伝統を私の代で断つと?」  


キールはステイへと早口で詰め寄る。声も思いの外、上ずっている。


「キール、アイクはーーー」


「協会を支えている?それは私もそうだ。今年の私の部署が上げている利益は協会では1番だと聞いている。必要なら来季の決算書を提出しましょう。概算になりますが」


「そうね、確かにあなたはこの組織の財政を支えていると言えるわ。何度助けられたかわからない」


ステイが諭すようにいい、キール前のめりに頷く。


「護衛隊の不祥事に巻き込まれた時も、金融犯罪の嫌疑がかかった時も、アイクの尻拭いですらもしてくれた時もあったわ」


「そうです、そうです。まさにその通り」


キールはうんうんと、やけに律儀に首を振る。


「でもアイクとオフィスを交換して」 


キールがあからさまに肩を落とす。

演技がかったように見えるがこれは本心だろう。


それでも心を持ち直す。


「いかにあなたであってもそんな命令には従えない。どうしてもと言うなら私を解雇するんだ。だがそんなことはできない。もしすれば私の部下が黙っていない」


「二十人以上いる部下か?」


アイクが笑いながら水を差す。


「今は36だ。・・・失礼する」


そう吐き捨てて、キールは怒りのまま部屋を出て行った。

残った空間に沈黙が落ちる。


「・・・20%が限界よ」


ステイがぼそりと呟く。


「君の英断に敬意を」


アイクはそれだけ言って、部屋を後にした。





ステイの部屋を出て、アイクはエレベーターで階を一つ降りる。


廊下のラウンジのような広い場所に部下の三人―――フラン、マイク、フーベルトがそれぞれの姿勢で座って、待っていた。


彼らはアイクの顔を見て、立ち上がるが、誰も口は開かない。


アイクは表情に笑みを浮かべただけだったがそれだけで十分だった。


それを見た部下三人はそれぞれ同じ反応を見せた。

喜びの感情だ。


「やるぅ」

「流石ですね」


フランとマイクが口を揃えたように言う。


「これは私だけの勝利ではありません。全員で勝ち取った勝利なのです」


アイクが演技がかった口調で答えた。


「20、30年前の映画の引用は通じないわよ」


これだから高齢者はとフランが肩をすくめる。


「ならなんで引用ってわかったんだよ」


そんなフランはフーベルトが返答する。

アイクが先頭を歩きながら、その後ろに部下たちが続く。


「詳細は?」


フーベルトは計画実行者のアイクに内容を聞く。


「気の早い奴だ。20%だ」


「予定よりも5%増ですね」


マイクが即座に頭の中で数字を転がす。


「流石、調査委員会を1人で平定した男」


フランがあからさまにアイクを持ち上げる。


「褒めても俺からは何も出んぞ。・・・金以外はな」


そう言ってアイクが笑い、扉を開けて変わらないオフィスへと入っていく。


だがただ1人、フーベルトは外に残り、お気に入りの椅子にふんぞり返るように座る。


「そろそろ彼も中に入れてあげたら?」


フランが小声で促すと、アイクは一度振り返って言った。


「・・・ダメだ。俺は言ったことは取り消したくないんだ。・・・昨日まではな」


その瞬間、アイクが軽く顎で示したのを確認してからフーベルトは席を立った。

そして自分の椅子と一緒に久々に部屋へと入ってきて、中にいるマイクと拳を合わせた。


「計画の中心部分を担った男を仲間外れにはしないさ」


「あの手紙の事ですね」


マイクの口にしたのはキールの元に届いた、偽装された手紙のことだ。


「ああ、キールはまるで疑ってなかった」


「昔から器用なんでな」


フーベルトは手のひらをひらひらとさせながら言う。


アイクが煙草に火をつける。


「でも何故キールに?」


「・・あいつと俺は歳は離れてるが同期だ。だからか俺に対しての対抗心が強い。何かの競り合おうとしてくる。奴の部下の多さは職種上の関係もあるが心の不安の表れなのさ。自分だけでは勝てないってな」


マイクの問いにアイクは煙を吐きながら答える。

彼の脳裏には潰れた団子のような顔と強烈な香水の匂いを思い出す。


「犯罪管理部でしたっけ?」


「三十人以上いるらしいな」


フランの問いに、フーベルトが答える。


「だがあまり関わるのはやめとけ、何せ匂いが移るぞ」


アイクは未だこ彼の香水の匂いが濃く残った鼻で笑いながら、口で煙をくゆらせる。





「消えた羊?」


そう言ったのは昼休憩中のフランだった。

手には近場の市場で買ってきたばかりのベーグルがある。


「まさかのキールから」


書類に目を通し済みのアイクが眉を顰めながら言う。


「降参?」


「挑戦状に近い」


フーベルトの疑問に、アイクが答える。


「・・たかが羊の案件に彼ら犯罪管理局が関連するとは思えませんが」


「確かに、この羊が聖獣なんて呼ばれていなければな」


アイクが資料の一部分を指差し、読めというふうにジェスチャーする。


「ある日、教会で育てられている少年がいつものように羊へ餌をやりに行くと、その羊たちが消えていた。その行方は不明。そのヒントとなり得るその土地に代々と伝わる羊の迷信、いや名信がある」


マイクが書いてある中でも重要そうな部分だけを抜き出して読み聞かせる。


―――精霊の胎より漏れ落ちた、額に一本の角を宿す羊。影の裏側へと火を追う。そこは大瀑布にて蜂に刺される。誇りを失いし獣は5日で世界に蓋をする。



場に少しの沈黙が訪れる。


「謎解きね、大好きなのでは?」


フランがアイクの方を見て少し笑う。


「半分正解で半分不正解だ。謎解きは好きだが、宗教には興味ない」


アイクがうんざりした様子で肩をすくめる。


「誰かさん見たいね」


今度はフーベルトに視線を送る。


「理由は?」


マイクが問いかけると、フーベルトとアイクが同時に答えた。


「「神を信じない」」


「・・だろうな、だから雇った」


アイクが予想通りだと頷いた。


「やっぱり似てるわ」


フランが自分のボスと同僚が同じ思考をしていることにおかしくて笑ってしまう。


「・・もういいだろ、考えよう何がある?」


フーベルトは会話を切って、仕事に戻ろうとする。


「おい、部屋に入ることは許可したがボスの立場まで譲った覚えはない」


アイクは冷たく言い返すと、主導権を取り戻すように声を張る。


「意見を出せ、何がある?」


その一言が場を仕切る。


「・・普通に古来からの言い伝えの真実説」


これはフランの意見だ。


「誰かが面白がって今世まで残した説もある」


その意見に反対するようにマイクが言う。


「今それを判断する材料はない。つまり今すべきことはーーー」


「ひとまず羊を見つける」


アイクの言葉をフーベルトが引き取る。


「そうだ」


アイクが頷く。


「・・・文章を区切ろう、前半は大体は理解できるが、問題は二つ目の文章からだ」


フーベルトがアイクと以心伝心のような形になってしまったことに嫌悪感を覚え、話を先に進める。


「影の裏側に火を追う」


マイクが詞の内容を復唱する。


「わかることは?」


アイクがそれぞれに意見を求める。


「主語が羊」


フランが分析する。


「火は何かの暗示?」


マイクがそれに続く。


「導き火とか?」


「それなら暗示じゃないだろ、影の裏側の方は?」


フーベルトも会話に入る。


「それはおそらく夜だ。羊は夜にいなくなったんだろう?」


「なるほど、影が出る時間帯の裏側、つまり夜ね」


「・・・」


「だが火がわからない」


「暗い夜の中に火ね」


彼らが謎めいた二文目の考察をしている中、アイクは妙な引っ掛かりを覚え、フーベルトの方見つめる。


「・・何か言いたいのなら言え」


たまらずフーベルトがアイクのに向ける視線の意味を問う。

アイクはフーベルトの方から目を離さない。


彼は直前まで悩んだ結果、口に出すことにした。


「いいや、世俗離れしたガキが社交性を持とうとしている様は見ていて面白いものがある」


「何故急に罵倒?」


フーベルトの顔が曇り、マイクがアイクの行動について困惑の色を浮かべる。


「たが、そのバランスが度を超えると使い物にならない」


アイクが指で眉間を押さえながら言う。


「その夜の解釈、確かに一理通りそうなものだが、文章を正確に読め」


アイクがマイクの意見について指摘する。


「影の裏側へと火を追う、だ。つまり影の裏側=夜じゃない」


部屋に再び沈黙が落ちる。


「お前は気づいていたのに黙ってたな」


アイクがフーベルトから視線を外さない。


「・・・その線もあると思った」


「いいや、お前はないとわかってたはずだ」


フーベルトの弁解を躊躇なく切り捨てる。


「同僚と仲良くするのはいい。だが馴れ合いは仕事の外でやれ。この部屋に同調するだけの人間は不要だ」


空気がピリつく。

マイクがその空気を変えようとして声を上げる。


「・・・私の意見の夜ではないとしたら先生は?」


アイクは軽くため息をつきながら答える。


「・・・単純な話、影の裏側と来るなら考えるのは裏側、つまり逆側だ。影の逆には何がある?」


「人とか物?」


フランが質問に答える。


「間違ってないが、それは中間地点にすぎない。ゴールは少し先だ」


「太陽」


フーベルトがアイクの問題に正解する。


「そうだ、だから後述される火も太陽と考えていい。羊が太陽を追う。だが時間帯によって太陽は角度が違う。そして羊たちが移動したのは夜だった」


資料を流し読みしながら、自分の意見が適当であるかを確認する。


「つまり特定の時間は重要でなく、必要なのは太陽が向かう方角だ」


「太陽は東から上り、西へと降りる」


「つまり、羊が向かった方向は西だ」



一度フーベルトたちと別れた後、マイクは同じフロアのアイクのオフィスとは対極に位置する部屋へと向かっていた。


その扉の手前で一度立ち止まり、無言でノックをする。


その音に気づいた部屋の主は来たのがマイクだとわかると、中へ入るように手招きした。


「お呼びでしょうか?」


「・・ああ、呼んだ」


そう言ったのは広いオフィスの真ん中に堂々と座るキールだった。

その部屋の大きさはアイクのオフィスよりも数段と大きい。


部屋に入った瞬間には気づかなかったが、キールの方へ近づくと急に鼻の曲がるような匂いがしてくる。

だが、それを相手へ悟られないように無表情を貫く。


「まあ、そう気を張るものでもない。私から流した件の進捗はどうだ?」


キールの表情は薄く柔らかい笑みを浮かべているが、その目には冗談の色は見えない。


彼が言っているのは聖獣の羊についてのことを言っているのだろう。

暗号解読に重きを置いていることを話す。


「それは重畳。あの類の物は時間をかけないと解けない。だから時間と体力が有り余っている君たちに回したんだ」


言葉の端に、軽い皮肉が滲んでいた。


「まあそんなことはいい。君を呼んだのはこの件で、だ」


そう言ってキールは脇にある書類束から一枚のファイルを取り上げて、マイクへと見せる。


「私の部下に書かせた。長々と書いてあるがわかりにくいのが私が要約しよう」


キールはその資料を掲げながら、目を細めて笑う。


「マイク、君に無断の住宅侵入の嫌疑がある」


一泊の静寂。

さっきまでのとは異なる緊張で空気が引き締まる。





「そんなの知らないとか、なぜ知っているとかはどうでもいい」


キールの声は冷ややかだった。

マイクが言い訳を挟む余地など、初めから用意されていない。


マイクはその言葉を受け止めながらも、不思議と焦りを感じていなかった。

キールの意図は完全には読めていない。

だがそれでも自分が立たされている立場についてはすでに把握していた。


「問題なのはそういう事実があり、不幸にも証拠も揃ってしまっていることだ」


「私の信条は疑わしきは罰せず。せめて証拠さえでなければよかったものを」


彼の表情は言葉の表現とは裏腹に少し清々しさが混じっていた。

まるで優秀な生徒の粗をようやく見つけた性格の悪い教師のような顔。


「とっとも、安心していいのは未だのことを検事局が知らないのはほぼ確実だと言うことだ」


ここで彼の言葉が少し柔らかくなる。

本気で安心させようとしているのか、それとも見せかけか。


「・・とはいえ、これを発見した以上、私にも責任が生じるのは明らか」


キールは椅子に目を預け、淡々と続けた。


「私の部署は魔法犯罪を統括する。それは外部に対してだけではなく、内部統制機能としての役割も期待されていると言うこと。言いたいのは起こりうる可能性は排除しておきたい」


マイクは黙ったまま頷くこともなく、視線を伏せる。

今回の件――依頼者の家への無断侵入は、厳密に言えばアイクの指示によるものだ。


もちろん、こうなることの可能性は予見していたし、その確率も低くはなかった。

だか以前はバレることはなかったし、今回はアイクが主導となってやったことなので少し安心していた節はある。

だがら証拠の隠滅も甘かった。


「ただでさえ君の名前は聖邦連合から嫌われている。こんな叩いたら出るような埃を見過ごしていると君だけの問題ではなくなるんだ」


これは自分自身が招いた不祥事だ。

昔の非行が尾を引いて、現在の自分の足を引っ張っている。


「そこで一つ問う。これは君の意思でしたのか?」


キールの口調はあくまで丁寧だ。

だがどんなことを仕掛けてこようと、こういう展開になった場合の結末は自分で用意している。



「・・・ええ、もちろん。成果欲しさに私自身の判断でしました」


キールが少し驚いたように顔を傾ける。


「ふむ、脅しが足らなかったか。ならはっきり言おう。この件で君を解雇するのは造作もない。君1人のせいにして尻尾を切るように捨てればいいだけだからな。だがもしそこに少しでもアイクの意思が介入しているとしたら君を救うことができる」


そこでマイクは初めて、目の前の男の本当の目的を勘付く。

キールはマイク経由でアイクの責任を引き出そうとしている。



「君の活躍は部下から聞いているよ。物覚えがよく、優秀。そしてなによりそこまで連合に嫌われるのは誰でもできることじゃない。誇っていいだろう」


キールは今度は逆にマイクのことを褒め始めた。

最後は自身の功績ではなかったが。


「なにより君はここに入ったのは独学だと聞いている。なら積み重ねた努力はとてつもない物だろう。君が言っていることはそれを無為にするということだと理解している?」


マイクの胸には確かに、今の地位の惜しさはある。

せっかく目標である協会へ来て、マイクの人生はこれからだというところだ。


それが昔の非行歴を出されて、上司に従ってしまったが故に未来は真っ暗だ。

 


「・・・もちろんです。確かにここにくるまでに人の数倍の努力をしてきたと自分でも言えます。ですがそれが公権力の濫用を正当化する事由にはなりません」


だが、それでもこの短期間で得たものは少なくない。


世界で一、ニを争う神童と喧嘩をして、友人となった。

異才な魔女と意見を交換し、魔法について語りあった。


そしてタバコ中毒者と共謀して、人から見捨てられた魔族を救った。 


なんて濃い時間を過ごしたのだろう。

常人が一生をかけて一度する経験をこの短期間でいくつしただろうか。


「なら自分が責任を被ると?アイクを庇って?」


キールがマイクの意思の最終確認をする。


「これは私の罪です」


澱みなくマイクが答える。


「君がしたいことはわかる、アイクへ恩を返そうとしているんだろう。だが無駄なこと」


キールの声は今までで一番、感情を含んでいた。


「彼への責任は君を雇った時点で発生している。例えアイクがこの罪を逃れようが、私は管理者責任を問うこともできる」


「・・たとえ私の行動が先生のためにならないなら、これは自己満足でいい。先生の何よりの恩は私を雇ってくれた事だ。ここはトレント。学歴のない獣人がどれだけ仕事に就くことがてぎるでしょうか?」


マイクは静かに言う。


例え起訴され、有罪になったとしてもここへ帰ってくる。

今となってはそんなことが疑わずに信じることができる。


「・・・その情報を検事局へ流すも好きにしてください。ですが、私の気持ちは変わることはない」


それだけ言ってマイクは部屋を後にしようとする。

その瞬間。



「・・・待て」


そのでキールが部屋を出るギリギリのところで声をかける。


「君の意思は理解した。幼いながらの親孝行心には感心する」


わすがに鼻で笑いながら、キールはだんだんとマイク方へと近寄る。


「だからこうすることにする。君のこの行為を不問とし、証拠もこちらで処分しておく。アイクの責任問題も白紙にしよう」


「・・・?」


マイクの頭にキールの思惑をさまざまな形で予想するが明確な形にならない。

そんなキールは答えを口出すことなく、代わりに一枚の契約書を差し出した。


「その代わりに条件を呑んでもらう。もちろん、君の父上には迷惑をかけない。クビになるよりはマシなはずさ」



キールの笑みは歪んでいる。

その奥にあるものをマイクは見抜くことができなかった。




「羊が見つかりました」


事務所に戻ったフランが、手短に報告する。外はすでに日暮、窓の外には金色の光が差し込んでいる。


詩の断片を見下ろしていたアイクが顔を上げる。


「どこだ?」


「北西の外れ、放棄された果樹園です」


「護衛隊には?」


「今からですが」


「ならよし」


「何故?」


問い返したフランにアイクは答えなかった。視線を詩に戻したまま、ただ指先でリズムを刻むように机を叩いている。


代わりに答えたのはフーベルトだった。


「答えを知るため」


フランが眉を顰める。


「まだ、大瀑布、蜂、誇りを失う、蓋、まだまだ謎はたくさんある。処分権を手放すには惜しい」


そしてあたりを見回し、尋ねる。


「――にしても、なぜ俺の部下は俺の言うことを守れないんだ」


皮肉めいたその一言で、室内に微かな緊張が走った。フランとフーベルトはすぐに、その矛先が獣人のマイクを刺していることに気づいた。


しかし、その姿はここにはない。


「行方は?」


アイクがそう聞くが、双方とも首を横に振るだけだった。


2人は獣人のマイクであることを言っているのだと気づいたが、その行方は知らず首を横に振った。


「誰も知らないのか、まあもういい」


それだけ言うと、マイクへの関心は失われたようだった。


「西は正解、次は大瀑布だ」


思考を言葉に乗せながら、部下たちへ視線を向ける。


「水とか滝?」


フーベルトが答える。


「境界って意味かも」


フランも考えを口にする。


「西側に何かあるっけ?」


「・・・世界有数の滝は確かにあるが」


フーベルトが地図を思い浮かべながら続ける。


「それはあからさますぎる。俺がこの問題制作者ならそんなつまらないことはしない」


アイクがつまらなさそうに吐き出す。


「・・羊がその大瀑布とやらに着く前に謎を解く。そのためには情報だな」


「どうする?」


これからの動きをフーベルトが尋ねる。


アイクは無言のまま部屋の外に出る。


「最も詳しいやつに聞きに行く」




お久しぶりです

ぼちぼち頻度を増やしていこうと思います

これからも何卒よろしくお願いします


ブックマーク等よろしくお願いします

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