波瀾万丈なる出張(後半)
*
「連合の碧翠院への恨みって?」
そう言ったのはフランだ。
「習ってないのか?」
フーベルトが心底不思議そうに聞き返す。
「興味なかったもの」
フランはまるで悪びれる様子は一切なく返す。
この協会の解説役のワシントンがフーベルトの代わりに説明する。
「碧翠院っていのは元々は聖邦連合の、かなり古くからある一つの組織だった」
フランが頷く。
これは学校でも習う程度の一般常識だ。
「少しややこしいのはここから」
ワシントンが軽く息を吐いて続ける。
「碧翠院が連合から独立するときに一悶着あったんだ。そもそも碧翠院は魔法を扱うと言っても協会とは違い、研究色が強い」
「人類が初めて魔法を体系化した時、大きく三つに役割を分けた。解明、管理、発展だ。この三つをそれぞれ魔法協会、聖邦連合、碧翠院が担っている」
「協会が理論と記録、連合が制限と運用、碧翠院が応用と革新」
おそらくその通りに教科書通りに書いていたのだろう、フーベルトが繰り返す。
「発展というのは一番金がかかる、そして一番金を産む分野だ。武器開発や産業分野にも繋がるからな。だから碧翠院への予算はほとんど上限がなく、無制限に金を引き出せる」
「そんな金のなる木を連合が手放すわけはない。評議会連中の反応も凄まじかった」
フランはかつて見た会議でのことを思い浮かべながら聞く。
「だがそんな中でもそれを成し遂げてしまった英雄、それがゴードンだ」
ここで初めてゴードンの名前が出てくる。
「連合にとって致命的だったのは、碧翠院を分離するときに魔法に関する資格の発行権までも奪われたことだった」
アイクがワシントンを捕捉する。
「連合は当時、管理領域の侵害と主張したが、それを丸め込んでしまった。表では円満、裏では強引」
ワシントンが続ける。
「連合とゴードンの間で何かしらの取引があったのは確実だが、その内容は当事者以外知っている者はいない」
「だから連合は早く頭であり、碧翠院ワンマンであるゴードンには死んでほしいが、なかなかしぶとく、誰も手を出せない状態でいる」
独立当時、ゴードンへの続いた暗殺未遂の事件を全員が思い浮かべる。
「話を戻すぞ」
脱線した話をそう言って戻したのはアイクだった。
*
「魔法?」
ヴィアラが眉を顰める。
「負けが込み始めたと思うや否や、相手を自分の場へと引き摺り込もうとしている」
「なら降りるか?」
アイクが肩をすくめながら、挑発する。
「いや、コールだ。俺は構わん」
ゴードンが無表情で答える。
その顔には確かに余裕が混じっている。
「なら私もコールで。ただし言われた通りというのは少し危険です。提案があります」
「何だ?」
「魔法を使う場合、このテーブルーさ、つまり場にしか影響しない魔法に限るという条件で」
「・・・いいだろう。魔法の付合系は禁止、使うとしてもこの場にしか影響がないものにが決まるということでいいだろう」
アイクは鼻を鳴らしながら答える。
「ならルールを説明してください」
「基本的にはタクス・ホールデムと同じ。違うのはコールやレイズと同じようなアクションが一つ増える。それは・・
―――ジャッジ
プレイヤーの任意のアクション時に名指しで宣言可能。
単独使用は不可能。
ラウンド中、プレイヤー一人につき一回。
3ターン目(4枚目公開)以後のジャッジは不可。
ジャッジを宣言された対象プレイヤーはその時点で魔法によるイカサマをしていた場合、即フォールド+ペナルティとしてそのラウンドで投じたチップの50%をジャッジ成功者へと配分される。
イカサマをしていなかった場合、ジャッジ宣言者はペナルティとして場とは別に所持しているチップの総額の25%を被ジャッジ者へと支払う。
もし真の魔法行使者がいる場合は新しいジャッジ権かノーリスクのジャッジ権を獲得することができる。(そのターンでのみ有効)
ショーダウン後のジャッジと魔法は不可。
魔法に関するルール。
一度発動した魔法は解除不可能。
使用のタイミングは完全に自由だが、3ターン目(4枚目公開)以後に行使は不可能。
しかし継続は可能。
だが例外として4ターン以後の魔法行使、もしくはジャッジを宣言するのはオールイン時のみ可能。
それぞれ失敗時(被ジャッジや、ジャッジ失敗)のペナルティは即フォールド。
「・・・なるほど、これならチップ差が出たとしても安易にジャッジ行使をできない」
ヴィアラが納得したように頷き、ルールを体へと染み込ませる。
「ジャッジ時の確認は誰が?」
ゴードンがアイクは問いかける。
「もちろん公正公平な第三者、精霊にやらせる」
ゴードンは納得する様に頷く。
そしてアイクは声を上げる。
「ワシントン」
「なんだ」
違うテーブルに座るワシントンを呼ぶ。
「仲介人をしてほしい」
ワシントンは少しだけ考えたが、頷いた。
「・・・それぐらいならいいだろう」
ディーラーとそれぞれが顔を合わせる。
「・・両者、魂の代償を精霊に。これより双方合意のもと宣誓の儀を執り行う。立会人は魔法協会、ジェームズ・ワシントンが務める」
ワシントンが手をそれぞれへと差し出す。
「君は彼女に何を誓う?」
その手はアイクの方へと向いている。
「真実を告げること」
アイクは低い声で答える。
「あなたは彼に?」
違う方の手のひらがディーラーの方へと向かう。
「真実を告げる」
ディーラーも同じ様に答える。
「アーレア・ヤクタ・エスト。宣誓の儀を承認する」
ワシントンが両手を勢いよく合わせ、軽快な音が鳴る。
ワシントンは精霊が誓いを感じたことを確認し、次はゴードンの方へと向かう。
*
「ゲーム開始だ」
アイクのその言葉と同時に2枚のカードが各プレイヤーに配られる。
静かにマークと数字を確認し、それぞれが再び裏へと戻す。
勝負の幕があがる。
第一アクション、ヴィアラからだ。
「コールで」
そう言ってチップを場へと出す。ジャッジはない。
序盤の様子見だ。
続くは中央のゴードン。
「コールだ」
淡々とした進行。らそれが不穏の兆しでもある。
最後にアイク。
「コール」
ディーラーが5枚のカードを場へと出し、順番に2枚裏返す。
―――ハートの7、ハートの9。
場が少し緊張する。
だが、それを破ったのはヴィアラだ。
「レイズです」
その顔は意味深に笑っている。
このゲームは魔法もジャッジもしないというのがリスクが最小に見える。
だが、裏を返せばイカサマの温床だ。
使える魔法が限られているといえ、実際はほとんど無限に近いほどの可能性がある。
だからこそヴィアラでも勝機はある。
相手が魔法協会でり、碧翠院であっても。
ゴードンが一泊相手口を開く。
「コールだ」
ヴィアラはその表情の全てを見落とすことなく観察する。
だが彼の表情はピクリとも動かない。
アイクのターン。
ヴィアラは彼の表情を見て、少し怖気付く。
「レイズだ」
その顔には異常とも言えるほどに笑みが張り付いていた。
ヴィアラはジャッジを行使する衝動に駆られるが、明らかな陽動だと自分に言い聞かせる。
だが、あえてそう思わせている可能性もある。
彼の頭に諄々とした考えが回る。
だが思考停止しかけた脳を無理やりにも動かし、唱える。
「・・コールで」
アイクの表情が一瞬で崩れる。
―――乗り越えたのか?
彼の顔は心底面白くなさそうに見える。
だが気を緩めてはならない。
奴はそう言うことを平然とやってくる男だ。あまり表情を頼りにしすぎるのもよくない。
「コール」
ゴードンも静かに応じる。
順番が一巡し、再びディーラーが3枚目を捲るーーがその瞬間ヴィアラは目を見開く。
――スペードの9、そして・・・ハートの10?
そこにあるべきは一枚のカードだけ。だが場には6枚ある。
3枚目のスペードの9、さらにその横にあるはずのないハートの10が並んでいたからだ。
ありえない。
つまりイカサマだ。
だが、ここまであからさまなイカサマをしてくるとは予想していなかった。
どっちだ?
スペードの9とハートの10どっちが真の三枚目か。
そして魔法を行使したのはアイクか、ゴードンか。どちらもありうる。
ヴィアラは冷静に考える。
もし片方だけが発動しているとすればもう一人の方はヴィアラと同じように見えていると言うこと。
ここは片方動くのを待つか、それともジャッジを行使するか。
ジャッジは一ラウンドに一度しか使えない。
そした今はまだ3枚目が公開されたターン。
ここで失敗すれば彼らを止めるブレーキはなくなる。
ヴィアラの手札はクラブの8、ダイヤの5。
様子見でもいい場面だ。
だが逆にここでその思い通りにはさせない。
「コール+ジャッジだ」
ヴィアラの声が響く。
「誰に?」
ディーラーが確認する。
ヴィアラは落ち着いて思考を組み立て、理論的に考える。
「アイクだ」
アイクは一瞬の沈黙の後、肩をすくめる。
「詰む前に動けるようになったか、だか・・・」
「ハズレだ」
ゴードンがそう言うと、目の前の幻影が消える。
つまりカードを増やしていたのは
「少し焦ったな」
無表示を崩さないゴードンだった。
もちろんアイクは目の前の魔法に気づいていた。
だが、ヴィアラで遊ぶために黙っていたのだ。
ペナルティとして25%をアイクへと渡し、そしてゴードンは新たなジャッジ権を得る。
「優しいねぇ」
アイクの軽口に拳を握るがひとまず我慢する。
まだ勝負は終わっていない。
「ヴィアラのコールから」
ディーラーが続きを続行するようにゴードンに言う。
彼の魔法はすでに解除されており、目の前には正規の数字であるハートの10がある。
「レイズだ」
今度はゴードンが先に仕掛けてくる。
アイクは面白そうに見つめる。
「乗るぞ、コール」
「コールです」
ヴィアラも続け様に答える。
ジャッジ、そして魔法を行使できるラストターン。
4枚目が開かれる。
―――ダイヤのJ。
ヴィアラのてにストレートが完成する。
即座に宣言。
「レイズ」
そして続けてゴードンが言う。
「コール、そしてジャッジだ」
「誰?」
「アイク」
全員の視線がアイクに向けられる。
「チッ」
アイクが舌打ちをする。
「本当の手札を見せろ」
ゴードンの言葉から魔法を解く。
「ジャッジ成功。アイクは強制フォールド。そしてペナルティで場にあるチップ50%の支払いです」
ダイヤのジャックがだんだんとぼやけていき、そこから現れた数字とマークを見てヴィアらは絶句する。
そこにはハートの3が現れた。
すぐに自分がレイズしたことを後悔する。
だがそんな後悔に時間は与えられない。
最後の一枚が明らかになる。
―クラブのキング。
なんの役も持たないヴィアラは降りることしかできなかった。
*
「仕切り直しだ」
アイクがそう言って最初にチップを出す。
軽くだが迷うのない手つきだった。
それに続きゴードン、ヴィアラもルール通りにチップを出す。
ディーラーが2枚のカードをそれぞれへと配り、5枚場へとカードを出す。
そしてアイコンタクトで準備ができたことを確認し、場にある2枚を捲る。
――クラブの3、スペードの6。
「コールだな」
アイクが柔らかく口を開く。
ヴィアラもそれに続く。
「同じくコールで」
「コール」
ゴードンもチップを重ねる。
テンポは淡々としているが攻防はすでに始まっている。
3枚目が開かれる。
―スペードのキング。
アイクの口角が少しあがる。
「レイズ」
小さな挑発。
誘う様な口ぶりだ。
「コール」
「コール」
ヴィアラとゴードンがそれに応じる。
だが先程とは違い少し落ち着いていた。
―スペードの5。
ここでアイクの手が止まる。
そして静かに言う。
「オールインだ」
観客席がざわめく。
会場全体の空気が一気に張り詰める。
それはヴィアラも例外ではなかった。
(なぜ今なんだ?)
公開されたカード。
ーークラブの3、スペードの6、スペードのK 、ハートの5
出てる数とマークから役の最大は逆算できる。
そしてここでオールインということはそれ以降に魔法を使うということを言っているようなものではないのだろうか。
それとも目当てはジャッジの方か。
あるいはブラフの二重底か。
だがこちらに策はある。
ヴィアラはこの四ターンをかけてカードの2枚を分解、そして再生成した。
今ヴィアラの手札にはハートのAとスペードのAが存在している。
それをわかってからわからずかアイクのオールイン。
もしヴィアラが五ターン目でジャッジを喰らえば即フォールド、そして今のチップ数から次の戦いを互角に戦えるとは思えない。
例え格差補正があるルールとはいえども限度はある。
そして一度離れてしまったらアイクとゴードン相手に追いつくのは不可能だ。
ならこちらも少々の脅しは必要だ。
「こっちもオールインで」
観客の目線がゴードンの方へと向かう。
オールインでの三つ巴の裸の殴り合いを期待している。
「まだ早い」
ゴードンは手札2枚のカードをディーラーへと投げ、この勝負を降りる。
残るはアイクとかつての雪辱を果たそう。とするヴィアラだ。
ディーラーが最後の運命のカードをめくる。
――ダイヤの A
完成した。
ハートのA、スペードのA、ダイヤのA。
スリーカード・エース。
誰もが勝負が決まったと思った、そのとき。
「さて、ショーダウ・・」
「待て」
アイクがディーラーの言葉を遮る。
「ジャッジだ」
空気が静まり返る。
ヴィアラが静かに問う。
「・・・なぜ気づいた」
まだ見せてもいない手札に関する魔法をなぜ見抜けたのだと問う。
「・・・そんな気がしたんだ、言うなら勘さ」
観客が沈黙し、ヴィアラの背筋に冷たいものが走る。
魔法を使う天才たちは論理の外側でも牙を向いてくる。
「明日の会議でまた会おう」
会場にはアイクの言葉だけが濃く残っていた。
*
「では敵討といこう」
「いいぞ」
ディーラーの手が滑る様に動き、カードが二人の前に伏せられる。
順番はゴードンからアイク。テーブルの空気が微かに重くなる。
二人は同時に手札を取り、静かに目を落とす。
その時だった。
アイクの目にゴードンのカードの表面が少し見えてしまった。
別に見ようとしていたわけではない。
ほとんど無意識下での出来事だ。
アイクが見えたのは数字と色。
――黒色のAと黒色のQ。
なかなかのハイカードだ。
アイクは一瞬、このことを申告するか迷う。
だがそれは単にゴードンのミスだ。アイクが教えてやる義理はない。
利用できるものは利用する。
アイクは自分の手札を思い出しながら、勝負へと集中する。
一ターン目、ディーラーが5枚のうち2枚を公開する。
――クラブのJとハートのK。
ゴードンは少し笑みを浮かべる。
彼は自分のカードを確認する際、その内容を少しだけわざとアイクへと見せた。
アイクの視線から確実に彼の頭の中にカードの内容が入っていることを確信する。
そうすることでさりげなくアイクへとカードを見せることによって心理戦を仕掛ける。
アイクはそれを見た瞬間にまず偽の数字を見せられたと魔法の可能性がよぎっただろう。
だがこの場の情報だけではそれが真か偽かの区別はつかない。
もし魔法と判断し、ここでジャッジを使ってしまえば残りの3ターン、ゴードンは魔法の制限は無くなる。
しかし例えジャッジをしなくてもその可能性は頭へと残り続け、アイクの思考を掻き乱す。
このジャッジという特殊ルールを追加したこのゲームは何か起こったのならばまずは魔法を疑い始める。
ゴードンはそれを逆手に取る。
魔法という可能性がありながらも安易に手を出すことはできない。
その上、見せた数字と呼応するように出てきた場のカード。
こんなに都合のいい数字が出れば、場のカードすらも魔法ではないのかと疑い始める。
これは二重の罠だ。
しかし答えは単純明快。
ゴードンの持っているカードは現実の数字で、場に出ているカードも魔法ではない。
リスクを考えてジャッジをしなければ、そのままロイヤルストレートフラッシュが成立する可能性がある。
さらに何よりまだゴードンは魔法という選択肢がある。
いざとなれば機を計らって魔法を使えばいい。
「コールだ」
だがレイズではなくコールする。
これもアイクの思考を少しでも割くためだ。
アイクの顔は無表情だが、その頭の中は様々な可能性が行ったり来たりしているだろう。
アイクはレイズではないこと自体に魔法の可能性を匂わせたと考えるだろう、だがそう思わせるのが罠だとも、そんな風に裏の裏の裏の裏まで考え始める
奴はそういう奴だ。
だがそれも無駄なこと。
魔法は使っていないのだから。
「コールだ」
アイクは無難にコールを選択。
レイズする選択肢はないだろう。
3枚目が開かれる。
――ダイヤの6。
数字だけ見ると流れとはほとんど無関係に思うが、ゴードンが気になったのはアイクの手札だった。
彼は通常2枚のはずの手札を3枚も持っていたのだ。
ゴードンはアイクが仕掛けてきたことを確信する。
一度冷静に考える。
手札が3枚、一枚は偽物。
重要なのはそれが魔法が魔法でないかだ。
基本的には魔法の可能性が高い。
ヴィアラへやったように幻覚として3枚持っているように見せる魔法は特別難しいものではない。
だがまだ二ターン目、ジャッジをするにまだ早い。
「コール」
それがたとえ魔法であったとしても場へ与える影響力は知れている。
ここは無視することした。
「俺もコール」
アイクも先ほどと同じように言った。
続いて4枚目が公開される。
魔法そして、ジャッジをするならここが最後だ。
――クラブのK。
ロイヤルストレートフラッシュに王手だ。
ゴードンは再びアイクの手札を見る。
そこには3枚ではなく正常の枚数である2枚になっていた。
消えた?
いや、魔法の解除は反則。
もし反則をしていれば聖霊が黙っていない。
つまり消えることを前提とした魔法。
なぜそんなことを?
そもそもこれはただのイカサマの可能性の方が高い。
それが魔法の場合は意味がないからだ。
こんなことをしてもゴードンの思考を邪魔する以外に得はない。
「・・コールだ」
ゴードンは深く考えながら言う。
ここでアイクの顔に笑みが現れる。
「オールイン」
観客にざわつきが走る。
ゴードンはより深い脳部分へと沈んでいく。
ゴードンの手札はポーカーの中でも最上位に位置する役へのリーチ。
だがもちろん、次に望みのカードが出るとは限らない。
もし出なければアイクのゴミ手で負ける可能性だってある。
そしてアイクはオールインをした。
ゴードンの手札の内容を知っているはずなのに。
つまりアイクはこのターン以降で魔法を使いたいか、ジャッジを発動したいということ。
アイクはまだゴードンが魔法を使っているかどうかを見切れていない。
だから篩にかけてきた。
降りれば手札が偽の可能性が高く、乗るなら本物ということで絞れる。
アイクの考えそうなことだ。
加えて奴にとっても純粋な運勝負に持ち込むことができる一手だ。
だがゴードンはここで引くつもりはない。
ゴードンの脳裏を二つのリスクが駆け巡る。
・最後のカードがクラブの10でなかった場合。
・そして先ほどの手札の現象。
だが、クラブの10でなくともゴードンには魔法という手札が残っている。
もちろんその条件としてはオールインが絶対になるがアイクの小細工への牽制もしておきたい。
「こちらもオールイン」
観客が熱気に包まれる。
アイクと目を合わせ笑みを交換する。
5枚目の公開。
――クラブの10。
王たる役が完成する。
どれだけ役を揃えようとも今のゴードンには勝てない。
だが彼は一つの可能性を捨て切らない。
もしアイクがこのクラブの10を偽装しているのならゴードンの負けは確定的だ。
相手は自分の手札を知っている。
ならそれに合わせて細工をすることも可能だ。
だがもし違えば強制フォールド。
負けがショーダウンを待たずして確定する。
もしやと思いアイクの手札を見る。
――3枚だ。
相変わらず顔は笑っており、まるでジャッジをしてみろと言わんばかり表情だ。
――そこで一つの考えが思いつく。
アイクが手札に魔法を行使してようが、してまいがロイヤルストレートフラッシュを確定させる方法を。
それは自分でクラブの10を作ってしまうこと。
アイクの魔法が幻覚魔法の場合、視覚的な影響のみに干渉しているのでそこに重ねれば上書きは可能。
そしてショーダウン時にアイクの魔法が発動し、クラブの10ではなく真の数字が現れたとしても上から塗り潰すことができる。
だが、もしアイクがそれを少しでも勘付けば自ら勝利を捧げることになる。
自分の運を信じ、ショーダウンへ持ち込むか。
アイクのひねくれた性格を見込み、ジャッジを行使するか。
自分の技で勝利を勝ち取るか。
ゴードンは心に決める。
「ジャッジは?」
ディーラーが両者に聞く。
双方声はあげることはなかった。
ディーラーが頷き、手をかざす
「ショーダウンです」
*
「負けか」
時が止まった様な錯覚を覚える沈黙の後、ゴードンが呟く。
そこにあったのはーークラブの10ではなく、ハートの6。
そして、アイクの手札はクラブの6とスペードの6。
スリーカードだ。
ディーラーが指を鳴らし、場にある大量のチップがアイクの目の前へ移動する。
それを全員が静かに見る中、アイクがゆっくりと口を開く。
「まずお前の見せてきた手札だ。あれを魔法、もしくは真実かを確定させることはできなかった」
その声は勝者の傲慢でも、敗者の憐れみでもない。
そこにはただ事実の分析があるだけだった。
「だから、利用させてもらった」
そういうと、場に出た5枚の内、クラブの10の他にクラブのKが変化を始める。
「無理もないが、俺の手札の3枚に気を取らたのが致命的だ。ちなみに言うとこっちは魔法じゃない」
アイクは足元へ手を伸ばしたと思ったら、床から2枚のカードを拾った。
「これは俺が元々隠し持っていた幻の三枚目のカード。つまり3枚目公開の時点では俺は魔法は使ってなかった」
アイクはそれを軽く投げ、カードは舞いながらテーブルへと落ちる。
「・・・で、4枚目公開時、お前を俺の土俵に上げるために魔法を使った」
アイクは4枚目から魔法を発動したのはゴードンにオールインをさせるためだったと言う。
「三枚目公開時に、俺の手札が2枚に戻っていたことを確認したお前は非魔法のイカサマだと判断、その後俺の手札が3枚に増えたとしても魔法を使ったとは考えなかった」
「だがそれが俺の本当の罠」
「そこからオールインをした俺を見た時、お前は魔法を俺が発動するのはこのターン以降と無意識に思い込んだ。その時点でカードが変わっているにも関わらずに」
「そしてそれを信じ、最後の最後で魔法すら使わなかった腰抜けは俺に全てを奪われた」
そう言って大量のチップを自分の魔法によって出したゲートへと入れ、その席を立つ。
「なかなか悪くない交流会だった、次も呼んでくれよ」
その声には余裕と、どこか少年のような悪戯心が混じっていた。
*
「だから、こんなにも金が流れ込んできたのね」
ステイが腕を組んで、帳簿の数字をじっと見つめる。
「もちろんそれは一部分だ。八割は俺の懐さ。これでワシントンの件はチャラにしてもらうおうか
アイクは淡々と答えながら、足を机の上へと乗せる。
「それにしても金が増えて、キレられるとは思わなかった」
「だから、こんなにもお金が入ってきたのね」
「もちろんそれは一部分だ。八割は俺の懐さ。これでワシントンの件はチャラだ。それにしても金が増えてキレるとは」
「出所不明な金は怪しんで当然よ」
「ほら、お前らも仕事しろ。サボりは許さないと事前に言ってあるはずだ」
その言葉に渋々と部下たちとステイが仕事へと戻り始める。
それはステイも同様で机の書類を手に取り、重い足取りで扉の方へと向かう。
だがアイクはワシントンと目を合わせ、部屋に残るようにアイコンタクトをとった。
ワシントンは部屋に出る途中で立ち止まり、重く、静かに扉を閉じる。
*
「碧翠院か」
そこにいたのはアイクだった。
彼が話しかけているのは前日――カジノ場を盛り上げたゴードンだった。
「お前は嫌いなんじゃなかったか?」
そう言ってゴードンへ問いかける。
「なんの話だ?」
ゴードンが言っていることがわからないといった表情をする。
「ゴードンにはいつからだ」
だがそれを言われた瞬間、彼の顔が歪む。
「いつからバレてた?」
「正確にわかったのはカジノ場でだな」
ゴードンはやれやれと言った風にする。
「付合系特殊、精度が高すぎたな」
アイクの言葉に“ゴードン”は久々に会えた旧友に嬉しくなる。
「何をするつもりだ」
アイクがただの戦友として、静かに尋ねる。
「つまらない余生を過ごしているだけさ」
その顔は決して穏やかなスローライフを送っている顔ではない。
「噂では聞いていたんだが、・・本当に魔法協会に本当にいるんだな。そっちの方が不思議さ」
「何をするつもりか知らないがら巻き込むなよ」
アイクはうんざりそうに言い返す。
「ワシントンは元気か」
「自分で聞けよ」
「そうもいかない」
二人の間に沈黙が訪れる。
「お前ももっと楽しめよ」
その時ゴードンの口調が変わる。
あの昔の、彼本来の声に戻った。
「十分、楽しんでる」
「もっとさ、死ぬまで」
そこでゴードンは空を見上げる。
「次に直接会うのはーーー先になるだろうな。今は東の方が面白い。魔法協会はその後だ。軍の動きもあるしな」
「・・・・」
アイクは何も言わない。
彼の沈黙が全てを語っていた。
「また会おう」
ゴードンがこの場から歩き出す。
だが途中で足を止め、振り返って笑った。
「ちなみにーーもし俺が直接カジノ場にいたらあの程度気づいたさ」
その言葉にアイクが目を細め、少し笑う。
それご、この横断会議、そしてその後の交流会で交わされた彼らの最後の会話となった。




