双子現象
白を基調とした荘厳的で、近代的な建物がある。
その中で周りとは違った雰囲気を持つ部屋が一つあった。
そこにいるのは、種族、性別も違うが同じ首飾りをした者三人がデスクを囲うように座っていた。
彼らが声を交わすことはない。
隣の部屋では慌ただしく息つく暇もないように働いているのが音が聞こえる中こちらの静寂がひどく対照的だ。
もしもこの階を散歩している経営者がいたのならこの職務怠慢につい声を掛けずにはいられないだろう。
なぜならすでに20分前に始業は過ぎており、新しく今日から採用されたこの三人は個々の利益となるために働かなければならない。
だがその経営者の願いは叶うことはなかった。
そもそも彼らの上司が遅刻していることが理由なのだ。
彼らは管理者がいないと仕事ができないと言うほどの年齢でもないが、今は仕事をしなくても良い理由が存在している。
もちろん、彼らは担任がいない場合の対処なんて小学二年生の女の学級委員長が職員室へ行く姿を見て学習済みのはずだ。
それを踏まえたうえでもなぜ誰も動こうとしないのか。
職員室に呼びに行ったら、後で余計なことをした奴だといじめられてしまうことを恐れているわけではない。
彼らは、楽をしたいのだ。
それぞれの細やかな思いは異なるものの考えの根幹にあるのはそれだけだ。
だがそんな労働者にとって夢のような時間も終わりを迎える。
ボスのお出ましだ。
「ようこそ俺のオフィスへ。居心地は悪くないだろう」
そういって沈黙の雰囲気の中堂々と部屋へと入って来たのは身長は高くもなく、低くもない、痩せ型の男だ。
一般人が一見して好印象は持たないだろう外見をしている。
「仕事がしやすそうではありますね」
そう褒めているのか貶しているのか分からないようなことを言ったのはエルフ族の女だ。
その言葉にアイクは少しだけ顔を曇らせてからエルフに向き合って言う。
「なんせ何もしなくても金が入ってくる部屋だからな」
部屋に入ってきた人族の上司、アイクはオフィスに居ながらも働かなかった三人を見て不満げに言った。
隣に座っていた獣人が席を立つ。
「ですがあなたが来たせいでそれも終わりですね」
「楽して稼ぎたいならお前はサーカスの方がおすすめだぞ」
アイクは獣人の視線をものともせずに自分の席へと座る。
「まあそんな怒るなよ、わざとじゃない」
獣人差別とも言える発言を正面から受けた彼はさらに険しい顔つきになる。
それを無視しながらアイクは三人の顔を見渡しながら言った。
「お前たち三名は俺が独断と偏見で選んだ。もちろん承知しているとは思うがこの国では成長が美徳とされている。この仕事に就職できたからと言って安心し、賃金を不正受給しようとするなら即刻クビだ」
「遅刻は処罰の対象?」
エルフの女がすかさず口を開く。
「もちろん、・・それは誰のことだ?」
そういうと彼は自慢げに大量のプリントが入ったファイルをカバンから取り出し机へと広げた。
*
「言い忘れていた。わが部署へようこそ」
そう言ってアイクは持っている一目見ただけで気が滅入りそうな量の文字を書かれたプリントを三人それぞれに配った。
まず資料に目を通した終えたエルフ族のフランが口を開いた。
「こんなに溜まっているんですか?」
「お前たちが頼もしいよ」
アイクは基本的に仕事をしない。
それでもクビになる心配はないし、減給もされることはない。
アイクの部署はこの魔法協会と言う機関の最後の砦だ。
魔法協会での仕事は多岐に及ぶが、主に魔法を管理することを主としている。
この世界での魔法による不可解な事件は一日で数百件にも及ぶ。その上、解決率はその40パーセントだ。
この原因は複数の説が唱えられているが、一般的には魔法の発展に人類が追い付いていないということである。
魔法という超常現象を人為的に引き起こすことが可能な力は世の中に混乱を引き起こすという理由で近代、現代の時代で一般人による個人的使用と研究は禁じられていた。
だが、大戦後での激動の時代、無数の属国の独立に、王政から共和制への移行、民主主義の発達、何より国、政府による力の独占によって被害を受けた人たちの声と大戦の英雄、エルフ族からの要請もあり、魔法の一般的使用、個人研究、が可能になり情報が解放された。
だが、民間人も気軽に魔法を使えるようになったのはいいものの、この力を正しく使えるものは数えるほどもいなかっただろう。
魔法という力の解放は案の定、大戦後の疲弊しきった世の中にさらなる混沌をもたらした。
枷のない獣は自分の身を亡ぼすまで止まらない。
人は膨大な力をコントロールするために様々な制限を作る。法律という名の第二、第三のセーフティを用意し、獣を閉じ込めることに成功した。
しかし、多少の魔法犯罪は減少したものの、それでも進化し続ける魔法に人類が追い越すことできない。
人類は未だ制御不能で奇禍怪な力に翻弄されているのだ。
それを解決するのが魔法協会の仕事であり、その中でも解明困難な問題はアイクの部署はと回される。
*
「では、みなの話を聞こう」
試すような口ぶりで三人の新人たちに問いかける。アイクは彼らが資料全てに目を通すことを待たずして尋ねる。
「そっくりな外見にその上、全く同じ記憶を持っている人間、ですか」
フランが資料を読み上げる。
フランは頭を少し傾け考え事をしているようだった。
アイクも資料へと目線を移すが相変わらず字が汚すぎて何を書いているかわからないかったので部下たちが訳した情報だけで考えることにした。
今回のことが発覚したのは昨日のこと。
両親が朝起きたらベッドに瓜二つの息子が並んで寝ていたらしい。
アイクは何かの物語の書き出しのようなだと思う。
「これが物語なら偽物を口問答で炙り出せるがそれも通じないときてる」
アイクの発言に、反応するものは出ずに、時間だけが過ぎていく。
事件のあらかたの調査はアイクの部署、対魔特捜部に来る前に護衛隊という警備隊のような組織が済ませている。
たが、彼らの組織は人数だけが膨れ上がり、命令系統は崩壊しかけ、その中でも互いに足の引っ張り合いをしている状態なのであまり参考にはならない。
「本人の魔法かも?」
この空気の中で声を出す勇気を持ったのは獣人のマイクという男だった。
履歴書によれば、彼は独学で知識を身につけ、この職業に就けるまでの資格を勝ち取ったらしい。
尋常な努力をしてもそれは不可能なことだった。
「当人は否定してる」
その獣人とは正反対にあまりやる気のなさそうな金髪で肌の白い少年のフーベルトが答える。
フーベルトはマイクとは反対に高校と大学を飛び級で卒業してきた神童だ。
彼の成長と将来を全世界が期待の眼差しで待っている。
「嘘をついてるのかも」
「子供だぞ、信じる方がどうかしてる」
自分もそのカテゴリーに所属していると意識していないのかフーベルトの意見にアイクは笑い出しそうになる。
それをきつい目で見られながらフーベルトに問われる。
「どうする?」
「俺はもちろん小さな子供の味方だ」
フーベルトは興味を失ったように、目をアイクから資料へと移す。
「だが検査しろ、精霊の声を聞け」
その声を聞いてから三人が部屋を出て行った。
そうしてやっと目の前の三人は仕事を始めたのだった。
*
「どう思う?」
フランが話しかけたことにマイクは少し驚いたようだ。
だが、フランはエルフという種族上そういう反応には慣れているので何も言わない。
「何が?」
「先生のことよ」
マイクは、一瞬何のことかと疑問に思ったが先生という単語から、あの痩せた男のアイクを思い出した。
「別になんとも」
マイクはフランが何を考えて、自分に話しかけに来たのだろうかと考える。
真っ先に思い浮かんだ可能性としては、もしかして俺に気があるのかという馬鹿げた考えだった。
「あんな天邪鬼の顔をした人が他人を信じると思う?」
「・・人は見た目に寄らないんじゃないのか?」
だが、そんな男とする会話ではないと思いながらも可能性は捨てきれずに、頭に残しておき答えた。
「まだ会って間もないからそう思うだけだろう?」
「そいつに惚れたのか?」
会話に入り込んできたのは先程からずっと何かの専門書を読んでいるフーベルトだった。
声には笑みが混じっている。
「・・・?いいえ、そんなわけないわ」
「だとさ」
フーベルトが笑いながら続けて言う。
マイクはこれからうまくやっていけるだろうかという不安の中、一人真面目に与えられた検査をして心を慰めたのだった。
*
「結果は陽性、反応がありました」
つまりこの現象は魔法であることが判明した。
マイクはオフィスへと戻り、フーベルトがトイレへといっている間にそのことをチームに伝えた。
以前の件のささやかなやり返しだ。
「さて、そこから考えられる可能性は?」
アイクが検査結果を見ながら言う。
「分身魔法、遊び相手が欲しかったとかでどうでしょう?」
マイクがすぐに答えた。自分自身が増える魔法と言えば可能性が高いのは魔力をあらゆるものへと具現化して放出する放出系の魔法だ。
だが、アイクがそれに反論する。
「その程度の魔法であそこまでのクオリティを出せるとは考えにくい。しかもカールには歳の近い兄弟がいたはずだ。相手には困らない」
被害者はまだ6歳で、魔法を完璧に行使できると言える年齢ではなかった。
「カール?」
マイクが知らない名前に疑問が浮かぶ。
「被害者の男の子供の名前、覚えとくべきだと思うが」
それに返答したのは金髪の美少年のフーベルトだった。
トイレから帰って来たようだった。
「覚えてたさ、人族特有のアクセントが気になっただけだ」
そう今思いついた言い訳を取り繕いながら言う。
フーベルトは興味なさげに自分の席へと座り、アイクから検査結果の書いた資料を奪い目を通し始めた。
「兄弟が仲良いとは限りません」
気分を切り替えたマイクが、自分の意見を諦めない。
「会って確かめよう。両方に身体的負荷をかけてどっちか一方が消えるようならマイクの勝ち、そのままなら・・・今日の事務作業担当はお前に決まりだ。」
*
「ねぇ、何をするの?」
黒髪の少年のカールが素朴な表情でこちらを見る。
これから彼に必要なこととはいえ傷つけないといけないとは純真無垢なアイクの心が痛む。
とはいえ痛むのは表面上だけで、2回目と言うこともありほとんど作業のようなものだった。
アイクは彼らが驚くほど似ていることに興味を持った。
一卵性の双子は見たことがあったが、ここまで似ていることはなかったからだ。
今、目の前の少年と全く同じ見た目をしている少年には、もう検査をした。だが、負荷をかけたとしても消えることはなかったので、マイクの説が正しければこっちが偽物ということになる。
「君が本物かどうか調べるんだ。今のうちに家族に挨拶をしていた方がいいかもね」
「?」
「まあ、俺は問題ない方であった方が助かるんだが」
アイクが言っていることがあまり理解できていないようだった。
だがアイクは一から百をすべて説明するつもりはない。親にはもう説明済みなので検査を実行することにした。
「いたッ」
少しの悲鳴、それと同時に刺した傷口から見ただけで危険信号だとわかる色をした液体が少年の体の中から出てくる。アイクはそれを見て少し驚いた。
血を見て驚いたわけではなく、少年の反応が1度目では見られなかった反応をしたからだ。
「泣かないのか?」
「もう6歳だし、泣かないし」
アイクが独自に名付けた少年B泣かなかった。
先ほどの少年Aは刺した後すぐに泣いてなかなか落ち着かなかった。だが、彼は目から一粒さえ涙を出していない。
「ヒントが増えたな」
事件の手がかりが増え、アイクは事務作業から解放されることになったので笑みが止まらなかった。
*
ここは建物の最上階。ここへ好き好んでくるような人はいない。
その理由は単にここに来るとしたら説教か、解雇通知のみだからだ。
アイクはそこへと呼ばれ、あえて1時間遅刻してから部屋へと入った。
「要件はなんだ」
「山程あるけどいくつまでなら大人しく聞ける?」
そこにいたのは一人の老婆とは行かないまでも、若いとはお世辞にも言えない女が座っていた。
「一つだ、同時に物事は考えられん」
「なら一言で言うわ、その有毒草を吸うのを止めろとは言わないから、量を減らしなさい」
彼女が指していたのは、アイクの口元にある、様々な草を束にして火をつけ、その煙を吸うという煙草とも言える物だった。
「そんなことを言うためにわざわざ仕事中の俺を呼び出したのか?何回目だ?それを言っても意味のないということはもう学習したと思ったが?」
「あなたが観念するまでよ。もちろん、それのおかげで頭の痛みが和らいでいるのは知っているわ。でも、時代は進んだの。いつまで旧時代の応急処置に頼っていてはだめよ。セミナーへの招待状なら書いてあげるわ」
この女、ステイは会う度に煙草を辞めると言ってくる。
アイクが今吸っているもの、これは市販されているようなものではなく、アイク自作の特別性だ。
だから効き目は段違いだし、リスクも段違い。
彼女がいっている頭痛というのは未だアイクに残り続ける障害とも言える。
彼の頭には慢性的な偏頭痛し、その痛みで眠れないこともあるほどだ。
それを煙草で和らげている。
アイクはその痛みを解決するために特殊だが、安全な治癒法があるのも知っている。
だが、それを知ってもなお、その煙草から手を離すことはできない。
彼はもうその薬無しでは生きていくことはできない体へとなっているのだ。
「余計なお世話だ。しっかりバレないようにやるから」
ステイが心配しているのはアイクの身もあるが何より、それが世間にバレることだった。
それが彼女の監督責任の問題になるのを恐れている。
彼女は自己の保身のみでこの地位まで上がってきた。
アイクという存在でそれを無為にしたくないのだ。
そして要件がそれだけならとアイクが帰るそぶりを見せると、引き止める、新しい資料を手に渡す。
「二組目、三組目が発見された。昨日に1組、今日に1組、被害は最小限で頼むわよ」
*
「被害が拡大した」
ステイからの情報を部下たちへと伝える。
「全部で3組、しかも出た地域はバラバラですか」
フランが地図に赤み丸をつけている。
「住んでいる場所だけじゃない、性別、年齢、種族もだ」
アイクの言葉からフランがその赤く囲まれた場所へと被害者の情報を書き込んでいく。
「分身じゃなかったら、操作系とか?」
フランが自分の意見を言う。
「あの年齢でしかも比較的高度な操作系魔法を扱えるとは思えない。あの子ではなく、俺たちの方かもしれない、精神魔法だ」
フーベルトがフランに反論すると同時に意見を出す。
「彼らの実際の細胞で検査をしたのを忘れたのか?俺たちが全員干渉を受けているのなら、カールは魔力切れどころかもう死んでいるはずです」
だが、仲の悪いマイクが待ってましたと言わんばかりに反証する。
彼らの意見を何も言わずに聞いていたアイクは情報を整理し、口を開く。
「二組目と三組目の被害者の共通点を徹底的に洗い出せ。なんでもいい、近所に森があるとか、ペットを飼っているとか女の趣味嗜好でもいい、何でもだ」
*
「メークシティ郊外に住んでいた6歳の子供、世界一の広さの高原に住んでいる9歳の遊牧民族、東の最果ての島国に出稼ぎに行っていた18歳スラム出生児、こいつらに共通するものはあるか?」
アイクが煙草を片手にそう聞いたのは隣にいる無精髭を生やした男だ。
友人のワシントンは一瞬、頭の上に?を浮かべた後、ピンと来たのか意味深な笑みを浮かべた。
「唐突かつ具体的、その顔を見るに今やっている件か」
「いいから答えろ」
「人、じゃないのか?」
そう答えたワシントンはアイクの持っている煙草を見ると小指を自分自身の方へ二度、三度自分の方へと向けた。
それを見たアイクは、ポケットに入っていた銀色の箱から煙草を一本取り出し、ワシントンの方へ投げる。
ワシントンはアイクが吸っている時に偶に自分も吸いたがることがある。
ワシントンに強烈な頭痛はないし、こいつには先天的な解毒体質があるのでハイになったりもしないが、それでも煙が欲しいと言う。
アイクは前に一度その理由を聞いたことがあったが、しっかりとした答えは返って来なかったのでもう聞くのはやめることにした。
「おい、違うなら違うって言えよ。もしかして合ってたか?」
ワシントンがもしやと言う表情をする。
アイクも模写という表情だけして、答える。
「気づかなかったぞ」
ワシントンを小馬鹿にするような声の音色でそう言った。
ワシントンは面白くなさそうなその場から離れる。
「どこへ行く?」
「ちょっとしたバカンスさ」
そう言ってから、勝手にもう一本だけ煙草を持って去っていった。
*
「何か分かったか?」
場所は戻ってアイクのオフィスだ。もう一度情報を統合し、判断しないといけない。
「誕生日に血液型、仕事の職種、休日に何をしているか、事件が起こる前の日に何を食べたかまで調べたが収穫はゼロさ」
フーベルトがなんのなしに成果が全くの0であることを告げる。
「二人を隔離して別々の質問、幼少期の秘密や、少し引っ掛けた質問などをしてみましたが効果無しというか、違和感しか感じません。口裏でも合わせてないと不可能です」
「双子の愛か」
アイクはフランの言葉からこのオフィスへと入った時の違和感に気づいた。
部屋が広いと思ったら獣人のマイクがいないり
「マイクはどうした、サボりには役者不足だぞ」
「被害者に会っています」
アイクは考える。
確かにあの耳と尻尾なら6歳はメロメロになってしまうだろう。
だが、それだけのために会いにいくとは思えない。
フーベルトの嫌がらせの線も考えるが、その思考をフーベルト自身がストップさせる。
「両親に呼ばれたらしい」
アイクは胸にもやっとした嫌な予感を感じる。
*
「おい、その辺にしといてやれ」
「何もしていません。急に苦しみ始めました」
マイクからそう報告を受けた時にはもう事態は動いていた。
カールが小さなベッドの中を痛みから逃れようとして暴れていた。
アイクがカールへと近づく。
「おい、起きろ、どんな風に苦しい?吐きそうなのか、どこかが痛むのか?」
「い、痛いんだ!なんとかしてよ!」
カールは痛みで冷静になることができず、頭に浮かんだことを出しているだけだった。
「どこだ、どこが痛いのか言わないとその痛みでお前は死ぬことになるぞ」
アイクが脅し、カールが少しだけだが落ち着く。
「わ・・・、割れる、・・頭だ」
フランが痛みから解放するために眠らせようとするが、アイクが止める。
「なぜ!?」
「まだだ」
アイクはカールへと向き直る。
「・・針の時は泣いたな、また泣くのか?」
「い、痛い、あの時と同じくらい痛い。我慢できない」
アイクはすぐにカールの手首に巻かれている双子を区別をするための文字を書かれた手首のラベルを見る。
B、と書いてある。
「いや違う、お前は泣いてないはずだ少年B」
事件は深刻化していく。
*
「意識が文字通り混濁しているな」
あのあとすぐに二人を別々の部屋へ移動させ、意識障害の度合いを図るテストをした後、魔法によって眠った。
検査結果は不可解極まりないものだった。
短期的な記憶ははっきりとしているが、少年AとBのお互いの記憶がぐちゃぐちゃになりつつある。
「偽物の方が自我を保てなくなっている?」
「本物の可能性もある」
部下たちの焦りの色が見える。
それはアイクも同じことだった。
「時間がない、カールの意識障害が起こったのは双子現象が起きてから約4日。この計算でいくと明後日には残りもこの状態になる可能性が高い。そしてこの症状は頭痛で終わると言う保証もない」
「誰かの無差別の攻撃の可能性は?」
フランが一から資料を読み直しながら言う。
「そうなったら俺たちの手に負えるものじゃない、それを考える必要はないぞ。万に一つを探し出すんだ」
アイクが否定する。
真相が無差別テロなら次の被害を予想するのは1日の犯罪率を0%にまで持っていくことぐらい不可能だ。
「なぜ被害者は日が経つにつれて増える?」
アイクはそもそもの疑問へと立ち返る。
「元凶がいてそいつの接触が原因なら筋は通ります」
マイクが不安そうな表情で言う。
その何かを解き明かさない限りこの事件は解決しない。
「呪いは?発動時間をずらして混乱させた」
唯一変わらないフーベルトが問いかける。
「身代金でも要求された場合その可能性はある、そもそも1日に数組ずつ出す意味がない」
だがその可能性もアイクによって否定される。
それを聞いたフランが何かに気づいたように言う。
「被害者の発症順に意味があるのかも」
「年齢?」
「ええ、若い順で発症している、つまり精神がまだ未成熟なの」
アイクはあらゆる可能性を考慮しながら、判断する。
「フランの線でいこう、呪いと仮定して脳から神経に関連する呪いの検査をしろ」
*
「結局お前のチームは獣人に、魔族、神童か。俺の予想通りだったな」
「おい待て、まさかお前もバカンスなんて言うんじゃないだろうな」
アイクの目の前にいる男は友人であるクロックだった。
アイクとの付き合いは長いとは言えないが、気づいたら会ったら話すような間柄になっていた。
今アイクがいるのはクロックの部屋で、彼はそこで仕事ではなく、荷造りをしている。
「お前にしては勘が冴えている」
「おい、俺一人を放っておくのか、それが人のやることなのか?」
流石に、ワシントンとクロックが一緒に行くとは思えないが何か気に入らないアイクだった。
「いいご身分なことだ」
「お前は旅行すらできない身分だもんな、お気の毒なことだ」
アイクは、ふと頭に浮かんだ可能性をより深く考える。
クロックはそのアイクを見て話しかけるのをやめた。
この時に会話を振ってもまともに成り立たないからだ。
そして、思考実験が終了したアイクは部下たちへと連絡を取った。
「被害者の今までの渡航歴を調べろ。共通点はついに見つからなかったが旅行先の趣味は会うのかもしれない」
*
「呪いの方はハズレでした。検査結果からは何もわかりません、ですが」
少し表情が明るくなったフランの様子を見て、アイクは自分が正解だったのだと確信した。
「そっちはどうでもいい、俺の方は?」
フランはアイクの言葉に少し、眉を顰めたがそれも一瞬だけだった。
「大当たりです。確か、彼らは同じ時期に同じ国へ行っていたことがわかりました」
「どこへ行っていた?」
「アリソンという小さな国です」
アリソンは夏に行くと、きれいな海があり良いバカンス先と言える。
アイクは友人たちに対抗してアリソンに行くことを決意した。
*
「さて答え合わせの時間だ」
部下たち三人は未だ何が原因かわかっていないようだった。
アイクは優越感に包まれたまま話し始める。
「始まりは四年前アリソンという国の祭りで起こった事件だ。これを知らなければ俺との議論の土俵にも立てないぞ」
アイクは以前ステイへの嫌がらせで、魔法協会の名前で勝手に定期購入していた新聞に書いて合ったアリソンでの事件の記事のことを話した。
アリソンでは夏に世界でも大きな祭りが開かれることになっており、そこにはアリソン以外の人も大勢くる。
それを狙った愚かなテロ犯がおり、彼は魔法を発動したところで捕えられてしまった。
アイクはその程度の事件を物珍しげに見るような人物ではない。
このことをアイクが記憶しているのと、この事件が起きたのには原因がある。
犯人を捕らえる直前に護衛隊がおそらくヘマをしたのだ。
犯人は捕まったと同時に意識不明になった。
そしてそのまま意識が戻らず、その間はずっと病院で護衛隊に監視され続けていた。
だが最近になって目覚め、待ちに待った服役生活を送っているという記事を見たのだ。
アイクはこれを護衛隊の不祥事と考えていつか使えないかと考えていたから細やかなところまで記憶していた。
「それが4日前の出来事だ。4日前に起こったイベントといえば?」
「双子現象ですね」
アイクの質問にフランが素直に答える。
「やつの魔法は起動はしたものの、おそらく魔力の供給が途切れたから停止。そして意識が回復したと同時に術者本人すら覚えていない魔法が発動した」
一見して共通点がないような被害者、彼らはただ四年前、観光に行ったとある国で、偶々そこに居合わせただけの善良な市民だった。
「ですがなぜ彼らだけなんです?祭りにいた人は他にもいたでしょう」
マイクが疑問はまだ残っていると言う。
だがそれはアイクの中ではもう解決済みだった。
「いい質問だ、テロ犯は魔力を制限された状態で牢獄にいる。万全の状態で発動できるように構築した魔法に搾りながらの魔力を通したとしても効果は不完全にしか発動しない」
マイクは完全に納得した様子で、護衛隊へと連絡を取るため部屋を出て行った。
*
「お見事ですね」
そう言って先生の部屋に入ったのはフランだ。
アイクはそれに構うことなく、荷造りを続ける。
「私では解決できませんでした」
無力感が詰まった声でフランが呟く。
アイクはそこでフランと目を合わせ、口を開く。
「お前が俺に勝てるわけないだろ?」
アイクが煙草をふかしながら言う。
フランはその言葉よりもタバコの方へと注意が言っているようだった。
「それは、煙草ですか?」
フランの顔がだんだんと変化していく。
その顔は怒りというよりも畏怖だった。
だが、アイクはそんなことも関係なく吸い続ける。
「それ、市販ではないですよね。・・まさか自分で調合したんですか?」
「・・なんで分かった?」
アイクの煙草が特注であると知っているのは片手で数えられる程しかいない。
ステイが抑止力としてフランに漏らした可能性を考え始める。
「資格を持っているのなら問題はないですが、もし持っているのならこんな臭いの強い素材は使わないもの」
「知っているのか」
「アルマドという依存性が高い植物ですね」
ステイではないという可能性も出てきた。
そもそも彼女が本気になってアイクの邪魔をしようとするのならこんな遠回りな手は使わないだろう。
「吸うのをやめてください」
フランがだんだんと近づいてくる。
アイクは気にすることなく口のタバコの煙を肺に広げる。
そうすると頭の倦怠感が晴れ、一気に覚醒するのを感じる。
「煙草の個人による製造は禁止されています。2度目です」
フランがアイクの口から煙草を取り上げる。
「返せ」
「嫌だ」
アイクはフランから煙草を取り返すことをすぐに諦め、新しいタバコに火をつける。
それを見たフランはもう意味がないと判断し、何も喋らずアイクの部屋から出ていくことにした。