ダン飯〜迷宮区化した魔法学院で飯を食うのは間違えてますか?〜
「学院長、お願いがござりまするまする!!」
「何、その変な喋り方。どうしたの?」
「学院を迷宮区にしてください!!」
「何て?」
「学院を迷宮区にしてください!!」
「何で?」
「学院を迷宮区にしてください!!」
「聞こえていなかった訳じゃないんだよね。何でそんなことを考えてるのかって聞いてるの」
「出てきた魔物でお料理するお話をショウちゃんから聞いたから!!」
「秘境探索の時に役立ちそうだから採用、あとでちゃんとショウ君にレポート提出させてね」
☆
そんな訳で、である。
「オレの誕生日特権を使ってヴァラール魔法学院を迷宮区にしてみたよ!!」
「馬鹿じゃねえの、本当に」
妙にイキイキとした表情で用務員の暴走機関車野郎、ハルア・アナスタシスが言う。
目の前に広がる光景は、普段から目にするヴァラール魔法学院とかけ離れていた。石が積まれた廊下は果てしなくどこまでも伸び、等間隔に設置された松明がぼんやりと廊下に明かりを落としている。廊下に取り付けられたはずの窓は全て石積みの壁によって塞がれて、全体的に薄暗い。
廊下の奥は闇が蟠り、全部を見通すことが出来ない。一体どこまで伸びているのか皆目見当もつかないが、そもそも迷宮区と化しているのだから死ぬほど広大な迷路になっている予感しかしない。
主任用務員である銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは呆れたような口調で言う。
「誰がやった、こんなの……アタシじゃねえからな……副学院長だろ絶対に」
「誕生日特権で学院長にお願いしてきたよ!!」
「あいつか」
ハルアの説明にユフィーリアは天井を振り仰いでいた。
こんなのになっていた経緯を説明すると、非常に簡単である。本当である。何なら1行で終わる。
朝起きて、用務員室から出たら、すでにヴァラール魔法学院が迷宮区と化していた。以上。
こんな馬鹿なことをするのは魔法兵器馬鹿の副学院長しかいねえだろと考えていたユフィーリアだが、世の中には建物内の構造さえ簡単に再構築できる魔法が開発されているのだ。しかもそれを達人級に使いこなす魔法使いが身近にいた。
「何だって誕生日特権でこんな……」
「それは俺から説明しましょう」
「ショウ坊、またお前の異世界知識か?」
「ご名答だ、ユフィーリア。やはり魔法の天才と呼ばれるだけある」
「関係ねえな」
ユフィーリアの背後から音もなく顔を出した可憐な女装メイド少年、アズマ・ショウが「説明しよう!!」と高らかに声を上げた。
「実はこの前、ハルさんにある話をしたんだ。異世界の物語なんだが」
「ほう、そりゃ一体?」
「詳しい内容は伏せるが、概要はこう言った迷宮区で魔物を使ってご飯を作るみたいな物語だ」
なるほど、とユフィーリアは頷く。
同じような状況は何度か経験がある。秘境探索をする際は現地で食料を調達する必要もあるので、魔法動物を捕まえて捌いて食べるなどという行為は珍しくもない。まさか異世界にもそう言った技術が知れ渡っているとは意外である。
とはいえ現地調達の魔法動物は大半が見た目の悪いものである。虫とか多いのだ。肉が食べられればまだいい方で、最低限でも川を見つけなければ水分補給が出来ずに死ぬ恐れがある。中には「これ本当に食うの?」というものもいるので、何に関しても知識は必要である。
ショウは「そんな訳で」と笑顔で手をパチンと合わせると、
「これより皆さんには食料を現地調達してもらい、ハルさんの誕生日のお料理と誕生日ケーキを作ってもらいます」
「なるほど」
「でもハルさんの胃袋の許容量を考えるとフルコースを用意されちゃうと困ってしまうので、担当を決めたいと思います」
「ほう」
とりあえず、ユフィーリアは最愛の嫁の説明を聞く体勢を取る。何だか面白そうな匂いがしてきたのだ。
「お料理の方はエドさんに担当を、誕生日ケーキの方はユフィーリアに担当を任せようと思います。よろしくお願いします」
「誕生日ケーキか。難しいなァ」
「迷宮区にいる魔法動物ってどんなだったっけぇ……?」
頭を抱えて悩むユフィーリアの隣で、用務員きっての筋肉野郎であるエドワード・ヴォルスラムが遠い目をしていた。
彼はユフィーリアと一緒に秘境探索をした際の知識を目一杯に叩き込んでいるので状況には慣れているだろうが、いざ「作ってください」とお願いされると困るのだ。ユフィーリアも同じ状況である。正直な話、誰か助けてほしい。
ショウは満面の笑みで親指を持ち上げると、
「安心してください。その時のレシピとお味の感想は、まとめて学院長に報告する手筈になっていますので」
「もしかして、それを取引の材料に使われたか?」
「もしかしなくてもそうだ。ハルさんでは3行も報告書なんて書けないだろうから、ということで俺にお鉢が回ってきたという訳だ」
先輩の暴走行為に後輩も巻き込まれた形のようだった。だが、元々は彼がそんな話をしなければよかっただけのことなので、ユフィーリアは今回ばかりはショウに同情することはない。
「じゃあ仕方ねえな、作るしかねえか」
「だねぇ。せっかくのハルちゃんの誕生日だしねぇ」
ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせ、それから肩を竦めた。可愛い後輩の誕生日である、誕生日特権は最強なのだ。
「美味しいの期待してます!!」
「あ、アイゼさんはお茶汲みなのでこのまま用務員室に残りますよ」
「ズルくね?」
「何でアイゼだけぇ?」
「うふフ♪」
すでに紙ナプキンまで首に装着して美味しいご飯と誕生日ケーキの到着を待つハルアの横で、用務員室のお茶汲み係であるアイゼルネが優雅に頭部を覆い隠す橙色の南瓜を撫でていた。
いやまあ、よく考えれば当然と言えば当然である。アイゼルネは身体能力が高くなく、両足は義足という強烈極まるハンデを背負っているのだ。加えて保有魔力も元よりそこまで高くないので、迷宮区を自由に動き回ることが出来ない。
足手纏いにしかならないなら、最初から用務員室で待機していた方がいいと自分でも判断したのだろう。その判断は間違っていない。間違ってはいないが不公平さはある。
「じゃあせめてお前らは迷宮区で紅茶に使えそうな植物でも探してこいよ、不公平だろうがこんなの!!」
「こっちはぼっちで行くんだよぉ、平等にしたいじゃんねぇ」
ぶーぶーと文句を垂れるユフィーリアとエドワードに対して、ショウは冷静に一言。
「分かった、では貴方たちの背後にあるそれを使用してお紅茶を作ろうか」
「え?」
「背後?」
くるりと振り返るユフィーリアとエドワード。
いつのまにいたのだろうか、薄暗い迷宮区と化したヴァラール魔法学院の廊下の壁から桃色の巨大な花が生えていた。大きく開いた花弁の中央、突き出た雄蕊らしき部分から粘性の高い桃色の液体が垂れ落ちる。明らかな意思を持ってユフィーリアとエドワードをじろりと見下ろしていた。
どこかで見覚えのある花だと思えば、副学院長謹製のエロトラップダンジョンに生えていた魔法植物ではないか。いつのまにこんな場所までやってきたのか、というかエロトラップダンジョンに出現するエロモンスターが普通の迷宮区に侵入してはダメだろう。生態系が狂う。
そして当然ながら、あんなエロモンスターで紅茶を作った暁には年齢制限が必要な展開になる。
「おい止めろ止めろ!! あんなので紅茶なんぞ作ったら年齢制限を食らってアタシらが学院から追い出されるだろ!?」
「どう考えても媚薬にしかならないじゃんねぇ!?」
「じゃあ、残念ながら用務員室にあるお紅茶の茶葉を使うしかないな。ハルさんの要望で『花は食えないからいらない』とのことで、あまりお花の魔物っていないんだ」
ショウの暴論にねじ伏せられてしまった情けない問題児筆頭とその相棒の2人組は、仕方なしに喉奥から「ぐぅ」と唸るだけに留めた。これ以上の口論は絶対に負ける自信がある。
「どんなのになっても知らねえからな」
「覚悟しておきなよぉ」
「楽しみにしてるね!!」
恨み言など知ってかしらずか、いつもの頭の螺子が弾け飛んだような笑顔を見せるハルアに見送られて、ユフィーリアとエドワードは迷宮区に旅立つのだった。
☆
食材調達は難航中である。
「これ食えそう?」
「食べたいと思う?」
「だよなぁ」
何やら腹が突き出たような小人の魔物――いわゆるゴブリンを氷漬けにしたユフィーリアは、不格好な氷像と成り果てた哀れな魔物を見下ろしながらエドワードと食材について相談する。
どういうことか、現在の迷宮区と化したヴァラール魔法学院ではあまり覚えのない魔法動物が彷徨っているのだ。それこそ真っ黒で毛並みがボサボサの犬やらこのゴブリンやら、創作物でしか見たことのないような代物ばかりがウヨウヨしている。まあ、魔法が通用しない訳ではないので凍らせれば1発で死ぬ訳だが。
問題は食材に適した魔法動物に出会えないということだ。黒い犬の方はガリガリに痩せ細って肋骨が浮き上がっているぐらいなので除外、ゴブリンに至っては論外である。手足が2本ずつ生えている人型の物体はさすがに食えない。
氷漬けにしたゴブリンを蹴飛ばして退かしたユフィーリアは、
「迷宮区内の生態系がまずおかしい。グローリアの奴、片っ端から作ってやがるな」
「作れるものぉ?」
「相手を誰だと思ってるんだ。七魔法王の第一席だぞ、迷宮区を作らせたら右に出る奴はいねえよ。簡単に生態系まで変えてくるんだから」
エドワードの疑問に、ユフィーリアは乱雑な口調で吐き捨てた。
この迷宮区を作った張本人のグローリアは、七魔法王が第一席【世界創生】と呼ばれている。世界を創造したと言っても過言ではないほどの空間構築魔法や時間を操作する魔法などに精通しているのだ。
空間構築魔法の中に分類される『迷宮区作成』は、自分の想像した魔物を作り出して配置することが可能だ。その魔法を『仮想生命体創造魔法』と呼ぶのだが、詳しく学びたい生徒は学院長の授業を受けるしかない。
悩む素振りを見せるユフィーリアは、
「とりあえず何をメインに据えるかって話だよな」
「だよねぇ。メイン料理になるような獲物がいればいい――」
エドワードが迷宮区と化したヴァラール魔法学院へと振り返る。つられてユフィーリアも同じ方向に視線をやった。
そこにはちょうど、モソモソと石畳の廊下を這いずり動くスライムが通りかかった。全体的に薄青色で半透明の液状生物は、意思を持っているのか持っていないのか不明だが当て所もなくズルズルと這いずり回っている。
半透明のその見た目が、まさにゼリーを想起させた。夏に食べると最適な水饅頭でも通用するかもしれない。なるほど、あのスライムならばメイン料理に据えることは出来ずともデザートとして使用できるかもしれないだろう。
その考えは、どうやら2人仲良く一致した様子だった。
「あれ、ゼリーに出来るよな」
「水饅頭でもいけるんじゃないのぉ?」
「もちもち系のデザートって結構多いからな。使い所はたくさんある」
そうと決まれば、あのスライムを捕まえる他はあるまい。
ゆらりと音もなく立ち上がるユフィーリアとエドワード。その視線はすでに廊下をズルズルと這い回るスライムに固定されており、今にも飛びかかりそうな雰囲気があった。あの半透明の液状生物に意思は存在しないようで、獲物を狙うユフィーリアとエドワードの視線を受けてもなお廊下を這うだけだ。
スライムを捕獲する為の容器として、ユフィーリアは氷の魔法で大きめの瓶を作成する。ちょっと一抱えほどもある大きい氷製の瓶を横向きにして、スライムの進行方向に転がしてみた。
すると、どうだろうか。やはりスライムは大きめの瓶の中にモソモソと侵入していき、行き止まりになったところで慌てて戻ろうとするのだが、素早くユフィーリアが氷の栓で蓋をしてしまったので捕獲されてしまった。哀れなり。
「簡単」
「愚かだねぇ、そこが可愛いんだろうけどぉ」
もちもちぷよぷよと氷の瓶の中を動き回るスライムを眺め、エドワードは瓶の表面に指先で触れてみる。指の動きにスライムは己の形を変えてもちもちと蠢いた。
「よし、次はメイン料理だな。何がいい?」
「魔物がそんなにいなそうだからねぇ、適当に――」
エドワードがぐるりと周囲を見渡して、
「適当にドラゴンでもいてくれればいいんだけどぉ」
「適当にって言ってドラゴンを出してくるか? ドラゴンなんて幻想種でめちゃくちゃ有名どころだぞ。ラスボス級をこんなところで出すかよ」
というか、適当にと言っておきながらドラゴンを出してきたら迷宮区の生態系が崩壊していると言っても過言ではない。ドラゴンはラスボス級の魔法動物として有名で、狩るのにも酷く手間と時間がかかるのだ。
そんなドラゴンが出てきたらもう色々と面倒である。確かにドラゴンの肉は迷宮区に於けるご馳走代表格であるのだが、釣り合いが取れない。あと味の想像が出来てしまうので、それはユフィーリアの問題児根性に反するのだ。
すると、
「お」
「何ぃ? 何か見つけたぁ?」
「見つけた見つけた。いいのが」
ユフィーリアはツイと廊下の奥に指を滑らせる。
石積みの廊下の曲がり角、迷宮区の様相を保つヴァラール魔法学院の廊下の曲がり角にゆらりと蜥蜴の尻尾が消えていった。どこか爬虫類の太い尻尾めいたものである。
ドラゴンとは言い難い。この狭い廊下であの巨躯を持つドラゴンが闊歩しているとは考えられないので、おそらく何かしらの爬虫類型の魔物だろう。
試しに蜥蜴の尻尾が消えた廊下の曲がり角を覗き込むと、
「あ、コカトリスだぁ」
「あの猛毒の息を吐くだとか猛毒の卵を産むとかな」
廊下をテコテコと歩いていたのは、コカトリスと呼ばれる鶏の魔物である。その尾が蛇のような尻尾をしており、長いそれをズルズルと引き摺りながら進んでいく。
あの魔物は猛毒の息を吐くだとか、猛毒の卵を産むとかで、とにかく毒に関する事件が後を絶たない。我らが七魔法王の第三席も、コカトリスの卵を使用してよく料理をするのだ。そのおかげで誰かが死にかけるという被害を被るのだが、迷宮区にうろつく魔物を使用して料理するのが目的なのであれを捕まえてもいいだろう。
エドワードはユフィーリアの肩を叩き、
「ユーリぃ、あれを捕まえようよぉ」
「冷凍すれば猛毒の息も吐き出さねえよな。よし、あれをメイン料理にしよう」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を手にすると、
「……ところで、あれ何にするんだ?」
「チキンステーキ」
「だよな」
エドワードとメイン料理について相談しながら、ユフィーリアは何も知らずに通り過ぎたコカトリスを氷漬けにするのだった。
☆
「そんな訳で完成しました、コカトリスのチキンステーキとぉ」
「スライムのレモンゼリーです」
「わあ!!」
「まさかノ♪」
「まともなものだ……」
「おい?」
完成された料理の数々を見て、ハルアとアイゼルネ、そしてショウは意外なものでも見るかのような目で眺めていた。
ユフィーリアとエドワードが迷宮区で捕獲してきたスライムとコカトリスは、きちんとした料理とデザートとして並んでいた。コカトリスの肉は毒抜きがされており、塩揉みされた上でふわりとハーブの香りが漂う見事なチキンステーキと調理されていた。通常の鶏よりもコカトリスの方が身体が大きめなので、肉厚で大きいステーキが皿の上に鎮座している。
さらにスライムのレモンゼリーは、綺麗なグラスに詰め込まれた上で飾りとして小さな白い花が添えられているお洒落さを演出されていた。香りもレモン特有の爽やかな匂いが鼻孔をくすぐる。底の方に沈められているのはラムネだ。
ユフィーリアはジロリとショウを見やり、
「お前、アタシらの料理の腕前を信用してなかったな?」
「まさかこんな魔物でお料理を作ってしまうとは……」
ショウは満面の笑みを見せると、
「さすがユフィーリアだ。やはり料理上手なだけある」
「それ言っておけば解決するとは思うなよ?」
そもそもまともな料理が出てこないと思われていた時点で心外である。
秘境探索は何度もしているので、こんなような食材で料理をするなど日常茶飯事なのだ。慣れていないとでも思ったのか。
当然ながらそういう方面の資格も2人揃って取得済みである。エドワードもコカトリスの保有する毒を除去するのも手慣れていた。よく鶏舎に紛れ込むコカトリスを捕まえては揚げたり焼いたりしていたので、毒抜きは慣れたものである。
ユフィーリアは誕生日の主役であるハルアに、
「さあどうぞ、ハル。誕生日おめでとう」
「ありがとう、ユーリ!! エドも!! やっぱ2人が上司と先輩でよかった!!」
ハルアは「いただきます!!」と元気に宣言し、チキンステーキにまずは齧り付く。
「美味え!!」
その笑顔は、心の底から幸せそうなものだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】秘境探索の際の食料調達、お手のもの。現地調達でも原住民と食べ物を交渉することも得意。割とどんな食材でも美味しく調理できる。
【エドワード】秘境探索に何度も付き合わされたので、ユフィーリアから料理の手解きを教えてもらっている。肉料理だったら無双、魚料理でもある程度なら出来る。昆虫食を調達したらユフィーリアから怒られた。
【ハルア】誕生日の主役。ショウから異世界の物語の話を聞いて実践してみたくなった。
【アイゼルネ】どこでも料理が出来ちゃう上司と先輩に戦慄。もうどこでも生きていけるじゃない。
【ショウ】このあとハルアから食リポを聞き、それをちゃんとレポートにまとめて提出した。今度はキノコ料理とか見てみたいなぁ。