表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/39

第9回

第25回新風舎出版賞、最終審査落選作品(笑)

 4月、桜が咲き、世間では入学、入社のこの季節、本当であれば、去年の今頃、俺もその中の一人であったはずなんだ。周りにはいかにも新入生、新入社員ですと言わんばかりの奴らが腐る程いた。

 ここの大学に訪れたのは、あの時の合格発表以来になる。二度と来るはずはないと思っていたが、なぜか今ここに居る。数多くの年の近い奴ら。俺はお前らなんかに劣っているはずはない。俺の合否を決めた奴がどんな奴らなのかは知らないが、相当見る目がないとしか思えない。

 俺はあの時同様、大学に背を向け、そこを後にし、もう二度とここには訪れないだろうなと思った。

 駅に向かう途中、腹が減り、辺りを見回すと、吹上食堂という文字がなんとなく目に入り、ここにするかと思った。俺は手動の左右に動く扉を開け、中に入ると、カウンターに座って新聞を広げているおっさんが慌てて吸っていたタバコの火を消し、「いらっしゃい」と作り笑顔で俺にそう言った。俺はそれを見た瞬間、失敗したと立ち止まり、扉を後ろ手で閉めかけたままの状態で躊躇していたが、まー、いいと扉を完全に閉めた。中には客が一人もおらず、朝の早い時間だとはいえ、ここの味に不安を覚え、そこでここに入った事を完全に後悔した。そこの店にはタバコを吹かしていたおっさんと、もう一人おばさんも居た。恐らく、夫婦で店をやっているのだろう。

「ごめなさいねー」

 そのおばさんがさっきのおっさんの態度についての事だろう、俺にそう言ってカウンターの席に俺を通した。

 椅子に座り、座ってしまった以上仕方がないと、早く事を済ませてしまおうと店のメニュー表からあまり見ずに適当な定食に決めると、そのおばさんに「これ」と、メニュー表に指を指した。

 数秒後、おっさんが勢いよく物を炒める音が店内に響き始めた。その音をBGMに改めて店内を見渡すと、特に店が汚い訳でもなく、最初のおっさんの態度を除けば、店の年輩夫婦の印象は特に悪い物でもない。こうして俺一人の分の料理を作ってる間にも、仲良く雑談している。店員が暗く、陰気な雰囲気な店ならともかく、こうした明るい雰囲気ならば、客も寄ってきそうな感じもするが...。やはり、味に問題があるのだろうか。そんな事を考えている内に、BGMが途切れた。ふと、厨房に目を向けると、料理が出来上がったのだろう、おばさんが料理を運んで来た。

「お待たせー」

 必要以上な笑顔で、おばさんは俺の手元に料理を置いた。

 目の前にある肉野菜炒め定食を見てみると、特に変わった様子もなく、いたって普通の物だった。食べるのに不安があったが、とりあえずメインを口に運んだ...。うまい...。『まずい』という前提で食べただけに、余計にうまく感じたのかもしれない。そうなると、なぜ店が繁盛していないのかが分からなくなった。もしかすると、たまたま今は俺一人だけなのだろうか。いや、あの店に入って来た時のおっさんの態度は、明らかに客が来る事を想定していなかった態度だった。それ以上に、あれは『客が来てしまった』といった感じにさえ...

「そこの学生さんかい?」

 厨房に居るおっさんは、俺にそう話しかけて来た。

 俺は一瞬顔を上げ、再び視線を落とすと、「...いや」とだけ答えた。

「いやね、初めて見る顔だから、そこの新入生かと思ってね」

「....」

 俺はおっさんのその言葉に少し考えた後、無言で再び食べ始めた。そしておっさんは、それ以上問いただしてくる事をしなかった。

 少しの沈黙のあと、入り口横の本棚の上に置いてあるテレビの音声が背中越しに耳に入ってきた。どうやらおっさんがスイッチを入れたらしい。

「...の少年グループ3人は、川越市に住む会社員○○さんに殴る蹴るの暴行をし、現金3万円が入った財布を奪って逃走したという事です。今もその少年グループ3人は...」

 そのニュースの内容を聞いて、『似ている』と思ったと同時に、またあの忌まわしい記憶が生々しく脳裏に浮かんだ。

「いやー、ひでー事しやがるな最近の若い奴らは。なー」

 おっさんは強い口調でそう言うと、あばさんに視線を送った。

「えぇ、そうだねー」

 おばさんはおっさんに視線を送る事なく、テレビを観ながらそう答えた。

 この夫婦は、まさか同じような事件の被害者が目の前に居るという事を夢にも思ってもいないのだろう。それは当然の事だろうが、何かなんとも言えない複雑な気持ちになった...

 俺はその後定食を食べ終えると、コップの水を一気に飲み干し、無言で立ち上がるとレジに向かった。

 ...そしてそこの大学に落ちた人間だとも思っていないのだろう。この人達にとって、それはなんでもない言葉なのかもしれない。しかし、俺にとっては重要な言葉だったんだ。

 俺はレジに立つおばさんに無言で定食代600円丁度を渡すと、店を出ようと扉に左手をかけた。

「良かったらまた来てね」

 おばさんは最後にそう言った。

『また来てね』

 思いがけないその言葉に、何か違和感を感じた...。

第10回へ続く...

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ